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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年前編
25/107

ちあきさんとデート

 緑が目立ち始めた桜並木の下、ちあきさんと下校する。

 クラスの女子とたまに一緒に帰ることはあったが、先輩の女性とは初めてだ。

 加奈さんも一緒に来たそうな顔をしていたが、ちあきさんに「加奈はダメだよ」と先に釘を刺され、「呼ばれても行かないよ。どうせ、お邪魔虫だし」と強がってた。


 正門を抜け、通りに出る。

「どこに行こうか?」

 どこか晴れ晴れしたちあきさんの顔の向こう、青空が広がる。

 その光景に一瞬見とれ、答えることを忘れてしまう僕。

「じゃあ、とりあえずは無難にファミレスにでも寄ろうか」とちあきさんは僕の肩を叩いた。

「はい」と大きくうなずいた。


 ファミレスは駅に面した通りにある。

 坂を下る途中、仁科家の喫茶店前を通った。

 おじさんもおばさんも働いているのに申し訳ないな、と思いつつ店のほうをうかがうと、テラス席に霧原君がいた。いつものように一人で本を読んでいる。

 今日は店に来るつもりだったようだ。

 それで廊下で、僕が声をかけるなり、モカの注文をしたのかな?

 僕が彼に声をかけるのは給仕をする時くらいだし。

 条件反射ってやつ?


