??. 雨の降る峡谷にて
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甘かった。
甘かった、甘かった! 甘かったッ!!!!!!
俺は眼前の光景を受け入れられず、暴走を停止して沈黙した『グラウンドイーター』の背中に両膝をついた。
雨が降り始めていた。その勢いはあっという間に強くなって、雨粒が俺の身体を打つ。
意識が大きく揺らいで、俺の目から知らないうちに涙が流れ落ちていた。
俺が甘かったんだ。
俺はこの異世界で手に入れた最強の文字召喚術を使って、120体のアンデッドたちと、レーナたちと、ギルダム中央村や峡谷村の人々と、オルビークと、ただ楽しく暮らしていければいいと思っていた。
俺は魔王じゃないし、ただの一般人で、最強の文字召喚術は相手を制するための手段ではなく、相手と対話し、相互理解をするための手段に過ぎなかった。
魔王と祀り上げられ、それでもその異名を拒み続けたのは、ひとたび強力な力として君臨してしまえば、対等な対話のテーブルは一生、目の前に現れないだろうと思ったからだ。
だから、なるべく人を傷つけず、最低限の抵抗で、ここまでやってきた。
「その結果が、これかよッ――!」
一粒の涙が『グラウンドイーター』の鱗を叩いて、それでも俺に声をかけるものはいない。
峡谷の底から、俺は涙で滲んだ瞳で周囲を睨みつける。
崖の上。そこにいたのは、フードを被ったたくさんの人影。
十……五十、いや、百人を越えている。
そしてその傍らには一人につき二体、召喚モンスターが控えていた。
その全ての目が、ただ無言で俺を射抜く。
「件の召喚モンスターは排除した。我らはこれより帰還する――アルギアの、召喚宮殿へ」
怒りに震える俺から興味を失ったように目を離すと、彼らは崖の上へと姿を消していった。残されたのは、俺と仲間だけ。
オルビークは俯いたまま、何も言う事はなかった。
『地獄射手』は『グラウンドイーター』の背中から転落し、地面に血だまりを広げていた。
狙い撃ちにされた『魔地馬』は地面に伏せ、馬車は『邪神砲』ごと大破していた。
無惨な光景。これが、甘い俺の考え方が導き出した結果か。
「はは……ははは」
傍らに立ったレーナとアリカが、慰めるように俺の肩に手を置こうとし、俺はそれを強く振り払った。
「慰めは……いらない」
心の底に、憎悪の火がついた。
涙が溢れて止まらない。なんだか、笑えてきた。
目を大きく見開き、憎悪の涙を流し続けたまま、俺はゆらりと立ち上がる。
「はははは……あはははは」
俺はようやく気付いたのだ。
魔王とは、単なる悪の存在ではない。
自分の配下を圧倒的な力を以って、守り抜く王。
大切なものを奪おうとする者が現れたら、相手の大切なものを先に壊してしまえばいい。
そうして、精神的に立ち上がれなくなるまでいたぶり続ければいいのだ。
そこに、対話など必要ない。
自分とその仲間を守るために敵を攻め、壊滅に追い込む優しき王の姿。
敵の目には、それこそが魔王として映るのだろう。
なら、何を拒むことがある?
みんなを守るために魔王と呼ばれるのであれば、俺は魔王で構わない。
強く噛んだ唇からは、真っ赤な血液が溢れた。
振り返ってレーナたちを見ると、彼女たちはびくりと身体を震わせて、まるで化け物を見るかのように恐怖の色を浮かべる。
そこにいつもの明るい彼女たちはいない。
だが、それでいい。みんなを守るために、それが必要だというのなら。
「――アリカ、さっき言った話は本当だろうな?」
自分の声だと思えない程、吐き出した言葉は冷たかった。
「は、はい……。恐らく、シュウトさんの願いはそれで叶うはず――」
俺はアリカの右肩を掴むと、激しく引き寄せた。顔を間近まで近づけて、俺はアリカの顔を睨む。
「恐らく、なんて言葉を使うな。これから行うことに不確定要素はいらない。間違った情報は一言でも口にするな。それとも何か? もし万が一にでも、お前が提供した情報が間違っていて失敗した場合、お前がその命で責任を取るのか?」
「い、いえ……ごめんなさい」
頭が熱い。何を言っているのか自分でも半分わからなくなっている。
目の前で泣きそうなアリカの顔も、どこか別の世界の話のようだ。
俺はアリカを突き飛ばすようにして解放すると、崖の上を見上げた。
雨が顔に当たる。だが、涙を流してくれるからそれでいい。
これからの俺に涙はいらない。必要なのは、身体をつき動かす憎悪だけでいい。
「まずは……ギルダム中央村へ向かう。転移ゲートを利用して向かう目的地は――アルギアの召喚宮殿だ」
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