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21話 フルーレティ襲来クエスト2


エリゴスを倒した俺たちはフルーレティがどこから攻めるかを予測できずにいた。エリゴスの襲撃から考えると四つあるうちの門の内の一つから攻めてくると思うのだが、フルーレティはその身を雹に変え移動出来る。実質、雹が降っているところは全てが奴の移動範囲となる。


思うように動けなかった俺たちが立ち止まっていると例のノイズ混じりの全体放送が流れた。


『トレント中央公園にフルーレティ襲来。動ける兵は直ちに向かえ』


簡潔な内容だがその声は震えていて中央公園に危機が迫っていることが感じ取られた。直ぐに兵をまとめ俺はトレント中央公園に向かった。


道中、住宅街と大通りを抜けた。しかし、いつもの活気は当然のごとくない。絶えず降り続ける雹が建物を壊している。俺たちはその光景を眺めているとき何も言葉を発さなかった。深い恐怖と絶望がそれぞれの心を覆っていたから。


街の中心に向かえば向かうほど冷気と風の勢いは増していく。強風に飛ばされた看板が隊列に激突することもあり俺たちは危険を避け少しずつ歩みを進めた。


そして、ようやくトレント中央公園が見えるところまでやってきた俺たちの目に入ったのは衝撃的な光景だった。


「な、何だよ……。これ……」


誰が漏らした声か分からないがそうこぼしたくなるのも無理はなかった。街の中心にあるいつもはのどかな中央公園の入り口はもはや雹の嵐が作り出す結界と化していた。一人の兵が一歩それに近づけばまるで意思を持っているかのようにマシンガンのように渦を巻いていた雹が放たれその兵はハチの巣となってしまった。


「怯むな!この結界を越えればあとはどうにでもなる!」


そう言ったもののフルーレティが全力を持って作り出したであろう雹の嵐は王国軍の鎧を容易に貫き兵士たちは一人また一人と倒れていく。


「クソッ!俺の後ろに隠れろ!ファイヤーウォール!」


現れた炎の壁が向かってくる雹を溶かしていく。俺は負傷兵を含めた全員を俺の背後に集めた。とはいえこのままでは魔力が直に尽きてしまう。俺はファイヤーウォールを全員を守れるギリギリの大きさに調整して一気に魔力を込め押し出した。


瞬間、視界が晴れる。あれほど荒れ狂っていた雹の嵐はどこかに消え去った。目の前に広がるのは白く染まった中央公園だった。一見美しい光景だが、ところどころに白を赤く染める血がこの場所が凄惨な戦場であることを物語っている。


一気に魔力を失った反動で体が重いが今はそんな場合じゃないと俺は己を鼓舞した。そして、倒すべき敵を見据える。


「おやおや、新しい来客かい。今度は骨のある奴がいいけどねえ」


俺たちの目線の先にはこちらを見ながらニヤニヤとしている悪魔、フルーレティが目に入った。足を組みながら宙に浮かぶフルーレティは白と水色の体に悪魔であることを表すかのようにツノが生えていた。その首元には襟のような白いひだが付いている。


「どうしたんだい、人間。私に見惚れているのかな?」


確かに奴の白い顔は美術品のように整っているがその目はあまりに冷たい。美しさよりも恐怖、不気味さが心を掻き立てる。


「ッッ!これは……!」


フルーレティの周りにいくつも立ち並ぶ氷の彫像。それは生きたまま凍らされた王国兵だった。彼らはたまたまこの公園でフルーレティと出くわしたのだろう。そしてフルーレティと戦ったが散ってしまった。苦悶の表情を浮かべる彼らはあまりに無残で見るに堪えなかった。


「ああ、彼らかい。美しいだろう。私に刃を向けた下賤な輩も私の氷によって芸術に昇華される。全く私に感謝して欲しいくらいだよ」


そう言い放つフルーレティの笑いはまさしく狂っていた。こいつは絶対にここで止めなくてはいけない、俺は確信した。


「さて、君達はエリゴスを倒してきたそうじゃないか。少しは期待してもいいのかな?」


フルーレティが余裕の笑みのまま指を鳴らすとその背後の空中に何十もの氷の矢が浮かんだ。


「伏せろ!」


俺は直感的にファイヤーウォールを発動した。それと同時にフルーレティがもう一度指を鳴らすことを合図に氷の矢の雨が降り注ぐ。フルーレティが作り上げた氷の矢は生半可な炎では溶けない。俺のファイヤーウォールでは防ぎきれず脇腹と肩に矢が刺さった。


止まることのない氷の矢の雨。俺たちは防戦一方となった。少しでも防御を止めれば矢の餌食となり死ぬ。事実、何人もの兵士が無数の氷の矢に鎧ごと貫かれ倒れていった。俺もサーベルで迫りくる氷の矢を斬り払うことぐらいしか今はできない。


