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23. 峡谷の底

「わ~、キラキラ光って綺麗ですね~! 素敵~」


 馬車の窓から身を乗り出して上機嫌なのは、子供のように目を輝かせたレーナである。

 ちなみに、アリカは綺麗な光を見続けて眠くなったのか、うたた寝をしていた。


 俺たちを乗せた荷車は依然として、でこぼこに荒れた道を進んでいた。


『炎精霊』が周囲を飛び回っている様子は確かに美しい。精霊の光は普通のものとは違って、時折、強く煌めく。見ているだけで、だいぶ時間が潰せそうだ。


 精霊たちのおかげで視界は良好。

 俺たちは踊るように飛び回る精霊たちの姿を楽しみながら、峡谷の底へと降りる道を探した。

 しばらくして、「あっ!」とレーナが叫ぶ。


「シュウトさま、見て! 見てください! あそこに下りれるところありますよ!」


「本当か!? よくやったぞ、レーナ。よし、そこを下っていこう」


 彼女が指差した先には、崖に沿って下へと続く道があった。


 陽はすでに落ちており、運悪く月明かりも曇天に隠れている。

 荷車の少し先に視線を向けると、そこは完全な闇。


 峡谷の底全体が闇に呑まれており、その中を精霊たちの灯火だけが裂くように進んでいく。


 数分ほど下っても、下は全く見えてこない。両脇を切り立つ崖に挟まれ、呼吸がし辛くなった気がした。道幅は俺たちが乗っている荷車の車幅、その二倍分ほど。

 気を抜くと一気に転落しかねない。『魔地を駆ける馬』はその速度を落としつつ、正確に道を下っていった。


 静かだ。

 何の音もしない。


 馬が駆ける音だけが緊張の走る車内に響いている。

 俺は思わず、ごくりと唾を呑んだ。


「なんだか、化け物でも出てきそうな雰囲気だな……」


「そういえば、こんな話を聞いたことがあります。ギルダム大峡谷という場所の底には巨大な化け物がいて、やってきた人を喰らうそうです」


 レーナは俺を脅かそうとしているのか、「ふっふっふ……」ともったいぶった口調でそんな話を口にした。だが、それが迷信の類であることが明らかである。本当にそうなら、その話を知っているレーナが今、ここで落ち着いているはずがないからだ。


「やめろよ……そういう噂って話してたら本当になるんだぞ」


「へ? 噂? いえ、ギルダム中央村にそんな内容の注意喚起の張り紙がしてあったんですよ」


「は?」


 なんだか話が噛み合わない。よく考えれば、さっきの語り口もどこか辺だったような……。そうだ、レーナは「ギルダム大峡谷という場所」と言った。まるでそれは……自分の居る場所ではないどこか別の場所の話をしているかのような……。


 次の瞬間、俺はある答えに辿り着いて、さっと顔を真っ青に染めた。

 俺は椅子から立ち上がって、レーナの両肩を掴む。


「レーナ。お前の言った話は噂じゃなくて、現実の話なんだな?」


「え、もちろんですよ! やだな~わたしが嘘つくはずないじゃないですか! えっへん! 賢いわたしは村でも情報収集を怠らなかったんですっ」


「そうか、じゃあ、賢いお前に聞くぞ? ここは――どこだ?」


「え? えーっと……どこでしたっけ? 周りを見た感じで名前をつけるとするなら……あ、ギルダム崖とか? そんな感じの名前ですか?」


 明るい笑顔で答えるレーナに対して、俺も満面の笑みを浮かべて、言う。


「ここ、ギルダム大峡谷」


「へ~、ギルダムだいきょう……」


 そこで自分でも気づいたのか、レーナは目を開いたまま、ぴたっと動きを止めた。

 それから急に大量の冷や汗が彼女の頭から流れ出し、顔色が白くなっていく。

 彼女はガクガク震える口を開いて。


「あ、じゃあここが、その場所ですね……」


 と、今更すぎる発言をした。


「このおバカーーーーーーーッ!! そのくらい気づけよぉぉぉ!!」


 俺の絶叫と共に、荷車が峡谷の底へと到着する。『炎精霊』が律儀に飛び回り続けて、峡谷の闇の中、俺たちの馬車だけが浮かび上がる。


 これでは、モンスターに居場所を教えているようなものだ。

 俺は『炎精霊』に光量を押さえるように指示を出そうと、急いで窓から顔を出し。


 その瞬間、周囲一帯の地面が跳ね上がった。


「ぐはああああッ!」


 ダーンッ! と強烈な音と衝撃が馬車を襲う。うたた寝していたアリカがびくぅ! と飛び起きて、慌てて辺りを見回している。『地獄骸』は俺とレーナの会話を聞いて、状況の理解は済んでいたようで、すぐさまその八つの手に得物を顕現させた。


 馬車は少し空中に浮き、それから地面に叩きつけられる。こんなに地面を揺らせるのは、とんでもない巨体を持った存在だけだ。明らかに、近くに何かがいる。


 だが、この状況はあまりにも不利。


 敵からはこちらを容易く確認できるが、こちらからは闇しか見えない。その向こうにいる化け物の姿を捉えることはできない。


 しかし、だからといって、明かりを消してしまえば、地形を知らないこちらが圧倒的に分が悪い。

 そもそも、相手はこんなところに生息している存在。

 闇の中でも目が見えると考えておいた方がいいだろう。


「くそ……どうすりゃいいんだ……」


 俺は苦々しく呟く。


 逃げるか、戦うか、それさえも決められないまま、俺たちの馬車はその場に釘づけになったままだった。

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