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時の練者の復讐譚  作者: 天野 星屑
3/14

2:見捨てられた、もう一人

あの日、ローガンに助けられて、長い月日がたった。当時は貧弱だった体も、この世界で生きていくには十分なくらい鍛えられた。主に実地訓練(・・・・)で、である。

具体的には毎日のように狩りにつき合わされたりとか、罠を一人で見て回ったりとかである。慣れないことの連続に疲労のあまり、雪の上で寝てしまったりもしてひどい目にあった。それでも、この世界の魔法によって治療をしてもらったので大事には至らなかった。この世界に来て幾度か魔法とやらのお世話になたが、あの世界にもあったらよかったのに、と思うほど便利である。人間の限界や、困難な活動でも、魔法の力を借りれば容易になったりもする。ただ、俺はこの世界出身ではなく、幼少のころから魔法を使い続けたりはしていないので、保持している魔力の量が極端に少ないらしい。だから大した魔法は使えないそうだ。魔力は魔法の使用によって鍛えられるらしいので、ローガンには、


『ぶっ倒れるまで使い続けろ。そうすりゃ増える』


と言われた。しかし、多少は使えることで十分であり、他にもしなければならないことがあるのでそんなことはしていない。俺にはまだ何もない。奴らに仕返しするためには何一つ足りない。才能も実力も、隠されたものもない。だからこそ、試行回数で補って鍛えるしかないのだ。魔法の使い過ぎで倒れている暇はない。


そんな風にして毎日を全力で過ごしていたおかげか、ローガンいわくこの世界で特に環境が厳しいらしいこの場所でも、気を付ければ一人で出歩くことができるようになった。一人で外で一日中過ごすことも出来るようになったし、あまり巨大な魔物でなければ、罠などを使って狩ることもできるようになった。いまだに神からの加護は何なのかわかっていないが、それがなくとも生きていくに十分な知識と、力をつけた。何も神から与えられるチートだけが全てではない。


今日は初めて遠出をして、隣の峰まで一人でやってきている。ローガンから、「一度試してみろ。お前が、これをやるに足るかどうかをな」と言われ、物は試しと、やってきたのだ。具体的には教えてくれなかったが俺の為になるものもくれるらしいし、断る理由はない。今まで一度も遠くに行ったことがなかったので、楽しみな部分もある。ローガンから指示されたのは、この山に住んでいるらしい“雪角鹿(バイロオクス)”を狩って来いというものだった。見たことがない生物なので、何日かかけて山を見て回り、その後狩ろうと考えていた。自分の力を過信するわけではないが、何とかやれるだろうと考えていた。

それなのに……



「何だよ、あの化け物は」

初見で絶対に勝てないと判断できる巨大な豹の化け物と遭遇した。ローガンの所にいるオオカミの化け物、ランガといい勝負しそうな程度には怪物じみている。大型車(・・・)張りのサイズをした獣と戦うすべは、今の俺にはないのだ。そもそも、知識を身に着けたとはいえ、俺は普通の人間で大した魔法も使えないので、巨大な獣に致命傷を与えることは出来ない。素手で戦車に立ち向かうようなもので、倒せる可能性がないのだ。

そこで、何とか隠れてやり過ごそうとしてみる。

息を潜め、なるべく動かず、獣も動かない。そうしてどれほど経ったか。


豹が近づいてくる気配がないので、そっと顔を出す。と、鼻と鼻がつきそうなぐらいの至近距離に、いつの間にか、その豹がやってきていた。耳を澄ませていたのに。鼻をふさがずに匂いも風の動きも警戒していたのに。それをあざ笑うように、その獣はそこにいた。


「ッ!」


短くも濃いローガンとの暮らしの中で培われた動作が、咄嗟に出た。

豹に向けて雪を蹴り上げ、全力で走り出すという動作。一時でも相手の目をふさいで距離をとるためだ。未知の生物が目の前に来た時には距離をとれ。相手と意思疎通ができるとは思うな。それがローガンの言葉だ。その動作を今までで最大の速度でやってのけて、逃げた。自分で褒めたくなるぐらいには、奇麗にできた気がするが、この化け物相手には、大した意味もないようで、すぐに尻尾で首根っこをつかまれた。走る速度も全く違うようで、逃げ切れるわけがない。


「は、なせっ!」


力を入れて引っ張るが、その尻尾は全く動かない。どうやら、すぐには食われないようで、俺を抱えたまま、移動している。獣の歩く振動で運の悪いことに、首に巻いていた防寒具がずれてしまい、視界がふさがってしまった。もうこうなったら、逃げることもできないだろう。いったいどこに連れていかれてるのかがわからないのだ。この状況から下手に逃げると、完全に遭難してしまう。


今はとりあえず、まだ牙をたてていないこの豹の、善意を信じよう。俺には信じることしかできない。



_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

     


しばらく運ばれて、そろそろ首元の感覚が無くなってきたころ、ドサッ、と、適当に放り出される。下は固い地面だが、運良く頭を強打することはなかった。首元をさすりながら視界をふさいでいた防寒具をどけると。


「「人間?」」


こちらを呆然とした目で見ている男と、目が合った。豹は、俺を放り出して満足したのか、外に出ていってしまった。いったい何がしたかったのだろうか。早く逃げたいが、外で尻尾をゆらゆら揺らしている豹が、そう簡単には逃がしてくれなさそうだし、取り合えず男に話しかけようとした。情報収集が大事だ。実際、何もわからない今はそれしかできない。



