58. 人格破綻の魔術召喚術師
「お主が高位文字召喚術師……? それは何の冗談なんじゃ? 王国八人の高等魔術師が一人――エイドス・ヴェルガ」
憎々しげにそう呟いたのは、俺の目の前で攻撃の構えを取るオルビークだった。
「おやおや、どこの小娘かと思えば、ギルダムとかいう田舎に追いやられたレアナ・オルビークじゃあないか。どうかね? 田舎の愚鈍な空気はおいしいかねえ? 井の中の蛙として、自らの力を誇って生きていくのは楽しいかねえ??」
ぎりっ、とオルビークが歯を食いしばる音が、俺のところにまで聞こえた。怒りに震えるオルビークの様子から察するに、彼女と、聖巨人を使役するエイドス・ヴェルガという男との間には因縁があるようだった。
「……シュウト、奴は生粋の文字召喚術師ではない。あれは王国最強と謳われる八人の魔術師の一人なのじゃ」
「王国最強の魔術師……!?」
一般的に、王国では文字召喚術師よりも魔術師の方が格上とされている。その魔術師の中でも、ほぼ頂点に君臨する存在ということは、すなわち、王国が保有する最高クラスの戦力ということになる。
「そんな人間がどうしてこんなところにいるんだよ」
俺がヴェルガを睨みつけながら、吐き捨てるようにそう言うと、彼は涼しい顔をして、髪をかき上げながら答える。
「王国最強の魔術師は八人。序列もなく、扱いはほぼ対等。でもねえ、あの集団の中にいるとねえ、わかるんだよねえ! 私が能力的に一番劣っているということが」
くっくっくっ、と薄気味悪い笑みを漏らしたヴェルガは、いやらしい表情を作って、目をぎょろりと大きく開く。
「だからぁ、私。文字召喚術師になることにしたんだよねえ、魔術がここまで使える文字召喚術師はねえ、最強なんだよねえ!! この宮殿内なら、私はすぐにでも第一位の座を奪える。今はまだ、所属して間もないから第二位なんだけどね」
容易くそう言ったヴェルガに対し、オルビークはひどく顔をしかめる。
「いくら低格の文字召喚術師の世界とはいえ、そんなに一瞬で序列二位になることなど、通常ならあり得ないことじゃ。人格と才覚は全くの別物のようじゃの、ヴェルガ」
「そういう君も才覚には恵まれているじゃないか。ああ、でもねえ、私に蹴落とされて八人の魔術師に入れなかった程度じゃねえ、たかがしれてるねえ! 私、強い! 君、弱い!」
ヴェルガは人差し指でびっとオルビークのことを指すと、聖巨人に命令を与える。
「なんでもいいけどねえ、ここで君らを止めればねえ、私の序列は上がるよねえ!! 私、他人を見下したいので、私の序列のために死んでくれ」
聖巨人の右拳が、オルビークの小柄な身体に振り下ろされる。だが、拳が直撃する寸前、彼女は魔術の力を借りて、瞬発的に真横に回避。冷たい色をした床の石材が、聖巨人の右拳により大きく隆起し、爆音が辺りに響く。
オルビークはすぐさま体勢を立て直し、複数の火炎球を聖巨人に向けて射出する。が、聖巨人の左手から発射された光弾がその全てを撃ち落とし、反対にオルビークを攻撃した。
「きゃあああっ!」
オルビークの悲鳴と共に、彼女の姿は爆煙に包まれて見えなくなる。
このままでは、仲間全員の身が危ない。
俺が念じると、魔法記述具が出現した。右手には万年筆、空中には羊皮紙。
早くあの聖巨人とまともに戦える体格を持ったモンスターを召喚しなければならない。
俺は頭の中でモンスター設定を組み上げていく。
そうして、できた設定を羊皮紙に記述していこうとして。
「あのねえ、そんなことさせると思ってるのかねえ? それが通用すると思っているのなら、君はバカなんだねえ!」
いつの間にか、眼前にヴェルガの姿があった。
俺の全身に、一気に鳥肌が立つ。
殺される。そんな強烈な恐怖感が俺の全身を硬直させた。
ヴェルガの右手が白く光を放つ。それは剣の形に変化し、その鋭い剣先は俺の左胸元を的確に狙ってくる。
だがそれは邪神剣によって阻止された。激しく弾かれたヴェルガの身体は一瞬、視界から消え、次の瞬間には聖巨人の足元へと戻っていた。
「自立意思を持つ邪剣……気配感知の魔術の応用で、地上階での戦闘を観察してはいたけれど、実際に目の当たりにすると、やはり馬鹿げた力だね。君の文字召喚術は。そんな高度なもの、常識で考えれば、短時間で召喚できるわけがない」
でもねえ、とヴェルガは続ける。
「残念だねえ、いくら顕現待ちがなくたってねえ、魔法記述具に文字を書かせなければ、何の意味もないんだよねえ! 私は、君の記述を阻止できる攻撃魔術をたくさん持っている。だから、私、最強! お前、ゴミ!」
子供のように他人を見下し、喚きたてる目の前の魔術師に、俺はだんだんと腹が立ってくる。しかし、彼の言うこともまた事実。
顕現待ちのない文字召喚術にも、弱点は存在するのだ。
そして、それを上手く乗り越えなければ、この勝負、勝つことはできないだろう。




