8:少年
『怪物が出現したことで、一時的に人間の間の争いはほとんど治まります。しかし、それもかりそめの平和でした。今度は、魔族が人間に牙をむいたのです。怪物と亜人の存在を許容しない彼らは、亜人に味方する人間までも滅ぼそうとし、ついに人間の敵に回ったのです。このことで神々の間にも不仲が発生し、現在では、三柱の間での交流はないといわれています。四柱目の神は言うまでもありません。こうして、世界はこれまで以上に暗い時代へと陥ってしまったのです』
そう語り終えたラローナは、笑顔とともにこちらに顔を向けてきた。
「今の話どこまでが真実だと思いますか?」
「若干胡散臭いとこもあるが、大筋は確認しようがないだろう。嘘なのか?」
そう聞き返すと、笑いながら答えてくれた。
「嘘というわけではありません。ただ、私のほうで古い言い回しは変えさせていただきましたし、現在では、創世神話は虚偽を含むのではないか、と言われています。もちろん聖教会の教えに背いてしまいますし、少し広まってきたかどうか、という程度ですが」
「そもそも、創世神話なんて言う作者のわからんもんが信用されてるのが疑問だけどな」
軽くそう返してやると、何故か、彼の口元が、かすかに笑ったように見えた。
「マリンさん。席を外してもらえますか?」
「え?いえ、ですがまだ今回の件の記録が…」
「それは私がしますので、通常の業務に戻ってください」
かすかな逡巡のあと、わかりました、と返事をしてマリンさんは業務に戻っていった。
「さて、トーリさん。今回はどちらでゴブリンが惨殺されているのを発見しましたか?」
「あの山の中腹だな。というよりは麓のほうかな。四十体はいたと思う。死体のほうは一応土掘って埋めといた。まさか雪山で腐るとも思わねえが、魔物が集まるとめんどくさいしな」
「わかりました。こちらの地図に記入をお願いします。後程、ギルドのものが調査に向かいますので」
そう言われ、わたされた地図に大まかな場所を記入する。意外にちゃんとした地図でちょっと驚いた。この世界にもしっかりとした測量技術があるようだ。
「ありがとうございます」
俺が記入した地図は、いったん丸めてラローナが持って行った。
「この世界には、知られていないことが多すぎる」
そして、俺の待っている部屋へと戻ってきたラローナの一声がこれだ。
「は?」
「そもそも、なぜ亜人という存在が異物なのか、その答えすら創世神話には描かれていないというのに、何故かくもたやすく、神の言葉として信じてしまうのか」
「いったい何を言って…」
急に口調の変わったラローナに、とっさにそんな言葉しか出ない。
「なぜこの世界から争いがなくなったと思う?」
「怪物というもう一つの敵が出現したからだろ」
「では、それは誰が意図したものだったかは?」
「誰がって、まさか…」
俺がそれに答えようとしたとき、
ドサッ
つい直前まで話していたラローナが崩れ落ちた。
「おいっ!?」
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「おばちゃん、これ一つ」
「あいよ」
露店で焼き鳥を売っていたので、一つ購入し、銅貨と引き換えに串を受け取る。ここ最近街で買い物をしていてわかったことだが、ローガンが残していった金は相当な量だったようだ。基本的に残っている硬貨の中で中で最も多いのが金貨である。ちなみに金貨一枚の価値は、十枚で一晩宿に泊まれる銅貨の一万倍だ。そんなのが、何千枚もあるという時点で、ある程度の金持ちに分類されるだろう。
「にしても、あれはなんだったんだ?二重人格ってやつか」
あの後、急に倒れたラローナはすぐに目を覚ましたが、直前のことは覚えていなかった。この世界には、神様もいるのだから、何か怪しいものが宿っていても不思議ではない。あまり厄介ごとにはならないでほしいものだ。
「今は…とりあえず祭りを楽しむか」
そう今夜は祭りである。最初に来た時から妙に活気にあふれていると思ったら、祭りがあったらしい。
『祭って何の祭りなんです?』
