21 イケナイイケメンに優しい世の中
テスト期間に入っても仕事業務は変わらず、からしの配達と“W”退治に俺は精を出していた。午前中授業で昼から帰宅してても業務を早く終わらすわけにもいかないので家庭教師の時間は夜しかなかったが、時間を延長して遅くまでテスト対策を二人で行っていた。十二時過ぎた時の翌日の自主トレは眠いものがあったが続いても一週間位だし、曜子も俺が帰った後もまだ勉強して頑張っていたのを聞いて励みに頑張って続けることができた。
テスト最終日の夕方に事務所に来てもらう約束をしていたので、少し早かったが配達業務を終えた俺はそのまま事務所近くの駅で待ち合わせをすることにした。
駅までの道のりをのんびり歩いていると、河川敷の所で賑やかにしている人の群れが気になった。
どうやら若者が何かで楽しんでいるようだったが、よく見ると線路のコンクリートで出来ている柱の部分にスプレーで落書きをしているのだった。白昼堂々とする度胸は認めたいところだが、その度胸は他の機会に使ってほしいところだ。
これは公共物の破損になるのだろうか?法律は良く知らんが、やっても良いと認められていないと勝手に判断して、俺はお仕置きをすることに決めた。
仕事上、見逃すことができないのだが今の仕事をしてなかったら、見逃したくないけど
見逃すしかなかった。いつも思っていた。こんな時何故警察は通らないのかとか、虫の居所の悪い怖いお兄さんは通らないのとか。全て他力本願だったが。
今、からし屋マタジに就職して、給料を貰いながら今まで自分がしたくてもできなかった悪い奴らを粛正できる。世の為でもあるが、無法者の本人の将来の為でもある。というのは建前で本当は自分自身がスカッとしている部分が大きいのだと思う。
よく仕事は本当に好きなものを選べと聞く。もう一方では本当に好きなものの次に好きなものを選べという言葉も聞いたことがある。
それは一番好きなものを仕事に選んでしまったら、上手くいかなかった時に仕事と同時に本当に好きなものも失ってしまうからだという。
それを聞いて確かにそうだなとは思った。しかし、仕事というものは人生の時間で一番と言っても間違いではない程、一般人が関わる時間が多いことであろう。
その人生の大半を好きなことをしてお金を稼げるのならこれほど幸せなことはないのだろう。上手くいけばの話で、仕事自体はどんな職業でも大変であることは間違いないのだが。
そういう意味では、俺は今望まれている方なのかもしれないな。今まで一度も警察官に憧れたことはなかったが、世の不届き者に権力で立ち向かえるのは羨ましいとは思ったが、職業として警察官を選んでしまっては、やりたいこともやれないような気がしていたからだ。これはおそらくテレビの勝手な影響だろうと思うので、実際は俺が思っているようなことはないのだろう。
今、この柱に落書きをしている奴らを警察の立場だったらどう処理するのだろうか。器物破損で刑罰を与えることができるのだろうか。しかし、警察一人でこの連中全員を捕獲できるのは無理なような気がする。
それはなぜかと言うと、仮にこいつらが悪事をしている自覚があったとしたら、警察が来た瞬間に逃げちらかるだろう。いくら警察でも逃げる奴等全員を捕まえることはできないだろうし、この程度と言っては失言かもしれないが、警察を何人も呼んで全員を捕獲するほどの事件でもない。
面倒と思った警察は注意で済ますかもしれないし、一旦引き上げたら検挙などしないかもしれない。
その点、俺の職業はからしの配達なので、こいつ等に注意をしたところで一目散に逃げるという選択は絶対ではなくなるのだ。警察と比べたらその可能性はゼロに近い位になるだろう。
夜中にこっそり一人でやってる愚か者だったら、注意しても逃げるだろうが、この白昼に堂々と落書きをしているくらいだし、しかも大勢ときたら態度も度胸も人一倍大きくなっていることだろう。
そうこう一人で妄想しながら歩いているといつの間にか落書き小僧の所に到着したではないか。
