僕と平太の想い出
5月1日、日曜日。
ゴールデンウィークというくらいなので、一週間ぶっ通しで休みなのかと思っていたら、明日月曜は学校があるらしい。
ちょっとがっかりした。
ちっともウィークじゃないじゃん!
昨日、一昨日と麗ちゃんへは毎晩電話をしているが、まだ未来へ戻る話にならない。
昼間、僕が外に出ていれば携帯電話を僕は持っていないので、麗ちゃんから連絡はつかない。
それに白昼からタイムマシンを呼ぶと、騒ぎになる可能性がある。
いずれにしてもタイムマシンを呼ぶのは、人目に付かない夜になるだろう。
で、今日は平太と遊びに出かけることになった。
平太はゴールデンウィーク後半が良かったようなのだが、日に日にタイムマシン破棄の日が近づいており、下手をしたら平太との約束が守れなくなってしまう可能性がある。
それで僕が平太にお願いをして予定を繰り上げてもらったのだ。
けれど、それもタイムマシンがちゃんと来たらの話で、柴久万のことを考えるとダメな確率のほうが高いだろう。
柴久万は今頃は未来で記憶喪失のはずだから──。
「えっ! お前、その格好で行くの? はあ? どうしちゃったの? 熱でもあるんじゃね?」
僕が部屋から出るなり、平太が大声を張り上げた。
「そのつもりだけど、似合わないかなあ?」
「いや、別に似合うけどさ。香、お前、これまでそんな格好したことないじゃん。本当にそれでいいのか?」
平太の目は僕の顕わになった太ももに釘付けだ。
「じろじろ見るなよー」
僕はミニスカートの前を引っぱり降ろしながら、後ずさりして、そのまま自分の部屋に引っこんでしまった。
バタンとドアを閉めたが、まだ平太の視線を感じる気がする。
もう一度改めて、自分の服装を確認してみる。
「ひどく短すぎってわけでもないよね。僕がこんな格好を普段したことがないから、平太があんな変な目で見るんだよね」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
女として今後は生きていくのだから、このくらいは平気でないと。
「よしっ!」
ガッツポーズを決め、勢いよくドアを開けたら、平太の顔に思い切りぶつかった。
「痛ぇ……」
平太は鼻血を出していた……。
それって、今出たの?
平太の鼻血を止めてから、二人で仁科家を出た。
どうやら、遊園地に連れていってくれるらしい。
遊園地じゃ、ミニスカートだと乗れる物が制限されるかもしれないけど、まあいいか。
履き慣れないミニスカートのせいで駅まで歩くのに、ちょっと時間がかかった。
駅の階段を上る時は僕以上に平太がナーバスだった。
僕の真後ろに付く男をずっと睨みつけてた。
電車に乗り、僕が空いてる席に座ろうとしたら、平太に腕を引いて止められた。
「すぐに乗り換えだし、立ってようぜ。それに俺たち若いんだしさ」
ぎこちなく笑う平太。
いくらなんでも気のつかい過ぎだよ、平太。
今日一日、僕は座っちゃダメなのかな?
ちょっとだけ憂鬱になった。
私鉄に乗り換え、電車は割と混んでいたので、また立ったままだった。
子ども連れの家族が多いので、目的地は僕らと同じなのだろう。
見慣れない景色をドアの窓から眺めていたら、平太が話しかけてきた。
「なあ、香。お前が前に言ってた未来の話をしてくれないか?」
「けど、平太は僕の話を信じてくれないじゃん」
「だって、急には信じられないぜ。それに話も大雑把だったしさ」
「そりゃ、そうだけど……」
どうせ信じてもらえないから、平太にはもう話すこともないと思ってたんだけど……。
移動の暇潰し代わりにもなるし、まあいいかな。
「じゃあ、僕は本当のことしか言わないからね」
平太を見上げたら、「おう」と真面目な顔でうなずいた。
「じゃあ、何から話そうかなあ……。平太、何か訊きたいことある?」
「うーん、そうだな……」と平太は腕を組み、
「未来じゃ電車はどうなってるんだ?」と訊いてきた。
「電車は今と大差はないよ。大阪までリニアモーターカーは走ってるけどね」
「ええっ、そうなのか? 未来でもリニアは大阪までって……、ちょっとしょぼくね?」
「しょぼくて悪かったね。僕の言う未来はそんな百年も二百年も先じゃないし」
「香はいつから来たんだったっけ?」
「2062年だよ。今からおよそ、五十年先」
「なるほど、五十年じゃそんなもんかな」
