7話 俺のアカウントは……
「何だ、てめえ。ぶっ殺されてえのか?」
盗賊の親分は俺をかばうように立った若い黒髪の男を鋭い目つきで睨みつけた。
「ハハ、相変わらずこのゲームのNPCは会話パターン多いよなあ。AIでも入ってんの?」
「あ?えいあい?何抜かしてやがんだ?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。こっちの話だから」
ガッシリとした体格の盗賊三人に囲まれても若い男は全く動じない。
「おい、お前らこのふざけた野郎をやっちまえ」
「へい、任せてください」
「すまねえな、お前がしゃしゃりでてこなければ」
親分はあごで男を示して、仲間の盗賊に命令した。
二人の盗賊は、しまっていた短刀を取り出して構えた。
短刀は日光を反射させ、ギラギラとした妖しい光を放っていた。
「悪いが死んでもらうぜ」
盗賊の二人は短刀を振りかぶり男に襲いかかる。
右と左に分かれた盗賊は、両側から男めがけて短刀を振り下ろした。
男はそんな状況下でも、ヘラヘラとした笑みを浮かべ動こうとしない。
「ふん、足がすくんで動けねえか!?」
「あー、そう見えちゃう?弱いねえ」
瞬間、腰にかけていた剣の柄を握っていた男の体が、ブレた。
次の瞬間には盗賊の手から短刀が消えていた。
「な、何しやがった。俺たちの短剣をどこにやった!?」
「ありえねえ、何が起こったって言うんだ」
盗賊達は短剣を無くした腕を振り下ろすこともなく止まっていた。
そんな彼らをあざ笑うかのように一拍遅れて短刀が地面に落ちカランという音が響いた。
「え?動きおっそ。序盤ってこんな弱い敵に苦労してたんだな〜」
周囲を取り巻く群衆、後ろから見ていた盗賊の親分、そして短刀を落とされた二人の盗賊。その全てが唖然とした表情で男を見つめていた。
「あ、あいつ、何したんだ?」
「突っ立てるだけで短剣を飛ばした……?」
ザワザワとしたざわめきが広がる。
当の本人は独り言を口にしながらヘラヘラ笑っているが、彼らにはそれも不気味に見えた。
ゲームの動きを見慣れている俺でも、辛うじて何をしたのかを把握するだけで精一杯だった。
あの男は短刀が自分の体に突き刺さるその寸前で剣を抜き、そのまま目にも留まらぬ速さで短刀のみを切り払ったのだ。そして、そのまま流れるような動作で剣をさやに納め、またヘラヘラとした態度で盗賊達に話しかけた。
そこまでの動作が速すぎて、周りには勝手に盗賊の手から短刀がはじかれたように見えたのだろう。
陳腐な言葉で表現すれば「神速の居合い」だろうか。そういえばプレイヤーランキングに居合いを得意とする剣士がいたような気がする。
「で、まだやる?」
皮肉な笑みを浮かべた男が、そう呟くと盗賊たちは悲鳴をあげながら一斉に逃げていった。
「あ、あの、ありがとうございます」
男の動きが凄まじすぎて恐る恐るといった感じになったが、一応礼は言った。
「ああ、いいよいいよ。んじゃそのネックレスちょーだい。効果は微妙でももらえるものはもらう主義なんだ」
「あ!ちょっと……!」
首にかけていたネックレスを男にひったくるように奪われた。
確かにソフィアのイベントはプレイヤーに盗賊を追い払ってもらったソフィアが、助けてもらったお礼に形見のネックレスをプレイヤーに譲るという形で終わる。
だが、何とも片手間な感じで助けられ、ネックレスを奪われた俺としては納得がいかなかった。
「それは形見なんだぞ!」
「……え?」
思わず俺は今俺がソフィアという女の子であることすら忘れて叫んだ。
「俺は別に助けてなんて頼んでない!」
「マジか……。こんなソフィア初めて見た。てか、俺だなんてソフィアファンの人が見たらどうなるんだろう」
「さっさとネックレスを返せ!」
「いや、イベント達成の報酬じゃん。今更何言ってんの?」
男はあくまで俺を、ソフィアをたかがNPCだと思い相手にしない。
「ふざけるな!恩着せがましく助けておいて形見を寄越せだあ?んなもん通るか!」
感情的になりすぎているのは理解している。彼がいなければ、恐らく殺されていたのも分かっている。しかし、俺はこの世界に来てNPCがただの舞台装置ではないことを知ってしまった。
だから、彼の|NPC(俺たち)の思いをさもどうでもいいかのように振る舞う態度は、看過できない。
「何だよ、もう。しつけえな……。こんなカスみてえなネックレス俺も要らねえんだよ。即刻、売っ払ってやるから買い戻せば?」
「今、決めた。ソフィアの代わりにお前をぶん殴ってやる」
ソフィアは冒険者である父を尊敬し、そして、愛していた。その形見は正に命より大事なもの。このふざけた野郎にくれてやる道理はない。
「なんだ、なんだ。これもイベントかよ?鬱陶しいなあ!?」
盗賊の騒ぎの時に集まった人だかりにまたざわめきが広がる。盗賊から助けられたはずの少女が、命の恩人に喧嘩を売る。何とも奇妙な光景だ。
俺も自分勝手だとは分かっているがここで引くつもりはなかった。ここで奴にネックレスを渡してしまえば、NPCはずっとプレイヤーにいいようにされる。そんな気がするのだ。
俺は至って真剣。その態度を見て男は悪態をついた。
「チッ、街中でNPCぶん殴っても信頼度下がるだけだからな。そこまで言うんならこのネックレスはやるよ」
男はすぐに引き下がりネックレスを俺に投げ渡した。呆気ない幕切れに俺がぽかんとしていると、男は立ち去っていった。
「あーあ、合法的に人殴れるイベント早く出ねえかな」
何とも物騒なセリフを吐きながら……。
※※
ひとまずホッとした俺は、特にすることもないので散歩を始めた。
(この広い町にプレイヤーが何人いるのだろう?)
