1話 俺がここに来た意味は……
混乱する俺を変な目で見る四人組を見送りながら、俺は呆然と青々とした草原に立っていた。
俺の前には様々な格好をした長蛇の列が出来上がっている。俺が門番だとするとこの人たちは街に入ろうとしている人なのだろう。
後ろを見れば大きな城壁が円状に広がっていて、真正面には門が開いている。中には家や店が立ち並ぶ活気のある大通りが続いていた。
ゲームのマップに照らし合わせて、俺はここがトレントという街だと推定した。
「ちょっと!門番さん!?何ボーっとしてんの!こっちだって急いでんだよ!」
今の状況を考え込んでいると、茶髪の商人のような格好をした男性に怒られてしまった。周りの他の門番の仕事ぶりを真似して、俺は通行料を受け取って身分証を確認し男性を通した。
何度か繰り返しているとそれなりに仕事にも慣れてきた。が、厄介な奴が来た。
次の通行人はそれは派手な金の髪をしていて、ピアスさえつけている全体的にチャラチャラとした印象が目につくヤンキー風の男だ。
「ほら、金だ!さっさと通しな!」
ヤンキー風の男は金を投げ渡すと俺を押しのけようとする。
「待ってください」
しかし、通すわけにはいかなかった。渡された金は今まで渡されたものより半分も少ない。
「ア!?なんだよ!?さっさと町に入れろ!」
「あなた通行料半分しか払っていませんよね?」
「うるせえ!門番ごときが俺に口出ししてるんじゃねえ!」
逆上した男は俺に殴りかかってきた。
俺にケンカなどの経験はない。
にもかかわらず俺の体は、ゲームのキャラクターのように軽やかに男の攻撃に反応した。男の拳を避けると格ゲーのようなきれいな投げ技が決まり男は地面に転がった。
「おい!そこの男なにしている!」
「レグリオン、大丈夫だったか!」
騒ぎに気づいた恐らくこの門番の同僚が駆けつけた。茶髪の明るい方がジョン、黒髪の大人しい方がマイケルというらしい。
その二人に捕らえられて男は連れていかれた。その様子を見て俺は若干引いていた。
リアルなゲームだとは思っていたがまさか無理に門を通ろうとすると捕まえられるとは思わなかった。
裏技を駆使して何回街に不法侵入しただろうと思い返しているとジョンが話しかけてきた。
「それにしても驚いたよ、レグリオン。お前全く戦えないからここに左遷されてきたんだろ?さっきの男はアーベルと言って、そんなお前があんなやつ倒せるなんてな!あいつがらは悪いけど腕っぷしが立つってことで有名なんだぜ!」
「あ、ああ、俺も鍛えてるからな」
レグリオンに似合わない行動をしてしまったようだ。
そもそもNPCが勝手に会話しているなんてこと考えたこともなかった。
深く考えれば分かることだがストーリーで描かれていなくてもどんなNPCにもそれぞれの人生がある。そう考えると勝手に乗り移ってしまったレグリオンさんに少し申し訳なく思えた。
「まあ何にせよやれば出来るじゃねえか、レグリオン!ボーナス入るんじゃねえの?」
「おい、ジョン、油売ってないで早く連れていくぞ」
「分かったよ、マイケル、じゃまたな、レグリオン」
二人はヤンキー風の男を連れてその場を後にした。
はっきり言って門番の仕事はつまらないが、それでも俺は門の前に立ち続けた。とにかく流れに身を任せる以外にすることが思いつかないからだ。
「次の方どうぞ~。ようこそ、トレントへ。お手数ですが身分を証明できる物と通行料を出してください」
何十回と同じことを繰り返していると、嫌でも慣れるもので俺の仕事ぶりは上達してきた。
ふと周りの景色に目をやると変わり映えしない緑の大草原が広がっていた。だが、現実で見たどんな草原よりもそれは、一本一本の草が混じりっ気なく綺麗に緑に染まっており、絵画のように美しく見えた。
空を見上げれば色とりどりの鳥が横切っていく姿が目に入った。
赤、青、黄、緑、その他にも様々な色をした鳥が群れをなしている。
まるで一瞬にして虹がかかったかのような幻想的な光景だった。おそらくあの鳥はモンスターだろう。これも現実では見れない光景だ。
そんな時やけにボロボロの男が、必死の形相で走ってきた。至る所を怪我していて立っているのもやっとといった状態だった。
「どうされました?」
ただならぬ状況を察して俺は男に何があったのか尋ねた。
「大変なんだ!この街に、魔王が差し向けたモンスターの軍勢が来ているんだ!俺の仲間はそいつらを止めようとしたんだが数が多すぎる!冒険者ギルドに行ってきてくれないか!?」
その瞬間俺はあるイベントを思い出した。トレントへ襲い来る魔王の軍勢を何体倒せるかを競い合うものだったと思う。
