11:使徒との邂逅
かなり間が空きましたが、新しい話です。こちらの話がひと段落つくまで『ホライゾン・コード』と『サクリファイスの剣』はおかせていただきます
刀をふるって襲ってくる怪獣を倒す。戦闘が始まってすでに一時間近く。ガロンとは途中ではぐれてしまった。そんなことを思い出す間にも怪獣は襲い掛かってくる。切り捨てた数はすでに百を優に超えている。それでもなお、眼前に広がる怪獣は減る様子がない。
「どう考えたっておかしいだろこの数。勇者はどうしたんだよ」
切り捨てながらもそうぼやいてしまう。なぜこんな状況になったのか。戦いながらも、一時間前のことを思い出す。そのぐらいの余裕が俺にはあった。
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戦場にたどり着く一時間前。
「この音からして、まだ殲滅しきれていないようだな」
「ああ」
ガロンは気楽にそう話しかけてくるが、実際はもう少し厳しい状況だ。現在、出撃していったはずの冒険者の数は半分ほどに減り、それぞれの存在場所もバラバラ。対するに怪獣らしき気配はあたり一帯を埋め尽くしている。完全に勢力負けしているのだ。おそらく勇者であろう強力な気配や、その他の強い気配が数を減らしているものの、完全に焼け石に水だ。
「ちょっと急ぐぞ」
「了解」
ガロンに声をかけて先を急ごうとした矢先だった。何もなかったはずの周囲に、突如一瞬の魔力の気配とともに、空気中から染み出るように奇怪な存在が現れた。顔がなく、つるりとした卵のような肌でヒト型をしたモノや、手足が異常に多いもの、中には魔物と似たような姿をしたモノもいる。
「これは…」
ぼそりとつぶやいた俺に答えるようにガロンが言う。
「これが怪獣か。なんで急に出現したか知らないが、殲滅するぞ」
俺の答えを待たずに走り出したガロンは、今もなお数を増す怪獣の群れの中を突き進み、やがて見えなくなった。驚くことに、相当数の怪獣に囲まれているにもかかわらず、その気配には少しの揺らぎもなく、着々と数を減らしていた。とはいえ、怪獣は相当なスピードで誕生し続けているので、プラマイゼロといったところか。
「こんなの、殲滅しようたってキリがないだろ。俺は根っこをたたかせてもらう」
こちらにも襲い掛かってくる怪獣に相対しながら、そう宣言し、目の前の怪獣を打ち払って目的の場所に向かって進む。この、勇者や、そのほかの強大な力の気配の中にあって、一層強力な気配を放ち、なおかつ怪獣に囲まれることなく傍観している気配のもとへ。
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それから戦い進めて一時間近く。それでもなお、怪獣は減少するどころか数を増して襲ってくる。一方目標としていた気配は、俺が接近してきたことに気付いたのか、その気配を弱めてしまい、感知が厳しくなった。もともと俺の気配察知の能力は、特殊な力というわけではなく、単純に相当数の敵と戦ってきた結果としての副産物に過ぎない。細かく探れるわけでもないし、相手が少し意識すれば、その気配を隠されてしまうことだってある。
だが、俺には進む先に間違いなく目的の存在がいると確信している。
「怪獣の流れが増したってことは、こっちには来てほしくないってことだよな」
そう、ある一点を中心にして放射状に広がる怪獣の特有の気配がそこに何者かがいることを示している。
怪獣の流れの中にはいまだにいくつも冒険者や勇者の存在があり、怪獣を殲滅している。怪獣は俺の知っているように魔力に襲い掛かるようで、街のほうに流れていくのはかろうじて食い止めれている。それも時間の問題だろうが。
「さっさと抜ける」
意識を集中し、体内に取り込んでいた鎖を刀の柄に接続する。そして手に持った刀を全力で投擲。五体ほどの怪獣を巻き込んだ刀は、木に刺さって止まる。今度はそれに向かって鎖を頼りに跳躍し、空中で腕の力で刀を引っこ抜き、いつもより広いリーチで薙ぎ払う。周囲の怪獣は全てそれで薙ぎ払われる。腰を境に真っ二つになった怪獣はほとんどがその動きを止め、かろうじて動くものも脅威にはならない。
「十分の一でこの程度なら、結構余裕で行けそうだ」
鎖をつなぐことで攻撃範囲と移動力を強化して、さらに殲滅速度を上げて進む。最後のほうは、刀を振る隙間もないほどに密集した怪獣を蹴散らし、その壁を抜けた先に、目的の気配があった。
「どうやってここに来た、とは聞くまい。ここに来たからには贄どもを蹴散らしてきたのだろう。恐ろしい強さだ。そして君は、これからどうする?何を目的とする?」
怪獣の壁を抜けた先にはぽっかりとした空白があった。周囲には今抜けてきたばかりの怪獣が。けれどの、その意識はこちらを向いていない。ように感じる。
そんな中で中心に立つ黒衣の男は、一切の気負いなく尋ねてきた。
「そうだな。まずはお前は誰だってことを尋ねるかな。予想とちょっと違ったしな」
クツクツクツと、その若々しい見た目に反し、老獪な笑いを皮切りに、男は話し始めた。
「私が誰であるか、か。そんな質問を面と向かってされたのも初めてだな。しかし、その問いには明確に答えが存在する。私は、神の意志の代行者。この世界からいさかいを取り除かんとする神の代行者だ。無論、君が初めに出会ったのは我が神とは異なる神だ。なぜそのことを知っているのか、と言いたげな顔だな。何、神が私にそう告げたのさ。〈そなたのもとに、遊び神に呼ばれ、その手を離れ我が加護を受け継いだ者がやってくる〉とな。そしてこうも言われた。〈そのものに後事を託し、そなたももう休め〉と」
