平太は僕を信じる?
カランと扉を鳴らし、店に入る。
その音で、店内を掃除していた平太がこっちを見た。
店の中は、壁の穴を黒い板で塞いだせいか、なんとなく痛々しいし、圧迫感がある。
平太はモップを動かす手を止めた。
「香、帰ってきたのか。九条院さんは?」
「あっ……、九条院さんなら、そこで別れた」
僕は外を指さした。
「そうか。コーヒーでも飲んでいけばいいのにな。まあ、こんな有り様だけど」
平太は肩をすくめ、辺りを見回した。
彼はそう言うが、窓ガラスや壁、壊れたテーブルなどの残骸は取り払われ、前に比べるとかなり綺麗になっていた。
しかし、車が突っこんで、物が吹き飛ばされた辺りはぽっかりと空間ができて、うすら淋しい。
カウンターに目を移すと、そこには誰もいなかった。
「おじさんとおばさんは?」
「ああ、母ちゃんは商工会。父ちゃんは保険屋と出ていった」
「じゃあ、平太だけなんだ」
平太はうなずく。
これは、平太に本当のことを打ち明けるには、絶好の機会かもしれない。
そう思い、前髪をいじりながら、彼に近づく。
「あのさ……」
「香、コーヒー淹れるから、その辺に座れよ」
「ああ……、うん、わかった」
まあ、コーヒーを待ってからでもいいか……。
僕はレジの傍の席に腰を下ろした。
やがて、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくると、客のいない薄暗い店内が、少しだけ華やいだような気がした。
僕は目を閉じた。
店の改修が終われば、また、お客さんが戻ってくる。
大勢の客で賑わうこの店を、もう一度見てみたいけど……。
冴島さんの話だと、タイムマシンの破棄まで、あと二週間しかない。
無事、未来へ戻ることができてしまえば、僕は二度とそのような光景を見ることがない。
それはそれで、かなり寂しい気がする。
カチャリと音がして、僕は目を開いた。
平太がすっとコーヒーを、僕に差し出す。
「いい香りだね」
僕はカップを鼻先で揺らした。
「店を早く直さないと、豆も傷んじゃうしなあ……」
平太は向かいに座り、伸びをした。
僕はコーヒーを一口飲み、心を落ちつかせてから、平太に切り出した。
「ねえ、平太。僕さ、この間、自分は未来から来た、ってみんなに言ったよね」
伸ばしていた手を下ろし、僕をじろりと見る平太。
その目は、何を言い出すんだ、こいつ? と言っているように見えた。
平太は姿勢を直し、足を組み、鼻面を指で擦った。
「ああ、あれか? 俺は気にしてないから。事故に遭って気が動転してたんだろ、お前?」
「いや、別に動転してないよ。本当にあの事故で記憶が戻ったんだ。僕は未来から、この時代に来たんだよ」
「未来から来たって、タイムマシンでか?」
平太の口元には薄ら笑いが浮かんでいる。
どうやら、またしても、信じてないようだ。
僕は胸に手をあてがい、訴えた。
「本当だって! 僕と、麗ちゃん……、じゃなくて九条院さんと、五稜君は三人で未来から来たんだ。タイムマシンで」
「九条院さんと……、五両も?」
平太が僕の目をじっと睨む。
ここで目をそらせば疑われる──。
僕も平太の目を真っ直ぐ見返し、うなずく。
平太は腕組みをして、椅子にもたれた。
「じゃあ、訊くけど、お前がいた未来って、どんな世界だ?」
「僕のいた世界?」
「そう。香がいた世界。そのまま話せばいいんだから、簡単だろ?」
確かにそのまま話せば済むんだから、簡単だ。
けど、何を話せば、いちばん信じてもらえるのだろう?
少し考えてから、僕は話し始めた。
「僕がいた未来では、天皇は東京からいなくなってるよ。それで、京都に住んでるんだ。それからね……、華族制度が復活して、日本の経済は華族たちが支えているんだ。けど、日本経済は、あまり思わしくなくて、東京の都心部もゴーストタウン化が進んでる。それからね……。あっ、そうだ! リニアモーターカーが大阪まで走ってるよ。えーと、それから……」
「わかった、わかった! もういいから。それで、香たちは何をしに、この時代にタイムマシンで来たんだ?」
何を思ったのか、平太は掌を突き出し、身振り手振りで説明する僕を制した。
「僕は、麗ちゃんの会社を助けるために、この時代に来たんだ……」
「レイちゃん、って九条院さんだな? じゃあ、五両は?」
「五稜君は、なりゆきで一緒になっただけだよ」
平太は腕組みしたまま目を閉じ、うーんと唸った。
自分でひいき目に考えてみても、今の話じゃ薄っぺらすぎて信じてもらえないだろうな、と感じた。
平太は業務用冷蔵庫のように、まだ唸っている。
僕は平太の言葉を、じっと待った。
僕がわさわさと前髪をいじり始めた頃、平太が目を開いた。
腕組みを解き、ポンと手を叩いた。
「わかった。お前の言葉をとりあえず信じることにしよう。けど、母ちゃんたちには絶対言うなよ。また、病院送りになるだけだからな」
僕はテーブルの上に身を乗り出す。
「信じてくれるの!」
「ああ。但し、今後、今の話と矛盾することを俺が少しでも感じたら、俺は怒るからな」
平太はにやりと笑った。
なんだか、本気で信じてくれてるのかどうかは怪しいところが多いが、前より一歩前進はした気がする。
「それで──、お前を信じれば、タイムマシンは実在するんだよな? それは、どんな機械なんだ?」
「うまくいけば、平太にも近々見せることができるかも……」
僕はそう口にしながら、うつむいた。
「えっ、マジ? 嘘だったら怒るって、俺さっき言ったよな。俺が怒ると、かなり怖いぜ」
「うまくいけばだよ……。けど、その時は……」
「その時は、何だ?」
僕は顔を上げ、額にかかる前髪を払った。
そして、平太の顔をしっかりととらえ、言った。
「その時は……、僕が未来に帰る時なんだ……」