 その経緯を、ちあきさんに説明すると、「変なヤツだなあ」と笑ってから、「僕も今度、香ちゃんの店に行ったら、『モカ』とだけ注文して黙っていようかな」と付け足した。

 その言いぐさが少し可笑しくて、僕も笑うと、「でも、香ちゃんを前にして、僕はとても黙ってられないけどね」と舌を出した。


 昨日、九条院という男子に会ったオメガ書店を過ぎた。

 既に駅前、ファミレスはもうすぐだ。

 駅前は昼下がりののどかさをわずかに残しつつ、間近な通勤ラッシュを目前に装いを変えようとしている真っ最中だ。

 そういえば、こんな光景をしみじみと眺めることもなかったな、と感じ入る。

 これからは、勉強や仕事にばかり追われないで、こうした些細な日常の出来事にも目を配ろう、と思った。


「ほら、着いた。席は空いてるかな〜」とちあきさんの声。

 駅前通りを眺め、物思いにふけていたら目的地に到着したようだ。

 思えば、仁科家では家での食事か、店の手伝いの合間の食事になるので、こういうレストランには来たことがない。勝手がわからず、ちあきさんの後ろについた。


 ウエイトレスが僕らに気づき、「いらっしゃいませ。喫煙席と禁煙……」と言いかけたのを「禁煙席ですね」とすぐに言い直し、席へと案内した。

 まあ、ちあきさんが不良じゃない限り、学校の制服のままじゃ禁煙席なのが常識だろう。

「僕が煙草を吸わないとでも思ってるのかな」とちあきさんがウエイトレスに聞こえないように、腰をかがめ、僕の耳もとで囁いた。

「えっ、煙草を吸うんですか?」と声を殺して訊くと、「さあ」とちあきさんは手をひらひら振った。


 でも、僕はちあきさんは吸っていないと思った。

 だって、息がヤニ臭くなかったもん。

 ファミレスはそこそこの客入りで、禁煙席のほうが人気があるのか、そのコーナーはかなり混んでいた。

 僕らは禁煙コーナーの端に案内された。

 だが、そこは禁煙席といっても、喫煙席が近く、かなり煙草臭かった。

「なに、煙いよ、ここ」とちあきさんが嫌そうな顔をして、煙を払うように手を振る。

 どうやら、僕の推理は当たっていたようだ。

「煙草の煙って髪にすぐ付くんだよね」とちあきさんは上目遣いに指でショートカットの髪をすくように撫でている。

 これは煙草を吸うどころか、かなりの嫌煙家のようだ。


 ちあきさんは他の禁煙席の様子を腰を浮かし長い首を伸ばして見ていたが、空き席はなく、諦めたのか、腰を沈めメニューを開いた。

 僕もメニューを開く。

 ぱっと開いたところにステーキがあった。看板メニューなのか、見開き大写しで肉汁溢れる写真に心がぐらつく。

 だが、すぐに却下。

 小遣いのこともあるし、注文できるのはドリンクかデザートくらいだろう。

 前を見ると、ちあきさんもデザートのページを見ていた。


「決まった?」の声に、僕がうなずきウエイトレスを呼ぼうとすると、「ちょっと待った」とちあきさんの掌が僕の前に突き出される。

「香ちゃんの好みを当てたいんだ」と僕を見るちあきさん。

「じゃあ、なんだと思います?」

「うーん、香ちゃんはなんとなく和風のお嬢様って感じだから、小倉あん入り抹茶シフォンケーキかな?」

 意外と単純な推理に思わず失笑してしまう僕。

「あー、香ちゃんに笑われた」と不満を言いつつ、嬉しそうな顔のちあきさんは「僕のも当ててみてよ」と言う。

「じゃあ、シーザーズサラダ大盛り」とそれに答える僕。

「えっ、どうして?」と眉を寄せるちあきさん。

「だって、草食動物みたいだから」と答えると、「ひどいな、僕、そんなに草食動物っぽい?」とわざとらしくそっぽを向いた。


 ウエイトレスを呼び、オーダーする。

 正解は、茶巾絞り風抹茶シフォンケーキでした。ニアピンに思わず唸るちあきさん。

 ちなみに、ちあきさんのオーダーは春期限定いちごタルトでした。


 デザートを待つ間、僕はちあきさんの名前をもう一度訊いた。

 『さとし』に『あきら』というのが結局、今でもわかっていなかったからだ。

 ちあきさんはレポート用紙を鞄から出し、書いてくれた。


 智晶


 なるほど、こんな字だったのか。

 これじゃ、どう見ても男子の名前だ。


 しばらくして注文したデザートが届き、「やっぱり、ケチケチしないで飲み物も頼もう。香ちゃんのは僕がおごるよ」と智晶さんがドリンクバーを二つ追加注文した。

 ドリンクバーの飲み物を二人で取りに行ってから、再び席に座り、僕は初めて智晶さんと会って以来、感じていた疑問を訊いてみることにした。


「どうして、智晶さんは男言葉なんですか?」

 僕の問いに、いちごタルトのいちごに伸びかけていた、フォークが止まる。

 ちあきさんはフォークを置き、僕をじっと見た。

 楽しげだった顔から、表情が消え、どこか重苦しい空気が漂う。

「実は僕には幼い頃、兄がいたんだ……」


 まずい話を訊いちゃったかな……、と僕は後悔した。

 一方、好奇心もあり、智晶さんの話を止めることができずにいた。


 智晶さんは話を続けた。

「その兄が僕を見る度に『妹じゃなくて弟が欲しかった』って良く言ってたんだ。その兄をうちの両親も僕以上に可愛がり、僕は幼心にも兄に対して嫉妬心を抱いていた。どうして、お父さんもお母さんも兄さんばかり可愛がるの、って」


 やっぱり、マズい話だ……。


 口の中がにわかに乾いてきて、紅茶を一飲みする僕。

「けど、その兄が……」

 ここで止めないと!

 僕は訊いてしまったことを謝ろうと、智晶さんに呼びかける。

「智晶さん。変なこと訊いちゃって、ごめんなさい!」

 頭を下げた僕が、そろそろと智晶さんを見ると、彼女はいかにも嬉しそうに口もとを緩めている。

 これは、したり顔ってやつ?


「香ちゃんさ、話は最後まで聞かないと──」

「えっ?」

「せっかく、良い感じで盛り上がってたのにな……。なんか続けにくくなっちゃったよ」

「でも、智晶さんにとって思い出したくない事なんじゃないですか?」

 そこで、智晶さんは噴き出した。

「香ちゃん。僕の兄さんをどうしちゃったの?」

「だって……」


 あの展開はどう考えても、お兄さんが死んでしまうんじゃ……?