さっきのプレイヤーもそうだったが誰がNPCかなんて区別つかない。そして、彼らプレイヤーからしても俺はただのNPC「ソフィア」なのだろう。
そんな考え事をしながら街を歩いていると、思わず目を疑うような人物を俺は見つけた。
短くもなく長くもない黒髪、体型は中肉中背、装備は普通の布の服。これこそまさに町人Aという見た目をした男だ。外見的特徴など皆無と言ってもいい。
だが、それは俺がこの手で作り上げ使っていたアバターだった。
後ろ姿からでも自分のアバターだと気付いた俺は思わずそいつを追いかけた。
「そ、そこの人、ちょっと待ってください!」
そんな呼びかけに俺のアバターらしき男は一切止まらず人混みの中を進んでいく。
「ああ、もう!」
とにかく必死で人混みの中を走りアバターを追いかけた。ソフィアの体はあまり運動し慣れていないのか、すぐに息が上がる。それでも足を止めず追いかけるとようやくアバターに追いついた。
「すいません!ちょっと話に付き合ってもらえませんか!?」
そう話しかけながら男の肩を掴むと突然視界が歪んだ。
次の瞬間、俺の体はギルドの前まで飛んでいた。
何が起こったのか全く理解できなかった。ただ俺がさっきいた場所からギルドまでは相当の距離がある。瞬間移動でもしたのか。悩んだが答えは出なかった。
「ギルド、か……。ここが本当にゲームの中だとしたらアカウントを調べられるかも……」
それで何が変わるかは分からない。ただ何か行動せずにはいられなかった。突然、ゲームの世界に引きずり込まれ俺の身には色々なことがありすぎた。
それでいて何故か自分のアバターが、街をウロついている。今、俺の頭の中はパニック状態になっていた。
何が理由で自分はここにいるのか。自分は今何をさせられているのか。その手がかかりがとにかく欲しかった。
ギルドの中はそこまで人がいなかった。今は昼間だから冒険者たちは仕事をしているのだろう。
俺はまっすぐ受付に向かった。担当になった人はエリスだった。今は初対面なのだろうかこの短い間で彼女に何回関わったか。俺はエリスにかなりの親しみを持ってしまっていた。
「お客様のご用件は?」
「知人の代わりに出生届を取りに来ました」
俺はアカウントのことを出生届ということにすこし戸惑った。すると、エリスは席を立ちさり奥から一枚の書類と万年筆を持って戻ってきた。エリスは俺の前の机に書類と万年筆を置いた。
「ではここに出生ナンバーと暗証コードの記入をお願いします」
出生ナンバーはIDのことで暗証コードはパスワードのことだろう。このナンバーはプレイヤーのみではなくゲームの世界ではちゃんとNPCにも配られているものだった。
俺は入力しなれた文字列を書類に記入していった。
俺は書き終わった後万年筆のキャップを閉め書類とともにエリスへ渡した。エリスはすぐさまその書類を持って行った。
少しの間待っていると再び奥からエリスが戻ってきた。エリスはどこか浮かない顔をしていた。
「お客様の出生届は見あたりませんでした。もう一度出生ナンバーと暗証コードを確認して戻ってきてください」
俺は少しの間ぼーっとして何も考えれなかった。あれだけ何度も入力した文字列を間違えるはずがない。俺はいろいろな考えを張り巡らした。
もしかしてアカウントを乗っ取られてパスワードを変えられたのか!?だがなぜこんなことに……。
俺は呆然としながらいすから立ち上がる。すると、目の前が真っ暗になりその後見える景色がピクセル状になる。そのうえふらついてしまった。
こんな時に立ちくらみかよ……。あ、倒れ……る。
俺が最後に感じた感覚は地面へと倒れていく感覚だった。