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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年後編
57/107

変な麗ちゃん、押しかける

 日付が改まる夜半、仁科家に電話があった。

 相手は麗ちゃんだった。

 明日の土曜日に僕に会いたいとのこと。

 疲れ気味の僕は、寝ぼけながらも承諾。


 そして、翌朝──。

 朝8時、仁科家の全員揃っての朝食。

 支度も終わり、ご飯の前で手を合わせたところで、インターホンが鳴った。


「こんな朝っぱらから、どなたかしら?」

 凪沙さんがインターホンに出ると、九条院さん、つまり麗ちゃんの声。

「昨晩は遅くに電話してくるし、九条院さん、どうしたのかしら?」

 凪沙さんが首をひねりながら、キッチンを出ていった。

 僕も箸を置き、それについていく。


 ドアを開けると、麗ちゃんがでんと立っていた。

「おはようございます。早朝からお邪魔してすみません」と言い、中に入ってくる。

 背が高いので、玄関の上で頭をぶつけそうだった。

 凪沙さんが「あらあら」と言う間に、麗ちゃんはスリッパも履かず、廊下を進んでいった。

 僕と凪沙さんは、麗ちゃんの後を追う形になり、キッチンへと引き返した。

 キッチンでは突然、大男が入ってきたので、平吉さんがポカンと口を開けている。

 平太はぎょっとした目で、麗ちゃんを見上げている。

 後ろから、僕は麗ちゃんの袖を引き、小声で囁いた。


「麗ちゃん……、じゃなくて九条院さん。こんなに早くどうしたんですか?」

 麗ちゃんが腰を折り、僕の耳もとで呟く。

「朝起きたら突然、こっちでの郁の普段の生活が見たくなってね」

「それにしたって、こんなに早くから非常識だよ」

「気にしない、気にしない」

 麗ちゃんは僕にウィンクした。篤の顔なので、相変わらず気味が悪い。

「僕にかまわず、皆さんは食事をどうぞ」

 麗ちゃんは掌を差し出すが、でかい男にそんなに広くもないキッチンに立っていられては、落ち着いて食事もできない。


「九条院さんもご一緒にいかがですか?」

 凪沙さんが、勧めたが、

「ありがとうございます。ですが、僕はもう済ませましたのでお構いなく」とそれを断る。

「じゃあ、コーヒーでも淹れましょう」

 凪沙さんは、お湯の用意を始めた。

「九条院さんは、あっちに座っててください」

 僕はリビングのソファーを指さした。

「うん、そうするよ」

 麗ちゃんはリビングに入り、キッチンが見えるソファーに腰を下ろした。

 こっちをじっと見てるし、なんだか、落ち着かないなあ。


 僕は箸を取り、朝ご飯を食べ始めた。

 すると、間もなく、麗ちゃんが「あっ!」と声を上げた。

 その声に、キッチンにいるみんなが麗ちゃんを見た。

「何ですか?」と訊くと、「いや、別に」とコーヒーカップを手に取る。

 今日の麗ちゃんはなんだか変だ。

「九条院さん、一体どうしたんだよ?」

 隣の平太が、僕に囁く。その顔はちょっと迷惑そうだ。

「今日は用事があるってことだったんだけど、こんなに早く押しかけてくるとは思わなかったよ」

 なんだか、仁科家のみんなに、僕が申し訳ない気持ちになってきた。

 麗ちゃんは、時折こっちの様子をうかがいながら、涼しい顔でコーヒーを傾けている。

 まったく、暢気なもんだ!


 あまり食べた気がしない朝食が終わり、麗ちゃんの前のソファーに腰かけた。

 本当は麗ちゃんに文句の一つも言いたいのだが、仁科家の人たちにとっては、九条院さんは僕の先輩なので、滅多なことを言えない。

 麗ちゃんを睨むと、麗ちゃんは怪訝な顔で僕の全身を見回した。

 片付けを終えた平太が、こっちに来た。

 テレビを点け、指定席に座る。

 だが、目はテレビでなく麗ちゃんを見ている。

 なんだろうな、この人、ときっと思ってるんだろう。

 実際、僕もそう思うし……。


 と、平太と麗ちゃんの目が合った。

 気まずそうに平太が目を逸らそうとしたら、麗ちゃんが、

「日々之郁がお世話になってます」と頭を下げた。

 平太はひとつ首を傾げてから、「はあ」と漏れるような返事をして、頭を下げた。

 麗ちゃんは言葉使いは注意しているようだが、今ひとつ状況を考えていない節がある。

 麗ちゃんは爽やかに、──といっても僕は苦手だけど、平太に微笑んだ。

「今日は一日、彼女を借りるね」

「香を一日? また、どうしてですか?」

「ちょっと記憶障害のことで、二人で話したいことがあるんだ」

「ああ、それなら、どうぞ……」

 口ではそう答えているが、平太は納得しかねている様子。

 漫画だったら、頭の上に?マークが浮かんでいるところだろう。

 麗ちゃんは残りのコーヒーを一気に飲み、立ち上がった。


「さあ、日々之さん、行こうか」

「ええっ、もう出かけるの? 僕、歯も磨いてないし、着替えもしなきゃいけないし」

「そうか。じゃあ、急いで」

 麗ちゃんはまた腰かけた。

 なんだか、仁科家のみんなに麗ちゃんがお邪魔そうなので、僕は大急ぎで朝の身支度をした。

 本当にどうしちゃったんだろうな、今日の麗ちゃんってば。


 着替え終わった僕は、麗ちゃんを連れ、逃げ出すように仁科家を飛び出た。

 マンションの一階に降りたところで、麗ちゃんが僕に向き直る。

「郁、あなた、あれは何?」

「あれって?」

 何のことかわからず、僕は問い返した。

 麗ちゃんは、眉を吊り上げ、たいそう憤慨の模様。

 篤の顔でも仕草は同じなんだな、と僕はちょっと感心した。


「あれって、あの格好よ。あなた、女の子なんだから、もっと可愛くしなさい」

 そう言われて、麗ちゃんが何を怒ってるのかやっと理解できた。

 僕のジャージ姿を、麗ちゃんは気に入らないのだ。

「だって、楽なんだもん」

「もう、本当にセンスないんだから。あなた、美意識ゼロなんじゃないの?」

 オカマ言葉で言い放題の麗ちゃん。

 記憶が戻ったら、早速フルスロットルだ。

 僕は思わず口を手で覆った。


「郁、あなた、何が可笑しいの?」

 僕は麗ちゃんを見上げる。

「いや、体が篤でも、麗ちゃんなんだな、と思ってさ」

 なんだか、とても可笑しくて、懐かしくて、次から次へと笑いがこみ上げてくる。

「好きでこの体してるんじゃないんだからね。それより、行きましょう。表で車が待ってるから」

「行くって、どこへさ?」

 麗ちゃんは呆れたような顔で、こっちを向き、鼻から息を吐き出した。


「昨晩言ったじゃない。今日は郁とデートするって。聞いてなかったの?」

「僕、眠かったし……」

「まあ、仕方ないわね。とにかく、せっかく過去に来たことだし、デートを兼ねて東京観光よ」

 麗ちゃんは僕の手を引き、朝の日射しが溢れる、外へと足を踏み出した。


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