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23話 この景色をずっと二人で見ていたい

これが一章の最終話です。

「ル、ルミナが大変……?波瑠、それはどういうことだ?」


それは絶望に染まった俺の心を揺さぶるのに十分な情報だった。


『ルミナがさらわれたのよ!これはゲームのクエストなんかじゃない! 誰かが起こした本当の犯罪よ!』


波瑠は真剣な口調でそう言った。冗談ではない。短い付き合いだが確かにそう感じた。


「……そうか、だけど、俺にはもうルミナと顔を合わせる資格なんてない。俺はルミナを突き飛ばしたんだからな。ルミナが伸ばしてくれた手を俺は一方的に払ったんだ……」


心底自分が嫌になる……。心が再び暗い闇の中に沈んでいった。


『……本当にそれでいいの?』


「だって、ルミナもそれを望んでいるはずだ」


『さらわれて助けもなく不安に過ごしているルミナが?』


「……っ仕方ないだろ!俺は沢山の命を奪った。それは拭えない俺の罪だ。だから、俺じゃ……」


『それならルミナを助けて罪を償ったらどうなの!?

……ルミナは絶対に啓太のことを待ってる』


「そんなの嘘だ」


『じゃあ! 啓太が助けに行かなかったせいでまた一つの命が失われてもいいの!?』


ルミナが死ぬ。頭の中でそんな未来を想像して俺はやっと目を覚ました。それだけは絶対にダメだ。淀んだ視界が次第にクリアになっていった。


俺がすべきこと、それは……


「波瑠!!今ルミナはどこに!?」


ルミナを救うことだ。落ち込むのはその後でいい!


『ウィルヘルム山のふもとの塔の中よ。

言っておくけど、ソフィアのイベントほど甘くないわよ』


ウィルヘルム山とは国の東に位置する山である。険しい山で魔物も多くいる。そして、鬱蒼とした木々に覆われていることから盗賊等のアジトも多かった。


「あぁ、分かっている。それよりも波瑠も来てくれないか?」


「当然でしょ?ルミナの命がかかってるんだから行くに決まってるじゃない」


透き通るようなその声に振り向くとスラリとした長身の女性がいた。波瑠だ。彼女は呆れた目で俺を見ていた。俺は何も言えず苦笑いを浮かべた。


……俺は頼もしい仲間に恵まれたようだ。


「全くいつまでもウジウジしちゃって男らしくないわよ」


「すまん、でも、もう迷いはない」


俺と波瑠はウィルヘルム山へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここが犯人のアジトみたいね……」


山の奥深くに隠れるように一つの塔がポツンと立っていた。石を積み上げて作られたその塔はところどころヒビが入っていた。そして、黒い雷雲が塔の真上に広がっていた。


カアァ、カアァ


塔の頂点に立つカラスが城の方を向いて鳴いた。背筋に悪寒が走った。なんとも不気味な光景だと波瑠と顔を見合わせた。


入口の扉まで行くと入り口を塞ぐためのチェーンが扉のもとに落ちていた。扉は長年の風雨によりさびている。俺は意を決して扉を開けた。


塔の中は真っ暗だった。もう大分日は沈みかけていたが辛うじて西日が扉の間から差し込んでいる。その光が床にたまったほこりとその上の足跡を照らしていた。


「……とりあえずは進むか」


俺と波瑠は足跡を辿って進んだ。

俺は石の階段を一段一段神経を尖らせながら上った。もうすでにここは敵のアジトなのだから細心の注意を払った方がいいだろう。ゲームで盗賊や暗殺者がやっていたような隠密行動を見よう見まねでやった。

それが功を奏したのか何の障害もなく俺と波瑠は塔を進んでいった。


「最上階だ」


階段を上りきった先には大きな扉があった。扉は侵入者を拒むように閉じられている。この先にルミナと犯人がいる。そう確信した俺は扉を開けた。


そこには拘束されているルミナの姿があった。古ぼけた木の椅子に手足を縄で括り付けられ口には猿ぐつわ、、目には黒い布が巻かれていた。幸い外傷はない。だが、何度も逃げようとしたようで今は気を失っているようだった。


