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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年後編
55/107

告白

 仁科家のみんなに店の中に集まってもらった。

 店内は随分と片付けられてはいたが、まだ壁やガラスの残骸があちこちに散らばり痛々しい。

 僕はテーブルについた仁科家三人の前に立っていた。

 凪沙さんと平吉さん、それに平太もかなり疲れたような顔をしている。

 思わぬ災難に、今後のことで頭が痛いのだろう。

 体も休めたいだろうし、早く話を終わらせないと──。

 僕は前髪をいじり、唇を少し舐めた。


「あのう……」

 三人の視線が僕に集まる。

 これから言うことを、信じてもらえるだろうか?

 それを考えると、自信がなかったが、本当のことを言わないと気が収まりそうにない。


「なんだい、香ちゃん?」

 平吉さんがおっとりと髭を撫でる。

 僕を見る優しそうなその目が、話を始めるきっかけとなった。

「実は僕、さっきの事故で記憶が戻ったんです」

 そこまで言って、みんなを見た。

 予想どおり、誰もが一様に驚いたような表情を浮かべている。

 その中でも真っ先に口を開いたのは、凪沙さんだった。

「香ちゃん。それは本当なの?」

「本当です」

 僕は凪沙さんの目を真っ直ぐに見つめ返した。

「じゃあ、お前の実家がどこかも思い出したのか?」

 今度は平太からだ。

「うん、思い出したよ」

 平太の問いに僕はうなずく。

「どこなんだい? 香ちゃんの家は?」と平吉さん。

 ひとつ息を吸い、それに答える。


「僕は未来から来ました」

 仁科家の三人がどよめく。


 そりゃ、そうだろう──。

 僕も、彼らの驚く気持ちが良くわかる。

 だって、未来だもん。


 平吉さんが、凪沙さんに肩を寄せ、小声で訊いているのが耳に入った。

「なあ、ミライって何県にあるんだ? 聞いたことあるような、ないような気がするんだが。東京じゃないよなあ」

「さあ、私も覚えがないけど、埼玉とか山梨の田舎かもしれないわね。平太、あなた、知ってる?」

 平太はぶんぶんと首を横に振った。

 三人の評定の後、代表して凪沙さんが僕に訊ねた。

「ねえ、香ちゃん。そのミライってどこにあるの? 私たちは聞いたことないんだけど」

「どこにあるって言われても……」

 想定外の質問に、僕は戸惑った。


 けど、冷静に考えれば、どこから来た、と訊かれて、未来と答えれば、地名だと思うのが普通だった。

 タイムマシンの話もしてないんだし……。

 もっと、ハッキリ言わないと。

 でも、信じてもらえるだろうか?


「実は……」

「実はなんだい? 香ちゃん」

「実は……」

「実は何? 香ちゃん」

「実は……」


「香、もったいぶらずに早く言えよ」

 僕はみんなの顔をもう一度見回してから、言い切った。

「僕はタイムマシンに乗って、未来から来たんです!」

「未来って、現在、過去、未来の、未来?」

 凪沙さんが、異様にゆっくりと僕に訊く。


「そうです。僕はその未来から、タイムマシンでこの時代にやって来ました」

 言い終わると同時に、凪沙さんが立ち上がった。

「あら、イヤだ!」

 平吉さんも優しい目から一転して、眉をひそめ深刻な表情になっている。

 平太は、ただポカンと口を開けている。

 ひそひそと囁く声が、また僕の耳に届く。

「父ちゃん、香、さっきの事故で頭ぶつけたみたいだ」

「そうだな……。見た目は変わりがないが、結構ひどくぶつけたのかもしれないな……」

「あなた、そんな事より、早く病院に連れて行かないと」


 凪沙さんが駆け寄り、僕の肩を抱いた。

「頭痛とか目眩とか吐き気とかしない? ちゃんと見えたり、聞こえたりしてる?」

「い、いえ……、大丈夫ですよお。僕」

「とにかくCT撮らなきゃ! 脳内出血してたら大変だわ」

「こういうのは、意外と時間が経ってから、ばたりと倒れたりすることもあるそうだよ」

 平吉さんも立ち上がり、僕に寄り添う。

 違うと手を振るのだが、信用してもらえない。

 凪沙さんは後ろで髪をかき分け、内出血がないか確かめている。


「違うんです! 本当に僕はタイムマシンで未来から来たんです!」

 否定しても、その言葉でなおさら、頭が変だと思われてしまう。


 マズい! マズいよ!