「オッサン、なんか妖怪」
「ギャハハハハ」
俺の、いやいや、こいつらのボキャブラリーが低いのか大抵の低能な奴らの俺に対する第一声がよく似たワンパターンな気がするが。
「何やってんのかな?まぁ落書きだって見たらわかるんだけどな」
橋の下には六人の若造共がいた。スプレーで落書きをしているのは二人だけで残りの四人はその落書きを見たり、石を川に投げたりと退屈しのぎでもしているような感じだった。
その退屈しのぎに春が舞い降りたように生き生きと俺の声掛けに対して反論をしてきてくれた。
「誰が落書きじゃい!アートだよアート。殺すぞ」
おっかない言葉遣いをしてくれる。世界中のアート作品を作る人に落書きですねと侮辱したとしても、いきなり殺すぞとは言われないだろう。それ程こいつらのアートにかける情熱が高いってことか。そんなわけない。
「アートかネイチャーか知らんが、落書きは自分の家の壁か先月のカレンダーの裏にでもしとけよ」
「なんだとこの野郎」
最初に文句を言ってきた奴と、そいつと一緒に川に石を投げて遊んでいた奴の二人が俺の方に迫ってきてやる気満々ムードを出していた。
「俺は昨日で六回連続でバイトをクビになって腹の調子が悪いんだ、どうしてくれんだよ!!あ!?」
もの凄い言いがかりを投げつけられてしまった。バイトをクビになる経験もなかなか無能者の代表格だが、それが六回連続っていうのが凄い無能者のエースだな。それを今数分前に会った俺に、どうしてくれるのかと問いただす脳みそがどうなっているのか知りたくないが、気になって昼は寝れない状態になるかもしれんな。極めつけが腹の調子だが、これは本人に聞いてみないとわからないが、虫の居所が悪かったの言い間違いか、それともバイトクビになってお金がなく落ちているコロッケでも食べて本当に腹の調子が悪くなったのだろうか?どっちにしても俺の責任ではないことは確かなのだが。
「お前さ、バイトクビになるなんざ普通にしてたら早々なるもんじゃないだろ?普通にして普通に働け」
「うるせー!!」
「それだよ。そうやって頭ごなしに怒り狂うからバイトもクビになるんだよ。少しは考えろ。そして感じろ。俺が悪いのか仕事は悪くないってな」
「うるせー!!」
駄目だこりゃ。単細胞待ったなしか?言ってる傍から脳どころか耳の鼓膜にも俺の言葉が辿り着いていないんじゃないかと思う程、話にならん。
「だいたい六回連続でクビも凄いが、六回はバイトの面接で受かってるんだろ?いいじゃねぇか。俺なんかニートが長くてバイトの面接も六回と言わない位連続で落ちてるぜ。採用されるだけマシじゃねーか」
「なんだお前、ニートかよ」
「ぎゃはははははははは」
もの凄く笑われた。こんな奴らにもの凄く笑われた。随分下に見られたってことだな。これ、ニート絶賛続行中だったら振り向きダッシュで家の布団にまっしぐら状態だな。良かった就職してて。まだ研修期間だけど。
「おいニート!バイトに受かるコツでも教えてやろうか?土下座して教えてくださいって言え。ホラ言えよ」
「すまんが生憎ニートは卒業したんでね」
ホントこいつらみたいなバカな悪さをしてる奴らって本物のバカなんだな。会話にもなりゃしない。
「そりゃ残念だ。だったら俺達に喧嘩売るとどうなるかって言うのを身体に教えてやるよ!!」
まぁそうなるな。暴力でしか自分の立場の優位性を表現できないのだから。その暴力でも社会に出たら下位中の下位だということを知るのはまだまだ先のようだが。
そんな俺も余裕こいたこと言ってるが、結局このブラックソードがなかったら只の凡人だからな。多少は所長に鍛えてもらっているけど、結局はブラックソードで“W”を出せばその人間は真面目人間になるから襲ってこないという安心感があるからな。その分、“W”と戦わないといけないが、今のところ順調に退治できてるし言葉を交わさないという点では、悪事を働く人間の方が対処に困るのが本音だ。しかも狂暴になったら特にだ。
さてと、とブラックソードを取り出したところで後ろから罵声を浴びた拍子にブラックソードを下に落としてしまった。
