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6話 少女になって逃げてみる

気がつくと俺は狭い路地裏の中にいた。日の光が届いていないのか辺りは薄暗い。


やはり気を失ったら目覚めた時に違う誰かに入れ替わってしまうのだろうか。


俺を下卑た目つきをした三人の男が囲んでいた。手入れしていないボサボサのヒゲ、ところどころ穴の開いた服。そんな三人のそれぞれの手には刃渡り10㎝ほどの短刀が握られていた。


「嬢ちゃん。さっさとアレを渡したほうが身のためだぜぇ」


ニヤニヤしながら男たちは短刀を俺に向け徐々に近づいてきた。この状況を見て俺はようやく勘付いた。これはソフィアのイベントだ。


ありふれた町人であるソフィアがなぜ盗賊に追われているのか。それは彼女の父が著名な冒険者であり彼の残した形見が恐ろしく高価な魔道具だったことが理由だったと思う。


これはイベントの終盤、盗賊から逃げ回るソフィアがとうとう追い詰められてしまう場面だ。形見を守ろうとするソフィアは死を覚悟するがそこにちょうどプレイヤーがやってくる。


俺は首に掛けてあるネックレスを確認した。これが盗賊の狙いの魔道具「翡翠のネックレス」だ。このきれいな深緑の半透明の宝石の効果はマナを少し高めてくれるだけだが序盤は重宝していた記憶がある。


とにかく来るかどうか分からないプレイヤーには期待せずにこの場は逃げるべきだろう。泣けるバッドエンドとはいえこのままじゃ死ぬのは俺だ。


しかし、前は盗賊たちに塞がれていてしかも背後は壁だった。

この町の中央にひかれている大通りにはたくさんの路地裏が入り組んでいてもし叫んでも誰にも気づかれない。

「へへっ、逃げ場なんてないぜ。オラッ!早くネックレスをよこせ!」


盗賊が凄みをきかせて俺に迫る。

が、まだ逃げる手段は残っている。


「風よ! 私を飛ばせて! フリート!」


己の体を鳥のように浮かべさせる風属性の魔法を俺は使った。

路地裏の陰にたまる砂ぼこりがあたりに舞う。

しかし、風は俺の体を少しだけ浮かべた後霧散した。


「マナ切れかよ……!」


風の支えを失った体は無残に落ちた。固い地面に激突し痛みが走る。


どうやら魔法のマナに関しては俺が乗り移っている体ではなく俺由来のようだ。そういえばマナ切れして気絶したんだった……。


「おい、こいつ魔法使えるみたいだぞ。まあ、不発だったみたいだが、一応体押さえておけ」


「分かりました、親分。へへッ、結構いい体してるじゃねえか」


警戒した盗賊達が地面に転がった俺の体を抑える。盗賊達は体を値踏みするような下品な目で俺を見ていた。男の俺でも気持ち悪いと思う視線だ。


何とか逃げようと俺は最後のマナを振り絞りある魔法を唱えた。


「こうなったら入れ替わりの魔法しかない! チェンジ!」


俺の体を押さえる二人か少し離れている親分と呼ばれていた男と立場を入れ替えた。


「おい!怪しい動きをするんじゃねえ!」


「そうだ、そうだ!女だからってタダじゃおかねえぞ!」


「待て!お前ら、俺だよ、俺!女はあっちだ!」


一瞬のことに気づけなかったのか男たちは自分たちの親分を蹴り始めた。頭に血が上ってるのか止めるよう叫んでいる親分の声も届いていない。


俺からしたら好都合だ。この場から少しでも離れれるように必死に逃げようとするが「飛翔の魔法」を失敗したときに足をぶつけたのか思うように動けない。


それでも足を引きずりながらも路地裏の出口を目指す。表通りからさす光が俺の目には希望に見えた。


「ざんねーん、コケにしてくれやがってどうなるか分かってんよな?」


怒りに目を燃やす親分が俺の肩を掴んできた。あとちょっとってところで……


「ハハっ、別に俺はお前が素直に翡翠のネックレスを渡してりゃ何もする予定はなかったんだぜ?お前が悪いんだ。カハッ、ハハハハハ!」


 親分の目は完全にイかれてた。今にも俺に手に持った短刀を突き刺しそうだった。親分のくすんだ目とは違い短刀はあたりの数少ない光を反射して輝いていた。このままじゃ絶対にまずい。親分の腕を振り切ると表通りへ俺は逃げ出した。


