38. 復讐の獣が目覚める時
「アルギアの……文字召喚術師……?」
俺は呆然と呟く。
崖の上から無言で俺を見下ろす百人の人影と、その倍の召喚モンスター。
それは全員、アルギア召喚宮殿の文字召喚術師たちだという。
俺の頭には疑問だけが浮かぶ。
なぜ。
なぜ彼らはこんなに酷いことをする? 理解ができない。心当たりがない。
俺はアルギア召喚宮殿から来た彼らと何の関係もないのだ。
だが、俺はいつまでもそんなことを考えている暇はなかった。
俺は涙を地面にまき散らしながら、よろける足取りで『地獄骸』のもとへと駆け寄る。
『地獄骸』の骨を守っていた『地獄暴食』の巨体が大きく傾き、大きな音と共に崩れ落ちた。『地獄暴食』の膨らんだ腹は、微かにまだ上下している。まだ死んではいないようだった。
しかし。
『地獄骸』の骨はもう原型を留めていなかった。残骸、と呼ぶに相応しい破損した骨の数々。そこにもう、俺の知っている『地獄骸』の面影はない。骨の残骸は全ては淡く光って、一つ、また一つと光の塵になっていく。
「待って……待ってくれ……!」
俺はそれをなんとか掴んで留めようと手を伸ばすが、ただ空を切るだけだった。
消えていく。大切な配下が。一緒に過ごした記憶と共に。
「待ってくれ……ッ!!」
俺の手は何一つ掴めない。
希望は全て消え失せ、この場には絶望だけが残った。
「シュウトさま……」
レーナが近づいてきて、何か声をかけてこようとするが、言葉が見つからないようだった。
それでいい。薄っぺらな慰めの言葉を聞いたら、俺は激怒しないでいられるか不安だった。
俺は目をずっと見開いたまま、血走った瞳で、あることを思いつく。
「そうだ……『地獄骸』が死んでしまったなら、また召喚すればいい……! そうだ、簡単なことじゃないか……!! あはは、こんな方法に気付かないなんてな!」
魔法記述具を呼び出し、俺は羊皮紙に『地獄の骸と腕』の情報を書きつけていく。
「シュウトさま……それは……」
悲しそうな表情でレーナが目を伏せるが、そんなこと気にしていられない。今は『地獄骸』の復活が先だ。他のことはどうでもいい。
『地獄骸』のモンスター情報を書き終わると、俺はすぐさま親指で文字列をなぞる。すると、文字列がいつも通り、光を放って――そして、消えた。光を失った羊皮紙はそれ自体が消滅し、持っていた万年筆もなくなった。
「……は?」
何か手順を間違えたのだろうか。
それなら、もう一度文字召喚を行うだけだ。
俺は再び、魔法記述具を顕現させ、先ほどと同じ文字を刻み込んでいく。
「シュウトさま……文字召喚について、あなたにまだ伝えていなかったことがあるんです」
モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。
そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。
「あはは……また間違えちまったみたいだ。大丈夫、時間はまだあるぞ。何度でも、何度でもやり直してやるからな……」
モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。モンスター情報を書き終えた。親指でなぞった文字列が光り出す。そして、消えた。羊皮紙が消滅し、万年筆もなくなった。
「シュウトさま……文字召喚は……一度召喚したモンスターと全く同じ存在を生み出せないんです」
「――――黙れッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
意味のわからないことを言うレーナに対し、俺は怒りに身を任せて怒鳴りつける。
そんなこと、あるわけないじゃないか。
俺は万能で、最強の文字召喚術師だ。
他の文字召喚術師にできないことでも、俺にならできる。
そうだろう、なぁ?
なのに、おかしい。
何度繰り返しても、『地獄骸』の召喚は成功しなかった。
ついには手が痺れ出し、万年筆を持つこともできず、だらりと垂れる。
「俺は最強の文字召喚術師だッ!! そのはずだ!! なのになんだよ、俺の最強の文字召喚術はこんなに中途半端なのかよ……ッ!!!」
項垂れる俺の前に立ったアリカが苦しげな顔で言う。
「こればかりは、どんな文字召喚術師も逃れられない運命なのです。最初の召喚時には、指定した数の同モンスターを召喚できますが、それ以降は同モンスターを召喚することができません。能力の似たモンスターを召喚することはできるので、戦闘面で不利になることはないのですが……」
俺は何も返事をしない。する気力もなかった。
甘かったのだ、俺は。もっと俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか、とそんな考えだけが頭の中を巡る。
だが、そんな俺を現実に戻す一言を、アリカは口にした。
「ただ……一度死んでしまったモンスターを再召喚する宝物が、アルギア召喚宮殿の深部に保管されているという話を聞いたことがあります。ですが……さすがのシュウトさまでも、アルギア召喚宮殿と対話をして宝物を譲ってもらうことは不可能だと思いますし……」
その後に続く、アリカの否定的な言葉はすでに俺の耳には届かなかった。
なんだ、まだ方法はあるんじゃないか。
俺の血走った瞳に生気が宿る。
対話? そんなものはもうどうでもいい。
アルギア召喚宮殿の奴らは、俺の大事な配下を奪ったのだ。
なら、今度は俺が奪って――何が悪い。




