5:復讐者の帰還
目を開けてすぐ、俺の目に飛び込んできたのは、懐かしい、少しも変わっていない小屋の景色だった。あの空間で、“時の箱”のなかで過ごしたあの時間が、この世界ではどれほどになるかはわからないが、この様子では、大した時間はたっていないのだろう。もちろん、雪山だから寒いゆえに老朽化が進みにくかったからかもしれないが、小屋がこれだけ綺麗なまま保たれているのだ。一年もたっていないに違いない。
「まあとりあえずは、あそこに行くか」
「ガウッ」
うれしそうになく月華とともに、小屋の裏側へと回り込んでいく。何故だろうか。あの空間の中での出来事は、もうすでに忘れてしまったものも多い。なのに、この世界でのことは、昨日のように鮮明に覚えている。だから、この世界に来る最後の日にあった出来事も、まだ、忘れていない。あの日、ローガンの死をみとって、彼の唯一の友、ランガが眠る場所に共に葬ったことを。さすがの神のシステムも、それぐらいは待ってくれるらしい。彼を埋葬してすぐに、あの空間に取り込まれた。
「…まだちゃんと残ってるな」
そこには、素朴な、けれど美しく磨き上げられた、木製の墓石が。ローガンが、ランガが死んだときに、それを悼んで作成したものだ。決して涙は見せず、その悲しみをすべてその作成に費やしたといえるほどの時間と、力を入れたものだ。今はそれを作成したローガンも、ランガとともに、その墓の下に眠っている。埋葬した時に、ローガンのほおが緩んだように見えたのは、間違えではないだろう。
「…懐かしいな」
そうつぶやく俺の隣で、月華は、ぺろぺろと墓をなめている。自分が知らないうちに逝ってしまった母と、そんな自分の親代わりになってくれたローガンの、その思い出に浸っているのだろう。
視界がにじんできたのに気づいて、あわてて目をぬぐう。まだ泣くわけにはいかない。俺には、やることがあるのだ。
しかし、やはり、今この瞬間だけは、泣いてもいいのかもしれない。彼が死んだときは、嘆く間もなく、あの空間に取り込まれてしまった。しかし、今は違う。時間はあるのだ。それこそ、有り余るほど。だったら、我慢しなくていい。
「くそ、なんで……」
どうしてこうも、どの世界でも、人の死は悲しいのか。今この時ばかりは、人間を作ったという神様に文句を言いたい。
なんで、人間に悲しみなんて与えたんだ、と。
思う存分泣き、泣き疲れたところで、立ち上がる。同様に泣いていたらしい月華と共に。
「さてと、残りを全力でいきますか、月華」
「ガウッ」
月華には、何度も、俺と共に来なくていい、自分の道を生きろ、と伝えたが、俺についてきてくれるらしい。単純に、言葉がわかっていないかもしれないが。
「とりあえずは、飯だな」
と、そろそろ減ってきた腹を押さえながら、月華に話しかける。こちらの世界に戻って、早くも腹が減ってきた。さっそく狩りに行くか。
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「肉うめー!」
「ガウガウッ!」
久しぶりの狩りということで、そこまで強くない、捌くのも難しくない野草鹿を狩ってみたのだが、久しぶりすぎる肉の味に、涙があふれてくる。体中が、肉をよこせと叫んでいる。
「旅しながら、うまいものでも探すか」
こうして、現実へ帰還した俺の、復讐と、前世で見つけれなったものを探す。そんな旅が始まった。
美食に関しては、少な目にはなりそうですが、ある程度書いていきます。もちろん他も書いていきます。