表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

5話 これは初デートと言えるのだろうか

 気がつけば賑やかな大通りに俺は立っていた。空を見上げれば冒険者ギルドに帰ったときより太陽がずいぶん上っていた。


青い空には白い雲が視界の右から左へと流れていく。その様子は止まることのない時の流れを表しているようで昨日までの自分の存在を消し去っていくかのように感じられる。


「あー、ダメだ。冒険者ギルドに帰ってから何してたか全く覚えていない」


多分徹夜の疲れのまま寝てしまったんだろう。なのに俺の体はギルドから離れたところにある。ということは……


「だよな……」


 目の前にあった雑貨店のショーウインドウには長身の茶髪の男が映っていた。同じ男でも冴えないレグリオンとは違いスラッとしていてクールな姿が印象的だった。


間違いなくエリスでもレグリオンでもない別人だ。


 それにしてもこの男は俺が乗り移る前何をしていたんだろう。男の服装はありふれた私服で職業も身分も全く分からない。


しかも、周りに自分を知っているような人もいない。今までのパターンとは違って何をしたらいいのか見当もつかない。


 手掛かりを求めて俺は男の体を探った。……、上着やズボンのポケットから出てきたのは財布と使い古された手帳だけだった。


「手帳……か。今日の予定が書いているかもな」


パラパラとページをめくりお目当のものを探した。男は几帳面な男のようで自分の予定を事細かに書き込んでいる。


「9月13日、今日はエリスとのデート!?」


シンプルなその一文に加え待ち合わせ場所と時間だけが書かれていた。


 しかし、滅多に自分の気持ちを手帳に書き込んでいない男が「とても楽しみだ」と付け加えていることからよっぽど楽しみにしていたのだろう。


 俺としては複雑な気持ちでいっぱいだ。そもそも引きこもりだった俺に恋愛経験はない。そんなものを抜きにしても他人のデートに自分がその人として行くなんて乗り気にはならない。よりにもよって相手があのエリスなんて……。


「この雑貨店もプレゼントを買うために来たのかもな……」


 とりあえず店の中に入ってみた。こじんまりとした店内には様々な雑貨が並べられている。女子受けするようなものなど分からないが、お洒落そうに見えたサーモンピンクの下地に木の葉のマークが装飾されたマグカップを購入して俺は店を出た。


俺はこの体の持ち主のイメージが崩れないようにマグカップに「Ellis」の文字を入れてもらった。


色んな種類の店が立ち並ぶ大通りを歩くと自然に興味のある店に目を奪われる。その度に時間がないと自分を抑えて待ち合わせ場所へ俺は急ぐ。


 大通りの先には大きな噴水が中央にある噴水広場がある。そこが今回の待ち合わせ場所だった。噴水に太陽の光が反射しキラキラと輝いている。ゲームで見たときも思ったがきれいな場所だ。


そんな噴水の横に取り付けられていたベンチにエリスは座っていた。ただ座っているだけなのに物語の一場面が切り取られたかのようなとても絵になる光景だった。


「あ!カイルさん!」


エリスは俺を見つけると満面の笑みでこっちに駆け寄ってきた。自分で鏡で見たときもきれいな女性だと思ったが笑うと魅力が何倍も高まる。


 こんな人とデートして浮かないだろうか。いやもちろんカイルの容姿ならエリスと釣り合っているのかもしれないが俺の気持ちとしては俺なんかとデートしてもらって申し訳なさでいっぱいだ。


「私、けっこういいカフェ見つけたんですよ!メリダカフェって言うんですけど今日はそこに行きませんか?」


「あ、ああ、いいよ」


奇しくもエリスが提案したカフェは俺がエリスとしてレグリオンに無理やり連れてこられた場所だった。彼女自身は覚えていないのだろうがある種の運命を感じ複雑な気持ちになった。


「じゃあ、行きましょう!」


 たわいもない世間話をしながらエリスと街道を歩く。それでも彼女はとても楽しそうだ。味気のないギルド職員の制服と比べ今エリスが来ている服はとても華やかで何となく今日に向けて気合いを入れてるのではと感じた。改めて俺の胸は申し訳なさでいっぱいになった。


エリスとの会話に相づちをうちながらも俺の意識は別のことに向いていた。それは俺が乗り移ってきた三人の関係についてだ。レグリオン、エリス、カイル。レグリオンとエリスは初対面だったが三人には微妙に繋がりがある。


ただの偶然かそれとも誰かが仕組んだことか。そもそも今俺が置かれている状況からして不可解すぎる。


「カイルさん!聞いていましたか?ずっとボーとしているじゃないですか」


「ごめん、ちょっと考え事していた」


「もしかして、仕事の事ですか?相談があるなら乗りますよ?」


 俺は改めてエリスがとてもいい子だと認識した。俺はエリスの実際の彼氏のことをうらやましく思うと同時にこんなにいい子を心配させてしまったことを後悔していた。


「ごめんごめん、何でもないんだ。心配させてしまってごめんな」


そう言った後も俺の顔を覗き心配そうに見てくるエリスを俺は眺めていた。


そして、眺めながらこの子の彼氏になりたいと考えるてしまった。しかし、すぐそんな考えは振り払った。俺には不釣り合いだ。それもこの状況は俺がカイルに乗り移っているからこそできたものだ。