 平吉さんは外に出て、車のエンジンを既にかけている。

 病院送りが、刻一刻と近づいてくる。


「CTスキャナなんてすごく料金が高そうだし、僕、保険が全く効かないから。ねっ、ねっ」

 可愛く小首を傾げつつ、凪沙さんに訴えたが、

「お金の問題じゃありません。あなたの命に関わる一大事なのに」と一蹴された。

 警察に連行される犯人みたいに、凪沙さんと平太に挟まれ、店の外へと引き連れられる僕。

 作戦を変えないと……。


 僕は凪沙さんと、平太を交互に見て、

「なーんて、さっきのは嘘でーす。みんなが暗い顔してるんで、冗談で笑ってもらおうと思ってさ」 一際大きな声で言ってみたが、見事にシカトされた。


「さあ、後ろに乗って、横になってなさい」

 凪沙さんは車の後部ドアを開け、僕を押しこんだ。

「じゃあ、平太、あなたは一緒に病院に行きなさい。私は店の後始末があるから」

「うん、わかった。母ちゃん」

 平太が助手席に滑りこむと、車はすぐに発進した。

 そんな訳で、僕は病院送りとなり……。


「脳には特に異状は見当たらないようですね」

 僕の前には、パソコン・モニターを見つめる眼鏡の医者。

「ああ、それは良かった。なあ、香ちゃん」

 そして、横には平吉さん。

「じゃあ、どうして、あんな事言ったんだろう?」

 平太は腕組みをした。

「あんな事と言いますのは?」

 医者が平太に訊ねる。

「い……、いや、こいつがね、ちょっと錯乱したような事を、さっき言ってたから、ここに連れてきたんですけど」

「その錯乱とは?」

 医者は眼鏡のつるをずり上げた。

「そ、それは……」

 平吉さんが平太を肘で小突く。

「そこまで言わなくてもいいだろう。異状はないみたいだし」

「でも、父ちゃん。事故のショックで精神異常ってことも」

「それは聞き捨てなりませんね。よろしければお聞かせください」

 医者が身を乗り出した。


「じゃあ、言います。実はこいつ、『自分はタイムマシンで未来から来た』とかさっきみんなに言ったんですよ」

 平吉さんは、「あちゃー」と顔を手で覆った。

「失礼ですが、このお嬢さんに虚言癖などは、過去にございますか?」

 本人が前にいるのに、本当に失礼だなあ、と僕は思ったが、黙っていた。

 今、変なことを喋って、またおかしな事態に巻きこまれるといけないからだ。

 もがけば、もがくほど、沈んでいく底なし沼と同じようなものだ。

 既に胸元までは沈んでしまってる気はするけど……。


「いや、ありませんよ。素直な良い子です」

 平吉さんが、僕をフォローするように、医者に答えた。

「まあ、私も専門外なので、良くわかりませんけどね。よろしければ、精神科の医師を紹介しますよ」

「いえ、結構です!」

 僕は勢いよく立ち上がった。

 医者は驚いて、僕を見上げた。

 平吉さんと平太もびっくりしている。


「頭もすっきりしたし、さあ、帰ろうよ」

 二人に呼びかけた。

 ちょっと棒読みの台詞っぽかったかもしれないけど。

 二人は顔を見合わせ、怪訝な顔をしたが、立ち上がった。


 病院を出て、車に乗りこみ、僕は考えた。

 どうしたら、自分が記憶が戻ったことを、上手く伝えられるんだろうか?

 それとも、前のまま、記憶喪失にしておいたほうが良いんだろうか?

 以前は記憶が戻ることをすごく願っていたのに、戻ったら戻ったで大変だ。


 なんだか本当に頭が痛くなってきた……。


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