「どうしたどうしたどうしたんだー!?あー!?」
「おー、トシオ達!!遅いぞ!」
ありゃりゃ、こんなところで待ち合わせですか。どうせろくな奴らじゃないバイト連続クビ仲間でしょうに。まとめて真面目人間にしてあげましょうぞい。と思いながら俺は落ちたブラックソードを拾おうとしたら、どこから現れたか野良犬が加えて去って行ってしまった。
「ヤバイヤバイヤバイしゃれにならん」
慌てて犬を追いかけようとした瞬間、バイト連続クビ野郎にシャツの首を掴まれた。連続クビ野郎だけに。
「今は犬の散歩の時間じゃないんだぞー?」
「じゃあなんの時間かな?」
「サンドーバーアーックヌォー」と歌いながら俺のケツを思い切り蹴りやがった。
「面白れぇじゃねーか!」
後から来た五人合わせて十一人に俺はサンドバック状態になった。
これは俺が煽った仕打ちなのか?それとも連続でバイトをクビになった腹いせなのか?俺がまだニートだったらもう少し優しくしてくれたかな?そんなことを考えながらガードをして攻撃をかわしていた。所長との訓練の成果なのかクリーンヒットは一つも食らわなかった。
そうこうしていると、さっきと違う犬が勢いよく走ってこっちに向かってきた。口にはブラックソードを咥えて。
ブラックソードを手に入れた俺はバイト連続クビ野郎ども十一人全員から“W”を出して成敗した。俺をサンドバック状態にした謝罪だろう全員が土下座をしているが「今度はバイトクビになるなよ、頑張れよ」とだけ言ってその場を去った。
途中、四本足の小さな“W”が暴れていた。
恐らく咥えて行った犬が、俺に持ってきてくれた犬に偶然ブラックソードが触れたのだろう。“W”が消化された犬は俺に届けてくれたってことか。なんとも運が良いのだろうか。これからは今日みたいな油断から始まった不注意は無くさねばならないと誓った。結局、俺もブラックソードが無かったら凡人なのだから。
しかもブラックソードを無くしたとか言ったらどんなに怒られることか。怒られるならまだしも、研修期間延長とか失格とか、クビになったらシャレにならん。俺は更に気を引き締めて、待ち合わせの駅に足を進めた。
「おつかれさま」
「ホント疲れたよー。今日からやっと早く寝れるわ」
「テスト終わってからゆっくりできるのは頑張った証だよな」
「今回はホント頑張ったからね。ウタル先生のおかげかも」
「今日は素直だな。いつもこれくらい素直にしておけばいいのに」
「だって今日は事務所に呼ばれるしテスト頑張って終えたお礼に甘いものご褒美してくれる約束でしょ?約束は今からするんだけどね」
まぁあれだけ頑張ったし一息ついた日くらい甘いもので一時の幸せを感じても罰は当たるまい。
暫く他愛もないことを喋りながら歩いて事務所前に着いた。
「素敵なオフィスビルね」
お世辞にも素敵とか綺麗とか言えない雑居ビルに驚きも躊躇いもないのは、怪しい仕事に怪しい事務所だが二階の窓には“からし屋マタジ”の看板ステッカーが貼ってあるからだろうか。
事務所が二階にあるのが外からもわかると階段を上がって行くので、俺は後ろからついて行った。見るつもりはなく無意識で上を見た時に曜子の太ももに目が行ってしまったので直ぐに足元に向き直して階段を上がった。
二人が事務所入り口前に立つと
「今、私のパンツ見たでしょ!」
「パ、パンツは見えてないよ!」
顔の前で手のひらを左右に振って全力で否定した。嘘ではない、ただ太ももは見てしまったが事故で故意ではないし太ももを見たかどうかは聞かれてないので答えるつもりもない。聞かれる可能性もあるので俺は急いで事務所の扉を開けた。
「ただいまもどりました」
「おーお疲れさん。曜子ちゃん久しぶりだね、よく来てくれました」
所長が出迎えてくれる。太ももの話題が消えたと安堵に包まれたのは言うまでもない。
「アイツももうすぐ着く頃だろうからソファに座って待っててよ」
