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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年前編
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二人の九条院レイ

 翌朝、9時を過ぎた頃、凪沙さんは早速九条院銀行に電話をした。


 右肩のせいで、今日も学校を休んだ僕は、キッチンで彼女が話すのを聞いていた。

 最初のうちは受付の行員と揉めている様子が見て取れた。

 いたずらだと思われたのだろう。

 門前払いにされまい、と粘る凪沙さん。

 凪沙さんの「だから」と言う言葉が、何度もキッチンを飛び交った。

 行員は根負けしたのか、電話を社長秘書に回すことになったらしく、凪沙さんは僕を見て、Vサインをした。


 僕はそれに、ちょっと苦笑いをしながら、秘書とまた揉めるんだろうな、と思った。

 秘書に電話が通じたらしく、とげとげしかった凪沙さんのトーンが和らいだ。

 しかし、話のほうは「認知がどうした」とか「社長と凪沙さんはどういう関係か」という方向に進んでいるみたいで堂々巡りしているようだった。


 しばらくして、凪沙さんが、

「ですから、うちのほうで九条院レイというお嬢様をお預かりしているんです」と言った途端、様子が変わった。

「はい、九条院レイです。名前の字のほうは……」

 凪沙さんが、僕に視線を向ける。

 僕はふるふると首を横に振った。

「本人は事故か何かのせいで記憶に一時的な障害があるようで、字はわからないそうです」

 記憶喪失だなんて、これで怪しまれてアウトだな、と僕は思った。


 ところが──。

「はい、はい、記憶喪失で昔の記憶が一切ないようです。はい、九条院レイで間違いありません」

 どうしたことか、話が進展しているような雰囲気だ。

「えっ! 今日ですか? 午後ならかまいませんが、あいにく本人は今、右肩を痛めており、動き回れないものですから」

「こちらに迎えに来ていただける? じゃあ、店の住所を教えますので、そちらに来ていただければ……」


 なんだか、とんとん拍子だ。

 どうしたんだろう?


 凪沙さんが受話器を置いた。

 彼女は僕のほうを微妙な表情で見ている。

「どうなったんですか?」と僕が訊くと、

「記憶喪失の話になった途端、先方の対応が急変したのよね。どうしたのかしら?」と凪沙さんは首を傾げた。

「変ですね」と僕も首を傾げる。

「まあ、とにかく今日の午後、うちの店まで秘書の方が来てくださるそうだから。香ちゃんも一緒にお店で待ちましょう」

 僕はそれにうなずく。


「肩の具合はどうかしら?」

 そう言われ、右腕を少し持ち上げてみた。

「昨日より良くなった感じです」

 その答えに凪沙さんは微笑み、「じゃあ、後で一緒に着替えましょうね」と言い、キッチンを出た。


 午後、凪沙さんと店に出た。

 ちょうど、お昼時だったので凪沙さんはすぐに仕事に入った。

 僕はレジの後ろの椅子に腰かけ、平吉さんと凪沙さんが忙しく動くのをぼうっと見ていた。

 学校の制服を着ているので、授業をさぼっているように見えるかもしれない。

 でも、とりあえず左手だけで、レジの勘定くらいはできた。

 迷惑かけっぱなしなので、このくらいはしないと、と思う。

 ちょっと、ぎこちないのでお客さんが心配げに僕を見た。

 僕は、「へへっ」と笑ってごまかした。


 お昼時が過ぎ、客も減り、暇になった。

 スカートのプリーツをいじりながら、これからどうなるのだろう? と考えた。

 もし、本当に僕が九条院の人間なら、このまま仁科家とはお別れなのかな?

 せっかく今の暮らしにも慣れてきたのに……。

 しんみりとした考え事をしていたら、眠くなってきた。

 椅子の上でうつらうつらしてたところ、凪沙さんに呼ばれた。


「香ちゃん。どうやら来たみたいよ」

 外を見ると、黒塗りの車が店先に止まっている。

 スモークガラスで車の中は見えない。

 と、車のドアが開き、グレーのスーツを着た細身の男性が出てきた。

 男性は店にまっすぐ歩いてくる。

 カランとカウベルの音が鳴った。

 男性はカウンターのほうに目をやり、「朝方電話をいただいた九条院銀行の者です」と言った。


 凪沙さんが、すぐに飛び出ていき、男性を席に座らせ、自分も向かいに座った。

 そして、僕を手招きして呼んだ。

「このお嬢さんが、九条院レイさんです」

 凪沙さんの横に立った僕を彼女が紹介した。

 男性は僕の頭から足の先までをゆっくりと見回した。

 どことなく値踏みをしているような目つきだったので、ちょっと嫌だった。

 男性はひとしきり僕を見た後、「私は見覚えありませんね」と言い、それから、

「ただ……」と付け足した。

「ただ、どうしました?」と凪沙さんが訊く。

「会長夫人のお若い頃に良く似ているような気がしないでもない」

「えっ、本当に?」

 凪沙さんは目を丸くして、男性に顔を寄せる。


 男性は、それには答えずスーツの内ポケットから名刺を取り出し、テーブルに差し出した。

「私は九条院銀行社長秘書の三池《みいけ》と申します」

 凪沙さんはそれを両手で恭《うやうや》しく取り上げ、会釈した。

 三池さんは、今度は黒い鞄をテーブルの上で開き、一枚の紙を取り出した。

 それを、テーブルの中央に差し出す。


 見ると、それは写真だった。

 僕は、それを見て驚く。

 それに気づき、凪沙さんが、「どうしたの?」と訊く。

 その写真に写っているのは、今度転入してくる九条院さんだった。

「ご存じですか?」と三池さんが僕を見る。

「はい、知ってます」

「以前から?」

「いいえ、つい最近知り合ったばかりです」

 三池さんはそれを聞き、ため息をついた。

「変な話があるものですね……」

 三池さんの言葉に、僕も凪沙さんも固唾を飲んだ。


 三池さんは、コップの水を一杯飲んでから、言葉を継いだ。

「この男性を九条院家で現在世話をしているのですが、彼も九条院令と名乗っており、やはり昔の記憶が一切ないんですよ」


「彼も九条院レイ!?」

 僕の視線は再び写真に吸い寄せられた。


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