目が覚めたら秋だった
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪」
生温い風を受けながら庭で真っ白なシーツを取り込んでいると縁側から奇妙な歌が聞こえてきた。
振り返ると後ろで3歳の娘がパタパタと足を揺らして歌っていた。
「何の歌?」
近付くと娘は黙って両手を伸ばす。
私はにっこり笑ってシーツを娘の上にばさっとかける。
娘はキャッキャッと笑いながらシーツの下で喜びに暴れる。
お日様の匂いが大好きな娘はシーツを取り込む度にこの「ばさっ」をねだる。
存分に暴れて気が済んだのか中のもこもこは動きを止め、シーツから娘が生まれる。
「あのね、あのね。あきをよんでるの。これうたうとあきくるの」
ほほう、それは初めてきいた。
「しーちゃん、早く秋が来て欲しいの?」
「うん、しーちゃん、もうなつあきた」
「あきちゃったかあ」
少し前まではプールにアイスに花火と夏に夢中だったはずなんだけど。
乱れた髪を手櫛でなおしてやりながら娘の横に腰掛ける。
今日もシーツ、ぐしゃぐしゃになっちゃったなあ。
ま、いいか、どうせパパのだし。
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪」
シーツにくるまりながら娘はまた歌い出す。
「それ、しーちゃんが考えたの?」
「うん、「いちびょう」でかんがえた」
「一秒で考えたかあ」
家の娘、天才じゃないだろうか。
親ばかに感心していると娘はくすくす笑いながら私にシーツごと覆いかぶさってきた。
お日様の匂いに包まれて二人で縁側に寝転がる。
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ しーちゃん、秋が来たら何したい?」
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ うんとね、おいもさんたべたい」
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ おいもさんかあ。 石焼き芋のおじさん、今年もくるかなあ」
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ くるよ、しーちゃんよんでくるから」
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ じゃあ、二人でこっそり食べようね。パパにはないしょで」
「あ~き、あ~き、あ~きよこい♪ でも、おならでばれちゃうよ?」
秋の歌がぐるぐるまわるシーツの中。
ゆったりとした空間にまぶたはだんだん下りてくる。
秋の歌はだんだん小さくなっていく。
歌声は寝息へ変わり、静けさに包まれる――。
「お~い、お二方~」
ゆさゆさと揺れる感覚と聞きなれた声に閉じていたまぶたは再び開いた。
「ん~?」
シーツから顔を出すとそこには苦笑する夫の姿が。
「二人でシーツにくるまって何してんの?」
ふわあと可愛いあくびの音がして、ひょっこり娘も顔を出す。
「あき、よんでたの」
ほわほわとした口調で娘が答えると夫は破顔した。
「なんじゃそりゃ、どういう……」
「しっ」
私は唇に手をやった。
『?』
二人は不思議そうに私を見る。
私は耳に手をやり、庭の方向を指さした。
リーンリーン。
届いてくる虫の声。
秋の虫の声。
娘はキラキラした目で私を見た。
私はにっこり笑った。
二人手を取り、一緒に歌う。
『あ~き、あ~き、あ~きよこい♪』
歌に応える様に涼しい風が家族の間を通り抜けて行く。
「ねえ、どういうこと?」
困ったように訊く夫に私達は唇に手をやった。
『パパにはないしょ』