9:勇者と刃
少年が語ってくれたところによると、少年はつい先日まで普通の生活をしていたらしい。
「それがつい最近変わってしまった、ってことか」
「うん。俺と、父ちゃんと母ちゃん、それに妹のラナの四人で荷物の運送をやってたんだ。他にも人を雇ったりして、色んな仕事も頼まれてた。でも、つい前回の運送で、変なおじさんから変な荷物を頼まれたんだ。父ちゃんは『やばそうだ』って言って断ろうとしてたんだけど、母ちゃんがそれを聞かなくて、それで…」
そこで言葉が止まってしまう。家族をなくしたときの光景が蘇ったのだろう。
「……それで、その荷物を王都まで運ぶように頼まれたんだ。でも、途中で変な奴らに襲われて…」
「変なやつ?」
「全身黒い服来ててフードまでかぶってるんだけど、何か、息の音がうるさいんだ」
「うるさい?」
「うるさいっていうか、何かシューシュー言ってた。そいつらが現れたと思ったら、何もわからなくなって…気がついたら、この街にいた」
更に、少年が言うには、街に帰ってきたところ、家などの財産が全て奪われていたどころか、そんな事実すら見つからなかったらしい。つまり、気がつけば自分の家に見知らぬ人間が住んでいて、しかも彼ら自身はそこにずっと住んでいたような事を言っているようだ。
「何か、ヤバそうだな。お前、この街から逃げたほうがいいんじゃないか」
少なくとも、何らかの強大な力が働いているのは確実だ。それに少年からすれば、自分たちの存在がないものになってしまったこの街よりは、一切を始められる場所のほうがいいはずだ。そのほうが、家族のことも忘れられる。
「うん、俺も最初はそうしようかな、って思った。そうしたら、母ちゃんとか父ちゃんとラナがいないのも忘れれるかなって。でもさ、兄ちゃん」
そういった少年の顔は、泣きそうな顔で、それでも無理に笑おうとしているようだった。
「俺さ、この街が好きなんだ」
「父ちゃんも母ちゃんもこの町で育って、俺もここで生まれたんだ。だから、逃げたくない。ここで生きてみたいんだ」
それは、力とか、能力とかじゃない。もっと、誰でも持ってて、誰も持っていないような、そんな強さ。心の芯の強さ。俺が、ようやくそれがなにかわかり始めたものを、この少年は持っているのだ。
「坊主、名前は?」
「…ロトン」
「じゃあロトン。俺はすぐに場所を移るが、なにか困ったことがあったら、ギルド経由で言ってみろ。気が乗ったらまあなんか手伝ってやるよ」
「兄ちゃんは冒険者か?」
「まあな」
そう言って少年と別れた。俺よりも芯の強いやつほど、俺が唯一誇れる部分で手伝ってやりたい。自分の弱さがわかっているからこそ、心底そう思う。
こうして、祭り初日の夜は、思わぬ出会いもあり、すぎていった。
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翌日、昨日の夜はしっかり飲み食いし気持ちよく眠った。しかし、一つだけ問題があって、今日は祭りであり、しかも近隣の町からも人が来るほどの人気なのだ。
「さすがに宿をとってなかったのは馬鹿だったな。まあ馬小屋でなら眠れたからいいとするか」
そう、昨晩眠ったのは馬小屋で、である。多くの人が来ていたため宿をとることができず、結局宿の主人の好意によって、馬小屋の一部を借りることができたのだ。
「さすがに朝っぱらからは店も出てないか」
この世界に来ても祭りの本番は昼から夜にかけてのようだ。昨晩は遅くまで屋台が稼働していたようなので、その影響もあるのかもしれない。
「ひとまずギルドでなんかすること探すか」
時間を無駄にするつもりはない。特にのんびりすることが無駄だとは言っていないが、今はそういう気分ではないので、何か活動したいのだ。
「もし特に何もなかったら、街の外で武器でもふってくるか」
しばらく戦闘訓練とかしてないし、ちょうどいい機会かもしれない。
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ギルドに到着すると、何故かここは、祭りで賑わっていた街中と違い、緊迫した空気に包まれていた。
ギルドの中には少数の冒険者がいるものの、以前のように明るい雰囲気はなく、それぞれに緊張した顔で話し合っている。
さらにギルドの職員の姿はない。
「こりゃあ、悪い予想が当たったかな」
もちろん予想とは、先日の件である。
「とりあえず、ギルドの人でも出てきてくれればいいんだが」
ちょうどそのとき、慌てたように奥の受付の奥からマリンさんが走り出てきた。
「なんか変な空気ですが、何かあったんですか?」
そう話しかけると、こちらを向きつつ答えてくれた。
「今から、この町の全冒険者を集めてから説めいしますので、ちょっと待ってください」
俺が答えようとしたその時、俺よりも先に後ろからの声が響いた。
