07. レーナのお師匠
「ほう、我らは召喚主の手によって顕現した『天使翼』によって苦しめられていたのですな」
『天使翼』の聖なる加護によって傷ついた『地獄骸』が、俺の目の前で嫌味っぽくそう呟いた。
さっきまでの畏まった態度は一体どこにいってしまったのか。
しかし今回の件は完全に俺が悪いので、何も言う事ができない。
「そ、それより本当の敵襲が近いんだ。お前たち、防衛体制を取ってくれ。敵はこの世界の文字召喚術師だ。暗黒城への到達はあと十五分、いや十分だと思って行動しろ」
「ぬ、それは急がねばありませんな。しかし、何故そのようなことに?」
さっきの嫌みな態度は、『地獄骸』流の不満の表明だったようで、緊急事態であることを知ると、元の恭しい言葉遣いに戻ってくれた。
よかった。あのまま一生、膨れたままじゃなくて……。
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろした俺は『地獄骸』の疑問に答える。
「ここにいるバカがバカなことをしたせいでな……」
「わたし、バカじゃないですよー!」
レーナが頬を膨らませて反論するが、聞き入れずに無視する。今はモンスターたちへの指示出しの方が優先だ。
「敵とはいっても、こいつの知り合いだ。相手が好戦的だったらある程度は仕方がないが、最初は手を出さないでほしい。殺すのは厳禁だ。そこで疲弊しているお前の部下のアンデッドたちにもしっかり伝えておいてくれ」
「了解しました。では、聖なる光の加護も弱まったようなので、暗黒城の防衛にあたるとしましょう」
そう言って、『地獄骸』はいつものように激しい号令をかけながら、配下を従えて颯爽と外に出ていく。本当に頼れる部下である。
「さて、俺たちは暗黒城の上階から相手の様子を見つつ、対話の道を探るぞ」
俺がそう言いながら振り返ると、
「むー」
無視されたレーナは頬を赤らめて、まだ怒っているようだった。怒ったところも可愛い。
「正直、一連の原因であるお前を叱りたいところだが、まあ、可愛いから許そう」
「なっ! そんな言葉でごまかす気ですか!」
「みっちり叱ってもいいんだぞ?」
「うぐぅ……。そ、それは勘弁してくださいぃ~」
涙目になって首を横にふりふりするレーナを見て、俺はため息をつく。
だが、彼女のおバカな振る舞いにも慣れてきた。俺は頭を切り替える。
「ほら、行くぞ。お師匠さまのお迎えはおそらくもうすぐだ」
「……本当に来ますかね」
さっきまで怒っていたのに、すっと不安げな表情を浮かべ、レーナは俺を上目遣いで見上げた。
瞳は若干潤んでいる。惚れる。
じゃなかった。レーナのこの反応から推測するに、彼女の師匠は普段、愛情表現が下手な人間なのだろう。師匠がレーナを本当に嫌っている可能性もなくはないが、さっき送られてきた文面からして、たぶん違うと思う。
人間関係は難しい。元の世界で仕事している時もよく感じたことだ。
俺たちは螺旋状の階段を上って、暗黒城の五階、つまりは最上階に移動した。
五階は一つの大きな部屋になっていて、巨大な玉座が置かれている。床には高級そうな絨毯が敷かれており、ここだけ見れば本物の城のようだ。誰を座らせるために、あの玉座があるのかは考えたくないが。
そして、その大部屋には拠点入り口を見下ろせる大窓と外に出ることができるテラスが備えられていた。アンデッドたちの働きを見守るにはここがちょうどいい。
「行動も王様みたいになってきたな……」
知らないうちに本当に魔王になってそうで怖い。誰かに止めてほしいが、隣にはレーナしかいないし、多分彼女は魔王の側近とかに率先してなりたがりそうである。バカだし。
「……なんか今、わたしの方を見て、失礼なこと考えませんでした?」
「そんなわけないだろ。レーナは可愛いなぁと思っていたんだよ」
「きゃっ」
真顔で大嘘をついておく。
レーナは両手で真っ赤になった頬を包み込んで、もじもじとしている。
普通に可愛いので、別に嘘でもない気がしてきた。
それはさておき、そろそろ襲撃を警戒しなくてはならない。
レーナの師匠が好戦的であるかどうかはわからないが、いきなり不意打ちを食らって、暗黒城が壊滅したら目も当てられない。
なんだかんだいっても、俺にはアンデッドたちを召喚した責任がある。
彼らの命を奪われることはあってはならない。
……って、思考も魔王になってきたような。
でも、そういう思考をするようになったことは別に悪いことではない気がした。
