ノーベル賞を取る男 名探偵藤崎誠の推理
この人は将来ノーベル賞を取る」
藤崎は棚に置かれたテレビを見ながら言った。
「この人が?」
この男の声は特徴的だった。
太田はテレビを見なくてもそこに誰が映っているか分かったが、
思わず後ろに振り返った。
その拍子に太田の箸からカキフライが皿に落ちた。
若手国会議員の太田は官僚時代の同僚、今では名探偵と自称している藤崎誠を誘い、
愛知県のN市に視察に来ていた。
視察の合間に定食屋で昼食を取っている時だった。
太田は向き直り、口をモグモグモグとさせ、グイッと飲み込んだ。
「お前、どんな推理してんだよ?」
「この人は真理に一番近い人だ」
「真理?」
太田は眉を寄せ、思いっきり顔をしかめた。
「そう真理、宇宙の真理に匹敵するぐらいの真理だ」
「じゃあ、研究費を計上しなきゃいけないな。
数十億円規模の」
太田は皮肉を藤崎にぶつけた。
普段、藤崎は政府が税金を無駄遣いし、
借金を膨らませていることを毛嫌いしていた。
「バカ言うなよ」と語気を強めた藤崎の言葉に、
太田は背を縮めた。
「そうだよな。
そんな金、今の政府に出せそうにない」
は~?と漏らし、藤崎は怪訝な顔をした。
「もっと必要だ。
日本の成長戦略になる」
「成長戦略?」
太田は目を輝かせた。
普段から日本経済を活性化し、政府の財政再建を考えていた。
「話を聞かせてくれ」
太田は藤崎に頭を下げた。
藤崎は太田に自分の推理を語った。
太田の背中で特徴がある笑い声が響いた。
その笑い声は『ひき笑い』と呼ばれる。
その笑い声が呼び水かのように観客の笑い声が巻き起こった。
20年が経った。
藤崎の推理通り、一番真理に近い男はノーベル賞を共同受賞した。
彼はいくつもの定理、方程式を確立した。
彼がよく口にしていた『笑いの方程式』だった。
話の間、緩急、かぶせ、はずし…を理論化していた。
政府は民間企業と協力し、研究を進めていたのだった。
その目的はAI(人工知能)の開発だった。
日本が開発したAIは世界でもっとも優れ、
そのAIを搭載したロボットは、人間の感情を持つと言われた。
それも当然だろう。
人間の感情で一番不可解なのは、怒り、悲しみ、感動などではなく、『笑い』だからだ。
このAIを搭載したロボットは日本経済を救った。
自動車に代わる輸出品になったのだ。
しかし、困ったこともあった。
各国のコメディアンが輸入禁止を訴えた。
『笑いの方程式』を持つロボットは世界で受けまくっていた。
しかし、日本では違った。
お笑いにこえた人々は首を振った。
「まだまだだな」と研究者たちも漏らした。
さらに、かすれた『ひき笑い』が今もテレビから聞こえてくる。
真理に近い男は、90歳に近づいても、さら真理に近づいていたのだった。
真剣に研究を進めるべきだと思うなあ~