「後事ってのは?そもそもこの世界の神は三柱じゃないのか?」
いくつも浮かんでくる疑問を矢継ぎ早に尋ねようとするが、それを目の前の男は手を挙げて制する。
「待ちたまえ。君の質問に答える前に、力を試させてくれ。ここまで来た時点で力があるのはわかりきっているが、一応の確認だよ」
そういった男が腕をさらに頭上に持ち上げると、地面に光の渦が生まれ、そこから染み出るように人型をした三体の怪獣がしみだしてきた。怪獣、なのだろう。それまでのモノと気配が、目の前の者が扱うのなら、怪獣であるはずだ。
「三大葬士。それがこれらの名だ。私がこれらを呼び出すのは初めてだな。何せ普段使うには強すぎるのだ…。君なら打ち破れるだろう。行け」
男が腕を振りおろすと同時に、三大葬士と呼ばれたそれらは、他の怪獣とはちがう、滑るような間合いのつめ方で迫ってくる。
「やってみろよ」
先制攻撃として鎖を巻きつけている刀を投げつける。鎖をつないでいないと帰ってこないので、注意が必要だ。以前あの世界で痛い目にあったことがある。
普通の怪獣なら刀に引きちぎられて終わるのは先ほどまでの戦闘で分かっていたのだが、確かに目の前の三体は違うようだ。先頭の異様に長い腕を持つ一体が、薙ぎ払うように刀を受け止め、その手で弾き飛ばしてしまった。
「ふん、ちっとは違うみたいだが…こいつはどうだ?」
はじかれた刀を引き寄せ、今度は刀とは別に鎖を放つ。今度も先頭の一体が受け止めようとするのだが、こちらとしては受け止めさせるつもりで投げている。
「よ、オラァッ!」
腕長のその長い腕に巻きついた鎖を支えに全力で引っ張る。一瞬は耐えようとした腕長だが、基本のパワーが違うようだ。あっさりとこちらに吹き飛んできた。その飛来を待つことなく、自らも走り寄り、空中にある間に胴体を真っ二つにする。対して強くはないな。
操り人形のような肢体を持った怪獣が吹き飛ぶのをちらりと見、正面に目を戻すとすでに次の怪獣が迫っていた。こちらは普通に盾と剣を装備している。すぐ後ろのもう一体は槍を持っているようだ。
ギャリン
急所の首を狙って振りぬいた刀は、しかし、直前に割り込んできた剣に止められた。盾での防御が間に合わないと判断してからの切り替え。それに切りかかってきたときの動き。そして足運び。すべてが何らかの武術に通じている。
「なんで怪獣が武術に通じているのかは知らないが、俺より遅い時点で勝敗は決まってるだろ」
相対しながらぼそりとつぶやいた俺の言葉が聞こえたのだろうか。怪獣は盾を投げ捨てると、剣を両手で握った。
「今こっちで楽しんでんだ。邪魔すんな」
怪獣の動きに微かに、楽しめそうだ、と感じた矢先にもう一体が襲いかかってくる。神速の踏込とともに突き出してくる槍をしゃがみこんでかわし、腕と上半身を切りすてる。
「さあ、かかってこいよ」
剣持のほうを振り返り、俺が踏み込むと同時に向こうも踏み込んできた。互いに首元を狙うフェイントを皮切りに、攻撃と防御の欧州を繰り返す。俺が急所を狙えば、向こうはそれを交わしてこちらの急所を狙い、それを受け止めた俺が切り返せばまた切り返してくる。力というだけではない。確かにこの怪獣には技術、というものが存在する。それが怪獣の本能なのか、はたまた何かから学んだのかは知らないが、興味深い。
しかし、俺の敵ではない。わざと隙をさらすかのような斬撃を、途中から致死の斬撃に切り替え相手の気を引く。一瞬俺本体から目をそらした瞬間に跳ね上げた左足で剣持の側頭部を蹴り飛ばす。グラリと揺らいだ体を剣持が体勢を立てなおすころには俺の剣が首元に迫り、防御を許さずにその首を切り裂いた。
「相手にならん」
少なくとも俺が倒してきた魔獣やそのほかの敵たちは、あんなに生ぬるくはなかった。
「これでわかったろ?」
刀を鞘に収めながら男に話しかける。
「そうだな。予想以上だったと言っておこうか。いくら弱体化しているとはいえ、三大葬士をあそこまで簡単に屠れるとは。神の加護を受けているとはいえ、元も生半可なものではなさそうだ」
感慨深げにそう呟いて男は背を向ける。
「君にはすべてを話そう。だが少し待ってくれ。これに処理をつけなければ」
そう言って両手を掲げた男の足元に広大な魔法陣が広がる。
「なっ……」
その光景につい、何故だと言葉をかけそうになり踏みとどまる。男は自ら語ると言ってくれた。ならば待とうではないか。
「『眠りにつけすべての神子 すべての贄よ そなたらの天命は満たされた 今はただ つかの間の眠りにつけ』」
男がそう言うと同時に魔法陣が輝きを増す。やがて、突如として光が消え去り、魔法陣も消えていく。最後の一瞬に放たれた魔法の波動は、山をかけ森をこえ、この周囲に存在するほとんどの怪獣を消し飛ばした。
「こんなものか」
納得いかなげに呟いてから男がこちらを振り向く。
「どうせ消すなら全部消せばいいだろ?なんでそうしない?」
男にそう尋ねると、我が意を得たりとばかりに話し始めた。
「そう、そのことなのだ。私が君の話したいのは。今残っているあの怪獣どもはすべて、私とは違う、何者かが生み出したものだ。私たちの怪獣の、そのもととなった存在を知るものがな」
そして男は語り始めた。あまりにも暗く深い、この世界の真の神話を。




