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??. 雨の降る峡谷にて

     ※ 


 甘かった。


 甘かった、甘かった! 甘かったッ!!!!!!


 俺は眼前の光景を受け入れられず、暴走を停止して沈黙した『グラウンドイーター』の背中に両膝をついた。


 雨が降り始めていた。その勢いはあっという間に強くなって、雨粒が俺の身体を打つ。


 意識が大きく揺らいで、俺の目から知らないうちに涙が流れ落ちていた。


 俺が甘かったんだ。


 俺はこの異世界で手に入れた最強の文字召喚術を使って、120体のアンデッドたちと、レーナたちと、ギルダム中央村や峡谷村の人々と、オルビークと、ただ楽しく暮らしていければいいと思っていた。


 俺は魔王じゃないし、ただの一般人で、最強の文字召喚術は相手を制するための手段ではなく、相手と対話し、相互理解をするための手段に過ぎなかった。


 魔王と祀り上げられ、それでもその異名を拒み続けたのは、ひとたび強力な力として君臨してしまえば、対等な対話のテーブルは一生、目の前に現れないだろうと思ったからだ。


 だから、なるべく人を傷つけず、最低限の抵抗で、ここまでやってきた。


「その結果が、これかよッ――!」


 一粒の涙が『グラウンドイーター』の鱗を叩いて、それでも俺に声をかけるものはいない。


 峡谷の底から、俺は涙で滲んだ瞳で周囲を睨みつける。

 崖の上。そこにいたのは、フードを被ったたくさんの人影。


 十……五十、いや、百人を越えている。

 そしてその傍らには一人につき二体、召喚モンスターが控えていた。


 その全ての目が、ただ無言で俺を射抜く。


「件の召喚モンスターは排除した。我らはこれより帰還する――アルギアの、召喚宮殿へ」


 怒りに震える俺から興味を失ったように目を離すと、彼らは崖の上へと姿を消していった。残されたのは、俺と仲間だけ。


 オルビークは俯いたまま、何も言う事はなかった。


『地獄射手』は『グラウンドイーター』の背中から転落し、地面に血だまりを広げていた。


 狙い撃ちにされた『魔地馬』は地面に伏せ、馬車は『邪神砲』ごと大破していた。


 無惨な光景。これが、甘い俺の考え方が導き出した結果か。


「はは……ははは」


 傍らに立ったレーナとアリカが、慰めるように俺の肩に手を置こうとし、俺はそれを強く振り払った。


「慰めは……いらない」


 心の底に、憎悪の火がついた。

 涙が溢れて止まらない。なんだか、笑えてきた。


 目を大きく見開き、憎悪の涙を流し続けたまま、俺はゆらりと立ち上がる。


「はははは……あはははは」


 俺はようやく気付いたのだ。

 魔王とは、単なる悪の存在ではない。

 自分の配下を圧倒的な力を以って、守り抜く王。


 大切なものを奪おうとする者が現れたら、相手の大切なものを先に壊してしまえばいい。

 そうして、精神的に立ち上がれなくなるまでいたぶり続ければいいのだ。


 そこに、対話など必要ない。


 自分とその仲間を守るために敵を攻め、壊滅に追い込む優しき王の姿。


 敵の目には、それこそが魔王として映るのだろう。

 なら、何を拒むことがある?


 みんなを守るために魔王と呼ばれるのであれば、俺は魔王で構わない。


 強く噛んだ唇からは、真っ赤な血液が溢れた。

 振り返ってレーナたちを見ると、彼女たちはびくりと身体を震わせて、まるで化け物を見るかのように恐怖の色を浮かべる。


 そこにいつもの明るい彼女たちはいない。

 だが、それでいい。みんなを守るために、それが必要だというのなら。


「――アリカ、さっき言った話は本当だろうな?」


 自分の声だと思えない程、吐き出した言葉は冷たかった。


「は、はい……。恐らく、シュウトさんの願いはそれで叶うはず――」


 俺はアリカの右肩を掴むと、激しく引き寄せた。顔を間近まで近づけて、俺はアリカの顔を睨む。


「恐らく、なんて言葉を使うな。これから行うことに不確定要素はいらない。間違った情報は一言でも口にするな。それとも何か? もし万が一にでも、お前が提供した情報が間違っていて失敗した場合、お前がその命で責任を取るのか?」


「い、いえ……ごめんなさい」


 頭が熱い。何を言っているのか自分でも半分わからなくなっている。

 目の前で泣きそうなアリカの顔も、どこか別の世界の話のようだ。


 俺はアリカを突き飛ばすようにして解放すると、崖の上を見上げた。


 雨が顔に当たる。だが、涙を流してくれるからそれでいい。

 これからの俺に涙はいらない。必要なのは、身体をつき動かす憎悪だけでいい。


「まずは……ギルダム中央村へ向かう。転移ゲートを利用して向かう目的地は――アルギアの召喚宮殿だ」


     ※

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