財閥企業殺人事件 第2章8節
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「あらあら、可愛らしいお嬢さん!どうぞ」
リサは息子達そっちのけでオリビアに歓迎の意を示した。
オリビアは擽ったい気持ちで、その厚意に甘えた。
「オリビア・ワトソンです。よろしくお願いします」
「男家族ばかりだから、こんな可愛らしい女の子とお話しするのは何年ぶりかしら」
少女のように燥ぐリサは華奢な身体に大判のストールを羽織り、覚束ない足取りで案内をする。
(原作には出ていなかったけど、リアムさんの母親は事件後、病に伏せた、と記されていた)
オリビアは少し憐憫の情をリサに感じた。
夕食中、リサはオリビアに矢継ぎ早に質問を投げかけ、息子達に諌められていた。
(素敵な…暖かな家族。それを壊したノアさん…)
結末を知っているからこそ、複雑に感じるオリビアは眠れず、みんなが寝静まった頃、リビングで水を貰うことにした。
リビングには間接照明を点けて、作業をしているセシルがいた。
セシルはオリビアに気づき、作業を中断する。オリビアは申し訳なさそうに水を、と言った。セシルは席を立つ。
「眠れないのでしょう?私もキリの良いところだったので休憩にします。ハーブティを淹れるので良かったら飲んでください」
「邪魔してごめんなさい…ありがとうございます」
いえ、とセシルは慣れた手つきで湯を沸かす。
外は雷雨だ。風も強く、時折窓を打つ風の音が聞こえる。
暫く沈黙した後、セシルが口火を切る。
「オリビア様はいつから探偵を目指すようになったのですか?」
「私が探偵を目指した理由ですか?」
「ええ、兄が探偵助手を強く希望する女性を雇ったと聞いたもので。余程、探偵業に興味があったのだと思っておりました」
オリビアは当時を思い出し、苦笑いをする。
「かなり昔からです。初めは推理小説でした。探偵が様々な人と関わって謎を解いていくのが面白くて。その当時の私は身体が弱く、推理小説が私の世界の全てでした」
前世の私を思い出す。今まで原作を思い返す事はあっても、自分自身を思い返すことはあまりなかった。どこか郷愁を感じた。
「でも私は変わっていて、主人公の探偵というよりも主人公を一番に応援する存在になりたかったんです」
「ではオリビア様は探偵を目指すというよりは探偵助手を目指していたのですか?」
「ええ、いつか探偵助手になりたいと強く願ったものです。でも昔の夢は摩耗して、リアムさんとお会いするまで忘れていました」
リアムと会った時に今までの色褪せたオリビアの日常が輝かしいものになった。オリビアはその時の感情を思い出し、目を細める。
(前世の私は学校で貰った進路就職希望先の第一志望に探偵助手と書いたんだわ。そして、それを見た幼なじみに呆れられた…)
そしてオリビアは自分には幼なじみがいたことを思い出す。同時に会いたいと思ったが叶わない願いに悲しみを覚えた。
「どうぞ」
セシルはハーブティをカウンターに出す。
イエロードット色の薔薇の花が浮かぶ、綺麗なものだった。
「綺麗…」
「薔薇のハーブティです。目でも楽しめる物なのでオリビア様もお好きかと」
「ピンクではなくイエロードットのローズティーなんてあるんですね」
「ええ、珍しくて買ってみました」
オリビアは幼なじみのことを思い出したからか、ハーブティを見て、毎週幼なじみが花束を持ってお見舞いに来てくれたのを思い出していた。
「とても素敵です。ありがとうございます」
「いえ…オリビア様は夢を叶えたのですね」
セシルが話を戻す。
「そうですね…セシルさんのお兄さんには感謝の気持ちでいっぱいです」
オリビアがそう告げると、セシルはよかった、と破顔した。普段見せないようなどこか妖艶さを感じさせる笑顔だった。オリビアはセシルの笑顔に当てられ、顔を紅潮させた。
そしてそれを隠すようにハーブティを口にする。薔薇の香りが鼻腔を擽る。
「きっと兄もオリビア様がいて良かったと思います。兄は時折思い詰めることがあるので」
セシルの優しい瞳にオリビアは戸惑った。
いや、そんな、など短い言葉しか紡ぐことが出来なかった。
「これは個人的なお願いですが、兄はオリビア様を信頼しています。だからオリビア様も兄を信頼して下さい。オリビア様は自分が正しいと思うことを主張して下さい。それが兄の為でもあると思います」
セシルはオリビアが犯人を知っていることを、その上でリアムに言い淀んでいることを見透かすようにそう告げた。
オリビアは分かりました、と頷いた。




