1-5ある少女の旅の始まり
以前投稿していた1-4ある二人の旅の始まりを二分割したものです。内容的な変化は殆どありません。以前の内容が分かる方は飛ばしていただいて結構です。
【Side E 】
「(何故私が調査団の護衛など……。)」
青天白日。
―――天気や心情を表す際に用いられる言葉。だが今、この少女にとっては天気に限っての事。
背の高い樹木から木漏れ日が射し、少々冷えた空気も厚手の装備で固めた一行には、むしろ清々しく感じられる。しかし、そんな爽やかな天気と、調査団の警護に当たっている朱髪の騎士の心境は実に対照的だった。とある山村で起きた異変を調査するために組織されたこの一行の、最後尾を護りながら山を登りつつ、彼女は考え込んでいる
常に周囲を警戒するべきである護衛としてあるまじき行為であるが、思考の海に深く潜っている彼女の意識がその問題に及ぶことは無かった。
ここから暫くは、彼女の視点で物語を進めるとしよう。
第一部隊は他の部隊に比べて、護衛任務を除いたレーゼ城外での任務への参加は強制され難い筈。まして、既に護衛対象を持つ者に、特に今回の様に緊急で、それも他部隊との合同任務に参加命令が出るなど、バスカーク隊長ですら前代未聞だと言っていた。
私は『あの子』を護るために軍に入ったというのに……。いや、成らぬ堪忍するが堪忍という格言もある。ここで命令に背いては『あの子』の警護の任を解かれる恐れもある。なに、バスカーク隊長も言っていたではないか。私の代役はストレアム副隊長が務めてくださる。『源剣の』ウースリー・ストレアムと言えば、剣技において、国内で彼女の右に出る者はいないと言われる程の実力者。私が心配するだけおこがましいというものだ。
……だが、だがもしも、私の目の届かぬ所で『あの子』に何かあったら?万が一にも、ストレアム副隊長が対処しきれない状況が起きれば?近くにいられないせいで、後悔する可能性が少しでもあるのならば、やはりこの任務、無理にでも断るべきだったのでは?いや、しかし……
「―――ズ、おい――ロ―――?」
「だが、いや待て、もしも……。」
「エルナ!セラン!!フローーォオオズ!!!」
「はっ!?はい、何でしょうか!!」
「まったく・・・さっきからぶつぶつと、大丈夫なのか?おいスレイマン、エルナと場所を代われ。やっぱりこいつじゃ不安だ。エルナ、私と一緒に先頭に来い。私のサポートに着け。」
不覚。何をやっていたんだ私は。私は護衛であるのに、こんなことでは、『あの子』はおろか、この調査団すら護れない。先頭で警戒をしている筈の、今回の作戦隊長であるグラシアル二番隊長が、わざわざ最後尾まで来て私を叱咤したと言う事は、どうやらそれほどまでに酷い呆け方をしていたのだろう。たかだか新兵に、単独での後方警護を任せてくれたというのに、此方が見合った成果を出せないとは、恥ずかしくて『あの子』に顔向けできない。
私の代わりに後列に移る、ベテランのスレイマン隊員に一礼して、グラシアル隊長に伴われ先頭に向かう。
「申し訳ありませんグラシアル隊長。」
「まったく、任務に就いたからには、最初の一呼吸をするうちに気持ちを切り替えろ。だが、まぁ、お前のことだ、どうせ残してきた護衛対象の事が気になって頭から離れないんだろう?」
「ぐぅっ。」
何故こうも的確に図星をついて来るのだ、この人は。もしくは、私がそれほどまでに分かり易い性格をしているとでも言うのか。……そういえば、思い当たる節は幾らかあるな。姉さんも、私の『師匠』も、『あの子』も、何故か私が思っていることを理解していたように思う。単に彼女達が鋭いだけだと思っていたが、まさか。
「グラシアル隊長。」
「うん?お前は、此方が呆れ果ててモノが言えなくなるが逆に可哀想になって声を掛けてやりたくなる程度には、分かり易いし、愛い。」
「……まだ何も言っていません。」
し、質問の内容を読まれる程に分かり易いと言うのか、私はっ……。