「それでその数は?」
「......およそ五百だ……!」
「五百ですか……。おい、誰かギルドに伝えにいってくれ」
確かギルドにはプレイヤー、NPC合わせ数百人ほど冒険者がいる。それら全てをあわせれば五百体ぐらいのモンスター楽に倒せるだろう。
特に焦りもなく状況を楽観視していた俺に最悪の知らせが返ってきた。
「冒険者たちは遠方にモンスター討伐の遠征にいっているらしい!今から急いで帰っても帰ってくるまで半日はかかるぞ!」
「あの……、魔物の軍勢がここにやってくるまでどれくらいかかりますか?」
「もう一時間ほどでここまで来るでしょう……。私も冒険者の端くれとしてパーティーメンバーと必死に戦ったのですが、時間稼ぎすら出来ませんでした……!そして私だけが生き残ってしまい……!」
ボロボロの男は仲間を失った悲しみに大粒の涙を流した。
「もしかしてあれがその軍勢か?」
よく見ると地平線に黒々とした点が広がっている。それは蠢きながら徐々に近づいている。地鳴りがここまで響いているのを感じた。
「は……、はは、終わりだ。俺たちもう終わりだよ!」
「せめて最期の時くらい家族と過ごさせてくれ……」
戦意喪失した門番たちは、一人また一人と逃げていく。パニックは行列にまで伝染し誰もが我先にと押し合いながら門をくぐっていく。地獄絵図といっても過言ではなかった。
「トレント襲撃イベント、しかし、立ち向かう冒険者はいない、か」
絶望的な状況に陥って俺はようやく夢から覚めた気がした。そして、自分がここにいる理由がわかったような気もした。
本来このイベントをクリアするはずの冒険者はおらず味方は戦意喪失、まさに絶体絶命。だからこそ、ゲーマーの血が騒ぐ。体の奥底から湧き出てくる闘争心が体を熱くする。
「無理ゲー上等。やってやろうじゃねえの」
まずは味方を鼓舞することから始めよう。俺は逃げようとする門番たちに思いっきりの大声で叫んだ。
「おい!!腰抜けども! その王国の紋章を刻んだ鎧は、ただのお飾りか!? 守るべき民を放って逃げるようなら今すぐ捨てろ! この恥さらし! たとえ俺は一人になろうとも戦い抜く。戦う意思がない奴は消えろ!」
一瞬で場が静まり返る。俺自身こんな大声が出せるとは思っていなかった。コミュ障だろうと切羽詰まったらできるもんみたいだ。
「だが、戦うというなら俺に任せろ。必ずやお前たちを勝利に導いてみせよう」
門番は不安そうな目で反論する。どこからそんな自身が出るんだだの、どうやって勝つ気かなど様々な言葉が俺目掛けて飛んでくる。現実の俺ならもうこの時点で逃げていただろうが今はなぜか平気だった。
「いいか、あの軍勢にいる魔物なんてたかがゴブリンやスライムみたいな雑魚ばかりだ。誰だって落ち着けば普通に勝てる。街の中にいる衛兵たちも合わせれば、こちらの数は百ってところ。一人五体狩れば終わりだ。簡単だろ?」
俺は落ち着き堂々と話した。怯える民衆たちは、縋り安心できる絶対的何かを求めている。ならば、俺がそれになってやればいいだけの話だ。
「レグリオン!適当なこと言ってんじゃねえ!お前、俺たちの中で一番弱いだろ!」
頑なに俺を認めようとしない門番たち。そんな彼らを止める男がいた。ジョンだ。
「おい、みんな!レグリオンは確かに弱い! だが、それも過去の話。今はあのアーベルさえ倒せるほど成長したんだ。今もあの軍勢に一人で立ち向かおうとしている。こいつは強くなった。心も力もな。だが、俺たちはどうだ?レグリオンの言う通り逃げてるだけの腰抜けだ。このままじゃ永遠に笑い物だぜ?」
思わぬ援護に俺はこっそりと親指を立てて感謝を表した。ジョンの言葉にその横にいたマイケルも続いた。
「逃げたいならば逃げろ。俺は戦って、そして絶対生き残る。そしたらお前たちが逃げたってことも言いふらしてやる。王国の紋章を刻んだ鎧を纏っておいて敵前逃亡など許されないだろうなあ……。勝てば英雄、逃げれば戦犯、選ぶのはお前たちだ」
半ば脅しのような形で発破を掛けるマイケルには俺も苦笑した。しかし、二人のおかげで一度は逃げようとした奴らも今は足を止めてこちらを見ている。
「今一度問おう。わずかでも王国に仕える誇りがあるなら剣を掲げろ!」
高まり切った熱気に煽られ、全員がやけくそのように剣を掲げる。だが、やけぐそで十分。俺はゲームの情報があるから相手がどんな構成か全て知ってるし、ゲームでは弱いNPCを守りながらの戦闘だって何回もこなした。
負ける要素はない。
俺たちはあの敵に勝てるだろうか?
いいや、俺は、俺たちは勝つんだ。