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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年後編
64/107

平太は僕を信じる?

 カランと扉を鳴らし、店に入る。

 その音で、店内を掃除していた平太がこっちを見た。

 店の中は、壁の穴を黒い板で塞いだせいか、なんとなく痛々しいし、圧迫感がある。

 平太はモップを動かす手を止めた。


「香、帰ってきたのか。九条院さんは?」

「あっ……、九条院さんなら、そこで別れた」

 僕は外を指さした。

「そうか。コーヒーでも飲んでいけばいいのにな。まあ、こんな有り様だけど」

 平太は肩をすくめ、辺りを見回した。

 彼はそう言うが、窓ガラスや壁、壊れたテーブルなどの残骸は取り払われ、前に比べるとかなり綺麗になっていた。

 しかし、車が突っこんで、物が吹き飛ばされた辺りはぽっかりと空間ができて、うすら淋しい。


 カウンターに目を移すと、そこには誰もいなかった。

「おじさんとおばさんは?」

「ああ、母ちゃんは商工会。父ちゃんは保険屋と出ていった」

「じゃあ、平太だけなんだ」

 平太はうなずく。

 これは、平太に本当のことを打ち明けるには、絶好の機会かもしれない。

 そう思い、前髪をいじりながら、彼に近づく。


「あのさ……」

「香、コーヒー淹れるから、その辺に座れよ」

「ああ……、うん、わかった」

 まあ、コーヒーを待ってからでもいいか……。

 僕はレジの傍の席に腰を下ろした。

 やがて、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくると、客のいない薄暗い店内が、少しだけ華やいだような気がした。


 僕は目を閉じた。

 店の改修が終われば、また、お客さんが戻ってくる。

 大勢の客で賑わうこの店を、もう一度見てみたいけど……。

 冴島さんの話だと、タイムマシンの破棄まで、あと二週間しかない。

 無事、未来へ戻ることができてしまえば、僕は二度とそのような光景を見ることがない。

 それはそれで、かなり寂しい気がする。


 カチャリと音がして、僕は目を開いた。

 平太がすっとコーヒーを、僕に差し出す。

「いい香りだね」

 僕はカップを鼻先で揺らした。

「店を早く直さないと、豆も傷んじゃうしなあ……」

 平太は向かいに座り、伸びをした。

 僕はコーヒーを一口飲み、心を落ちつかせてから、平太に切り出した。

「ねえ、平太。僕さ、この間、自分は未来から来た、ってみんなに言ったよね」

 伸ばしていた手を下ろし、僕をじろりと見る平太。

 その目は、何を言い出すんだ、こいつ? と言っているように見えた。

 平太は姿勢を直し、足を組み、鼻面を指で擦った。


「ああ、あれか? 俺は気にしてないから。事故に遭って気が動転してたんだろ、お前?」

「いや、別に動転してないよ。本当にあの事故で記憶が戻ったんだ。僕は未来から、この時代に来たんだよ」

「未来から来たって、タイムマシンでか?」

 平太の口元には薄ら笑いが浮かんでいる。

 どうやら、またしても、信じてないようだ。

 僕は胸に手をあてがい、訴えた。

「本当だって! 僕と、麗ちゃん……、じゃなくて九条院さんと、五稜君は三人で未来から来たんだ。タイムマシンで」

「九条院さんと……、五両も?」

 平太が僕の目をじっと睨む。

 ここで目をそらせば疑われる──。

 僕も平太の目を真っ直ぐ見返し、うなずく。


 平太は腕組みをして、椅子にもたれた。

「じゃあ、訊くけど、お前がいた未来って、どんな世界だ?」

「僕のいた世界?」

「そう。香がいた世界。そのまま話せばいいんだから、簡単だろ?」

 確かにそのまま話せば済むんだから、簡単だ。

 けど、何を話せば、いちばん信じてもらえるのだろう?

 少し考えてから、僕は話し始めた。


「僕がいた未来では、天皇は東京からいなくなってるよ。それで、京都に住んでるんだ。それからね……、華族制度が復活して、日本の経済は華族たちが支えているんだ。けど、日本経済は、あまり思わしくなくて、東京の都心部もゴーストタウン化が進んでる。それからね……。あっ、そうだ! リニアモーターカーが大阪まで走ってるよ。えーと、それから……」

「わかった、わかった! もういいから。それで、香たちは何をしに、この時代にタイムマシンで来たんだ?」

 何を思ったのか、平太は掌を突き出し、身振り手振りで説明する僕を制した。

「僕は、麗ちゃんの会社を助けるために、この時代に来たんだ……」

「レイちゃん、って九条院さんだな? じゃあ、五両は?」

「五稜君は、なりゆきで一緒になっただけだよ」

 平太は腕組みしたまま目を閉じ、うーんと唸った。


 自分でひいき目に考えてみても、今の話じゃ薄っぺらすぎて信じてもらえないだろうな、と感じた。

 平太は業務用冷蔵庫のように、まだ唸っている。

 僕は平太の言葉を、じっと待った。

 僕がわさわさと前髪をいじり始めた頃、平太が目を開いた。

 腕組みを解き、ポンと手を叩いた。


「わかった。お前の言葉をとりあえず信じることにしよう。けど、母ちゃんたちには絶対言うなよ。また、病院送りになるだけだからな」

 僕はテーブルの上に身を乗り出す。

「信じてくれるの!」

「ああ。但し、今後、今の話と矛盾することを俺が少しでも感じたら、俺は怒るからな」

 平太はにやりと笑った。

 なんだか、本気で信じてくれてるのかどうかは怪しいところが多いが、前より一歩前進はした気がする。


「それで──、お前を信じれば、タイムマシンは実在するんだよな? それは、どんな機械なんだ?」

「うまくいけば、平太にも近々見せることができるかも……」

 僕はそう口にしながら、うつむいた。

「えっ、マジ? 嘘だったら怒るって、俺さっき言ったよな。俺が怒ると、かなり怖いぜ」

「うまくいけばだよ……。けど、その時は……」

「その時は、何だ?」


 僕は顔を上げ、額にかかる前髪を払った。

 そして、平太の顔をしっかりととらえ、言った。


「その時は……、僕が未来に帰る時なんだ……」

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