「あんた、誰だ?」


俺と全く同じ疑問を抱いていた男に、先を越されたが。



「俺は、大和桃李。あんたは?」


こんな山奥に住んでいる人間が、一般人なはずはないし、名前がばれたところで困ることはないと思う。さらに、名前を知ったところで何ができるとも思わない。そこで、無駄に警戒させないためにも、正直に言った。


「俺は……あんたは信用していいのか、派遣さん?」


「いいんじゃないか?俺が派遣だってことを知っている、用務員さん?」



相手の言葉に軽く返す。どこかで見覚えがあると思ったら、俺と一緒に召喚されて、この世界の人間の所に連れていかれたはずの、用務員だった。そういえば、あの時この人だけ、俺を選ぶことに賛成していなかったかもしれない、と思い出す。ただ、反対もしていなかったと思うが。たった数回だが、ともに仕事をしているので、何とか覚えていたようだ。


「あんた、こんなとこで何をやっている…は聞かなくてもいいか。おおかた、飛ばされた先がここだったんだろ?」


「ああ。そういうお前は、何をやってる?勇者として凱旋するんじゃなかったのか?」


俺がそう問いかけると、男は深いため息をついていった。



「あんたの知ったことじゃない」


それを聞いて、俺は何故か、こいつも俺と同じ目にあったんだろう、と容易に想像できた。


「お前、誰に裏切られた?」


「……やっぱわかるか?」


「そりゃあな。こっちに飛ばされた直後は、俺も今のあんたと同じ顔してた」


俺が笑いながらそう言うと、男は、つまらなそうに返してくる。


「だったら?悪いが、俺は生きるのに必死なんだ。誰に拾ってもらったか知らないが、そんなに笑えるあんたと違って、毎日がきついんだよ」


そう吐き捨てるように言う男に、確かにそれもそうだな。と、少し納得する。この世界に来てから、ローガンに拾われた俺の生活が、予想よりもだいぶ楽だったのは確かだ。だがそれを、俺を真っ先に見捨てた(・・・・・・・・)こいつには、言われたくねえ。


「俺は真っ先に見捨てられてるんだが?お前よりも今が楽だからって、恨みを忘れるほど、人間できてねえんだ。だからてめえも、何でここにいるのかを、教えろ。話によっちゃあ、予想よりも早いが、復讐の第一ラウンドだ」


怒りを、恨みを隠さずにその言葉をたたきつけると、


「それもそうだな」

と、何を納得したのか、話してくれることにしたらしい。もちろん、俺にこいつを、今ここで殺すつもりはない。なんせこいつのバックには、でっかい豹の化け物がいるのだ。この場で手を出すほど、俺も馬鹿じゃない。



そうして、彼が語り始めたのは、俺が見捨てられた後で、俺の気づかないうちに起きていた、もう一つの出来事だった。


「あんたを見捨てることになって、みんなで、神の作った門をくぐることになった。けどな、その段階になって、急にあのくそ野郎が、俺の加護だったはずの、剣を、奪い取って逃げたっだけの話だ」


「くそ野郎って、どいつのことを言ってる?」


そう言うと、彼は忌々しそうに吐き捨てた。


「あの、どっかの坊ちゃんだよ。やっていいことと、悪いことの区別もつかない。そのあとは、どいつも俺のことを無視したまま、門をくぐって消えていった。だから神に頼んだんだ。あいつらが来ないところに飛ばしてくれ、とな」


そこまで言い切って、男はまた深くため息をつく。


「これが全てだ。で、どうする?」


男の様子を伺いながら、俺が男に最も聞きたかったことを切り出す。



「そうだな……お前、復讐したくはねえか?」

と。



「は?」



「お前や俺を見捨てていった奴らに、復讐したくはないか、って聞いてるんだ」


俺は復讐したい。何も全員を殺したいわけではない。ただ、この世界に放り出されてからの特殊な加護なしで生きていくことがどれくらいつらいことか。どれほど大変か。一回ぐらいお前らも体験してみろ、と言うだけだ。言ってみれば、意趣返しである。子どものような理屈だが、だからこそ譲れない。




だが、そう言うと彼は、俺の予想に反して、断った。



「もうワザワザあいつらに関わる気も起きない。悪いが、俺は放っておいてくれ」


それっきり黙ってしまった男に、ここらが潮時か、と見切りをつけて、立ち上がる。彼は彼なりに見捨てられたことに納得して今ここにいるのだろう。なら、俺が言えることも無い。俺は俺の生き方を。彼は彼の生き方を。もしかしたらどこかで出会うかも知れないし、もう出会わないかもしれない。



「邪魔したな。お前、名は?」



「……神崎終夜(かんざきしゅうや)だ」


それを聞いてすぐに、踵を返すが、洞窟であったそこを出る前に、一度振り向いて言う。



「お前がその気がなくても、お前にはそのうち勇者(クズ)どもが絡んでくるだろうよ。そん時は、勇者どもは、俺の獲物だ」



それを言いきってから、洞窟から出る。俺と同様に裏切られた彼は、俺とは違う道を選んだ。それがどう転ぶか。仕返しに利用できるなら利用していけばいい。さて、今はそれよりも大事なことがある。



「さあ、どうやって帰るか」





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