10:厄災襲来
「冒険者の皆さんには街の北端の部分で防衛にあたっていただきます」
嫌味な支部長が引っ込んだ後、代わりに出てきたローナンが説明を始めた。
「怪獣が北から来るのは確実なのか?そうでなければ最悪の場合被害がでかくなるぞ」
冒険者の中でも腕の立つ気配のする一人がそう尋ねると、ローナンはそちらに顔を向けながら答えた。
「はい、その危険性がありますので、今回は西端に《灰雪》デロス様はじめ十名、そして東端には《女神の刃》の皆様に向かっていただきます。そちらの方々には、他方向からの侵攻に備えて監視を行っていただきます。ただ、この場所は地形の影響もあり、また怪獣が確認された地点から考えましても、北端からの進行の可能性が高いとみてこのような配置にさせていただきました」
その説明を聞いてみんな、そんなものかというように頷いている。俺も戦闘については多くの奴らから学んだものの、戦略や防衛方法というものについては学んでいないのであまり詳しくわからない。ただ、なにか少し変な感じがした。
「残りの俺らは、全員で北端を守ればいいんだな?」
「ええ、その通りです」
俺にはこの街を守る道理も義務もない。冒険者ギルドに入っているのだって、あれば便利である、という程度のもので、なかったらないでもいいものだ。ただ、それでもここを見捨てるという発想はなかった。たとえ勇者がいて街の防衛が楽だったとしてもだ。
『この街が好きなんだ』
そういった少年が愛するこの街を、俺も守ってみたいと思った。自分で守りたいものの薄い人間は、だからこそ、他のものが守りたいと願うものに魅力を感じてしまうのだ。
無論勇者に言いたいこともあるし、そのついででもある。
「それでは、各自移動し、襲撃に備えてください
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「そもそも、ほんとに攻めてくんのかよ?何人か警戒に出して残りは待機させんのが普通じゃないのか?」
集合場所に向かいながらそんなことをぼやく。一応長時間待機することも考えて、途中の屋台で食料は買い込んできた。怪獣が発生したとはいえ、今日この瞬間に攻め込んでくるとも限らない。さらに多少の偵察でも出してみるべきだと思うのだが。先ほどの集まりでも、具体的にどの程度の数が集まっているのかの報告がなかったことから、実際に移動を開始しているような確認はとれていないのだろう。
それにしても、怪獣とは初めての敵だ。あの空間では、なかなかに常識から外れた存在とも多数出会ったし、生物として成り立っているのかわからない存在ともであった。中には完全に創られた生物であるような存在もいた。しかし、その中に怪獣というような存在はいなかった。
だからこそ、未知の敵ということになるのだが、まああまり心配はしていない。あの空間で鍛えたのは、何も技術だけではないのだ。
「集合場所の、衛兵詰所ってのはここか」
しばらく歩いていると、ギルド本部よりは小さいものの、ほかの建物と比べると十分に巨大な建物が見えてきた。その威容は、ほかの建物よりも実用性を重視しているつくりからも、何のために造られたかがよくわかる。
正面の扉の所でギルド証を掲示して中に入る。非常事態の通達はしっかりと衛兵の中にも通っているようだ。
それにしても謎なのはこの世界の軍事の状態である。街の防衛は冒険者ギルドに頼っているにもかかわらず、こうして衛兵という存在もある。もしかすると、衛兵というのは街の人々の有志によって賄われているのだろうか。それにしては身のこなしが整いすぎている気もするが。
「まあ何にせよ、敵が来たら叩き潰すまでだ」
中に入ると、冒険者は中の広間で待機することになっているようだ。さっきの場には他にも七十人ぐらいの冒険者がいたが、そのうちでここにきているのはいまだ十人程度である。東端と西端に出向いている連中を除いても五十人近くが来る予定なので、他の者はさっきの俺のように考えて、街の中でのんびりするなり、それぞれに戦いに備えていたりするのかもしれない。