平太は得心したような顔でうなずく。なんか僕のいた時代をバカにされたような気がして、むかついた。
「日本経済はこの先ひどいことになって、産業発展が停滞しちゃうんだよ。これから日本はどんどん不景気になるよ」
「そりゃ、うちの店もヤバいじゃん!」
平太の合いの手が妙に軽い。
やはり、話半分しか聞いてない気がするけど、ここで怒っちゃ先日の二の舞だ。
僕はなるべく気にしないようにした。
遊園地のある駅までは随分とあり、未来について沢山のことを一方的にではあるが、平太に話すことができた。
お陰で電車に乗っている間は全く退屈をしなかった。
平太の目的は最初からそこにあったんじゃないか、と僕は後から気づいた。
遊園地に着く頃には、僕はすっかりミニスカートの履き心地に慣れてしまっていた。
最初はやけにスースーした感じがしていたけど──。
なんだかこの開放感はクセになりそうだ。もう、ズボンなんか履きたくないかも。
今日は天気も良く、ちょっと暑いくらいだし。
こんな日はミニスカ万歳かもしれない。
大型連休真っ只中ということもあり、遊園地は大盛況だった。
小一時間ほど並んで、ようやく僕と平太は園内に入れた。
僕は未来でも遊園地という物には縁がなかったので、目につく物全てが新鮮だった。
ちょっと気分がハイになってきたかもしれない。
童心に返るとはこのことか?
「どれに乗りたい」と平太に訊かれ、真っ先に僕は目の前の塔を指さした。
「香、あれはダメだ。お前の格好を考えろ」
平太は首を横に振る。
僕が指さしたのはむき出しの椅子に座ったまま、塔の上に急上昇し、そこからフリーフォールする遊具だったのだ。
すっかりミニスカに慣れてしまった僕は駄々をこねたが、平太に却下された。
そんなこんなで二人で無難な乗り物ばかりに乗って、今はコーヒーカップを張りきって回しすぎて、少し吐き気がする。
「お前、なんだか人が変わったようだぞ」
平太が僕にソフトクリームを渡しながらぼやいた。
この時代に来た時から人は変わってるんだけどね。
そう心の中でつぶやいた。
「それにしても今日は暑ぃな。香みたいな格好でちょうど良かったのかもな」
ベンチにぐでっと座り、平太がソフトを舐める。
「平太もミニスカ履けばいいじゃん」
「ばーか、男がミニスカなんか履けるかよ」とコーンをかじる平太。
大丈夫だよ。元男の僕が履いてるんだから、とそれを見ながら思った。
と、僕の思いが伝わったのか──。
「香。そういや、お前、元は男だったとか言ってたっけ?」
「うん、そうだよ。本当だよ」
「……」
平太は無言で僕を横目で睨み、コーンを全部口に詰めこんでから、手をはたいてクズを払い──。
「ははははははは」
おもむろに平太が笑う。
妙に乾いた笑いだった。
「へへへへへへへ」
僕も一緒になって笑った。
もうムキになって説明する必要もない。
それこそ茶番でしかない。
好きなように思えばいいさ。そんな心境だ。
それから、またしばらくあちこちで遊び、僕らが最後に並んだのは観覧車だった。
まあ、それはさほど大きくもない平凡な普通の観覧車で。
「カップルの方ですね」
やっと順番が回ってきて、係員が僕に訊ねた。
「え……、まあ……、その、そうです」
要領を得ない返事をして、係員について観覧車に平太と乗った。
ゆっくりと上昇していく観覧車の中、平太は黙っていた。
僕はガラスに貼り付き、「高いよ!」とか「良い眺めだね」とかひとりではしゃいだ。
てっぺんに差しかかった辺りで、平太がようやく口を開いた。
「今日はお前と来て良かったよ……」
妙にしんみりとした口調だった。
平太は外に広がる景色を見ている。
「僕も今日は来て良かったと思う」
平太と同じ方角を眺めた。
そこには、僕の見たことのない街がずっと向こうまで続いている。
この視界に広がる世界は、平太たちが生きる2011年の世界だ。
タイムマシンで未来に戻れば、二度と見ることはできない。
僕はその光景を目に焼き付けるように見入った。
観覧車が下り始め、平太が「また、来ようぜ」と僕の顔を見た。
「うん……」
僕の返事は少し曖昧だった。
その夜、夕ご飯を食べた少し後、麗ちゃんから僕に電話があった。
「郁、未来に戻るなら今晩よ。午前零時に高校の校庭に集まりましょう」
僕は受話器を持ったまま固まった。




