財閥企業殺人事件 第2章14節
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オリビアを追い、屋上に着き、リアムは息を呑んだ。
オリビアが額から血を出して倒れているのだ。ハリーは咳き込み、ノアはその現状を理解できずに、困惑した表情を浮かべたのを覚えている。
リアムはオリビアを抱き上げる。オリビアの顔色は青白く、意識が戻る様子もなかった。
何度もオリビアの名前を呼びかけたが目を覚まさない。
焦燥にかられるリアム。オリビアが遠い何処かへ行ってしまう気がした。
いつのまにかリアムにとってオリビアの存在が大きくなっていたことに気がついた。
病院に運ばれ、3日が経ってもオリビアは目を覚まさなかった。
あの現場をきっかけに事件は解決したものの、オリビアの意識が戻らず、リアムは毎日祈るようにオリビアの手を握っていた。
リアムは自分の慕う先輩が父を殺した犯人だった衝撃よりもオリビアが目を覚まさないことの方が余程辛かった。
この事件の調査を本格的に始めてからリアムは極度の緊張に苛まれていた。
被害者としての自分と探偵としての自分に板挟みになり、自分のすべきごとが分からなくなっていた。そして、黒い何かが自分の大切なものを次々に奪っていく感覚に陥っていた。
そんな不安を和らげ、事件解決に向けて元気づけてくれたオリビアの存在にリアムは救われたのだ。
オリビアがリアムの手を握った時、リアムは自分が異常に緊張していたことに気づき、同時にオリビアの手から伝わる温もりに2年間溜め込んだ冷たい感情が溶けていく感じがした。
「オリビア…頼む、目を覚ましてくれ」
リアムの悲痛な声は静寂な病室に響いた。
「君は優秀な探偵助手だよ。私は君がいないと頑張れない。情けないかもしれないが、そばにいて欲しいんだ」
どうしてあの時自分は彼女を守れなかったんだろう、とリアムは自分の不甲斐なさに悔やむ。
オリビアからの返事はないが、リアムは声をかけ続ける。
「オリビア、お願いだ。もう危険な目には遭わせない、君を必ず守るから…」
オリビアの手を強く握りしめる。
リアムは悲痛な面持ちで今にも泣きそうな顔をしていた。
「オリビア、君が必要なんだ。目を開けてもう一度私に笑顔を見せてくれ」
すると、オリビアの閉ざされた瞳から一筋の涙が伝った。
そして、指先が僅かに動いたのを感じた。
「オリビア!」
リアムは身を乗り出して、オリビアの様子を伺う。
オリビアはゆっくりと目を開ける。
「リ、アム、さん…」
リアムは何も言わずにオリビアを抱きしめた。リアムが思っていたよりもずっと華奢な身体をした少女は弱々しく腕を回して、抱きしめ返した。
「良かった…本当に良かった。オリビア」
「リアムさん…会いたかった」
「私はここにいる。ずっと君のそばにいるよ。守れなくてすまない」
リアムの言葉にオリビアは小さく首を振る。
「リアムさん、私は貴方が居るから、どんなことでも出来るんです。リアムさんは私に新しい世界を与えてくれました。そして、ずっと私を気にかけてくれていることも知っています。これからも一緒に事件を解決させてください」
「オリビア、私はそんな凄いことをしていないよ。君には助けられてばっかりだ」
リアムは身体を離し、オリビアの顔を見つめた。オリビアもリアムの濡れた蒼い瞳に気づき、私は大丈夫と言わんばかりに明るい笑顔を見せた。
「オリビア・ワトソンはリアム・アルベールの助手ですから!」
えっへん、とオリビアは胸を張る。
先程まで眠っていたとは思えない元気さだ。
リアムは少し安心したのか、胸を撫で下ろし、小さく笑んだ。
「私の大切な探偵助手さん。頼むから、自分の身を優先してくれ。それは君のためだけじゃない、私も君がいなくなってしまうのは耐えられない」
オリビアは頷いた。
「心配かけて、ごめんなさい。私もずっとリアムさんの側にいたいです。だから、これからもよろしくお願いしますね?」
オリビアは茶目っ気たっぷりに上目遣いでリアムを見つめる。リアムは頭を撫でた。
すると扉の方から咳き込む声が聞こえた。
「お取り込み中、申し訳ないのですが…看護師の方がオリビア様の検査をしに来ましたよ。感動の再会はそこまでにしてください」
セシルは少し複雑そうな顔をして、そう告げる。リアムとオリビアは面映ゆい気持ちになり、俯いた。
看護師は申し訳なさそうに、オリビアを検査室に連れて行った。
「…いつから、いたんだ」
リアムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてセシルに尋ねる。
「オリビア様がまだ眠っていた頃からだよ。兄さんは想像以上に彼女を気に入っているんだね」
恋人のようだ、とセシルが付け加えるとばつの悪い表情をして、リアムは顔を逸らした。
セシルはそんなリアムの態度を見て、肩を竦め、呆れた表情を浮かべてしまうのだった。