少しずつ、だが確実に追い込まれていく俺たちを見てフルーレティはつまらなそうにため息を吐いた。


「はぁ、あまり大したことないじゃないか。全く興ざめだよ」


そう言いながらフルーレティが指を振ると俺たちに狙いを定めていた氷の矢が一斉に消えた。


「いっ、今がチャンスだ!ありったけの魔法を叩き込め!」


誰かが叫んだ言葉に従い兵士達は各々の得意とする魔法を宙に浮かぶフルーレティを目掛けて放った。燃え盛る火炎の弾丸、全てを切り裂く風の刃、空を切る雷の一閃、その全てがフルーレティに当たっていく。その衝撃で地面に積もった雪の粉塵が舞い上がった。


しかし、それが晴れたとき見えたフルーレティの体には一切の傷は付いていなかった。


そんな光景を俺は呆然としながら眺めていた。これほどまでにフルーレティとこちらの戦力差は圧倒的なのか……。心身が限界を迎え諦めようとしていた時、俺はあることに気づいた。どれほどまでに力の差があってもあの悪魔が自ら自分を攻撃させることなどあるのか。そんな疑問が一つの記憶を蘇らせた。


「今すぐ魔法を撃つのをやめて逃げろ!!このままじゃ死ぬぞ!」


「へぇー、気づいたか。けど、もう遅い。全員まとめて私の氷の世界に招待してあげよう」


フルーレティが立てた左手の人差し指の先に浮かぶ小さな氷の立方体のクリスタル。あれこそがフルーレティ最強の氷魔法、アイスローズ。それはこちらが与えたダメージの全てを数倍に膨れ上がらせ返す最強の技。放たれれば最後、俺たちは氷の薔薇に体を貫かれ全員死ぬだろう。


俺の真剣な眼を見た兵士達はことの重大さが分かったようで我先にと必死に逃げて行く。だが、フルーレティがそんな彼らを逃すはずもなく公園の入り口には氷の城壁が創り上げられた。


「オラァ!」


俺は炎魔法のエンチャントを何回も重ね掛けしたサーベルを氷の城壁に目掛けて投擲した。莫大な熱量を持ったそれはジュージューと音を立てて氷を溶かした。唖然としていた兵士たちだったがそれでも逃げるのが先決とぽっかりと空いた穴から逃げていく。


これでいい。誰かが殿を務めなくてはいけない。必死に逃げて行く兵士たちを見ながら俺は覚悟を決めた。


「早く逃げろ!!」


俺は時間を稼ぐためにフルーレティと真正面から立ち向かった。残っている全魔力を使ってフルーレティの体を炎に包んだ。俺の感情を表すかのように激しく燃える炎の渦。それは初めてフルーレティにダメージを与えたようでフルーレティは苦しそうにくぐもった声を上げた。


「っく!なかなかやるじゃないか、人間!ふふ、認めてあげようじゃないか。君には慈悲を与えてあげるよ。この炎が燃え尽きる前に逃げるといい」


時間は稼げた。フルーレティの言う通りに動くのは癪だが今はこいつに勝てない。早く逃げようと俺は公園の出口に足を引きずった。が、目に入ってしまった、両足に氷の矢が刺さり一人逃げ遅れた兵士が。彼と目が合った。その悲痛な視線は「助けてくれ」そんな切実な願いを物語っていた。


考えるより先に体が動いた。俺はその兵士に駆け寄りアイスローズの範囲外に彼を力の限り投げた。彼の落下音に気づいた逃げた兵士が彼を運んでいってくれた。そこまで見届けたところで俺は張り詰めていた意識を緩めた。血が足りていないせいで頭が朦朧としてきただけかもしれないが。


「っっグハッ……」


体が限界を迎え俺の体は仰向けに崩れ落ちた。口からは血を吐き、体には何本も氷の矢が刺さっている。もう逃げる事はどう頑張っても叶わない。眩む視界に炎の渦から解放されたフルーレティが映った。


「哀れなものだね、英雄というものは。そう思わないかい?人間。あれほど己を削りながら尽くした者が最期は孤独に死ぬとは」


「……」


ボーッとした頭の中にフルーレティの言葉が入ってくるがもう何かを言う気力すら残っていない。


「いやはや素晴らしい男だったよ、君は。精々その姿が美しく残るように私の最高の魔法を以って最期を飾ってあげよう。

薔薇よ可憐に咲け、そして赤い血を受け育て、アイスローズ」


フルーレティの指先から輝く氷の立方体が放たれる。俺の目にはその動きはやけにゆっくりに見えた。一瞬が何百にも引き伸ばされたその時間の間、俺はただ後悔をしていた。俺は当たり前のことを忘れていた。誰かを助けようと必死に削っていたのは自分の身ではなく他ならぬ他人の身なのだ。俺は自分のエゴで乗り移っている人達を危険に晒しているクズだった。


そんなことに今更気づいた俺にどうしようもない怒りを抱いた。せめて逃げなくては……。それがせめての罪滅ぼしと一度は諦め掛けていた心を燃やし俺は生き残るために逃げようとした。しかし、それは叶わず俺を嘲笑うかのようにゆっくりと落ちてきた無慈悲な立方体が体を貫く。