グラシアル隊長は私の様子を、隠す様子も無くあからさまに面白がっている。ニヤニヤと人を小馬鹿にした笑顔を、褐色の肌を持つ顔に張り付けながら、嫌味なほどの長身を折り曲げて、私の顔を覗き込んで来る。
「クククッ、まったく、本当に愛い奴め。」
「頭を撫でないでください。女性同士とは言え、いい加減うちの隊長に抗議しますよ。」
このセクハラ女が、とは口には出さずに飲み込んで。無造作に此方に伸びてくる手を押し返すと、やれやれ、とばかりに彼女は大げさに肩を竦めて見せた。
「まあいい。それより、『あの方』とは何か話しをしてきたのか?出発前は、それはもう気持ちが悪いほどのニヤケ面だったが。」
「あ、はい、調査終了後ティンベルドに寄る予定だと聞いたので、土産をと思ったのですが。その旨を申し上げますと、『無事に帰ってきてくれればそれで十分』との勿体無いお言葉を頂きました。私が『傷一つ無い姿で帰還いたします』、と申し上げますと、『帰ったら、一緒にお茶を』とのことで……。」
嗚呼、やはり『あの子』は高貴だ、優しい、美しい。他者を心遣う、あの慈愛に満ちた眼差し。あれが天使のそれでなくて、何だと言うのだ。天上に響き渡る竪琴の様に耳を癒す声に比べれば、宮廷楽団の演奏なぞゴミにも劣る。そんな『あの子』の笑顔だけを糧に、私は生きて行ける。
ん?グラシアル隊長?なぜそんな目で私を見るのです?そんな見てはいけない物を唐突に見てしまった、と言うような目を止めていただきたい。心外です。
「惚気るなら帰ってからにしてくれ・・・・。まったく、ガキのクセに、あの方を語る時だけは妙に艶のある表情をするのだから。」
「え?すみません、聞き取れなかったのでもう一度お願いします」
「何でもない。さあ、先は長いぞ。シャキシャキ歩け。」
「・・・? はい。」
笑っていたと思えば、急に妙な表情になったり、情緒不安定か貴方は。あぁ、そう言えば。出発前から気にかかっていたことがある。この機会に質問しておこう。
「そう言えば、なぜグラシアル隊長自ら出られるのですか?隊長職にある方が、わざわざ出向かれる程の任務ではないように思うのですが。」
「ああ、話を聞く限り少々強力なケモノも出るらしくてな、私にも要請があったのだ。」
「ケモノ……。『記憶』の所有者たる貴方の力が必要なほどの?」
これが疑問だ。彼女は、グラシアル隊長は『十二天使の記憶』と呼ばれる、異能の力を持っている。それも、使いようによっては、単独で戦場を左右することもできるほどに強力な。故に彼女に対する国の扱いは、かなり慎重である。
しかも彼女は、本来、陸上に関しては第一部隊以上に出撃確率の低い第二海上戦闘部隊の長。今回の様な任務に参加することは極稀だ。そんな彼女が出る任務、何か裏があるのでは、と心配になっていたのだ。
「いや、あの地方には行ったことがある。確かに新人隊員ならば手を焼くだろうがその程度だ。まあ、保険だな。ついでに、海上では最近は大規模な戦闘も無いからな、海坊主も偶には陸に上がれ、と言う事だろうよ。」
「はぁ、そんなものですか。」
「クククッ、ああ、そんなものだ。」
そんなことより、とグラシアル隊長は続ける。
「土産の心配でもしておけ。いくら要らないと言ったとはいえ、貰って嬉しくない筈はないだろう。それに早く任務を済ませれば、それだけ帰りは早くなるのだぞ?」
言われて気付いた。そうか。何も言葉を鵜呑みにすることはないではないか。思えば『あの子』はどこか、人に遠慮するところがある。だが、相手の善意には、素直に喜ぶ感性を持っている。
幸いティンベルドには、知人の伝手で知った店が幾つかある。さり気なく、小洒落た工芸品でも買ってあげれば、『あの子』の私に対する好感度も鰻登りに。……ふふふふふ、そうと決まればこんな任務すぐに終わらせてやろう。待っていてください、私は、貴女のエルナはすぐに戻ります!
自分の護衛対象の笑顔を想像して上機嫌になる朱髪の騎士。晴れやかな顔の、キラキラ輝く蒼い双眼には曇り一つない。
青天白日。
―――天気や心情を表す際用いられる言葉。今は双方に使うことが出来そうで