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五稜篤

 僕と麗ちゃんが通う学園の正門で冴島さんの車を降りるなり、最悪な男に出くわしてしまった。


 麗ちゃんが疲れきっている今日はこいつだけには会いたくなかった。

 だが、毎日ストーカーのように彼女につきまとってくるこいつには、無理な相談というものか。


 その男は、朝一からの快哉なる偶然に喜んでいる様子で、大股で真っ直ぐこっちに歩いてくる。

 男は僕らの正面に立つと、その長身から僕らを見下ろし、ニヤリと笑った。


 その男──、五稜ごりょう子爵家長男坊、五稜篤ごりょうあつし

 この男の笑い方は人を見下すようで、いつ見ても嫌な感じだ。


「よう。今日という記念すべき日に、お前に朝一から会えてほんとラッキーだぜ」


 僕は麗ちゃんの手を引き先を急いだ。こいつとは話をするだけ時間の無駄なのは、経験でよくわかっているからだ。


「おい! 九条院家の腰ぎんちゃく。お前なんか麗とは釣り合わないから、いい加減諦めろ! 何回言わせりゃ、理解するんだ」

 僕と麗ちゃんが釣り合わないことくらいわかっている。けど、何度聞いても腹の立つ言葉だ。

「いいから、行こう! 麗ちゃん。相手するだけ無駄だし」

 麗ちゃんの手を引くが、その手を振りほどき、彼女は立ち停まった。


「お! 今朝は相手をしてくれるのか? 丁度良かった。やっぱ、今日は記念すべき日かもな」

 麗ちゃんは肩にかかった髪をさっと払い、篤の顔を睨みつけた。

「あなたこそ、私のことを悪く言うのはかまわないけど、郁には口出ししないで。こっちこそ何度言ったら、あなたは理解するのかしら。記憶力ゼロなんじゃない?」

 篤は笑みを固めたまま、彼女の言葉を聞き流している。


 いつもと少しだけ雰囲気が違うような気がするけど、僕の気のせいだろうか?

 その篤が冷めた目で麗ちゃんを見た。

「ああ、わかったよ。郁には口出しはもうしねえって、その必要もなくなるかもしれないしな。どうせ、お前もこいつに見捨てられるぜ」

「なんのことかわからないけど、郁には二度と口出ししない、ってことだけは忘れないでね。じゃあね」

 そう言い捨てると、麗ちゃんはきびすを返し、僕の手を引いた。


 離れていく僕らの後ろから、篤が叫んだ。

「麗! 俺だけはお前を見捨てないぞ! ぜってー、愛人にしてやるから!」


 僕はその言葉が気になった。やっぱり何かがいつもと違うような?

「ねえ、麗ちゃん。今日の篤、変じゃない?」

 麗ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てる。

「変って、あいつは四六時中変じゃない! まともな時がゼロなくらいよ!」


 それはそうだけど、何かが引っかかる。

 早足で歩く麗ちゃんに手を引かれながら、僕は考えた。

 そして、昇降口が近くなった頃、ようやく──、

 そうだ! 篤はいつもは「お前を嫁にしてやるから」というのが口癖だったんだ。

 それが、今日は「愛人」だ。

 この心境の変化はどうしたものだろうか?


 ◇◆◇


 二人で教室に入った。

 僕と麗ちゃんは、この学園の幼稚舎の頃からのつきあいだが、中学では三年間クラスは別々だった。

 高校に上がって、再び同じクラスになったばかりだ。


 この学園には家が華族の生徒が多い。

 そして、見栄をはって親が子どもを入学させた、僕のうちみたいな生徒も割といる。

 このクラスはどちらかというと華族が多いほうだろう。


 麗ちゃんは成績優秀で性格がはっきりしているせいか、ライバル心で彼女の事を良く思っていない華族生徒も多いようだ。

 その一群の女子生徒たちが窓際でひそひそ話をしていたが、麗ちゃんが入ってくるなり、ピタリと雑談を止めた。

 麗ちゃんはいつものように、そんな事を気にかける様子もなく、自分の席につく。

 僕も自分の席につき、前を見ると──、


『昼休み、視聴覚室にて特別上映会開催』と黒板にでかでかと書いてある。


 それを僕らが見たのを確認し、先ほどの女子生徒の中から、三池沙織みいけさおりが麗ちゃんの席まで歩み寄ると、

「九条院さん。ご覧のとおり、昼休みに上映会があるの。華族は必見だと思うので、必ず参加してくださいね」

 三池さんの家は麗ちゃんと同じ伯爵家だ。そして、三池グループは九条院グループのライバル企業でもある。そのせいか、彼女はとりわけ麗ちゃんには敵愾心を抱いているのが、常日頃の彼女の言動から良くわかる。


 その彼女に麗ちゃんは向き直り、はっきりと言った。

「なんだかコソコソしてて気分が悪いわね。何を企んでるのか、正直に言えば」

 三池さんはその麗ちゃんの言葉に腹を立てるでもなく、どこか篤に似たような意地悪い笑みを返した。

「いいから、お逃げにならないように。では、お待ちしてますわ」

 三池さんはそれだけ言うと、自分の席に戻る途中、僕にも同じような笑みを投げた。


 やはり、今日は何かが変だ……。

 予鈴が鳴り、僕の心にわだかまりを残しつつ、授業は始まった。

 そして、ついに運命の昼休みが訪れた──。

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