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九条院のおじさんと食事

 しばらくすると、足音が聞こえてきて、九条院のおじさん達が食堂にやって来た。

 おじさんは僕を見るなり、開口一番訊いてきた。


「麗、体の具合はどうなんだ?」

 僕は手についたパンの粉をはたきつつ答える。

「おじ……、いや、お父さん、もう大丈夫ですよ」

 おじさんは、しばらく僕を見ていたが、

「本当に大丈夫なんだな。それならば良かった。先端治療をした甲斐があったな」と言い腰をおろした。

「では、旦那様、料理をお持ちしますので、お待ちください」

 千春さんが台所へと向かい、食堂でおじさんと二人きりになった。


 早速、シグマから聞いた件を確かめるチャンスだ。

 おじさんはテーブルの向かいから、僕をまだ見ている。

 子どもの頃から、良く見慣れた顔なんだけど、親子として演技するのはなかなか難しいものだ。


「ねえ……、お父さん。訊きたいことがあるんだけど」

「……なんだね? 麗、言ってみなさい」

 おじさんもどこか違和感を感じているのか、微妙によそよそしい気がする。

「あの、おじさんは日本のマンゴスチンって知ってますか?」

「日本のマンゴスチン? 何だね、それは? 果物かな?」

「果物? いや、ロシアの人だったと思うんだけど……」

「ロシアの人間で、日本のマンゴスチン? さっぱり思いつかないが、麗、お前は一体何を訊きたいんだ?」

 あれれ、すっかり名前を忘れちゃった。マンゴスチンじゃなかったのかな?


「いえ、いや、あのー、ロシアの王様に取り入った正体不明の人っていなかった?」

 おじさんは顎に手を当てて、しばらく考えていたが、

「それはラスプーチンじゃないのかな?」

「あ、それそれ!」

 おじさんは呆れ顔で呟く。

「記憶喪失の後遺症はまだあるようだな。麗がそんな簡単な事を知らない訳がないからな」

 何とも失礼なおじさん。

 まあ、確かに麗ちゃんみたいに物知りじゃないけどね。


「それで、そのラスプーチンなんだけど、日本のラスプーチンって呼ばれてる人っているの?」

 僕がそう訊くと、おじさんは空咳を何度かして、答える。

「麗、お前にはもう一度言葉遣いの教育をしないといけないようだな。記憶喪失も困ったものだ……。まあ、それは後で考えるとして、日本のラスプーチン……。さて、聞いたことはないが、どういった人物なんだね、その日本のラスプーチンというのは?」

「えっ、あの、何て言ってたかなあ? あっ、そうそう、日本の財界のフィクサーで、九条院の隠し子とか言ってたよ」

「何、九条院の隠し子! そんな者は断じておらんぞ。私の子は麗、お前だけだ」

 勢いで隠し子のことまで口を滑らせちゃったけど、肝心なのは、ラスプーチンが九条院令かどうかを確かめることだ。


「じゃあ隠し子のことは置いておいてさ、日本のラスプーチンって、おじ……、いや、お父さん、本当に知らないの?」

 おじさんは目をつむり、腕組みをした。

「日本のラスプーチン、日本のラスプーチン……」

 呪文のようにおじさんは繰り返す。

「すまんな、麗。やっぱり心当たりはないな」

「うーん、じゃあ、九条院の人でわかりそうな人はいない? 九条院科学振興財団の人とか」

「九条院科学振興財団? どうして、うちの財団なんだ?」

「いや、人からそこの人がそう言った、と聞いたから」

「そうなのか。どうして、お前がそんな物に興味を示すのかはわからんが、まあ今度財団の人間でも紹介しよう」

「そうなの! ありがとう、お父さん!」

 そう言うと、おじさんは凄く嬉しそうな顔をした。

 そのタイミングで、千春さんが料理を運んで来た。


「お話がはずんでいるようですね。お嬢様」

 配膳を始めながら、千春さんが言う。

「うん、まあね。記憶も戻ったし」

「言葉遣いを、千春に教育し直してもらわないといけないようだがな。よろしくな、千春」

「はい、旦那様」

 千春さんが深々と頭を下げる。


「ところで、千春さんはラスプーチンって知ってる?」

「はあ、ラスプーチン? 知らないですけど、アイドル・グループの名前か何かでしょうか?」

 アイドル・グループに結びつけてくるところが、千春さんらしい。

「千春、お前も勉強が足りないな。麗と一緒に勉強しなさい」

 おじさんの言葉に千春さんがかしこまる。

「はい、承知しました。旦那様」

 その後、待ちに待った食事を僕は堪能した。

 明日、おじさんと九条院の会社に行く約束を取り付け、僕は部屋へ戻った。


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