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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年後編
76/107

僕と平太の想い出

 5月1日、日曜日。

 ゴールデンウィークというくらいなので、一週間ぶっ通しで休みなのかと思っていたら、明日月曜は学校があるらしい。

 ちょっとがっかりした。

 ちっともウィークじゃないじゃん!


 昨日、一昨日と麗ちゃんへは毎晩電話をしているが、まだ未来へ戻る話にならない。

 昼間、僕が外に出ていれば携帯電話を僕は持っていないので、麗ちゃんから連絡はつかない。

 それに白昼からタイムマシンを呼ぶと、騒ぎになる可能性がある。

 いずれにしてもタイムマシンを呼ぶのは、人目に付かない夜になるだろう。


 で、今日は平太と遊びに出かけることになった。

 平太はゴールデンウィーク後半が良かったようなのだが、日に日にタイムマシン破棄の日が近づいており、下手をしたら平太との約束が守れなくなってしまう可能性がある。

 それで僕が平太にお願いをして予定を繰り上げてもらったのだ。

 けれど、それもタイムマシンがちゃんと来たらの話で、柴久万のことを考えるとダメな確率のほうが高いだろう。

 柴久万は今頃は未来で記憶喪失のはずだから──。


「えっ! お前、その格好で行くの? はあ? どうしちゃったの? 熱でもあるんじゃね?」

 僕が部屋から出るなり、平太が大声を張り上げた。

「そのつもりだけど、似合わないかなあ?」

「いや、別に似合うけどさ。香、お前、これまでそんな格好したことないじゃん。本当にそれでいいのか?」

 平太の目は僕の顕わになった太ももに釘付けだ。

「じろじろ見るなよー」

 僕はミニスカートの前を引っぱり降ろしながら、後ずさりして、そのまま自分の部屋に引っこんでしまった。


 バタンとドアを閉めたが、まだ平太の視線を感じる気がする。

 もう一度改めて、自分の服装を確認してみる。

「ひどく短すぎってわけでもないよね。僕がこんな格好を普段したことがないから、平太があんな変な目で見るんだよね」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 女として今後は生きていくのだから、このくらいは平気でないと。

「よしっ!」

 ガッツポーズを決め、勢いよくドアを開けたら、平太の顔に思い切りぶつかった。

「痛ぇ……」

 平太は鼻血を出していた……。

 それって、今出たの?


 平太の鼻血を止めてから、二人で仁科家を出た。

 どうやら、遊園地に連れていってくれるらしい。

 遊園地じゃ、ミニスカートだと乗れる物が制限されるかもしれないけど、まあいいか。

 履き慣れないミニスカートのせいで駅まで歩くのに、ちょっと時間がかかった。

 駅の階段を上る時は僕以上に平太がナーバスだった。

 僕の真後ろに付く男をずっと睨みつけてた。

 電車に乗り、僕が空いてる席に座ろうとしたら、平太に腕を引いて止められた。

「すぐに乗り換えだし、立ってようぜ。それに俺たち若いんだしさ」

 ぎこちなく笑う平太。

 いくらなんでも気のつかい過ぎだよ、平太。

 今日一日、僕は座っちゃダメなのかな?