足の痛みに耐えながら必死に走る。この辺りのマップはゲームをやっていた時に全て把握している。その知識を利用して俺は精一杯盗賊から逃げた。


「あ、ここは……」


 カイルとしてエリスと来たカフェまで走ってきたようだ。そこには同じ立ち位置でカイルとエリスの二人が立って話をしていた。まえにレグリオンにさらわれて来たときはテラス席だったが今回は窓ガラス越しに二人の姿が見える。


なぜ二人がまだここにいるのか。それは分からないがとにかく俺は助けを求めた。


「エリス!カイル!頼む、助けてくれ!」


 思わず自分の見た目が女であることも忘れて叫んだ。

しかし、エリスとカイルは一瞬こちらを見ただけでまた談笑を始めた。窓ガラスのせいでよく聞こえないのか……


「え?な、何で?」


 周りを見れば誰もが盗賊に追われている俺のことなど気にしていない。道を急ぐ者、友人と喋る者、商売をする者、その全てが俺を視界に入れることすらしていない。まるでそこに元々あった置物かのように……。


 そこで俺は気づいた。音が窓ガラスに遮られているからではない。そしてこの世界はどこまでもゲームに忠実なんだと。

ソフィアのイベントでソフィアを助けるのは必ずプレイヤーの役目だった。つまりプレイヤー以外が彼女を助けることは絶対にない。たとえ親友だろうが恋人だろうがストーリーに刻まれた行動には逆らえない。

NPCなんて所詮はストーリー上をなぞる存在でしかないんだ。そう俺は確信した。そう思うと同時に心の中に虚無感と絶望が広がった。


自然と足も止まった。心がもう折れてしまったからだろうか。


「あ?もう逃げ疲れたのか?まあ、いい。おい、やれ」


「分かりました」


親分に何かを命令された盗賊はガラス製の箱を取り出した。


「いいか?その箱にはそれは大した猛毒が入っている。こんなに人が集まったところでばら撒いた何十人もの死人が出るだろうなあ。

そうしたくないんだったらさっさと翡翠のネックレスをよこしな!」


その言葉に周囲からざわめきが起きる。


「……分かった」


今ここにあの毒を対処できる人間はいない。俺は盗賊の言う通りにネックレスを渡すしかなかった。


「よし、いいだろう。これで仕事は終わりなんだが……おっと、手が滑ったあ!」


 親分は仲間が持っていた箱をひったくると地面に叩きつけた。中に入っていた紫の液体が漏れ出し異臭を放った。あたりには紫色のもやがかかる。

毒を吸い込んでしまった人は咳き込みながら苦しんでいる。


「ハハハハハハ!!じゃあな!……って誰だてめえ!」


その場から立ち去ろうとしていた盗賊の前に立ちふさがる男がいた。


「俺か?俺の名前は……って危ない危ない。毒に苦しむ…… なんだっけ?まあ、いいやヒールポイズン」


男は適当な詠唱で解毒魔法を使った。

しかし、その効果は絶大で毒にかかった人はもちろん毒の元凶まで消えてしまった。


「まさかソフィアのイベントがやってるとは思わなかったけど俺は雑魚相手でも容赦しないぞ」


男は軽い感じで笑いながらも剣を抜いた。


 魔法の詠唱破棄にイベントという単語。間違いない、彼は|プレイヤー(救世主)だ。

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