24. そんなに光るなんて聞いてない
ギルダム大峡谷の底、暗い闇の中。
大きく風が吹き抜けるような音が断続的に響きわたる。
だが、これは決して風の吹く音なんかじゃない。
何かの、呼吸音だ。
恐らく、俺たちが乗っている荷車よりも遥かに大きい何かが、目の前の暗闇のどこかにいた。
「ど、どうしましょ~~? このままじゃ、食べられちゃいますよ~……」
「でも、敵が見えないことには対処の方法もないですよね。いっそ、こちらも『炎精霊』の灯りを消してしまうというのは?」
頭を抱えて震えるレーナの背中をあやすように優しく撫でながら、アリカはそんな提案をした。
「灯りを消すってのは、俺もさっき考えたんだが、相手は恐らく夜でも目が見えると思うんだよな……ま、でも、試さない手はないか」
俺は『炎精霊』たちに合図を出し、一度、全ての灯りを消させる。
俺たちは息を潜めて、相手の出方を見る。どんな姿をしてるのかもわからなければ、どんな攻撃をしてくるのかもわからない。ここはじっとしておく方がいい。もしかしたら、相手も俺たちを見失っているかも――。
と、俺が良い方に考えようとしていた時。
闇の向こう側から、猛スピードで大きな岩が飛んできて、俺たちの荷車のすぐ横に着弾した。
「って、やっぱ位置バレてんじゃんかーーーーーー!!!」
全然ダメである。完全に捕捉されていた。というか、あんな巨石を投げつけてくるって、どんだけデカいんだよ、相手……。
「『炎精霊』、灯りをつけろ! 『魔地を駆ける馬』、荷車を全速で出せッ!」
こうなったらもう、逃げるしかない。
一番ベストなのは、この辺りにあるという村に逃げ込むことだが……そもそも、こんなところに村があって無事なのか? という疑問が湧き上がってくる。
停車していた荷車が急発進した。峡谷の底は至る所から岩が突き出していて、かなり荒れた地形だ。時折、飛び跳ねる形になりながら、俺たちは化け物から逃げていく。
だが、もちろん、化け物も見逃してはくれない。
背後に気配。振り返ると、二つの巨石がこちらに向かって飛来していた。またすぐ近くに着弾、地面が衝撃で激しく振動する。
「おわあああああああああ!!」
「きゃあああああああああ!!」
荷車が大きく傾き、俺たちは椅子から滑り落ちて、車内でもみくちゃになる。
「いてて……」
床に倒れた俺が顔をしかめながら起き上がると、なんだか手に柔らかい感触があった。自分の手に視線をやると、それは誰かの胸。顔をもう少し上げると、そこには顔を真っ赤にしたレーナがいた。
「なあ、こういう時だし、怒らないって選択肢は……」
「うぅ……うー!」
「ガハッ!」
可愛い唸り声と共に繰り出され、しかし、その可愛さとはかけ離れたレーナの強烈なアッパーが、的確に俺の顎を捉えた。俺の身体は宙に浮き、そして荷車の床に落ちた瞬間、新たな巨石が近くに着弾した衝撃で、俺の身体は再び浮く。
なんだこの踏んだり蹴ったり……。
「んで、この近くの村について何か知ってる人ー」
俺は宙に浮かんだまま、遠い目をしてみんなに訊ねる。どさっと身体が床に叩きつけられたのと同時、『地獄骸』が口を開いた。
「ギルダム中央村の若者たちが言うには、峡谷の切り立った崖を切り抜いて作ってあるようですな。入り口は魔法による開閉式になっていて、そのため、モンスターの襲撃を避けられるようです」
なるほど、それなら納得である。
化け物が活発な夜のうちは戸を閉めておく。極めて単純かつ有効な手段だ。
「その村が魔法による制御を行っているのなら、私が辿ってみましょうか?」
「アリカ、そんなこともできるのか? ぜひ、頼む」
「これでも私、アルギアの召喚宮殿で三番目に偉いですからね」
アリカは誇るように胸を張る。胸、あんまりないけど……。
ともかく、そうして何やら呪文のようなものを小声で呟き出したアリカの身体が、魔法の光に包まれていく。なんだかすごそうな感じだ。
「おおっ……神々しいな」
「お師匠さまは文字召喚だけじゃなく、魔法にも詳しいんですよっ」
レーナも活躍するアリカを誇らしく思っているようだ。
師弟関係はだいぶ修復されたようで何よりである。
詠唱が進むとともに、アリカの身体が帯びる光は強くなっていった。やがて、その光は彼女だけじゃ飽きたらず、荷車の床や壁にも広がっていく。
「…………ん?」
「お師匠の魔力はすごいんですよ! 魔法を使おうとすると、お師匠だけじゃなく、触れた周りのものまで一緒に光るんです!」
「……おい、それって」
俺はおそるおそる馬車全体を見回す。
輝いていた。
それはもう、煌々と。
馬車の形がくっきりわかるほど。
「なあ、俺たちって今さ」
「はい?」
「闇の中を追われてるんだよな?」
「…………はっ」
「『魔地を駆ける馬』、全力だッ! 全力で走れッ! さっきよりも精密な攻撃が来るぞッ!」
俺は半泣きでそう叫ぶ。レーナはアリカを止めようとするが、彼女は詠唱に夢中で気付いていない。『地獄骸』は俺たちの奇行にすっかり慣れたのか、ノーコメントで背後を注視していた。
なんだ、このパーティ……。
後先考えないポンコツしかいないじゃないか……。
俺のそんな嘆きは、高速で走る馬車の背後へと一瞬で流れていった。