戦いに備えるといっても、俺にはできることがほとんどない。いつもの刀は腰に差しているし、鎖は常に身に着けている。武器の手入れは常にしているし、特に鎖においては、手入れすら必要ないような扱い方をしているので、戦闘中に壊れる心配はない。唯一あるとすれば月華を呼ぶか否かということだが、今の段階では必要ないように思う。むしろ、誤射される危険があるので呼ばないほうがよさそうだ。あの巨体である。今の気の立っている人々の中に連れてきてしまえば、どれだけ説明しようと敵とみなされてしまいそうだ。俺としては全く問題のないように思われるが、月華がブチ切れた場合、街のほうに多大な被害が出てしまう。勇者の実力はわからないが、おそらく一対一では彼でも止まらないのではないだろうか。何せ、あの空間で強くなった月華は、魔力を使えば文字通り天変地異に近いこともやれるようになったわけで、それに対抗できるような勇者ならば、周囲の仲間の助けもいらないだろうし、こんな騒動一人で余裕で鎮圧できるというものだ。ひとまずは、しばらく睡眠という休息を取っていないので、その時間にでもあてておこう。
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眠っていたのだが、周囲があわただしくなったので目が覚めた。それ以前から人の動きが活発なことには気づいていたのだが、緊迫した雰囲気ではなかったので、まだ放置していてもいいだろう、と思っていたのだ。
ちょうど周囲で武器を手入れをしている人がいたので声をかけて状況を尋ねた。
「これはどういう状況だ?」
その男は、手入れしていた剣から顔を挙げると怪訝そうに答えてくれた。
「何ってお前、怪獣が確認されたの知らねえのか?」
そんな話は聞いていない。知り合いがいなかったために起こしてくれなかったということも考えられるが、この衛兵の詰め所において、いくら何でもそれはないだろう。
「いや、今まで寝てたな」
「寝てたって、お前緊張とかしないたちか?」
「まあな」
冗談交じりにそう聞かれたので、笑いながら返す。
「もしかして、お前冒険者カードの位、白か?」
確認するようにそう尋ねられたので、隠すことでもないため素直にうなずいた。
「んじゃあ俺と同じかな。俺も白なんだが、他の冒険者とか途中で来たギルドの奴に言われたんだが、位の低い奴はできるだけ出なくていいとよ」
「戦闘にか?」
「だろうな。やっぱ位が低い奴は死にやすいし、命は無駄にすんなってことだろ」
別に戦闘力が低いわけではないんだが。俺にそう伝えてくれた目の前の男も、今にも出立しようとしているので、このまま戦わずに済ませる気はないのだろう。
「こちとら、戦うために冒険者になったってのに、戦わずに済ますって手はないだろ」
なあ?と、こちらに尋ねるように顔を向ける男に、俺もうなずいて答えた。
「俺たち以外に白の奴はいないのか?」
街の外に向かう道中、気になったことを尋ねる。周囲では人の気配がなく、いくら祭りが継続されるとはいえ、被害を抑えるための最低限の手段はとられているようだ。そもそも、危険が迫っている中で祭りを続けるのが俺にとっては違和感でしかないのだが、この世界ならではの考え方でもあるのだろう。
「もう一人いたんだけどな、なんか巨人族に引きずってかれたな。戦えないわけじゃなさそうなんだが、覇気が感じれない奴だったな」
「要するに普通の奴ってことだな」
門に近づくに連れてかすかに魔力の気配がし始めた。この感覚からするに戦場はさらに街から離れた地点だろう。
「さて、それじゃあ行きますか」
「ああ」
調子よく声をかけて来る男に頷く。
「ところで、お前名前は?」
「トーリだ。そっちは?」
「俺はガロンってんだ。よろしくな」
門に詰めていた衛兵が門を開いてくれたのでそこから外に出る。
どうやら戦闘はかなり離れた場所で行われているようだ。
「走るか」
「そうすっか」
独り言のつもりでつぶやいたのだが。まさか俺と同様に武器を担いで走るやつがいるとは思わなかった。まさか、向かう先がただの戦場ではないとはkの時は想像もできなかった。
厄災襲来といいつつまだ戦闘じゃないですね…。
次の投稿は七月に入ってからになるかと思います。