 口にし辛く、目を泳がせ、言い淀む僕。

「じゃあ、続けるよ。実はもう終わりなんだけどね」

 テーブルの上、智晶さんは身を低くし、僕を手招きした。

 僕が顔を近づけると、智晶さんは囁くように話し始めた。


「けど、その兄が……」

「けど、その兄が……」

 思わずオウム返しをし、僕はごくりと唾を飲んだ。

 いよいよだ……。


「けど、その兄が今でも言うんだ。『妹じゃなくて弟が欲しかった』って」

 言い終わった途端、姿勢を戻し、僕を凝視する智晶さん。

 固まっている僕を見るなり、手を叩いて喜び始めた。


「香ちゃんの真顔、可愛いよ!」

 からかわれていたことに、その時初めて気づき、僕はむくれた。

「智晶さん、ひどいよ!」

 騙されながらも、智晶さんのお兄さんが無事でなんとなく、ほっとする僕だった。


 ◇◆◇


「茶化してないで、本当のことを教えてください」

 少しだけ怒った顔で、智晶さんを睨む。そうでもしないと、また冗談話でお茶を濁されそうだからだ。

「ごめんよ、悪かったね。でも本当のことなんだよ」

 智晶さんは言葉では謝っているが、まだ目は嬉しそうだ。


「本当なんですか?」

「僕の兄が『妹じゃなくて弟が欲しかった』って昔から口癖のように言ってるのは本当で、僕は頭に来て意地になって弟になろうとしましたとさ。それが、僕が男言葉を使う理由。おしまい」

「えっ、そんな単純なこと?」

「まあ、小さい頃だったからね。弟ごっこが高じて、今の僕になっちゃたのさ。女なのに女好きなのは、また別かもしれないけど」

 言い終わると、智晶さんは背筋を伸ばし、パンと小さく手を叩いた。

「さて、問題です。僕の兄の名前はなんでしょうか? ヒントは僕の名前から、それぞれサン引けばわかるよ」


 智晶さんの名前からそれぞれ三引く?

 でも智晶に、三なんて、ないじゃん……。


「わかりません」と僕は即答した。

「ええー、意外と諦めるの早いね。香ちゃん」

「答えは何ですか?」

「もうちょっとさ、楽しもうよ……」

 文句を言いながらも、僕の催促に智晶さんはレポート用紙に大きく字を書いた。


 知昌


「ともまさ?」

「そうだよ」

「その名前が、どうして智晶さんの名前からそれぞれ三引くことになるんですか?」

「違いを見れば、わかるでしょ」と智晶さんは、兄の名前に並べて自分の名前を書いた。

 それを見比べる僕。

 そういえば、智晶のほうが、『日』の字が一個ずつ多い。


「わかりました。知昌に日の字をそれぞれ足せば、智晶になるんですね」

「ご名答。だから、僕の名前からお日様の英単語『サン』を引けば、兄の名前になるんだよ」

「そんなの絶対わかりっこないですよ」と抗議する僕。

 智晶さんは、ズズとストローをすすり、

「でもさ、うちの親はそれが大発見だったらしくて、僕の名前は智晶になったんだ。そんな馬鹿馬鹿しい理由で名前を付けられた僕の身にもなってよ。日の字が名前に四つもあるんだよ」とぼやいた。

