とある高校生のお話 前編
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オリビアの前世のお話です。
神崎美桜は高校生の頃から持病が悪化し、入退院を繰り返すようになった。
そして現在、4度目の入院を始めたところだった。
(暇だなぁ…)
病室ではインターネット使用を制限されており、SNSやゲームより美桜は小説を読むことにのめり込んでいた。
大好きなリアム・アルベール探偵の事件簿シリーズも何回もボロボロになるまで読んでしまった。今では本を読まずとも一節漏らさず思い出すまでに至った。
ふと、カレンダーを見る。
今日は水曜日。彼が来る日だ。
美桜がそう思った時、丁度スライドドアがノックされた。
どうぞ、と告げて入ってきたのは幼なじみの神楽翔太だった。
サッカー部の翔太は部活のない水曜日は必ず美桜の見舞いに来てくれていた。
「美桜、遅くなった!体調はどうだ?」
「もう、待ちくたびれたよ。今日はぼちぼちよ」
美桜はわざと憎まれ口を叩いた。
翔太は気にせず、話を進める。
背中には隠しきれていない花束と紙袋。
「今週のお届け物、何だと思う?」
「てことは、とっておきなのね。今週の花は白ね、あれはアイリスだわ。問題は茶色の紙袋ね…翔太の口ぶりからして私の大好きなシリーズの新刊かしら?」
「正解。ちぇ、お見通しかよ」
翔太は少し残念そうに机に本を置く。
リアム・アルベール探偵の事件簿〜リデル家殺人事件〜と書かれた本。
それを見た美桜は目を輝かせる。
「リアム・アルベール探偵の新刊出ていたのね!ありがとう、翔太」
どういたしまして、と翔太は白のアイリスを花瓶に活けながら、仰々しくお辞儀をする。
「あとこれ、先生から。進路就職希望調査だって」
一枚の白い紙を受け取る。
紙を見て、美桜は苦笑いをした。
(進路就職希望ね、でも私はもう長くはない)
美桜は先日の出来事を思い出す。両親が病院のカフェで話しているのを見かけた。両親は私に気づかなかったらしく、私の余命があと半年しかないことを知ってしまった。私は両親に気づかれぬように、こっそり帰り、病室で声を殺して泣いたのは記憶に新しい。
手に持っていた本を撫でる。
(私にとってはこの本が最後のシリーズかもしれない)
そう思うと、どうしようもない虚無感や孤独に苛まれる。
どうした、という翔太の声にはっとして進路就職希望調査の紙を取る。
「そうね…やっぱり探偵助手かしら?リアム・アルベールの探偵助手ならなお良いわね。彼を間近で応援できるし、事件の解決の手伝いもできるもの」
冗談めかして美桜は告げる。
すると翔太は呆れた顔をする。
「お前なぁ…真面目にやれよ」
美桜は笑って誤魔化す。
「翔太はなんて書いたの?」
「大学進学かな。父さんの家業を継がなきゃいけないし、経営でも学ぶかな」
「そうじゃなくて、もし何でも夢が叶うとしたら、どんな職業に就きたい?」
美桜がそう尋ねると翔太は少し考える素振りを見せた。
「美桜は探偵助手なんだろ?そしたら俺は美桜が暴走するのを止めれるようにそばにいるわ…美桜の兄弟にでもなるか」
「なにそれ、ひどい」
むくれる美桜に翔太は笑う。
笑い声は段々と遠ざかり、オリビアは目を覚ます。
「…夢」
オリビアはむくりと上体を起こす。
オリビアの身体は至って健康で、慢性的な胸の痛みを感じることはない。
「そうだ。私、リアムさんの実家に泊まってるんだった」
オリビアの意識は急激に覚醒し、慌てて身支度を始める。
こうして今日もオリビア・ワトソンとしての日常が始まるのだった。
白のアイリス
「あなたを大切にします」