そんなことを考えながら歩いているとメリダカフェに着いた。相変わらずおしゃれな場所だ。デートスポットなのか周りの席にもちらほらとカップルが座っている。


そうしていると昨日、レグリオンに無理やり連れてこられた悪夢が蘇ってきた。それを忘れようと俺は頭を振った。


 昨日と違って今日はテラス席ではなく、店内の席であった。店内でも解放感のあるガラス張りの壁を通して大通りを通る人々が目に入る。


注文したコーヒーが来るのを待っていると外がやたらに騒がしくなってきた。窓の外を見てみるとひとりの栗色の髪の少女が盗賊に追いかけられていた。


その少女が俺の視界から消えていく頃に俺はその少女のことを思い出した。


 少女はあるイベントクエストに関係するNPCでソフィアという町人だ。そのイベントはプレイヤーが街を歩いていると突然ソフィアに助けを求められ盗賊を倒すという序盤のクエストだ。その時の状況と今の状況がよく似てる。


ゲーマーだった俺からすると簡単にクリアできたクエストだったがこのゲームは難易度が高い。序盤のクエストにも関わらず慣れていないプレイヤーだとクエストが失敗しソフィアが死んでしまうこともあるのだ。


俺自身はソフィアが死ぬところを見たことはない。だが、インターネットではその死に際のストーリーが泣けると評判だった。その情報をソフィアを助けた直後に知り見たくてしょうがなくなりリセットしようか悩んでいたことを俺は思い出した。

 

 だが、今この状況ではその好奇心は捨てなければいけない。ここはゲームの世界とはいえ俺からすればちゃんとしたリアルそのものの世界なのだから当然のことだ。一人の少女の死を代償に自分の好奇心を満たしたって嬉しくとも何ともない。


 盗賊達は悲鳴を上げる町民たちを突き飛ばしながら少女を追いかけ走っていった。しかし、何故か三人組の一人が立ち止まり紫色の液体が入ったガラス製の箱を思い切り地面に投げつけた。その液体はガラスの破片とともにあたりへ散らばった。その直後辺りに異臭が漂う。


「エリス!!口と鼻をふさぐんだ!!」


俺は口と鼻をふさぎながらくぐもった声でエリスにそう命令する。俺自身はエリスの彼氏ではないがカイルはエリスの彼氏なのだから俺が代わりにエリスを守らなければいけない。


俺がエリスに命令した少し後に道を歩いていた人々がどんどん倒れていった。彼らはとても青ざめたひどい顔をしている。


「やはりこれは毒か!」


一応口と鼻をふさいでおいでよかったが早く治療をしないと大変なことになる。


突然カフェの入り口のドアが勢いよく開いた。入ってきたのはオリーヴだった。


「エリス、エリスはいるかしら!?」


オリーヴは息を切らしながらもエリスを探していた。


「オリーヴじゃない!どうしよ、こんなことになっちゃってるよ!」


エリスはオリーヴの方へ駆け寄った。


「エリス!あなたの解毒魔法の力を貸して!」


「え!?私!?」


昨日のレグリオンの手当てで見せた解毒魔法を使ったのは俺だ。実際には解毒魔法のやり方なんて知らないエリスは当然戸惑う。


このままではエリスが……。俺は脳をフル回転させる。


「オリーヴさん。エリスは昨日の治癒魔法の使い過ぎで魔力切れなんです。ですので代わりに俺が解毒魔法を唱えます」


俺は口と鼻をよりしっかりふさぎカフェの外へ出る。


「毒に苦しむ者に毒からの解放と癒しを!ヒールポイズン!!」


魔法を唱えた瞬間辺りは青白い光で包まれた。そしてその光は徐々に晴れていく。それと同時に毒で倒れていた人々の顔色は少しずつ良くなりやがて目を覚まし上体を起こした。


すると、オリーヴが俺の前にやって来た。


「あなた、これだけの広範囲にただでさえ魔力消費の多い解毒魔法を唱えるだなんてすごいわね!さすがアトラータ男爵の息子様だわ!」


なんと、男爵の息子だったとは思わなかった。俺は頑張って驚きを隠し軽く会釈した。しかし、徐々に俺の意識はもうろうとしていき足に力が入らなくなってしまい倒れてしまった。


 さすがに魔力を使いすぎたか……。一歩も指を動かせないが誰かを救った達成感のおかげかその疲れが心地よく感じられた。


しばらくして俺の視界は真っ暗になっていく。



読んでいただいてありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