「確かに四つも日の字がありますね……」


「ところでさ、香ちゃんが男言葉なのはどうして?」

 急に質問を返され、答えに詰まる。

「ぼ、僕はこのほうがしっくり来るというか、馴染むんです……」

「ふーん。どう見てもいいとこのお嬢様なんだけどね。まあ、そのミスマッチがいいんだけどさ」

 智晶さんは空になったグラスを振った。

 二人の前でからんと澄んだ音が響く。

「食べ終わったし、ちょっとその辺を散歩しよっか?」

 智晶さんがレポート用紙をしまいながら、僕に訊いた。

 僕はそれにうなずいた。


 ファミレスを出た。

 外の空気がすがすがしく感じられる。煙草の煙のせいだろう。


「こっちに行ってみよう」

 智晶さんが駅とは反対の方向を指さした。

 初めて行く道だった。

 ちょっと歩調を落とした智晶さんの横を僕は歩いた。

 駅から遠ざかると、飲食店が途端になくなり、ビジネス街の色が濃くなった。


「たしか、この辺りだと思ったんだけど」

 智晶さんがつぶやく。

「何かあるんですか?」と訊いた途端、智晶さんのはしゃぐ声。

「あ、あった。あそこだ!」

 智晶さんの視線を追うと、ビルとビルの間に隠れるように一軒家のお店があった。

 見た感じ古そうなお店で、二階建ての白壁は、隣のビルと比べても随分とくすんでいた。

 二階は住居なのか、明かりの灯っていない窓に、鳥かごが一つぶら下がっていた。

 智晶さんはウィンドウに並んだ商品をのぞきこんでいる。

 壁は汚れているが、ウィンドウは綺麗に磨かれていた。

 ウィンドウにはアンティックドールやブリキのおもちゃ、そして、様々な形のオルゴールが並べられていた。


「骨董品屋さん?」と僕が横から訊ねると、「アンティックショップだよ」と智晶さん。

 骨董品屋とアンティックショップはどう違うんだろう?

「入ってもいい?」と智晶さんが訊くので、「はい」と答える。


 重そうな木のドアを智晶さんが開くと、奥まった所に店主の姿が見えた。

 店主はドアの開く気配に気づき、こちらを一瞥した。

 店主は毛糸のニット帽を被り、パイプをくわえていた。

 しかし、店の古臭い雰囲気に比べると、どこか違和感があった。

 というのも、随分と若そうなのだ。どう見ても、二十代か三十代前半だろう。


 店主の優しげな目が智晶さんをとらえた。

「よう、珍しいな。智晶じゃないか」

 声をかけられた智晶さんはというと返事をするでもなく、店主にひらひらと手を振るだけだった。

 知り合いのようだが、どういう関係だろう?