 ちょっとだけ憂鬱になった。


 私鉄に乗り換え、電車は割と混んでいたので、また立ったままだった。

 子ども連れの家族が多いので、目的地は僕らと同じなのだろう。

 見慣れない景色をドアの窓から眺めていたら、平太が話しかけてきた。

「なあ、香。お前が前に言ってた未来の話をしてくれないか?」

「けど、平太は僕の話を信じてくれないじゃん」

「だって、急には信じられないぜ。それに話も大雑把だったしさ」

「そりゃ、そうだけど……」

 どうせ信じてもらえないから、平太にはもう話すこともないと思ってたんだけど……。

 移動の暇潰し代わりにもなるし、まあいいかな。


「じゃあ、僕は本当のことしか言わないからね」

 平太を見上げたら、「おう」と真面目な顔でうなずいた。

「じゃあ、何から話そうかなあ……。平太、何か訊きたいことある?」

「うーん、そうだな……」と平太は腕を組み、

「未来じゃ電車はどうなってるんだ?」と訊いてきた。

「電車は今と大差はないよ。大阪までリニアモーターカーは走ってるけどね」

「ええっ、そうなのか? 未来でもリニアは大阪までって……、ちょっとしょぼくね?」

「しょぼくて悪かったね。僕の言う未来はそんな百年も二百年も先じゃないし」

「香はいつから来たんだったっけ?」

「2062年だよ。今からおよそ、五十年先」

「なるほど、五十年じゃそんなもんかな」

 平太は得心したような顔でうなずく。なんか僕のいた時代をバカにされたような気がして、むかついた。


「日本経済はこの先ひどいことになって、産業発展が停滞しちゃうんだよ。これから日本はどんどん不景気になるよ」

「そりゃ、うちの店もヤバいじゃん!」

 平太の合いの手が妙に軽い。

 やはり、話半分しか聞いてない気がするけど、ここで怒っちゃ先日の二の舞だ。

 僕はなるべく気にしないようにした。

 遊園地のある駅までは随分とあり、未来について沢山のことを一方的にではあるが、平太に話すことができた。

 お陰で電車に乗っている間は全く退屈をしなかった。

 平太の目的は最初からそこにあったんじゃないか、と僕は後から気づいた。


 遊園地に着く頃には、僕はすっかりミニスカートの履き心地に慣れてしまっていた。

 最初はやけにスースーした感じがしていたけど──。

 なんだかこの開放感はクセになりそうだ。もう、ズボンなんか履きたくないかも。

 今日は天気も良く、ちょっと暑いくらいだし。

 こんな日はミニスカ万歳かもしれない。


 大型連休真っ只中ということもあり、遊園地は大盛況だった。

 小一時間ほど並んで、ようやく僕と平太は園内に入れた。

 僕は未来でも遊園地という物には縁がなかったので、目につく物全てが新鮮だった。

 ちょっと気分がハイになってきたかもしれない。

 童心に返るとはこのことか?

「どれに乗りたい」と平太に訊かれ、真っ先に僕は目の前の塔を指さした。

「香、あれはダメだ。お前の格好を考えろ」

 平太は首を横に振る。

 僕が指さしたのはむき出しの椅子に座ったまま、塔の上に急上昇し、そこからフリーフォールする遊具だったのだ。

 すっかりミニスカに慣れてしまった僕は駄々をこねたが、平太に却下された。

 そんなこんなで二人で無難な乗り物ばかりに乗って、今はコーヒーカップを張りきって回しすぎて、少し吐き気がする。


「お前、なんだか人が変わったようだぞ」

 平太が僕にソフトクリームを渡しながらぼやいた。

 この時代に来た時から人は変わってるんだけどね。

 そう心の中でつぶやいた。

「それにしても今日は暑ぃな。香みたいな格好でちょうど良かったのかもな」

 ベンチにぐでっと座り、平太がソフトを舐める。

「平太もミニスカ履けばいいじゃん」

「ばーか、男がミニスカなんか履けるかよ」とコーンをかじる平太。

 大丈夫だよ。元男の僕が履いてるんだから、とそれを見ながら思った。

 と、僕の思いが伝わったのか──。

「香。そういや、お前、元は男だったとか言ってたっけ?」

「うん、そうだよ。本当だよ」


「……」

 平太は無言で僕を横目で睨み、コーンを全部口に詰めこんでから、手をはたいてクズを払い──。

「ははははははは」

 おもむろに平太が笑う。

 妙に乾いた笑いだった。

「へへへへへへへ」

 僕も一緒になって笑った。

 もうムキになって説明する必要もない。

 それこそ茶番でしかない。

 好きなように思えばいいさ。そんな心境だ。


 それから、またしばらくあちこちで遊び、僕らが最後に並んだのは観覧車だった。

 まあ、それはさほど大きくもない平凡な普通の観覧車で。

「カップルの方ですね」

 やっと順番が回ってきて、係員が僕に訊ねた。

「え……、まあ……、その、そうです」

 要領を得ない返事をして、係員について観覧車に平太と乗った。

 ゆっくりと上昇していく観覧車の中、平太は黙っていた。

 僕はガラスに貼り付き、「高いよ!」とか「良い眺めだね」とかひとりではしゃいだ。

 てっぺんに差しかかった辺りで、平太がようやく口を開いた。


「今日はお前と来て良かったよ……」

 妙にしんみりとした口調だった。

 平太は外に広がる景色を見ている。

「僕も今日は来て良かったと思う」

 平太と同じ方角を眺めた。


 そこには、僕の見たことのない街がずっと向こうまで続いている。

 この視界に広がる世界は、平太たちが生きる2011年の世界だ。

 タイムマシンで未来に戻れば、二度と見ることはできない。

 僕はその光景を目に焼き付けるように見入った。


 観覧車が下り始め、平太が「また、来ようぜ」と僕の顔を見た。

「うん……」

 僕の返事は少し曖昧だった。


 その夜、夕ご飯を食べた少し後、麗ちゃんから僕に電話があった。

「郁、未来に戻るなら今晩よ。午前零時に高校の校庭に集まりましょう」

 僕は受話器を持ったまま固まった。

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