3話 俺は乗り移れるのか、それも男女問わず……
目を覚ました俺が立っていたのはゲーム内で何度も訪れた冒険者ギルドのカウンターだった。
ギルドの中にはゲームで何度も見た焦げ茶色の木目調の受付テーブル、依頼を張り出す掲示板が置かれていた。いかにもゲームの冒険者ギルドって感じだ。
ギルドには酒場が併設されている。ギルド内に設置されたテーブルでは冒険者達の酒盛りが始まっていた。もうすでに出来上がってるようでかなり騒がしかった。
そんな彼らに俺は内心苦笑しつつギルドの中を再び眺めた。いくつも並べられたテーブルは傷が目立ち入り口に置かれた初代ギルドマスターの石像さえ右腕が取れていた。
冒険者達の荒々しさが現れている。しかも、インテリアらしいインテリアは石像以外に何もない。
だが、こういう無骨さが冒険者らしいと俺は感じた。
いつも画面越しに見ていたもが広がっている。そのことに俺は感動を覚えたのだ。
もっとも俺が立っているのは冒険者が並ぶ方ではなく受付の側だが……。
「どうなってるんだ……?」
まさかレグリオンの副業がギルドの職員だったなんてことはないだろう。そもそもレグリオンの体は一歩も動けないほど疲労していたはずだ。
困惑している俺に奥の方から出てきた面倒臭そうな表情をした女性の職員が話しかけてきた。
「エリス、さっきのモンスターの襲撃で出たケガ人の手当てに私たちまで駆り出されることになったわ。面倒だけどさっさと行くわよ」
不満そうな口ぶりだがその手には救急箱が握られていた。ってそれよりエリス?
女性の胸元に「オリーヴ」と書かれたバッジが付けられていたのを見ると俺はとっさに自分の胸元を見た。
左胸に付けられていたバッジには確かに「エリス」と書かれていた。
それより気になったのは視界をふさぐ胸の大きな膨らみだ。ギルド職員の服が淡いカーキ色の生地に細い白の線が入ったデザインのせいで余計に目立つ。
俺は時と場をわきまえようと思った。思ったが……欲望に耐えきれず俺はそれを触ってみた。
モニュ
柔らかい……!そう思いながらも人生初めての感触がこんなことであることに少なからず悔しさを覚えた。そもそも男としてこういう行為は最低だと思う。
さりげなく股のほうも調べたが有るはずのアレは綺麗さっぱり消えていた。
さらに都合良くカウンターに置かれていた手鏡が追い打ちをかけた。そこに写っていたのは金髪碧眼の美しい女性だった。
「あんた……、何してんの?」
オリーヴがジトッとした目でこちらを見ていた。
「い、いや、何でもない、わよ?」
「何で疑問形なのよ。ハァー、行くわよ」
というわけでオリーヴと一緒に街の診療所へ向かうことになった。
道中、中世の城下町のような雰囲気の街を歩いていると一組の親子とすれ違った。はしゃぐ子供とそれを微笑ましい表情で見つめる両親。手を繋いだ三人には第三者から見ても作り物ではない家族の確かな愛情が感じられた。
いくらリアルなゲームだったとはいえ画面から見ていた景色ではこんなことを感じることはなかった。自分が実際にゲームの世界にやってきたのだと、ここは現実なのだと俺は改めて実感した。
空には三日月が浮かんでいた。少し肌寒い。俺、レグリオンが気を失ってからそれなりの時間が経っているようだ。
「なあ……じゃない。ねえ、手当てってまさか徹夜?」
「そのまさかよ……。死者はいないけど百人ぐらいケガ人がいるらしいわよ。しかも、上司もすごい真剣なのよね。何でも俺たちを守ってくれた英雄たちを死なせるなって」
俺とオリーヴは話を続けた。
「レグリオンって人がとんでもない活躍をしたらしいわよ。いつもは冴えないただの門番だったのに、魔物の襲撃の時はみんなを指揮しながら第一線で戦ったらしいわ。トレント中はその話題で持ちきりよ」
吟遊詩人までもが英雄の詩と称してレグリオンのことを歌っているらしく思わず冷や汗が流れた。
「さ、着いたわよ」
診療所といっても常在の医者などいない小さなものだ。街の中心から離れたそれこそ門の近くにある。
診療所は小さな箱状の建物だ。元は白かったのだろうが年月のせいで灰色がかった色になっている。トレント診療所と書かれた看板さえ傾いていてこの診療所の寂れ具合を演出している。
しかし、今日に限っては違った。診療所には大量の人が集まっていた。理由はいうまでもなく今日の魔物の侵攻だろう。
この小さな診療所に何百人のケガ人は収まり切らなかったようで門の外の草原に布がひかれそこに大量の怪我人を横たわらせていた。言っちゃ悪いが死屍累々という言葉が思い浮かぶほどだ。
夜のラピュセリア大草原は何度も見たことがある。そして、これ程殺伐としているラピュセリア大草原も少なからず見たことがある。
しかし、実際に自分の五感を通して感じる世界と画面を通して見るゲームステージは全く違っていた。やはり心が痛ましい。俺がもっと頑張れば苦しむ人は一人でも減ったのではと考えてしまう。
「それにしてもギルドの受付嬢だけじゃなくて他にもいろんな人が手当てに集まってるみたいだけど」
「あちこちから人を集めたんじゃないの?全然進んでいないけど」
この世界は結果はゲームだ。たいていの傷なんて魔法やらアイテムなんかで治ってしまう。だから怪我の手当てなど実際は止血してポーションを飲ませれば終わりだ。
にも関わらず作業が遅れている理由は診療所の奥へ進めば分かった。
「レグリオンさま〜。怪我が治ったら私と酒場にいかない?」
「あ、ずるい!私が先に約束してたのよ!」
「ちょっと、私が先よ!」
一人だけ上質なベッドに寝かされていたレグリオンの元には本来手当てをしに来た女性たちが集まっていた。どの女性も仕事を忘れレグリオンとベタベタしている。
「フッ、子猫ちゃんたち。俺の体は一つしかないんだぜ……?」
レグリオンがカッコつけながらそう言っているのを見ると無性に腹が立った。
入れ替わった理屈は分からないがあの襲撃のとき頑張ったのは俺なわけで何もしていないコイツが我が物顔で恩恵を受けているのはムカついて仕方がない。
いっそブン殴ってやろうかと思ったが自分がここに来た理由を思い出しやめた。周りにはまだ大勢のケガ人が残っている。名前は知らないが俺からしたら共に戦った仲間たちだ。
レグリオンのことは頭の片隅に追いやりオリーヴと一緒にまだ処置を受けれていない人たちの元を回り始めた。