「カハっ……」


血を吐き出した俺だったがこの魔法はこれでは終わらない。そして、氷の立方体を起点に強烈な雹の嵐が巻き起こり氷の薔薇が咲き乱れた。一見美しく見えるそれは周囲の全てを破壊し尽くし凍らせる。俺も例に漏れず全身を切り刻まれた後舞い上がった血が凍り一瞬のうちに体が赤い薔薇に包まれた。皮肉にも氷が止血の代わりをして短い命がいくばくかだけ繋がった。だが、それは慈悲ではなく少しでも苦痛を味あわせるための悪魔の所業だ。


……今は何も考えれない。走馬灯さえ流れることはない。ただ長い死の虚無感が俺の心を埋めていた。どれほどの時間が経ったか俺はゆっくりと眠るように意識をなくした。



___


「ここは……」


俺が目を覚ましたのはまさしく天国だった。いくつもの命を散らしてしまった俺が天国とは。いっそのこと地獄にでも何なりと送ってくれれば楽だったのに。


……いや、待てよ。ここは見覚えが……。


「ロキレス様!」


その言葉で一瞬で意識が覚醒する。ここは天界で俺はあの神、ロキレスに乗り移ったようだ。天界は前に来た時と変わることなくその美しさを維持していたがロキレスの名を呼んだあの口うるさい天使は冷静さを失っていた。


「ロキレス様……、人間界のトレントという街がフルーレティに襲われています!被害は甚大です!」


天使はそう告げると魔法で空中に映像を投影した。そこに映るのはフルーレティがトレントを蹂躙していく様と中央公園で血染めの薔薇の下で凍りつくカルロ大佐だった。


「そこに映る彼がフルーレティを食い止めていたのですが……、今ではフルーレティを止める者はいません。どうかご加護を……!」


俺はその光景を呆然と眺めていた。俺が一つの命を犠牲にして作り出した時間は無駄だった。


「やめろ」


逃したはずの兵士達は雹となって降り注ぐフルーレティにいたぶるように殺されていく。


「やめてくれ」


兵士達の命乞いはフルーレティには通じずまた一人の命が消えていった。


「もうやめてくれ!」


誰に向けての願いか俺はそう叫んでいた。失われた命の重みが深く俺にのしかかる。もう、限界だった……。


「ロキレス様!!失われた命を嘆くのではなく今ある命を繋ぐことをお考えください!」


今ある命を……。天使に叱咤された俺は神の加護を与えるべく天使の後についていった。


加護を与えるあの大理石の広間に俺と天使はたどり着いた。しかし、天使は沈んだ顔をしていた。


「どうしたんだ?」


「それが宝物庫に盗みが入ったせいで魔力の結晶が残っていないのです……。大規模な魔法は使えないかと……」


魔力の結晶、それはまるで宝石のように美しい自然にある魔力が凝縮して出来上がった奇跡の物質。魔力を引き出すことが出来るそれは俺が目先の欲で奪い取ったものだった。今になって気づく。己の短慮を、愚かさを。


「あ、ああ……、あああああああ!」


体の底から魔力を絞り出し俺はトレント中の兵士に加護をかけた。だが、足りない。俺が奪い取った魔力さえ残っていれば救えた命が今は救えない。


「クソっ!もっともっと、魔力が!」


体内の魔力が枯渇しようとどうでもいい。俺は魔法の出力をさらに上げた。さらに同時並行でフルーレティの力を削ぐ魔法も使った。溢れ出る魔力の奔流に体が悲鳴を上げ血涙が流れた。そして、兵士達の反撃が始まった。目に見えて動きの良くなった彼らはフルーレティの魔法を見切りその体を切り裂いていく。


ふと映像の中のフルーレティと目が合った気がした。


『ロキレス!!また私の邪魔をするか!?』


フルーレティは天を仰いでそう叫んでいた。奴とロキレスには何か因縁があるのかもしれない。だが、どうでも良かった。


「……死ね、早く死ね。己の罪と無力を嘆いて地獄に堕ちろ!!」


それは敵に向けた言葉か己への言葉か。とにかく結果は出た。宙に浮かぶ映像の中で一人の兵士が天にフルーレティの首を掲げていた。それに合わせ周囲の兵達は歓喜の声を上げる。戦いは終結した。しかし、俺の心は晴れることなどなく深く沈んでいく。


「ロキレス様!見事な魔法でした。ゆっくりお休みください!ってロキレス様?」


俺は涙を流していた。虚ろになった心を埋めるように。


「一人にさせてくれ」


静かな庭園を一人彷徨うように歩く。現実離れした天界の風景は少しばかり心の痛みを忘れさせてくれた。


「俺は、何がしたかったんだろうな……」


かくして血塗られたフルーレティ襲撃イベントは終わりを告げた。


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