財閥企業殺人事件 第2章6節
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研究室を離れ、廊下に出ると1人の初老の男性が悪どい顔でリアムとオリビアに近づいた。
「これはこれは…元頭取のリアム・アルベールさん、お久しぶりです」
普段、人の感情の機微に鈍感なオリビアでもこの男性の悪意が伝わった。
リアムは普段通りに男性に挨拶をする。
「御無沙汰しております、トマさん」
「頭取から聞きましたよ。何やら探偵ごっこをするようで。どうやら、まだアランの死を認めてないようだ」
トマと呼ばれた男は『探偵ごっこ』を強調し、嘲笑うかのような目でこちらを見る。オリビアは思わずムッとしてしまう。リアムはさりげなくオリビアを背中に匿った。
「そうですね、私の中でも折り合いがついていないのかもしれません。トマさん達の仕事の邪魔にならないよう気をつけます」
リアムがそう告げると、鼻を鳴らしてリアム達とは反対の方向へ向かっていった。
「なんです。あの方は」
男性が視界から消えるとオリビアは憮然として呟く。リアムは苦笑いして答える。
「彼はジャック・トマさんだ。父の同僚でもあった。とにかく出世意欲が高くて、父とはあまり折り合いが良くなかったんだ。気にしちゃいけないよ」
そう諌められると、オリビアは二の句が継げなくなった。
「気を取り直して次に行こう。まだ私達の調査は始まったばかりだ」
リアムはぽんぽんとオリビアの背中を叩く。
(ジャック・トマがああいう男だって知っていたのに私は…子供みたいだわ)
不満を露わにしてしまったオリビアは思わずしゅんとしてしまう。
それを見たリアムはオリビアの頭を撫でる。
「私が咄嗟に隠してしまう感情も君がその分露わにしてくれている。君は分からないかもしれないが、意外と救われているんだよ」
憧れの人に頭を撫でられたオリビアはハリーの時には感じなかった、こそばゆい気持ちを感じたのだった。
「お熱いねえ、お二人さん。ここは一応会社だぜ?恋人同士の触れ合いは、家に帰ってからにしてくれよ」
後ろからそんな声が聞こえた。
振り向くとそこに立っていた男性は。
「…!」
「ノア先輩!お久しぶりです」
「さっきハリーのところに顔出したら優秀な後輩くんが遊びに来てるって知ってさ、探してたんだよ。そしたら彼女とイチャイチャしてたからさ。妬けちゃうよなぁ」
ノアと呼ばれた男は肩を竦める。
リアムは複雑そうな顔でノアを見つめる。
「ノア先輩、彼女とはそういう関係じゃないので。彼女はオリビア・ワトソン、私の仕事をサポートしてくれる助手です」
「…どうも。オリビア・ワトソンです」
オリビアは不承不承と挨拶をする。
リアムはそんなオリビアらしくない態度に疑問を抱くが、トマのことを引きずっているのだろうと結論づけた。
「オリビアちゃんね!俺はノア・ゴーディエ。優等生君とは学生時代から先輩後輩の仲なんだ。よろしくね」
ひらひらと手を振るノア。
対するオリビアの反応は素っ気なかった。
「あれ、嫌われちゃったかな?」
「いえ…そういうわけでは」
「先輩のテンションについていけないんですよ…初対面ですし」
リアムはすかさずフォローする。
ノアはごめん、と軽薄な謝罪を返した。
「可愛い後輩と彼女を見つけたからさ、挨拶したくなっちゃったんだよ。お邪魔みたいだし、俺はこれで失礼するよ。オリビアちゃんもまたね」
ノアの言葉にオリビアは一礼で返した。
ノアは苦笑いしながら、廊下を駆けていった。
「ノア先輩、常にああいう感じだが、悪い人じゃないんだ。気を悪くしないでくれ。あれは彼なりのコミュニケーションなんだ」
「…リアムさんはノア先輩のこと慕ってるんですね」
「ああ、彼は仕事も勉強も出来るんだ。人一倍努力したんだと思うよ。しかも周りの人が困っていたら誰であれ助けるんだ、彼は」
リアムのノアに対する敬慕の情を感じたオリビアは口籠る。
(なんて切り出せばいいんだろう)
オリビアは迷う。
何故なら、リアムが尊敬する先輩のノア・ゴーディエこそが今回の真犯人だからだ。