「ルミナ!」


波瑠はルミナの拘束を解こうとルミナに駆け寄った。

俺も今すぐ彼女を助けてやりたい気持ちはある。だが、その油断は命取り。よく床を見れば少しだけ色が違う床があった。


「波瑠!待つんだ。床に罠が仕掛けられている」


波瑠の腕を取り止まらせると俺は転がっていた石ころをその色が違った床に投げ落とした。すると床が開き石ころは大穴に吸い込まれていった。上から穴を覗いてみると先の見えない暗闇が広がっていた。


「さすがはK-taだな。ランキング入りするだけあって、簡単な罠には引っかからないか」


そう言いながら奥から3人の男女がカツン、カツンと音を立てながら歩いてきた。彼らの姿はどれも見覚えがあった。エリスと俺がフルーレティの魔法から幸い救えたリルという男とソフィアイベントの親分だった。


接点がなさそうなチグハグなメンバーに俺は違和感を覚えた。彼らにルミナを攫うような動機があるのか。そして何よりリルの言った名前は俺のカラミティー・オンラインでのアカウント名だった。


「何で自分の正体が分かるんだって顔をしているな。クク、感じるのだよ貴様から。同族の気配が、この世界への憎しみがな!」


リルは血走った目で俺を見た。見た目は彼と全く同じ、だが明らかに俺が助けたあの青年とは違う。不純物が黒い靄になって彼を包んでいるように見えた。これが奴の言う同族の気配なのか世界への憎しみなのかは分からないがとにかくこいつはリルではないことは明らかだ。こいつも俺と同じでNPCに意識だけが入った元プレイヤーなのだろう。


「どうだ、K-ta。俺たちと協力しないか?俺たちもお前たちもあの雷にこの世界へ誘われた同族、言わば”雷族”なのだから」


と、リルが俺たちに言い放った。リルは歯を見せながら声を上げて笑った。


「雷族か……あぁ、俺も雷の次の日にこの世界へ来た。だがお前たちみたいな女の子をさらうようなやつと一緒にしないでくれ。それにお前が憑依している相手はそんな下劣な表情はしない」


俺はしゃべっていていつもより声のトーンが低くなっているのを自分自身で気が付いた。しかし、今の自分を支配している感情は”絶望”ではなく”怒り”であった。ルミナをさらったこいつらへの憎しみ、そして何人もの人を殺した自分への憤りだ。


だけど、もう俺は過去のことで根暗になったりしない。ゲームの世界でも現実でも過ぎたことはどうにだってならない。だからといって過去を捨てるのではなく、過去の反省を生かして今できることをするんだ。

俺が今できること、それはこの怒りを力に変えルミナを助けることだ!


「ルミナを解放しろ」


「いいや、無理だ。彼女はとてもよい戦力になる。服従の魔法をかけるのだよ。K-ta、もし君がこの今の人数差で勝てれば解放してあげようじゃないか」


リルは俺を試すような目で俺を見た。人数的有利だからなのか随分と余裕だ。

俺は考えた。全力で戦えばこいつらには多分勝てる。だが、剣や武術、魔法を使えば何の罪もないエリス達の体に傷を負わせることになってしまう。その時俺はある魔法を思い出した。そうだ、睡眠の魔法だ。睡眠の魔法を使い一発で意識を落とせば剣を抜くことなく無力化出来るはずだ。


それに彼らは俺の勘だがこの世界に来て日が浅い。服従の魔法なんてものを使おうとしているからだ。服従の魔法はあくまで対象を魔法の使用者に服従させるのであって使った後にまた別の人物に入れ替わってしまったら元も子もない。となると彼らはゲームだけの経験のため攻撃魔法はおろか、魔法攻撃防御魔法も詠唱できないだろう。


異世界に転移なんていう非現実なシチュエーションに酔っ払っているのだろうか。事情は知らないが舐めた真似してくれた分はきっちりとお灸を据えてやる。


俺は敵に悟られぬように波瑠にテレパシーを送った。


『戦いが始まったらすぐに物理攻撃防御魔法と睡眠魔法を詠唱してくれ』


物理攻撃防御魔法は一番簡単な魔法で”ガード”と1単語しかない。最速で発動できる魔法の一つである。しかし、睡眠魔法はそうもいかず少し時間がかかる。その時間稼ぎに俺が奴らと戦うわけだ。防御魔法はちょっとした保険に過ぎない。


