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Foolish Mith  作者: 五島
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1-3 ある男の苛立ち

以前投稿していた1-3ある二人の戯れを二分割したものです。内容的な変化は殆どありません。以前の内容が分かる方は飛ばしていただいて結構です。

【Side R 】


 臨海都市ティンベルドの飲食店の構え方は、大きく三つに分類される。最も目立つのは、都市外からの観光客をターゲットとして、この街の代名詞とも言える港の傍や、人通りの多い通りに構えられた、ガイドブックに掲載されるような店舗だろう。また、日が傾き始めると、街に張り巡らされた水路に沿って所狭しと並べられる、華やかさの対極に位置する屋台の群れも、古き良き煙と汗の臭いを現代に残す物として、一部は国から承認と保護を受けて活動している。

 では、残るはどのような店舗か。そうそれは、普通の店。特有の煌びやかさもなく、特別な臭いもない、しかし老若男女の市民に支持され、足繁く通われる、そんな普通の店。

 入り組んだ路地の一角にある、この『ロブ爺の珍魚な厨房』も、出す料理としてはかなり特異な部類に入るものの、そんな普通の飲食店の一つである。しかし現状、この店の中は、善良な市民が寛げるような、普通の空間では無くなっていた。


 その立地故に、少ない明り取の窓から刺す光が、薄暗い店内に朦々と立ち上る埃に軌跡を残す。大破した机に、割れた食器に、それに男のうめき声。

 白目で口から泡を吹く男が一人。ひしゃげた鼻から血を流す男が一人。頭を壁にぶっ刺して、ピクリともしない男がこれまた一人。この死屍累々たる光景の原因を知るために、少々時間を遡ってみよう。



――――――



 年端もいかない子供の襟首を掴み上げるハゲ頭の厳つい男。その丸太のような腕を掴むのは、みすぼらしい怪人黒マント。訝しむハゲ男を、虚ろな表情で見上げる乞食の様な見た目の黒マントは、ゆっくりと、そのひび割れた唇を開いた。


「……お前、魚料理は好きか?俺は大好物なんだが。」


 掠れの無い、小さいながら良く通る声で紡がれた言葉が、壁際に避難していた客達には、一瞬場の空気と共に時間まで凍り付かせてしまったように思われた。余りにも予想外。それ以上に、余りにも場違い。

 明らかに自分よりも弱そうな部外者の、堂々たる意味不明な介入に、米神に青筋を浮かべたハゲ男は衣服についていた芋虫でも見つけた様な不快気な視線を、黒外套の男へと向けた。


「テメエの嗜好なんざ知ったこっちゃねえんだよ、この白髪モヤシが。それより、これは俺達とこのガキの問題だ、乞食は乞食らしく床の生ごみの出来損ないでも食らってやがれ。」

「そうか、五秒以内にここを出るといい。」

「ああ?」


 問答すら成立してない会話で、質問に対しての回答を受け取らず、何をもって『そうか』、とするのか。この黒外套は、果たして会話と言うものを理解しているのだろうか。相変わらず彼は、虚ろな表情でハゲ男を見上げている。その、いっそ薄気味悪い視線に、ハゲ男はこの黒外套の男は狂人の類である、と判断した。


 ティンベルドは人と物が集まる街だ。表向きの煌びやかなモノ事だけでなく、違法薬物や奇人変人狂人も例に漏れることは無く、この手合いの人間も掃いて捨てるほどに集まるのがこの街だ。

 さて、この黒外套を狂人とするとして、戦争で精神をやられた奴は喧騒の気配から遠ざかるし、薬をキメてるにしては地に足がついている。この様子ならば、生まれつきネジが飛んでる輩であろう。一々構う必要もなかったと、ハゲ男は後悔して、目障りな男の手を自身の腕から剥がしにかかった。


「いつまでも触ってんじゃねえよ。気違いは店の隅に引っ込ん―――」

「五秒経った」


瞬間、ハゲ頭の男の視界は反転した。


 男の頭部が弧を描き、先程自身が踏みつけた、料理だったモノに勢いよく突っ込む。この場にいる誰一人、いや、事を成した者を除いて誰一人、この展開を思い描く者はいなかっただろう。当事者たるハゲ男も、残り二人のチンピラも、店主も、客も、突然すぎる出来事に総じて呆けた表情をさらしている。

 ハゲ男に掴み上げられていた子供は、もっと訳が分からなかった。急に首に感じていた圧迫感が消えたかと思えば、それはいつの間にか腹部へと移っている。其方に目を向けると、革製の黒い手袋に覆われた腕が、自身の体を支えていて。いったこれはどうしたことか。


