不老不死の男の都市伝説
日中、九条院のグループ主要会社を一通り見学してから家に戻った僕は、千春さんの部屋にいた。
ジャリタレ壁紙のパソコンを起動。
ネットで検索して『サンジェルマン』について調べる。
割と有名な人物らしく、検索結果がびっしりと画面に並んだ。
ウィキペディア先生によると、サンジェルマン伯爵は18世紀のヨーロッパの貴族で、ギリシア語、ラテン語、サンスクリット語、アラビア語、中国語に加えて仏・独・英・伊・葡・西の各国語を話せたらしい。
すごいなあ。僕なんか母国語の日本語すら不自由なのに。
敬語は苦手だし、漢字のテストも間違いが多いし。
これだけ話せたら、海外旅行もさぞかし楽しいだろうね。
じゃ、なくて肝心な箇所は──。
伝説の数々・不死不老伝説。
伝承によると、どの年代においても四十代以前の容姿で、常軌を逸した長寿をもたらす秘薬を持ち、その結果二千年とも四千年ともいう驚異的な記憶を有していたとのこと。
こんなの十八世紀の事だし、根も葉もない噂が都市伝説のように広まっただけだよね。
二千年とか四千年の記憶なんて、あり得なさすぎ!
なんて、最初は思った。
けど、よくよく考えてみると、身近に似たような人物がいる。
それは──、
シグマである。
シグマは五十年以上経っても昔のままの姿だ。
それに、タイムマシンさえあれば、二千年前でも四千年前でも行き来する事は可能だろう。
その時代に行って実際に見てくればいいのだ。
シグマはタイムマシンは時間と空間の両方を移動する事になるから、より遠くの年代に行くには、より多くのエネルギーが必要と言ってたはずだから、エネルギーさえ確保できれば問題ないはずだ。
もしかしたら、サンジェルマン伯爵もタイムマシンを使ってたんじゃない?
若いうちにタイムマシンでうろちょろしてれば当然若いままだよね。
ところが、ウィキ先生によると、伯爵は1784年に死んだ事になっている。
不老でも結局は不死じゃなかったみたいだ。
まあ、シグマも永遠に生き続けるなんて想像しにくいし、いつかは死んじゃうんだろうな、と想像を膨らませていたらノックの音。
「お嬢様、米良という方がお見えになりました」
千春さんの声だった。
「はーい、応接間に通しておいて!」と返答し、ジャリタレのパソコンをシャットダウン。
ちょっとだけ自分の身なりを確認してから、千春さんの部屋を出た。
応接間に入ると、今風の手足が長いイケメン兄さんが座って待っていた。
雰囲気、草食動物って感じかな。
スタイルがいいだけに、明るめのスーツがよく似合っている。
米良さんは、僕が入るともの凄い勢いで立ち上がった。
「本日は九条院のお嬢様にお会いできて大変光栄です!」
電話だとラフな喋り方だったけど、九条院の社長邸ということでさすがに緊張した様子だった。
「米良さん、九条院麗です。はじめまして。まあ、気楽にしてください」
着席を促し、ちょうどお茶を持ってきた千春さんがそれを配膳する。
米良さんは大きな応接テーブルの向こう側でかしこまり、僕の言葉を待っているようだ。
「米良さん。それで、いきなりなんですが、米良さんは『日本のサンジェルマン』と呼ばれる方をご存知なんですね?」
米良さんは僕の顔にじっと見入っていたが、慌てて返す。
「あ……、はい。ですが……、それは私の叔母から聞いた話で……。あのぉ、それで恐縮なんですが、お嬢様は米良という名前に心当たりはありませんか?」
「米良? あなたの名前ですよね?」
「はい、私の名前の米良です」
そういえば、何となく聞き覚えのある名前だ。
米良……、米良……?
僕はもう一度草食動物っぽい米良さんの風貌をまじまじと眺めた。
草食動物……、ひょろりとした体型……、米良……。
おぼろげな虚像が、焦点が合うように実像を結んでいく。
その姿は──。
「あっ!」と思わず声を漏らしてしまった。
米良さんは長い首を伸ばし、
「何か、思い当たりましたか?」と訊く。
それにすかさず「智晶さんでしょ!」と答えた。
「そのとおりです。お嬢様!」
米良さんの顔が初めて綻んだ。その勢いで立ち上がり、スーツの内ポケットから紙切れを取り出し、テーブルに差し出した。
僕はそれを手に取る。
懐かしい姿がそこにあった。
彼が差し出したのは智晶さんの写真だったのだ。
それはブロマイドのような写真で、どう見ても智晶さんだが、高校時代より随分と大人びた雰囲気がした。
「その写真は叔母が歌劇団にいた頃に撮ったもので、彼女のお気に入りなんです」
「えっ? 智晶さんは歌劇団に入ったの?」
「はい、高校を出てすぐ」
「じゃあ、今は女優さん?」
「いえ、叔母は二十四、五の頃に引退しました」
もう一度、写真に見入った。
智晶さんなら歌劇団で男役をやれば大人気になったに違いない。
彼女の性格から考えても、まさに天職のように思える。
若くして引退なんてもったいない気がする。
けどそれより──、
「智晶さんは今どうしてるの?」
「叔母も七十になるので、今じゃすっかり隠居生活ですよ」
それを聞いて僕は愕然とした。
彼女とはついこの間別れたばかりなのに……。
ろくな別れの挨拶もできなかったのが悔やまれて仕方ない。
僕はタイムマシンの恐ろしさを改めて実感する。
「米良さん、僕、智晶さんに会いたいんだけど? 『日本のサンジェルマン』の事も訊きたいし」
「ああ……、はい、叔母に会えるようにするのは良いのですが……」
米良さんの顔が冴えない。何かに戸惑っているように見える。
「ですが、何ですか?」と続きを催促する。
「私は『日本のサンジェルマン』って九条院のお嬢様のことかと思ってました。叔母と九条院麗様は高校時代からの親友で、驚くことに何度会っても、その人物は当時の若いままだと言っておりましたから」
「はあ? 僕が『日本のサンジェルマン』?」
ちょっと混乱してきた。
お茶をグッと飲んで気分を落ち着かせ、頭の中を整理する。
どうやら、米良さんは勘違いをしているようだ。
僕と麗ちゃんこと九条院令を間違っているのだろう。
だが、智晶さんが九条院令を男と言ってなければ納得できる。
普通、女性が親友といえば同性を想像するのは自然だし。
「お嬢様、何か失礼な事を言っちゃったでしょうか?」
ちょっと動揺しているのか、米良さんの言葉遣いがラフになった。
「いや、僕は『日本のサンジェルマン』なんかじゃないし。あり得ない。あり得ない」
妙な噂が広まるといけないので、ひらひらと手を振り否定した。
「そうですよね。どう見てもフィクサーって感じじゃないし、私が叔母の話を聞き違えたのかなあ? ところで、失礼ですがお嬢様はおいくつですか?」
「僕? えーと十七? いや、十八だっけ?」
記憶喪失やタイムリープで自分の正確な年齢すらわからなくなってしまっている。
「ですよねー。叔母と高校時代から親友ならもう七十近いはずだし。お嬢様、どうも勘違いをしてすみません!」
米良さんは拝むようにして手を合わせた。
「それは構いませんから、智晶さんとすぐにでも会いたいんだけど?」
米良さんは少し考え込み、
「じゃあ、これから叔母の所へ行きませんか? 足が悪いので、自宅にいるはずですし」
僕はその提案に胸の高鳴りをこらえ、即答した。
「はい、米良さん! 是非、お願いします!」
※サンジェルマン伯爵:ウィキペディア日本語版より