『神様にこの地の豊穣と安定を願うってのが建前さね。まあ実際は、この土地は結構中央のほうからは離れてるけど、人の往来もあるし、たまに祭りでもすると、人が集まんのさ。小規模とはいえ闘技大会もあるから、有名どころも来るのさ』
そんな風に教えてもらったので、今晩はこの町にとどまることにした。祭りは三日間続き、それぞれにイベントが催されるようだ。一日目は神への祈りをささげる儀式、二日目が演舞で三日目が武闘会のようだ。武闘会を開催するのはギルドと、街の責任者の共同らしい。
「まあしばらくはのんびりするかね」
久しぶりの祭りでもあるのだし。月華に連絡してないが、うまいものでも買って帰れば満足してくれるだろう。
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しばらくうまいものを探して食べ歩いていると、大通りからすぐの路地に、少年が倒れているのが見えた。
「んー、なんで倒れてんのかね、まったく」
基本的に俺は、そういうのは見たら無視できない。大ごとになりそうであったり、戦闘のさなかであったりしたら無視することもあるだろうが、今は特に問題があるようにも思えない。
「おい、坊主、生きてるか」
よく考えると、生きてるか、とは何ともあほな質問であるが、それが口をついて出てきた。
「……ん……った」
その言葉を聞いて思わず吹き出す。この少年は、『腹が減った』と言ったのだ。
「焼き鳥あるけど、食う?」
とりあえず手元の紙袋の中にあった焼き鳥を取り出して目の前にかざしてみる。
「…いる」
少年が体を起こしながらポツリとつぶやくので、それを手助けしながら少年の服を見る。かなりみすぼらしい服をしているものの、やせ細っているという感じはしない。
一心不乱に肉を食う少年を、しばらくの間ボケッと眺めていると、食べ終わった少年が話しかけてきた。
「ありがとな、兄ちゃん」
「おう。飯ぐらい家で食ったらどうだ?」
そう俺が言うと、少年が悲しそうな顔をしながら言い返す。
「それができたら苦労しないって」
どうやら事情があるようだ。とりあえずはうまいものでも食いに行くかね。
「まだ腹減ってるだろうし、なんか食いながら話すか?」
俺がそう声をかけると、驚いたように少年は顔を上げた。
「えっおごってくれんの?」
「まあな。腹すかしてるやつほっとくのは気分良くねえしな。ちょうど夕方まで時間もあるし、しばらくのんびりしようかなと思ってな」
そう言って、少し疲れた顔ながら笑顔になった少年を屋台群のほうへと連れて行った。
「なんか食いたいもんあるか?」
「……肉」
そりゃあ何とも端的なことで。
「んじゃ、さっきは鳥だったし、今度は豚の肉でも食うか」
豚の肉といっても、この世界の豚はあっちのほどおとなしくない。少なくとも、見た目は十分猪と呼んでいいほどの牙をもっている。
「おっちゃん、そのダンラ煮二皿くれ」
「あいよ。合わせて銅貨四枚だ」
屋台の主人に金を払って木の皿を受け取る。
「皿はちゃんと返してくれよ」
「わかってる」
この世界では、紙の皿といった技術がないので、こういう場面では木の皿が用いられるようだ。その代わりに、街の各所に回収場所が設けられていて、木の皿は返却、再利用することになっている。いちいち持ってかれちゃあたまらんからな。
「まあとりあえずは食うか」
道端で座れそうな場所を探し、二人で座る。
「……後で金とったりしない?」
「するか。そこまで貧乏じゃねえよ」
少年にも食べるように促しておいて、自分も食べ始める。
「おっ」
ひとかけら切り取って口に入れると口の中でほどけるように味が広がる。そう。、ダンラ煮というのは、あっちの角煮のことだ。祭りの屋台で売っていたので驚いた。手間はかかる分多少高価だが、かなり人気があるようだ。
「おいしい…」
ボソリと少年が呟いたのを聞きのがさず、
「だろ?」
と言う。
「うん…」
と思ったら泣き出してしまった。
「おいどうした?」
「だって、なんか…」
そういう少年は、すぐには泣き止まなそうなので、しばらく見守りながらダンラ煮を味わうことにした。
やがて泣き止んだ少年は、ぽつぽつと、何があったのか話始めた。どうやら気を許してくれたようだ。