 この、黒外套の男は、その身長差を歯牙にもかけずに、ハゲ頭に足払いをかけ、かつ、背負い投げ飛ばしたのだ。その小脇に、助け出した子供を適当に抱えて。

 全ての観客に驚きをもって迎えられたこの黒外套の行為は、しかしながら、三人のチンピラ達との対立を明白にした。黒外套の男は決して小柄ではない。しかし、チンピラのリーダー格であるハゲ男は、更に頭一つ大きな巨漢。数の差、体格の差、傍目から見れば黒外套は、危険地帯に自らその足を踏み入れたことになる。

 それは子供を救出するための、勇気ある行動


「……一応、警告はした。つまりは、他人様の魚に何をするか。」


などではなく、単にこの黒外套の男の標的が、魚の切り身からチンピラ三人に変わっただけの話で。


 ぎぎ、と金属が擦れるような音がして、腕が悪いのだろうか、ややぎこちなく黒外套が子供を床に下ろす。正確には、落とした。子供が落下した堅い床板が、ドンっ、と音を立てたところで、漸く沈黙を破ったのは、怒りと赤い香辛料のソースで、頭を茹蛸のように染めたハゲ男だった。


「な……んな、なぁああにしやがる、こんのモヤシ野郎が!!」

「いきなり何のつもりだ、ああん!?」

「シャシャってんじゃねえぞこらあ!!」


 野太いその声に連鎖するように、取り巻きの二人、太った男と痩せすぎの男が、いかにも小物らしいセリフを怒鳴り散らす。しかし、当の黒外套の耳に、それが意味のある言葉として入ることは終ぞなかった。

 ふい、と無造作に彼が標的から視線を外す。その先には、落下した時と同じ姿勢のまま、未だポカンと口を開けたままの子供がいた。その姿に何か思うところがあったのだろうか、彼は腰を落として、子供のバンダナに包まれた頭を、皮手袋に覆われた左手で二三、ポンポンと撫ぜた。勿論のこと、その行動は、見事に無視されたチンピラ共の神経を逆撫でするわけで。


「おいこら、俺たち無視していい御身分だな、お!?乞食みてぇな恰好のクセに調子付きやがっ―――」

「やかましい。」

「―――おぶぅ!?」


 チンピラ達の内、最も横幅の太い男が奇声を上げる。見ればその鳩尾には深々と黒外套から伸びる脚が突き刺さっていた。


寸分違わぬ急所に容赦のかけらもない一撃。

 黒外套の男こと、レインは、これでも彼なりに、紳士的に、周りから見れば意味不明な上に理不尽極まりないだろうが、『警告』までしたのだ。極限の空腹、何の前触れもなく目の前の料理は吹き飛び、踏みつけられ。目の前には何やらガキを捕まえている、騒ぎを起こした阿保面共。養分の足りない脳味噌で、現状に付いていけなくなった彼は、早々に思考と言う行為を放棄していた。

 故に、ガキと阿保共の間に何が有ったかなど関係はなく。料理を台無しにしたこいつらは人間じゃあなくサンドバック。声は雑音に過ぎず、敵をすでに的としか見ていない彼の辞書からは、容赦も遠慮も同情も、ついでに言えば八つ当たりも、綺麗サッパリ削除済みだった。


 悶絶するデブを蹴倒すと、痩せた男がヒイッ、と短く悲鳴を上げる。その行為は、例えるならば、茂みに隠れた草食動物が、猛獣に向けて鳴き声を上げた様なもので。声に反応し、新たな的を探す血走った目がギョロリと動き、定まった。


「ふん!」

「ひょぶっ!?」


 獲物を見止めた黒外套は、逃げようとしたか、声を出そうとしたかの痩せ男の顔面に、即座に頭突き叩き込む。堅い額が顔の中央にめり込み、こきり、と乾いた音と共に鼻骨はへし折られ、鼻血を盛大に噴出した。黒外套は、くぐもった悲鳴を上げた痩せ男の顎に、追撃の左掌底を打ち込みそのまま夢の世界に送り出した。

 グルリと首が廻り、黒外套の視線がハゲ男へと向けられた。


「なな、な、なぁ、あ!?」


 ハゲ男には最早、目の前の男が只の乞食であるなどと、見なす事は不可能だった。足元の痩せ男を、邪魔だと言う様に蹴り飛ばしている黒外套が、狂人であるという認識に変わりはない。しかし、その狂った姿は、ハゲ男が想像していた虚ろのものなどでは決してなかった。

