告白
仁科家のみんなに店の中に集まってもらった。
店内は随分と片付けられてはいたが、まだ壁やガラスの残骸があちこちに散らばり痛々しい。
僕はテーブルについた仁科家三人の前に立っていた。
凪沙さんと平吉さん、それに平太もかなり疲れたような顔をしている。
思わぬ災難に、今後のことで頭が痛いのだろう。
体も休めたいだろうし、早く話を終わらせないと──。
僕は前髪をいじり、唇を少し舐めた。
「あのう……」
三人の視線が僕に集まる。
これから言うことを、信じてもらえるだろうか?
それを考えると、自信がなかったが、本当のことを言わないと気が収まりそうにない。
「なんだい、香ちゃん?」
平吉さんがおっとりと髭を撫でる。
僕を見る優しそうなその目が、話を始めるきっかけとなった。
「実は僕、さっきの事故で記憶が戻ったんです」
そこまで言って、みんなを見た。
予想どおり、誰もが一様に驚いたような表情を浮かべている。
その中でも真っ先に口を開いたのは、凪沙さんだった。
「香ちゃん。それは本当なの?」
「本当です」
僕は凪沙さんの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「じゃあ、お前の実家がどこかも思い出したのか?」
今度は平太からだ。
「うん、思い出したよ」
平太の問いに僕はうなずく。
「どこなんだい? 香ちゃんの家は?」と平吉さん。
ひとつ息を吸い、それに答える。
「僕は未来から来ました」
仁科家の三人がどよめく。
そりゃ、そうだろう──。
僕も、彼らの驚く気持ちが良くわかる。
だって、未来だもん。
平吉さんが、凪沙さんに肩を寄せ、小声で訊いているのが耳に入った。
「なあ、ミライって何県にあるんだ? 聞いたことあるような、ないような気がするんだが。東京じゃないよなあ」
「さあ、私も覚えがないけど、埼玉とか山梨の田舎かもしれないわね。平太、あなた、知ってる?」
平太はぶんぶんと首を横に振った。
三人の評定の後、代表して凪沙さんが僕に訊ねた。
「ねえ、香ちゃん。そのミライってどこにあるの? 私たちは聞いたことないんだけど」
「どこにあるって言われても……」
想定外の質問に、僕は戸惑った。
けど、冷静に考えれば、どこから来た、と訊かれて、未来と答えれば、地名だと思うのが普通だった。
タイムマシンの話もしてないんだし……。
もっと、ハッキリ言わないと。
でも、信じてもらえるだろうか?
「実は……」
「実はなんだい? 香ちゃん」
「実は……」
「実は何? 香ちゃん」
「実は……」
「香、もったいぶらずに早く言えよ」
僕はみんなの顔をもう一度見回してから、言い切った。
「僕はタイムマシンに乗って、未来から来たんです!」
「未来って、現在、過去、未来の、未来?」
凪沙さんが、異様にゆっくりと僕に訊く。
「そうです。僕はその未来から、タイムマシンでこの時代にやって来ました」
言い終わると同時に、凪沙さんが立ち上がった。
「あら、イヤだ!」
平吉さんも優しい目から一転して、眉をひそめ深刻な表情になっている。
平太は、ただポカンと口を開けている。
ひそひそと囁く声が、また僕の耳に届く。
「父ちゃん、香、さっきの事故で頭ぶつけたみたいだ」
「そうだな……。見た目は変わりがないが、結構ひどくぶつけたのかもしれないな……」
「あなた、そんな事より、早く病院に連れて行かないと」
凪沙さんが駆け寄り、僕の肩を抱いた。
「頭痛とか目眩とか吐き気とかしない? ちゃんと見えたり、聞こえたりしてる?」
「い、いえ……、大丈夫ですよお。僕」
「とにかくCT撮らなきゃ! 脳内出血してたら大変だわ」
「こういうのは、意外と時間が経ってから、ばたりと倒れたりすることもあるそうだよ」
平吉さんも立ち上がり、僕に寄り添う。
違うと手を振るのだが、信用してもらえない。
凪沙さんは後ろで髪をかき分け、内出血がないか確かめている。
「違うんです! 本当に僕はタイムマシンで未来から来たんです!」
否定しても、その言葉でなおさら、頭が変だと思われてしまう。
マズい! マズいよ!
