外伝1:それぞれの決意
「兄ちゃん、お礼する前に行っちゃったな」
最近働かせてもらえるようになった鍛冶場の前で、ボーっと空を眺めながら俺は思い出していた。死にそうだった俺に食べ物を与えてくれた兄ちゃん。生きる決意も持たしてくれた。
それに何より、この町を守ってくれた。
祭りのときにこっそり町から出たことがばれた後、町の偉い人にメチャクチャ怒られた。なんで大人って大変な時に助けてくれないくせに、こんな時だけうるさいんだろ。
でも、町から出て兄ちゃんを追いかけてよかった。
なんか変なのがいっぱいいたし、なんか空気が気持ち悪かったけど、兄ちゃんが全部ぶっ飛ばしてたから追いかけていくのは楽だった。
…それでも何回か殺されかけたけど。でも、死にそうになるのは慣れてる。 兄ちゃんと会う前も飢え死にしそうだったし。よくわかんないけど、兄ちゃんが変な奴らの中に入ってった時はびっくりした。でもその後、 もっとびっくりした。周りにたくさんいた変なのが、全部消えたんだ。そしたら兄ちゃんが真っ黒い服着た男と話してた。何の話かは分からなかったけど、何が起きたかは分かった。
兄ちゃんが、まちをまもってくれたんだな、って。
あとから事件のことを聞いた町のみんなは、勇者様とか、月の祠の聖人様とかのことを救世主だって言ってるけど、俺からしてみたら、兄ちゃんが一番の英雄だ。かっこいいし強いし、一緒にいて暖かかったから。
「おい坊主、休憩は終わりだぞ!いつまで空なんて見てんだ!」
「はい、ごめんなさい!」
窓から親方に叫ばれて、慌てて鍛冶場の中に入る。兄ちゃんが出てってからもう一か月。今更追いかけたとしても、絶対に追いつけない。だから今は追いかけない。でも、この鍛冶場で武器を作ることを鍛えて、そんで大きくなったら兄ちゃんのことを追いかけるんだ。今度は自分も冒険者として、兄ちゃんと一緒に戦ってみたい。そんでその後、またこの街に帰ってきて、楽しい人生を生きるんだ。
「よし坊主、続きやるぞ!」
「へい、親方!」
待ってろよ兄ちゃん、絶対追いつくからな!
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「まったく、あいつは何者だよ。あんなの俺でも勝てる気がしねえってのに」
ギルドの前で連れが来るのを待ちながらそうぼやく。思い出しているのは、怪獣の襲撃のときに俺と一緒に出てったトーリとか言うやつだ。ろくな防具も付けねえで、まったく強そうな見た目してねえ奴だったっけな。死にそうだったら助けてやろう、程度に思ってたんだが…。
「まったく、あんな奴が白の冒険者してるなんて、世界も広い、ってことか」
まあ俺も似たようなもんだが、訳ありだしな。そうこうしているうちに迎えが来た。
「殿下、お迎えに上がりました」
やってきたのはいたって普通の商人の格好をした三人組。ただ、帽子の下に覗く顔は、見るものがみれば只者ではないとわかるはずだ。現に俺にもわかる。
「またお前ら三人組か」
ぼやくようにそう言うと、三人のうち一人、王直属の近衛騎士団副団長が答える。
「それだけ御身が大切なのです。そのことをいい加減ご自覚ください」
「わかってるからこうして見分を広げてんだろが。くそ下らねえ学者どもの言うクニじゃなくてよ、この足で歩いて俺の目に映る国を見てんだよ」
「殿下……」
俺の言葉をとがめるように副団長が声をかける。俺の、今の王の政治を否定するような言葉に対して警鐘を鳴らしたのだろう。少なくとも、今の俺のはその力がなく、それが心の重りになる。
今の王も確かに頑張っている。それでも、いまだに戦いは起きているのだ。怪獣との闘い然り、国と国との戦い然り。そんな街をいくつも見てきた。
「帰るぞ」
「どちらへ?」
わかっていながらも尋ねるようにそういう副団長にこたえる。
「決まっている。王都へだ。やらなければいけないことは山のようにある」
今の俺の権力でもできることは確かにある。副団長たちとともに馬車に向かいながら町を振り返る。あいつが手を貸してくれれば、大きな力になるんだが。