「ああ、その戦い買った。こちらが勝てばルミナは返してもらう」


「いいだろう。ならばこのコインを宙に投げそれが落ちた時が開戦の合図だ」


リルは懐からコインを取り出して俺に見せた。特に異論もなく俺は黙ったまま頷いた。コインが指に弾かれ宙に舞う。表と裏を交互に見せるようにクルクルと回転しながら落ちていった。俺とリル、その他の全員も固唾を飲んでその瞬間を待つ。俺は自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。長い長い一瞬が終わりチャリーンと音を立てコインが床に落ちた。


その音を聞くや否や奴らは剣を鞘から抜き放った。そのまま俺目掛けて三人がその剣を振り回しているが当たらない。俺とてこの世界に来てから戦闘は何回もしている。俺の目が目が慣れたのかこいつらの剣筋は単調で遅く余裕を持って躱せた。


「クソっ!避けてばっかで卑怯だぞ。戦え!」


「卑怯?よりによってお前が言うかよ……。まあ、あえて言わせてもらうならば、ルミナを助けるためなら俺は何だってやってやる」


俺の指示通り波瑠は魔法の詠唱をしていた。開戦と同時に始めたこともあってもう発動できるようだ。


「ー眠れ、眠れ、永遠の果てまで……。夢幻の彼方を彷徨い続けろ。<ハイスリープ>」


「な、何を……、っ、………」


効果は覿面でエリスと親分は手に持った剣を落としバタッと倒れたかと思うと寝息を立て始めた。その二人の様子を見てリルは悔しそうに唸った。


「チッ、睡眠魔法なんて使いやがって……!し、死ねえ!」


リルは剣を振りかぶり俺に飛びかかってきた。無意識のうちに身体強化を使ってるようでそのスピードは先程と比べて格段に速かった。だが、フルーレティの氷の矢の方がもっと速かった。


「浮遊せよ エアーグラビティー」


俺はリルの持った剣を浮かせそのまま部屋の端に飛ばした。丸腰になったリルはジリジリと後ずさりし結局逃げ出した。だが、俺が逃がすわけもない。リルの何倍ものスピードで詰め寄り、その勢いのままリルの首筋に剣を当てた。少し強すぎたようで首の薄皮が切れ血が垂れていた。


「俺たちの勝ち、でいいよな?」


「は、はい……」


リルは怖気付き、おどおどと頷いた。


俺は剣をリルに当てたままルミナに目で合図した。ルミナは睡眠魔法を発動させてリルを眠らせた。


俺はゆっくりとルミナのところまで近寄り手、足、口、目と拘束を解いていった。


ルミナは徐々に瞼を開けた。そして、俺や波瑠の姿を見た瞬間目を大きく見開いた。その目は確かにうるんでいて微かに入り込む月光を受けて輝いていた。


ルミナは感極まったのか俺に抱きついた。

さすがにこんな経験はなく俺は頬を赤らめてしまった。俺はためらいながらもルミナの腰に手を回した。


しかし、ルミナは俺の動揺には気づいていないのか俺に「ありがとう」と一言だけを言った。


「ルミナ、ごめん」


「謝らなくていいんだよ。だって助けてくれたんだから」


「いや、でも……」


そこでルミナが俺の言葉を止めるように次の言葉を発する。


「ほら見て。下にも上にも光があるよ!」


俺はルミナの腰に回していた手を離し、ルミナと同じ方向を見る。

それは塔の天井だった。天井はガラス張りになっていてさながらプラネタリウムのように白や青、赤色の星々が夜空を彩っている。そして、部屋の横の窓からはトレントの街の灯りが菜の花色に輝き一面を埋め尽くしていた。


「きれい、だね」


「ああ、そうだな」


俺とルミナは二人で並んでその光景をずっと眺めていた。少し恥ずかしくはあったがいい夜だった。


俺とルミナは同じことを思っていただろう。


“この景色をずっと二人で見ていたい”


23話という話を経て1章を終えました。

2章はまだ未定ですがこれからほかにも短編小説や長編小説を投稿していく予定なので

ぜひ今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m

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