平吉さんは外に出て、車のエンジンを既にかけている。
病院送りが、刻一刻と近づいてくる。
「CTスキャナなんてすごく料金が高そうだし、僕、保険が全く効かないから。ねっ、ねっ」
可愛く小首を傾げつつ、凪沙さんに訴えたが、
「お金の問題じゃありません。あなたの命に関わる一大事なのに」と一蹴された。
警察に連行される犯人みたいに、凪沙さんと平太に挟まれ、店の外へと引き連れられる僕。
作戦を変えないと……。
僕は凪沙さんと、平太を交互に見て、
「なーんて、さっきのは嘘でーす。みんなが暗い顔してるんで、冗談で笑ってもらおうと思ってさ」 一際大きな声で言ってみたが、見事にシカトされた。
「さあ、後ろに乗って、横になってなさい」
凪沙さんは車の後部ドアを開け、僕を押しこんだ。
「じゃあ、平太、あなたは一緒に病院に行きなさい。私は店の後始末があるから」
「うん、わかった。母ちゃん」
平太が助手席に滑りこむと、車はすぐに発進した。
そんな訳で、僕は病院送りとなり……。
「脳には特に異状は見当たらないようですね」
僕の前には、パソコン・モニターを見つめる眼鏡の医者。
「ああ、それは良かった。なあ、香ちゃん」
そして、横には平吉さん。
「じゃあ、どうして、あんな事言ったんだろう?」
平太は腕組みをした。
「あんな事と言いますのは?」
医者が平太に訊ねる。
「い……、いや、こいつがね、ちょっと錯乱したような事を、さっき言ってたから、ここに連れてきたんですけど」
「その錯乱とは?」
医者は眼鏡のつるをずり上げた。
「そ、それは……」
平吉さんが平太を肘で小突く。
「そこまで言わなくてもいいだろう。異状はないみたいだし」
「でも、父ちゃん。事故のショックで精神異常ってことも」
「それは聞き捨てなりませんね。よろしければお聞かせください」
医者が身を乗り出した。
「じゃあ、言います。実はこいつ、『自分はタイムマシンで未来から来た』とかさっきみんなに言ったんですよ」
平吉さんは、「あちゃー」と顔を手で覆った。
「失礼ですが、このお嬢さんに虚言癖などは、過去にございますか?」
本人が前にいるのに、本当に失礼だなあ、と僕は思ったが、黙っていた。
今、変なことを喋って、またおかしな事態に巻きこまれるといけないからだ。
もがけば、もがくほど、沈んでいく底なし沼と同じようなものだ。
既に胸元までは沈んでしまってる気はするけど……。
「いや、ありませんよ。素直な良い子です」
平吉さんが、僕をフォローするように、医者に答えた。
「まあ、私も専門外なので、良くわかりませんけどね。よろしければ、精神科の医師を紹介しますよ」
「いえ、結構です!」
僕は勢いよく立ち上がった。
医者は驚いて、僕を見上げた。
平吉さんと平太もびっくりしている。
「頭もすっきりしたし、さあ、帰ろうよ」
二人に呼びかけた。
ちょっと棒読みの台詞っぽかったかもしれないけど。
二人は顔を見合わせ、怪訝な顔をしたが、立ち上がった。
病院を出て、車に乗りこみ、僕は考えた。
どうしたら、自分が記憶が戻ったことを、上手く伝えられるんだろうか?
それとも、前のまま、記憶喪失にしておいたほうが良いんだろうか?
以前は記憶が戻ることをすごく願っていたのに、戻ったら戻ったで大変だ。
なんだか本当に頭が痛くなってきた……。