「アンデッドたちにはよく言い聞かせておいたし、戦闘にはならないよな。今までの感じからすると、俺たちがお師匠を圧倒してしまう可能性もあるし……」
もちろん、相手を傷つけることも本意ではない。難しいところだ。
「あっ! あれ、お師匠さまですっ」
不意にレーナがテラスの手すりから身を乗り出して、遠くの草原を指さした。
ふらふらと危ないので、レーナの肩に手を置いて支えてやりながら――放っておいたら、その辺から転落しそう――俺は彼女の指の先を注視する。
「おお……!」
直立二足歩行をした筋肉質の牛のような化け物を五十体ほど従えた人影が、馬を駆ってこっちに向かってきていた。二本のイカツい角を生やした牛型モンスターは馬に乗っているわけでもないのに、馬に乗った人影と同じ速度で走っている。人影はフードを頭からかぶっていて、容姿はわからなかった。
彼らは高速で進軍を続けていた。
みるみるうちに集団は大きくなる。彼らはこの暗黒城に向けて、一直線に駆けてきているようだ。
「レーナ! 無事ですかッ!」
暗黒城の敷地のすぐそばまで接近し、アンデッドたちが作った簡易的な柵の前で止まって声を張り上げたのは、馬に乗った人影。恐らくはレーナの師匠だ。
その声に、俺は少し違和感を覚える。そして、その原因にすぐ思い至った。
「あれ、レーナのお師匠って、女性だったのか?」
「はい、そうですよ? 男の人だと思っていたんですか?」
「あー、なんか、お師匠って聞くと、おじいさん的なものを連想しちゃってな……」
俺の想像とは違い、レーナの師匠は凛とした声色をしていた。恐らく、二十代半ば辺りの女性。お子さまのレーナよりも遥かに魅力的なお声である。
レーナの師匠は馬上で被っていたフードを脱ぐ。
そうして現れた御顔に俺は「おおっ!」とテンションが上がった。
背中まで伸びる長い黒髪。整った目鼻立ち。目はすらりと切れ長で、唇はきゅっと毅然とした様子で締まっている。強気な内面が見て取れる凛々しい美人だった。
惜しむらくは胸が全然ないことだったが……まあ、それも魅力の一つである。
「じとー……」
「はっ、これは侮蔑の視線!」
見ると、レーナは何とも言えないジト目で俺の顔を見ていた。彼女の師匠に見惚れていることを見抜かれたのだろう。こういうところだけ鋭いなんて……。
「うっ……こほん」
無理やりに咳払いをして、俺は仕切り直す。レーナの侮蔑の視線がずっと注がれているが、気にしたら負けだ。
「よし、向こうもいきなり仕掛ける気はないようだな。牛たちも待機してるみたいだし。じゃあ、俺が直接、お師匠と話そう――」
そうして、テラスから交渉を始めようとした時だった。
簡易柵の内側で様子を窺っていたアンデッドたちがざわつき始めた。
……嫌な予感がする。
元々、相手を滅しようという本能が強いアンデッドたちのことだ。もしかして、命令を無視して交戦しようとしているんじゃ……。
「大変です! 召喚主!」
顔色を変えてテラスへ飛び込んできたのは、『地獄骸』。
やはり、俺の予感は当たったようだ。
こういう時にはきちんと叱らないと、集団行動が成り立たない。
俺は心を鬼にして、彼の配下のアンデッドたちの管理責任を厳しく問う。
「おい、『地獄骸』。俺は攻撃をするなって命令したよな?」
「え? はあ……」
困惑した様子で首を傾げる『地獄骸』。
「なんだ、その態度は。お前の部下が交戦しようとしてるって報告だろ?」
「いいえ、違います。召喚主。我々はきちんと命令を遵守し、待機しております」
俺は眉をひそめる。どうも、会話が噛み合わない。
ならなぜ、『地獄骸』は血相を変えてやってきて、下はざわついているのか。
「じゃあ、何が大変なんだよ?」
「奴が敵に攻撃を加えようとしているのです!」
「アンデッドたちはちゃんと待機してるんじゃなかったのか?」
「ですから――『天使翼』が!」
「あっ」
あれ、もしかして俺、アンデッドには命令を出したけど――。
『こちらは天使翼。暗黒城周辺に敵性反応を多数感知。総数、六十二。敵対の意思を検出。よって、拠点守護のため、敵性反応に聖なる光の鉄槌を下します』
――『天使翼』には出してなかった?
次の瞬間、天空が激しい光を放ち。
雲が裂け、青空が広がり、そして聖なる白光の大槍がレーナの師匠たちがいる大地を爆煙と共に――薙ぎ払った。
「や、やりおったーーーーーー!!!」
俺は絶望に満ちた表情を浮かべ、その場で顔を覆いながら絶叫した。
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