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幼馴染だった過去

二尾取り

作者: 鞠谷 磨織

「はじめは二尾取りの()からー」


 キョーのかけ声で、本日の部活が始まる。


「はい、みゅー」

「ビスマス?」


 名指しされたみゅーは反射的に元素名を答えた。

 今回の二尾取りには縛りが設けられていないが、テストが近いとテスト範囲に関する何かで縛ることがあり、みゅーは化学の点数が比較的奮わないため、よく化学縛りを受ける。

 そのときに知っている単語が底をつき、テスト対策を兼ねているため教科書や参考書、ノートなどを参考にすることが可能だから教科書の表紙裏にある周期表をながめ始めたのがきっかけで、彼女はよく元素名を使うのだ。


「いきなりマイナーな……。」

「じゃ、次私、マリアナ海峡」


 二尾取りはキョーがしりとりでは普通すぎるといって考え出したゲームで、基本的ルールはしりとりに近い。

 ただし最後の文字ではなく最後から二番目の文字を使うから、2文字以上で、後から二番目に“ん”、延ばし棒がつく単語を言ってはいけない。などのルールがあるが、細かいことはその都度の流れで決まる。


「次は僕ですか?──教育委員会」

「カリウム」

「ウランバートル。

 あ、今回は負けたら秋刀魚(さんま)な」


 時々臨時ルールで、負けた者は自費で魚を二尾買って帰る。というものも追加される。二尾取りの名は魚の二尾と終わりから二番目という意味をかけているらしいのだ。


「トランp……ポリン。

──なぜ急に?」


「マオいまトランプって言おうとしたー」

「言い切っていないのでセーフです。」


 判定は、異議を申し立てた者が二人以上いるとアウトになる。

 今は三人でやっているから、あとはキョーの判断に依るため、二人そろって彼の方へ顔を向ける。


「今のはセーフ。」


 磨織が口角をあげると、美咲は頬を膨らませた。


「みゅー()だぞー」

「……リチウム」

「毎回言ってますけど、元素って()が多いですよね」

「ウクライナ

 だなー。仕方ないだろ?」

「イスパタ──ぁ。」


 言い終えてから、言い直すかどうか迷った。

 ()から始まる元素名がないのだ。

 みゅーは次に言う言葉を少し考えなければならないだろう。


「むー……プロアクチニウム……は違うから──」

「記号はPa(ピーエー)ですけどね。」


 思った通り、みゅーは頭に指を突き立てて考え込んでいる。

 それでも何かはでてくるだろうと、マオは言い直さなかった。


「──パンタグラフ?」


 考えた末、彼女は元素名をあきらめたようだ。

 化学用語にも、()はあまりない。

 少し考えただけでは、一つも思い浮かばなかった。


「ラオス。

 今朝さー、アミちゃんに魚食べたいって言われたんだー」

「押し花。」

「バリウム!

 秋刀魚なら焼ける気がするって言ってた!」


 みゅーは元気よく手を挙げると、机の上に置いてある鞄からF3サイズのスケッチブックとクレヨンを取り出して、『Bi K Li Ba』と隅に書いてから中央に魚らしきものを描き始める。

 忘れないように、途中からメモを始めるのはよくみる光景だ。


「ウズベキスタン。

 マオに手間をかけさせたくないから秋刀魚にしようって」

「タマネギ。

……編花さん、確か秋刀魚は臭いがキツいから掃除が面倒だって昨年言っていたと思いますが。」


「ネオン!」


 隅に『Ne』と書き足し、絵の方に戻る。

 赤いラインや緑の鱗ができてきているから、その魚はおそらく秋刀魚だ。


「じゃぁアミちゃんが焼けそうな魚ってあるか?