「じゃあ俺たちもそれを待たせてもらう」
寸前まで気配に気づかなかった。その事実に少し驚きながら後ろを振り向く。
振り向いた俺が見たのは、ひとりの男と、それを取り巻くように立つ五人の女性だった。男が腰につるすのは、美しい剣と、黒いさやの剣だ。武器に疎いおれですら、二本の武器が普通の武器とは質の違うものだと感じた。
「あの、冒険者の方ですか?」
困惑しながらそう尋ねるマリンさんに、女性のうちぼ皮鎧をまとった一人があざけるように答える。
「私たちのことならともかく、彼のことを知らないの?それでギルドの職員が務まるなんて、ほんとにここは田舎みたいね、ユート」
それを制止するように先頭の男が手を上げる。
「やめろユナ。ここには託宣があったから来たんだ。俺たちの役目を忘れるな」
「わかってるわよ。ただ、この場所以外じゃあそれではやっていけないって教えてあげただけ」
悪ぶれもなくいう少女は、自らが上の立場にあると疑っていないようだが、何が彼女にそんな確信を抱かせるのだろうか。もとはただの学生の身分でしかない、毎日を生きるだけの人形に過ぎなかったというのに。
「え?えっと、あの、冒険者の方でしたら今から支部長より発表がありますので、ここで待っていてください」
マリンさんはそれだけを言うと、他の冒険者にその情報を伝えるためにか外へと走って行った。
「まったく、これだから田舎は。この国を守っているユートのことを知らないなんて」
「まあ仕方ないさ。私たちも好んで名前を売ってるわけじゃないしな」
布製の服を着て背中に大きな日本刀を吊った女性が答える。面子を見る限り、他の奴らよりは高い年齢に見えるものの実際の年齢は同じぐらいだろう。俺はあまり学校の中のことには詳しくなかった。
おとなしく席に座ってその発表とやらを待ちながら物思いにふける。
「いろんなこと忘れたと思ってたけど、割と覚えてるもんだな」
肝心のところは忘れちまったみたいだが、と、勇者の姿を見ても何の恨みも感じない自分にそんな感想を抱く。
それは、もしかしたら勇者共があの時とは変わっているように見えるからかもしれない。
俺と同様にこの世界に来て、彼らも何かを経験したのだろう。もともと、仕返しをしようとしていたものの、そんな気も失せてしまい、今はただ、かかわりあいたくないというのが本音だ。
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「ようやく集まったか。これだから冒険者は質が低くて困る」
多くの冒険者が集まってきたところで、いつかも似たことを言っていたギルドの支部長が出てきた。
集まっている冒険者の中には、さっきの勇者共や、それとはまた違う集団から来たような者もいる。どうやら今この町には、各地から腕利きの冒険者などが集まっているようだ。
「さて、現状だが、調査の結果この町の近辺で怪獣が出現していることが分かった。ついては、ギルド規則に基づき冒険者の貴様らにはこの街の防衛にあたってもらう」
「私たちも参加させてもらうわよ」
そう言ったのは、俺が先ほどどこか違う集団から来たと称した者たち。
「貴様らは…。なるほど、その腕章女神の刃の下賤どもか。この地に何をしに来た?この地は貴様らの権力も及ばんぞ」
「いえ、別にそういうわけではないのですが。何かやましいことでもおありでしょうか?」
そう答えるのは、女神の刃と呼ばれた一団のリーダーらしき女性だ。
フードをかぶっているのでその顔は見えないが、そこまで年ではないだろう。後方にいるほかのメンバーもフードをかぶっているが、体の輪郭から女性であろうことはわかる。
「…ふん。相変わらず小賢しい。勇者まで連れてきおって。この地は、貴様ら中央のものには渡さん」
「そんな気はない」
あてつけるかのような支部長の言葉に、今度は勇者のリーダーが口をはさんだ。
「おい勇者って…」「まさか。王都に呼ばれたっていうあれか?与太話じゃねえのか」
支部長の言葉を聞いていた他の冒険者からも驚きの声が上がった。
「俺らは、光神教会で信託を受けてここに来たんだ。この街に災厄が迫ってるってな」
「なら大人しくこちらの指示に従え。災厄とはつまり、今回の怪獣災害のことだ。ならばこの街を守ればお前らの人気稼ぎも終わる」
あくまで嫌味な姿勢を崩さない支部長に、険悪な空気が漂う。そこを止めたのは、女神の刃のリーダーだった。
「では私たちもこの街の防衛に加わるということでよろしいですね?」
「ああ、構わん。むしろ貴様らがいるなら、この場の指揮も任せよう。せいぜい、失態を犯さないでくれよ」
あざ笑うように言う支部長に対する怒りを、この場にいるだれもが共有した瞬間であった。
そんないざこざもありつつ、この瞬間、この世界で初めての、意志を持つ怪獣災害に対する防衛陣が誕生した。




