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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年前編
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記憶から消え失せたGW

 部屋に戻り、ひとりきりになった。


 また、右肩が疼いてきた。

 二度も危ない目に遭った僕。

 この痛みは、それをかいくぐり僕が生きている証だ。

 服の下に手を滑らせると、肩が少し熱い。

 腫れているようだ。

 僕は病院でもらった湿布の余りを出して、服を脱ぎそれを貼った。

 今回の件で、自分の命が狙われていることを、にぶい僕にもさすがに実感できた。


 どうして僕は狙われるのだろう?

 僕を狙っているのは悪人なんだろうか?

 それとも、まさか、逆に僕が悪人?


 いくら考えてみても、僕は記憶喪失者だ。

 無駄に時間が過ぎていくだけだった。

 いかんせん、頭の中に情報がない。

 一人で考えるよりも、記憶を取り戻したという九条院さんに相談してみたほうが早そうだ。

 でも、電話の話だと、九条院さんが記憶を取り戻すのも一時的みたいだし……。

 次の機会にうまく記憶が戻った九条院さんを捕まえられるといいけど。


「あっ、そういえば、五両君はどうなんだろう?」

 もう一人の記憶喪失者である五両君のことをすっかり忘れていた。

 彼も何かの拍子に記憶を取り戻している可能性もある。

 明日、学校で訊いてみる価値はありそうだ。

 僕はひとりうなずいた。


 あと一つ、気にかかること──。

 九条院さんが言った、「私たちがこの時代の人間じゃない」という意味。

 これが、どう考えてもわからない。

 九条院さんの言い方だと、僕らは未来からこの時代に来たように思える。

 けど、そんなことはタイムマシンでもなければ無理だ。

 前にも思ったが、タイムマシンなんかあったら、自分がどうして記憶喪失になったのか、僕は過去に戻って確かめてみたいね。


 そこまで考えたところで、少し肌寒くなってきた。

 右腕が不自由だから、着るのが面倒で上を脱いだままだ。

 僕は床の上に脱ぎ捨てたトレーナーを眺めた。

 その時、ドアがノックされた。


「香、入っていいか?」と平太の声。

 僕はちょっと考えてから、

「いいよー」と返事をした。

 ジャージ姿の平太が入ってきて、僕の姿を見るなり慌てた。

「香、お前! 上、着てないじゃん!」

「湿布を貼ってたんだよ。それに、ブラジャーしてるし」

 実をいうと、僕は男に裸を見られても、そんなに恥ずかしくないのだ。

 それでいて、スカート姿は妙に恥ずかしかったりして、自分でも女として変だな、と思うことがある。


 平太は僕に背を向け、突っ立っている。

「ねえ、平太さ。肩が痛むから、着替えを手伝ってよ」

「いいけど……。本当にいいのか?」

 ドアのほうを向いたままの平太が答える。

「そのために部屋に入れたんだから、早く手伝ってよ。寒くなってきたから」

「よし、お前がそこまで言うなら、手伝うぞ」

 平太はゆっくりと振り返り、僕の後ろに回った。

 なんだか、ぎくしゃくした動きで、僕のトレーナーを拾い、どうしていいかわからず固まっている。

「早く着せろよー」

 僕が急かすと、平太は魔法が解けたようにやっと動き出した。

 手伝ってもらったものの、二人羽織をやっているようで、一人で着替えるより返って面倒だった。

 暑くもないのに汗をかいている平太。

 何そんなに疲れてるの、と内心思ったが、「ありがとう」とお礼を言った。


「それで、何の用?」

 僕が訊くと、平太はやっといつもの彼に戻った。

「ああ、そうだった。ゴールデンウィークのことだけどさ……」

「そのことなら、電話で九条院さんから聞いたよ。連休のことなんでしょ」

「あっ……、もう知ってるんだ……」

「うん」

 そう答えて、平太の顔を見たら、どこか淋しげだった。

 なんだか可愛そうになり、ちょっと考えてから、

「ゴールデンウィークって昔からあるの?」と訊いた。


「良く知らないけど、かなり前からあると思うぞ」と平太が答える。

「ゴールデンウィークがなくなるって話はある?」

「ええっ、そんな話あるのか?」

「いや、僕は知らないけど、この先なくなるとかいう話はあるのかな、と思ってさ」

「そんな話があったら、国民が黙ってないぞ、きっと」

 鼻息荒く平太が拳を握った。

 その仕草がおかしくて、僕が笑うと、平太も笑った。

 その笑顔を見て、つまらないことで喧嘩してたな、と思った。

 今度のゴールデンウィークは、僕にとって初めてのゴールデンウィークみたいなものだ。


 おそらく過去に何度も経験したはずだけど……。

 その想い出は、僕にとって楽しいものだったのだろうか?

 今のように、笑顔で過ごしていたのだろうか?


 ◇◆◇


 次の日の昼休み。

 僕は教室のバルコニーでひとりたたずむ五両君に話しかけた。


「ねえ、五両君、ちょっといい?」

 彼は人の良さそうな顔で微笑み、「はい、日比野さん」と答えた。

 今は教室なので、ボディガードの平太もいない。

 バルコニーには五両君と二人だけだ。

 五両君は一人でいることが多く、あまりクラスに馴染んでいないように見える。

 五両君の顔を見ていると、どうしてか他人事に思えなくて、ちょっと可愛そうな気がする。


「五両君は最近、記憶が戻ることとかある?」

「えっ?」

 僕の質問に五両君は驚いたような目で僕を見た。

「どうしたの? あるの?」

「そう言う、日比野さんは?」

 五両君が僕をじっと見つめる。

「いいや、全くないよ」と僕は首を振った。

 五両君は僕をまだ食い入るように見ている。

 しばらくして、やっと視線を外した五両君は、

「実は……、俺、思い出したんです……」と低い声で言った。


「えっ! 記憶が戻ったの?」

 僕は五両君に歩み寄った。

「ええ、少しだけ戻りました」

 そう言い終えると、五両君は口の端を上げた。


「それは、重要なこと? やっぱり、僕たちの記憶喪失は関係あるの?」

「日比野さんと俺にとって、とても、重要なことだと思います」

「ねえ、話してよ」

 僕は五両君の手を握った。

「じゃあ、言います。けど、驚かないでくださいね」

「うん、うん」


 五両君は唇を少し舐めてから、ゆっくりと噛みしめるように言った。

「俺と日比野さんは、恋人だったんですよ」


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