 オーストラリア」

「リス」

「……リン」


 秋刀魚の尾鰭に『P』が書き込まれた。


「リトアニア」

「ニラ」

「ニッケル」


 『Ni』が秋刀魚の口元に書かれる。

 それは釣り針についたエビのようにも見えた。


「ケニア」

「ニンニク」


 みゅーは顔を持ち上げて、「……ニトロゲン?」といいながら、首を傾げた。


「窒素ですね。」

「まあ、窒素を言ってないからアリだろ。」


 キョーが頷くと、みゅーも頷き返して『N』を下の方に書くと、二匹目の魚を描きにかかった。


「ゲルマニア」

「……さすがに()の国名無いですからね。

 ニレ」

「ソレ言ったらケヤキもダメだからなー」

「……了解です。」

「ニトログリセリン」


 『Ni』の近くに、危険物を示すようなドクロマークが書かれた。


「リビア」

「ビスケット」

「ツベルクリン♪」

「注射はダメな」

「うん」


 頷きながら、スケッチブック上ではなぜか秋刀魚に注射器が向けられる。

 内容物は赤い液体だ。


「リベリア」

「リングイネ」

「何だっけソレ?」

「パスタの種類だったと思います。」

「イットリウムー」

「──ウズベキスタン」

「大河」

「イリジウム」


 『Y Ir』と端に書き加えられる。

 秋刀魚は川を泳ぎ始めた。

 確か海の魚だったはずだが。


「……ウルグアイ?」

「アクチノイド」

「その他いろいろダメな」

「じゃぁアルゴンにする!」

「許可。

 ご……」

「結局、ボクがやればいいのでしょうね。」

「ん?

 何の話?

 ご……ゴールド……」

「魚の話です。金ですか。

 ルアー」

「アメリシウム。

 マオがやったらアミちゃんまたごめんって言うよ?」


 秋刀魚は川でつり上げられたらしい。何者かの手が胴をしっかりと握り、口元からはルアーがのぞいていた。

 秋刀魚はルアーで一本釣りするような魚ではなかったと思うのだが。


「ウガンダ共和国」

「今までは共和国つけてないのに、ちょっとズルいですね。」

「じゃウラジヴォストク」

「ウラジヴォストークって習いましたけど?」

「そこはカタカナの曖昧さで。」

「ウラジオストックともゆーらしーよ」

「……曖昧なものは控えてください。

 共和国のほうでいいです。

 コルク樫」

()し?」

「濁点のあるほうです。」

「がー……ガリウムっ」

「ウリ」

「畝」

「ウラン?」

「ラトビア」

「ビアガーデン」

「……デキストリン?」

「リービッヒ冷却器」

「国名諦めましたね。

 クリ」

「言い切ったんだから仕方ないだろ」

「クリプトン」

「トルコ」

「ルクセンブルク」

「ルテチウム」

「ウコン」

「コングラッチュレーション?」

「何がおめでたいんだよ」

「いえ、なぜか浮かんだもので。

 コントラバス」

「爆竹……」

「あ、()は無かったですね。すみません」

大丈夫(ダイジョブ)。今日は縛りないから頑張れる!」

「チリ」

「チキン」

「鳥ダメな」

「キセノン」


 スケッチブックのページがめくられ、みゅーはページいっぱいに大きく『Xe』と書いた。


「ノースカロライナ」

「国名じゃないんですね。

 インディアカ」

「何か……あ、あった」

「アスタチン」

「チリソース」



「……キョーの負けですね。」

「延ばし棒だめー」


 『e』の上には七輪も描かれているが、みゅーがキョーに向けたそのスケッチブックのページには、アウトを意味するかのように『X』が大きく書かれている。


「……言い直しは?」

「今回は不可で。」

「キョーが秋刀魚二匹♪」

「私今日財布」

「朝アミちゃんにもらってた」

「だそうなので、お願いしますね。」


「……はい。」


 その後三回の二尾取りを行ったが、負け数は一つずつ増え、結局のところキョーが買って帰ることとなった。


「秋刀魚はボクが焼きますから、編花さんには加工済みの鮭でも買っていきましょうか。」

「いいのー?」

「まぁ、ちょっとはやりたいでしょうし。」


 部活を終え、スーパーに寄って磨織の家につくと、まだ編花は帰っていなかった。

 磨織はさっさと秋刀魚の下処理をして、グリルで焼いてしまう。

 あと少しで焼きあがるといったところで、編花が帰宅した。


「遅くなってごめんねー。秋刀魚買ってきてくれたんだ!」

「もう焼きあがりますから、夕飯にしましょう。」

「アタシ焼きたかったのにー!」

「マオが焼いたほうがおいしーよ」

「みゅー、それは思っても言わない方がいいんだぞ」

「自分でも思ってるから、キョーくんはそーゆーこと本人に聞こえないように言おうね?」


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