時計を見ながら言う所長に従って曜子はソファに座って待つことにした。俺はそれまで今日の業務の事務処理をしておこうと思い自分の机に向かった。
「曜子ちゃん、スポーツ何かしてたの?」
「中学の途中まで水泳を少し」
「そーなんだ。ウタルがね、曜子ちゃんスタイルいいんですよーっていっつも言ってるんだよー」
「ちょ、言った事ないですよ」
突然所長は何を言い出すかと思えば。さっきの太ももの指摘が消えたと思ったがそれ以上の獣を見る曜子と梓さんの眼差しが痛かった。
「いや、梓さんは俺が言ってないの知ってるじゃないですか」
未だに獣を見るような眼差しを止めない梓さんを見て笑っている所長。勘弁してくれー。二人は俺が常日頃から勘違いされて変態呼ばわりされているのを知らないから呑気にしてられるが冗談が冗談で通じなくなりますよ。
「そんなに私の事言ってるのですか?」
「そりゃもう毎日曜子ちゃんの事ばかりだよ。今日はいい匂いがしたとか今日は唇がぷるんぷるんとか今日は胸が揺れていたとか」
「変態だなお前」
「言ってないじゃないですか!そんなこと言う奴なんていないでしょ!いたらホントに変態ですよ!」
所長と梓さんは悪ノリが過ぎている。曜子もやっと二人の悪ノリであることに感づいたようで笑っている。誤解が解けているなら良しとしよう。
二人も一緒に笑っている時に入り口から一人の男性が事務所に入ってきた。
その男性は背が高く色白で髪が真っ白で背中まで伸びたロンゲだったが、男の俺でもイケメンと思うほどの美形だった。外国人っぽいけどもしかしたらハーフだろうか。その男性は事務所に躊躇なく入ってきて梓さんの傍へすかさず寄って行った。
「おぉ水沢ちゃんは今日も一段と美しいねぇ」
と言いながら梓さんの髪を撫でていた。
「相変わらず豊満な胸を重力に逆らって美しさを保つ努力は怠っていないようだね」
梓さんの服の上からだが下乳の部分をさすりながら褒めているのか品定めをしているのかわからないセリフを吐いていた。
驚いたのは梓さんが全く嫌がる素振りをしないで平然としてソファにもたれ掛かっていることだった。
「お前相変わらずだけど、なんで同じ事したら俺は壁に吹っ飛ばされるんだろうか」
所長は梓さんにセクハラをしたら毎回何かしらの仕返しをされている。懲りない所長も所長だが。この男性の場合はセクハラではないってことなのだろうか。もしかしたら彼氏とか?
「日比谷君のにはエロはあっても愛がないからだよ」
「愛ねぇ」
「止めろ。健全な女子高生が見てはイケナイものを見てしまったという顔で開いた口が塞がらないでいるぞ」
「やぁゴメンゴメン。君が例の女子高生かい?美しいねぇ。清純ないい匂いがする。初心な唇も魅力的だ。胸の大きさも申し分ない美しさだね」
居たわ、そんなこと言う奴いないって言ったの撤回だわ。
「止めろ。本当の変態を見つけてしまったっていう顔で驚いているぞ」
梓さんに窘められた男性は切れ長の眼で曜子を見ながらニコっとしてソファに座った。
イケメンなら何をしても良いのかと言いたいところだが、実際梓さんは拒否をしておらず、曜子には触れず褒めるような言葉しか発してない。同じ内容でもさっき所長が悪ノリで言った言葉を俺が仮に言っていたらただの変態扱いで処理されていただろう。やはり世の中イケメンには優しく生きられるようになっているのか??不公平であると俺は心の中で叫んだ。
「その髪、地毛ですか?」
曜子の突然の質問。その男性が誰かよりも言葉よりも梓さんに対する行為よりも気になっていたのだろうか。
「もちろん地毛だよ。美しいかい?」
「ええ、とっても」
「ありがとう。君の髪も美しいよ」
こんなやり取りを俺も自然にできるようになりたいと心底思ったがさっきまで太もも見て喜んでいたのでは到底無理だなと思ってしまった。
「紹介しとくよ。今日呼んでた私立探偵の豚平豚平だ」
非の打ち所がないイケメンにも弱点があるのだとしたらこの可愛らしい名前だけなのかもしれないな。
「二人とも宜しく。豚平って呼んでね」
フリガナ打たなきゃどう呼べばいいかわからん。