 ほんの数秒の内に二人の男を伸してしまった男のそれは、確かな意志を持ち、ただただ黒く。身に纏う衣服も黒く、身に纏う空気も黒く、それは明かりの少ない店内の薄暗闇に溶け込み、侵食していた。唯一、店内に薄ぼんやりと浮かび上がる、灰銀の頭髪と病的に白い肌は、見る者に幽鬼を連想させる。怒りに燃え、血が昇っていたハゲ男の表情は今や蒼ざめ、背中はジットリと冷や汗に濡れていた。

 それでも、とハゲ男は思った。今更引けない。こんな大勢の前で恥をかかされたまま逃げ出せば、明日から自分と同じティンベルドの小悪党共から、臆病者、と指をさされることになる。それは、ハゲ男のちっぽけなプライドが許さなかった。精一杯の虚勢を張り、恥も外聞も無く逃げ出したい恐怖を堪え、ハゲ男は目の前の幽鬼に向かって啖呵を切った。


「て、てめえモヤシ野郎!ティンベルド一の悪童と呼ばれた俺の舎弟をよくもやりや―――」


 ハゲ男が最後に見たのは、木の皿だっただろう。黒外套が足元にあった木製の食器を思い切り蹴り飛ばしたのだ。尋常でない速度で発射された皿は、見事にハゲ男の眉間に吸い込まれ、カコーン、と気持ちの良い音を立てる。そして、よろめいたハゲ男の顔面を、特攻を仕掛けて来た黒革の腕が鷲掴みにし、


「魚の恨み。」


勢いそのままに、それを壁へと叩き付けた。派手な音を立て、ハゲ頭は木製の壁を突き破る。ぴくぴくと二、三回痙攣した後、ハゲ男はそのまま動くことは無かった。



――――――



 かくして地獄絵図、とまでは行かなくとも、十分に飲食店に相応しくない光景が出来上がったのだ。店内に残っていた客を退散させた店主、ロブ爺は、ボロボロになった店内の真ん中に椅子を一脚起こして、どかりと其処に腰かける。扉は外れ、壁に穴は開き、床にヒビは入り、テーブルも滅茶苦茶。

 因みに、今この場に怪人黒マントの姿はない。ハゲ頭ごと店の壁をぶち壊した彼は、数秒固まっていたかと思うと、脱兎のごとく逃げ出したのだった。


「どっこいしゅぉっと。派手にやりよってからに、……これじゃあ明日は閉店かね、なあスティール嬢。」

「んー・・・ゴメンねロブ爺。」

「まさか初めての来店が、こんな形になるとはの。船長が嬢を一人で寄越すわけもない、大方、抜け出してきたんじゃろ。」

「はは、やっぱりロブ爺にはバレバレだね。」


 伸びているチンピラ共と、ロブ爺を除いてただ一人、店内に残っていたスティールと呼ばれた子供。ハゲ頭に掴み上げられていたその少女は、壁に背中をもたせかけたまま返答する。


 実のところ、怪人黒マントこと、レインの料理を机ごと吹き飛ばしたのは、この少女だと言っていい。故有ってチンピラ達に追い立てられていた彼女は、捕まった際に抵抗した。その為キレたハゲ男は、近くの壁に少女を叩き付けようとしたが、そこに丁度、ロブ爺の店の扉があり、扉をぶち破って店内に飛び込んだ少女は、机を巻き込んで、というわけである。

 そう考えると、ハゲ男の腕力も然る事ながら、彼女の頑丈さも大概であるが、まあ今は置いておこう。

 悪戯をした孫を咎めるような爺と、悪戯がばれた孫のような少女。やり取りから察するに、どうやらこの二人知り合い同士だったらしい。


「嬢はその辺で休んどれ。もう少ししたら船長も探しに来るじゃろう。」

「んーん、歩けるよーになったら自分で帰るよ。」

「そうけ。」


ふー……、と長い溜息をつき、ロブ爺は店の内装を見渡す。


「にしてもこの乱暴っぷり、姿形が似た奴は味の趣味だけじゃなく、性格そのものが似るのかね、こりゃ。」


 自身の店の惨状に関わらず、古い友人に出会ったような笑みを浮かべ、その顔に深くしわを刻むロブ爺。

 気を失ったままの男達の頭上では、場違いな鳩時計が、まぬけな声で鳴いていた。

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