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命の回数券

 僕が顔を見て、七瀬だとすぐわかった理由。

 それはシグマの時と同じだ。

 つまり、七瀬は髭を生やしているものの、過去で会った時のままの顔で、年をとっているようには見えなかったのだ。

 普通に考えれば、元が中年だっただけに、五十年も経てば、かなりの高齢になっているはずだ。

 既に死んでいてもおかしくないくらいだ。


 ということは……。


「七瀬、お前はタイムマシンで未来に戻ったのか?」

「そのつもりだったが、タイムマシンを呼んでも来なかった。お陰で苦労した」

 七瀬は当時を思い出したのか、顔に付いた嫌な物でも振り払うように首を何度も振った。


 タイムマシンが来なかったのは、おそらく未来でタイムマシンが接収され破棄されたからだろう。

 それにオペレーターのシグマも過去に逃げてきたので、研究所でタイムマシンを運用できる人間もいなかったのだろう。

 七瀬は過去で出遅れた訳だ。


「自業自得だな。悪い事なんかするからだ」

「そう悪く言うなよ、日々之。もう五十年も前の事じゃないか」

「お前には五十年前かもしれないが、僕には、僕には……、えーと、どのくらい前だっけ? 未来に戻って記憶喪失になったから、一年くらい前だっけ?」

「お前、また記憶喪失になってたのか?」

 七瀬が珍獣でも見るような顔で僕を見る。

「余計なお世話だ! 全部、お前のせいだぞ!」

 手を振り上げたが、麗ちゃんの体じゃ大したダメージを与えられないので、すぐにやめた。


「ところで、日々之、お前、体は大丈夫なのか?」

 七瀬がゆっくりと確かめるように訊いた。

「大丈夫じゃないぞ。二回も記憶喪失になったし」

「それはわかったから。だから、体の具合は今はなんともないのか、って訊いてるんだ」

 七瀬の言葉に、思わず自分の体を眺めてみる。

 別に普通の麗ちゃんの体だ。

「七瀬、どういうことだ?」

 七瀬は目を逸らし、独り言みたいに呟く。

「いや、どうもなければいいんだがな……」

 七瀬は僕の体を気遣ってくれているのかとも思ったが、今さら、それこそ余計なお世話だ。


「ところで七瀬、お前はあれからどうしてたんだ? それにどうしてお前は昔と変わってないんだ?」

「面倒臭いな……。だが、話しておくか。先ず、どうして昔のままかということだが」

「どうせ、シグマのアンチなんとかっていう研究所で治療してもらって、若さを保ってたんだろ?」

「いや、そんな必要はないんだ」

 七瀬はベンチから腰を上げ、僕の前に立った。

「日々之、これは覚えておけ。タイムマシンに乗った人間は、加齢が異常になる」

「カレーが異常になる? 意味わかんないんだけど?」

「加齢だよ、加齢。つまり老化して年をとる機能がおかしくなるってことだ」

「それってつまり、どういうこと?」

「ずっと若いままでいるということだ」

「それって……」


 そう言いかけて、僕は気づいた。

『日本のサンジェルマン』と呼ばれているらしい麗ちゃんの秘密。

 それを僕はシグマのアンチなんとか……、うーんと、アンチエージングだっけか?

 そういった治療を続けているせいだと思ってた。

 しかし、七瀬の話だと……。


「それだと僕も老化しないってこと?」

 僕の問いかけに七瀬は僕をじっと見下ろし、

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。わかっているのはタイムマシンが加齢を制御する染色体のテロメアを狂わせるっていうことだけだ」と答えた。

「染色体のテロメア? 何それ?」

「細胞の中にある、そうだな……、命の回数券みたいなものだ。時間が経つに連れて、切符を一枚ずつ使って短くなるのさ。それが老化だ」

「命の回数券……」

「そうだ、命の回数券、それがテロメアだ」

 強い風が吹き、公園の鳩が一斉に飛び立つ。

 七瀬は風に飛ばされぬよう、パナマ帽を手で押さえた。


「じゃあ、僕もずっとこのままの姿なの?」

「さあね。私にはわからんな。テロメアが狂うってことは逆もあり得るしな」

「逆……?」

「若いままということは、回数券が使われてないってことだが、逆に一気に何枚も切符を使うこともあるかもしれないということだ」

「えっ! じゃあ、一気にお爺さんになってしまうってこと?」

「さっきも言ったが、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。何せ人類初の経験だろうからな」

 七瀬は真っ青に澄み渡った空を仰ぐ。


 七瀬は五十年も大丈夫だったのだし、麗ちゃんもそうなのだろう。

 しかし、彼の話だと、今この瞬間、僕の眼の前で、彼がよぼよぼの老人になることだってある訳だ。

 もちろん、この僕も例外でない。

 そう、考えると僕は焦る気持ちを抑えきれなくなった。


 麗ちゃんに一刻も早く会わないと!


「七瀬、お前は麗ちゃんの行方を知っているんだな?」

 僕の問いかけに、七瀬は鳥が翼を広げるように大袈裟に両手を広げた。

 それから右手を胸、左手を帽子に当てがい、恭しく一礼した。


「もちろんです、お嬢さん。この日本を今あるこの姿に導いた私の同志、それが九条院麗、いや、マスター・カオルです。あなたへの罪滅ぼしに、あなたをクロノスクラブへご案内しましょう」


 ◇◆◇


 七瀬が麗ちゃんの同志だって!?

 七瀬が今言ったことの意味がわからない。

 マスター・カオル? 何それ?


 動揺する僕の前、七瀬はジャケットから携帯電話を取り出し、どこかへ連絡した。

 そして、僕の横へまた座った。


「七瀬、クロノスクラブはどこにあるんだ? それに麗ちゃんが同志ってどういうことだ?」

「焦るな。これから連れていく。ちょっと待て、そんなに時間はかからん」

「これから連れてくって? クロノスクラブに?」

 七瀬は無言でうなずいた。


 突然の話に僕はあれこれ考えた。

 腕時計を見ると、まだ午後二時過ぎ。

 区内ならそんなに時間はかからないだろう。

 さっきの話もあるし、急ぐに越したことはない。


 七瀬は電話で呼んだ車でも待っているのだろう。

 車なら通りに出て待ったほうがいいんじゃないのかな?

 僕はそう思ったが、七瀬はベンチでじっとしている。


 しばらくすると、上空から騒々しい音が聞こえてきた。

 この音は!


 音の方を見上げると、一機のヘリコプターが見えた。

 見る見るその姿は大きくなり、僕らのベンチの上空でヘリはホバリングを始めた。

 七瀬は慌てるでもなく、帽子を押さえ、ベンチからそれを見上げている。

 公園の広場にいた人たちが、「何あれ?」、「こっちに来るぞ」とか騒ぎながら避難を始め、輪になり遠巻きにヘリを見上げる。

 ヘリはその輪の中へゆっくりと降下した。

 ヘリが巻き起こす疾風に巻き上げられないように、僕はスカートを強く押さえる。

 やがて、ヘリが着地すると、七瀬は僕の手を引いた。


「さあ、行くぞ。クロノスクラブへ」


 はためくスカートを押さえながら、ヘリに向かう。

 そのヘリの白い機体に書いてある文字が目に入った。


 NAVY


 その機体はアメリカ海軍のものだった。


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