20話 フルーレティ襲来クエスト
もうすぐ1章の終わりが近づいてきました。
読んでいただければ嬉しいです!
マヤとして家で寝ていたはずの俺は、気がつくと外に立っていた。どうやら立っている場所は中央門を抜けてすぐの噴水がある広場のようだ。
昨日とは打って変わって真冬のように寒く白い息が口から漏れ出た。
自分の姿を確認すると俺は王国の紋章がついた王国軍の制服を身に纏っていた。
それには複数のバッジ、つまり勲章が付けられていて俺が乗り移った人物が相当軍内での位が高いことが伺える。
空には重い鉛色の雲が広がっていた。何か暗い未来を暗示しているようで気分は良くなかった。街の人通りがなく不気味なまでに静かだったのも要因だった。
噴水の水音以外に音の消えた世界にポツポツと雹が降ってきた。それを見て俺はゲームでのあるイベントを思い出した。
『冬季限定 フルーレティ襲来』
フルーレティとはヨーロッパに伝わる上級悪魔の一人だ。氷を自在に操る能力を持っている。
あとはあらゆる仕事を一晩の内に片付けるという、戦闘には関係ない能力だがゲームのボスとしては凶悪な部類に入る。
クリスマスコスを手に入れるため何十回と挑戦したあの苦い記憶が俺の脳裏に浮かぶ。あれが現実になると思えば背筋がいろんな意味で凍りつく。
加えてフルーレティはバティム、エリゴス、ピュルサンと三体の配下の悪魔を連れ襲撃してくる。
配下たちも俺が必死になって倒したグレートゴブリンと同じくらい強い。この前のトレント襲撃イベントと比べ何倍も今回は危険度が高い。
パキッ
そんな音が鳴ったと思えば世界は完全な静寂に包まれた。振り返れば唯一音を出していた噴水がそのまま凍っていた。もう襲撃は秒読み、そう感じた俺は冒険者ギルドに走った。
「カルロ大佐!!」
ギルドではいつもの騒がしい雰囲気は消え失せていて鎧をまとった王国兵が何十人も詰めていた。彼らは門番や衛兵とは違う戦闘のプロ。そんな彼らがここまで集まるなど異常事態に他ならない。
俺は大佐と呼ばれているし彼らの上司なのだろう。王国兵たちはビシッと整列して俺の指示を待っている。
このイベントを乗り切るには何をすべきか俺は必死に考えた。たとえゲームキャラといえど死者は出したくない。もう俺にとってこの世界はまぎれもない現実なのだ。
「ギルドの放送器具から街中全てに放送をかける。早く用意しろ!」
まずは明確な避難勧告と戦闘配備を街全体にしなくてはならない。そう俺は考えこの異常事態に関わらず営業スマイルを決めていたギルド職員に案内を頼んだ。
ギルドの職員の案内について俺はギルドの放送室へと入った。ゲームで放送室になんて入る機会はないからこれが初めての体験だ。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺は放送器具の前の椅子に座った。
『キーーーーン!!』
長年使っていなかったからだろうかノイズが走る。それが収まるまでの間、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。結局まだまだ俺は口下手なんだ。
『さて、市民、冒険者、そして兵士諸君。王国国軍大佐のカルロという者だ。落ち着いて聞いてくれ。今からこの街に悪魔が攻めてくる。強大な悪魔だ。撃退するには諸君らの力が必要になってくる……っっ!』
室内であるというのにさらに冷気が高まる。初めて体験するほどの極限の冷気はもはや寒いというレベルではなく皮膚に痛みが走った。
「手袋してて良かったな……」
金属で出来た放送マイクを素手で握ると間違いなく凍傷になるだろう。そのことに安堵しつつも俺は声を張り上げた。
『市民諸君は街の中央へ避難してくれ!兵士の一部はその護衛に当たるのだ!他の全王国軍兵士と誇りと街を守る気概のあるある冒険者は北、西、東、中央の全門の警護に当たれ!」
俺は放送を終わりギルドを出て中央門に向かった。外はまさに極寒の銀世界であらゆるものが少しずつ凍り始めている。
俺はテレパシーでルミナと波瑠の二人を中央門に呼んだ。彼女らはかたや最強各NPC、かたや俺と同じカラミティ・オンラインのプレイヤーだ。大きな戦力になるだろう。
少しした後ルミナとおそらく波瑠であろう人物がやってきた。波瑠の方はヒーラー系の魔法使いといった出で立ちで分厚いローブを着ていたがルミナはいつも通りの薄着だった。
急に寒くなったんだから仕方がないが彼女は小刻みに震えている。なんというか見てるこっちが寒い。俺は自分が着ていた黒のコートをルミナにかけた。
「け、啓太?このコートいいの?」
「大丈夫だよ。ルミナみたいな女の子が震えてる姿を見てる方が辛い」
ま、これから一緒に戦う仲間だし当然だろう。俺の乗り移ったダンディな大佐もそうしただろう。ルミナの顔が赤くなっているがそんなに必死に走って来たのだろうか?