 そう思いながら、僕は店主にお辞儀をした。

 店主は「いらっしゃいませ」と丁寧に一礼し、「可愛い子を連れて来たね。後輩?」とまた智晶さんに訊く。

 智晶さんは店の人形を眺めながら、小さく「うん」とだけ答えた。

 彼女は人形を見ているのだが、どうも真剣に見ている風でない。


 僕は横に行き、「あの方、知り合いなんですか?」と訊いた。

 智晶さんは、「あれ? あれは香ちゃんが殺しちゃった僕の兄さんだよ」と囁いた。

「お兄さんのお店だったんだ」

 でも、殺してなんかないけど……。

「久しぶりに来たけど、相変わらず儲かってなさそう」と智晶さんは人形から視線を外し、肩をすくめてみせた。


 その声が聞こえたようで、「たまに来たと思ったら、ご挨拶だな」と店主が側に寄ってきた。

 智晶さんはその肩をポンと叩き、「これが僕をこんなにしちゃった兄です」と紹介した。

 二人が並ぶと、顔つきは確かににている気がした。お兄さんもどことなく草食動物っぽい。

「『こんなにしちゃった』とはどういうことだよ」とぼやくお兄さんに「日比野香です」と僕はまた頭を下げた。

「智晶の兄で知昌ともまさです」とお兄さんも頭を下げる。

 確かにさっき聞いたとおりの名前だ、と思い、見えないように顔をそらし、少しにやけてしまった。


「狭い店だけど、まあ、ゆっくりしていってください」

 お兄さんはパイプをくわえ、戻っていく。

 それを見送りながら智晶さんが「この業界、若いとバカにされるからパイプなんかくわえてるけど、似合わないよね」と言うと、「智晶、聞こえてるぞ」と向こうから声がした。


 店を見回した。

 学校の教室の半分もない広さだが、棚にはびっしりと商品が並んでいた。

 骨董品なんか全く知らない僕だが、店の中ほどの棚に置かれた品物に、ふと目が止まった。

 僕は吸い寄せられるように、それに近づいていった。

 そこにあるのは、きのこの形をした小さなガラス造りの置き物だった。

 きのこの傘の部分はくすんだ赤と白のモザイク模様。

 見栄えもせず、どうしてこんな物に心を惹かれたのだろう、と自分ながら首を傾げた。


 僕の様子を見たのか、お兄さんが僕の横に立ち、きのこ型の置き物に軽く触れる。

「君、なかなか目が高いね。これはね、エミール・ガレの工房のお弟子さんがガレの『ひとよ茸ランプ』に触発されて作ったと思われる作品なんだ。電気を点けてみると綺麗だよ」

「これって、ランプなんですか?」

「うん。まあ、これは実物のフェイクなんだけどね」と言いながら、お兄さんはコードに付いたスイッチを押した。

 明かりが灯ると、周りの空気が華やぐように、そのランプは息づいた。

 くすんだ赤だと思っていたガラスは、淡いピンク色の光を放っている。

 その光を見た瞬間、僕の中で何かの光景が走馬燈のように浮かび上がった。


 長い髪の幼い女の子が、腰に手を当てがい僕を見ている。

 その顔はどこか自慢げだ。

 けど、僕はその女の子より、横に置かれているランプが気になってしょうがない。

 そのランプは淡く美しいピンク色に輝いている。

 そんなにその色が好き?

 女の子が訊いた。

 僕はそれに何度もうなずく。

 そうなの。

 女の子は悪戯っぽい目で、僕を見つめている。


「どうしたんだい?」

 お兄さんが僕の肩を叩いた。

 浮かんでいた光景が消え、店の風景が甦る。

 何だったんだろう、今のは? 声まで聞こえたような気がした。


「このランプが気に入ったようだね」

「あ……、はい」

「フェイクだからそんなに高くないけど、欲しいなら割引してあげるから、いつでも来てね」

「ありがとうございます」

 さっきの光景が気になり、気もそぞろに頭を下げた。

 二人のやりとりに智晶さんもやって来て、「香ちゃん。これが気に入ったんだ」ときのこの傘をパンと叩いた。

「バカ、それフェイクでも高いんだぞ」とお兄さんが智晶さんを叱る。

 智晶さんは値札を見て、「信じられない、こんなものが」と声を上げた。


「智晶、それよりお前、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」とお兄さんは壁にかかった時計を見て言った。

「ヤバ、本当だ」と智晶さん。

「香ちゃん。悪いけど帰ろう。父の食事の用意をしないと」

 智晶さんに袖を引かれ、慌ただしく店を出た。

「じゃあ、また来てね」と一緒にドアの前まで出て、お兄さんは笑った。


 早足で駅へ向かう。

「ごめんね。今度はもっと時間をたくさん取れるようにするから」

 歩きながら、智晶さんはウインクをして片手を上げ、謝る。

「いえ、かまわないですよ。僕も帰らないといけない時間だし」

 そう言いながらも、僕は先ほどの不思議な体験を思い返していた。


 あの女の子は誰だろう?

 どうして、あのランプを点けた途端に、あの光景が浮かんできたのだろう?

 そんなことを考えながら歩いていたら、駅前までたどり着いた。

 智晶さんは電車を使うらしく、大通りを横切るため、歩道橋に向かった。

 せめて駅まで智晶さんを送ろうと、僕もそれについていった。


「今日は楽しかった。ありがとう」

 歩道橋の上、智晶さんが微笑む。

「僕も楽しかったです」とそれに返す。

 今日は本当に楽しかった。

 不思議な体験もあったが、帰ってから、また考えてみよう、と歩道橋を下ろうとした。

 その時、背中に強い衝撃を感じた。


「香ちゃん!」

 智晶さんが後ろで叫ぶ。

 周囲の風景がにわかに流れ始め、ふわりとした感覚が全身を包む。


 落ちてる!


 頭から急速に血の気が引くのを、僕は感じた。


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