「そんなに顔を赤くするなんてよっぽど急いで走ってきたんだな」
「え!?あ……、ああ、うん!そうそう!」
顔をブンブン振るルミナはその後なぜかそっぽを向いてしまった。
「天然の女たらしってやつかしら……」
波瑠が何か言ったようだがよく聞こえなかった。どうせろくなことではない。
中央門に集まった兵士と冒険者をまとめ整列させているととうとう決戦の時がやってきた。雹の勢いがまるで吹雪のようになったのだ。
「盾を構えろ!もろに食らったらまずいぞ!」
拳大の氷が家や地面のレンガを破壊していく。さながら弾丸の雨のようなそれが止んだ時、門の向こうに槍を携え旗を掲げた一人の騎士が立っていた。端正な顔立ちをしているがその目には殺意が宿っている。
奴の名は悪魔、エリゴス。フルーレティの配下で未来を予見する力を持つ強敵だ。
「人間、歯向かおうと無駄よ。我には見えるぞ。貴様らがはいくつばって命乞いをする未来が!」
槍を向けそう宣言するエリゴスに何人かの兵士が気圧される。その殺気に当てられ気絶してしまう兵士すらいた。
「悪魔よ、未来など可能性に過ぎないことを教えてやろう」
俺はそう言い放ち腰に差してあったサーベルを引き抜いた。芝居掛かった口調だが外見は大佐だしいいだろう。
「……ほお、なかなかに面白い男だ。なんとも数奇な運命をしている」
エリゴスが旗を掲げるとその頭上に黒い魔法陣が現れた。そこから続々と悪魔が溢れ出てくる。流石にエリゴスほどの力はないがゴブリンとは雲泥の差がある。
「やれ」
エリゴスの冷たい声を皮切りに戦いは始まった。黒ずんだ武器を手に持ち襲いかかってくる悪魔たち相手に王国兵は何とか持ちこたえている。
個で相手せず二、三人で確実に一を殺すその手腕は前に共闘した門番や衛兵たちと比べて素晴らしかったが、悪魔相手には部が悪く戦況は良くない。
このままでは確実に負けるそう感じた俺はエリゴスを倒すことを決意した。ボスを倒せばザコキャラは消える。何ともゲームらしいカラミティ・オンラインのイベントの法則だが今はそれに賭けるしかない。
俺は門外に飛び出しエリゴスとの距離を一気に詰めた。
「ほう、人間。向かってくるか!」
そんな俺に合わせて槍を振るうエリゴス。だが、躱すのは容易だった。勢いのままサーベルを振るった俺だったがその一撃は難なく防がれた。その後も幾度と剣戟が繰り返されるがエリゴスには傷一つつかない。
「なら、ファイヤーボール!!」
距離を離して俺は魔法を撃った。魔力を凝縮した火球がエリゴスに放たれたが、その魔法はエリゴスが右手に持った旗に当たると消え去った。そういえばあの旗には魔法を無効化する力があった。こうなれば剣で挑むしかない。
「ハアッ!」
俺は腕に溢れんばかりの魔力を込めサーベルを思いっきり振りかぶった。
「ふん!大振り過ぎるぞ!人間!」
あまりに大振り過ぎた俺の攻撃をエリゴスは槍を使わず体をそらすだけで避けた。
だが、これも作戦の内。あらかじめ発動させて自分の背後の陰に隠しておいた多種多様な属性魔法がエリゴスに殺到する。
サーベルでの攻撃は単なる目くらましに過ぎない。完全にエリゴスの意識から外れていた魔法は奴の体に向かっていき……
「他愛もないな」
エリゴスが縦横無尽に振り回した旗に全て無効化された。その動きに無駄はなくまるでどこに向かってくるのかを知っているかのようだった。
「悪いな、人間!我には未来が見える!貴様の小賢しい策もお見通しだったというわけだよ!」
そう俺をバカにするようかのように高笑いするエリゴス。だが、俺にはそれがひどく滑稽に思える。
俺がゲームで何回お前を倒したと思っている?
「うん、知ってる」
そう俺が返した瞬間、彼女は動いた。
「何だと?何をバカな……ッっゴフッ……」
顔をしかめるエリゴスの胸から一本の剣が生えた。彼を守るはずの鎧を易々と貫いたそれからは赤い血が滴っていた。
その剣を持つのは黒髪の戦場には不釣り合いの少女だった。それを確認するとエリゴスは再び馬鹿なと呟き倒れ込んだ。
そう、俺の本当の本命は魔法ではなくこの銀世界に身を隠したルミナだ。
エリゴスの未来を読む力は確かに強力だがそれは自分が注目している一人にしか発揮されない。だから、ゲームで行われていたのは気配を隠したシーフを使った奇襲だ。
未来を読む力に頼っているエリゴスの察知能力は低く防御も案外脆いため攻略法を確立されたエリゴスはフルーレティ配下最弱の汚名を付けられていた。
今回は背後の兵隊たちに紛れていたルミナにテレパシーで作戦を伝え氷魔法を使ったちょっとした雪原迷彩を施して潜んでもらっていたのだがエリゴスはそれはそれは綺麗に策にはまってくれた。
憎々しげに俺を見上げるエリゴス。卑怯者と俺を罵ってくるが悪魔が何言ってやがる。
「こんな未来は見えなかったか?」
俺はサーベルを振り下ろしエリゴスにとどめを刺した。それを受けてザコ悪魔たちも出てきた魔法陣に逃げ込んでいった。兵士たちは安堵した表情で勝利を喜び合っている。が、これは所詮前座に過ぎない。
再び雹が降り始めた。さながら神がこぼした涙のように。より一層深まる冷気に俺はフルーレティの襲来を予感した。