幸せを踏み躙る者
今回の登場人物
ケイ・フォン・ノード
キュリア・トーデス
ヴィルヘルム・ラミン
レム・イルネス
ミリアーナ・フォン・ヴァレリア
今回の被害者名簿
ヴィルヘルム・ラミン
レムの両隣に座ってた女生徒(イクロア&ソメラ)
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―――ヴァレリア騎士養成学校―――
―――職員室―――
俺、ヴィルヘルム・ラミンは緊張していた。
それは、今日新しくやってくる新入生がいるから……ではない。
そんな事は俺の中では単なる瑣末ごとだ。
昨日取り逃がした不法侵入者の男くらいどうでもいい。
そんな事よりも!
俺は遂に昨日、絶賛片思い中のマリア先生に―――ラブレターを送ったのだ!!
俺は彼女がヴァ学に勤め始めた三年前から、俺のこの気持ちは変わらない。
俗に言う一目惚れだった。
それ故に俺は悩んだ―――俺は彼女の見れくれが好きなだけではないのか?
俺は自分で言うのも何だが硬派な人間だと思っている。
そんな俺が見てくれだけで決めるのか…?
だから俺は待つ事にした。
一年、二年、そして、三年……そして俺は理解した。
俺は彼女のすべてが好きであると!
いつも眠たそうにしているあの瞳も、
すべてを包み込むような優しい笑顔も、
緊張をほぐしてくれるおっとりな口調も、
俺はすべてが好きなのだ!
そして、そう理解してからの俺の行動は早かった。
何分俺は頭は良くない。
だからアドリブで直接告白しても無理だろう。
変な事を口走って終わるのが目に見えている。
だから、俺は時間をかけて手紙を書いた。
もう既に新学期から数日立っているが、それだけに自慢の出来だ。
正直後から思い返せば普段言わないよなキザなセリフも多々あったが。
俺の素直な気持ちなのだ。結局はそのままにしておいた。
手紙を書き終えた俺は、すぐにマリア先生を探した。
そして、丁度食堂で夕食を食べていたらしいマリア先生に手紙を渡した。
「かなり大切なもんだからよぉ、部屋で一人の時に読んでくれや」
こんな時はぶっきらぼうな自分の口調が嫌になる。
せめて、好きな相手と話す時くらいもう少し柔らかい話し方は出来ないのだろうか?
俺がそんな感じだったからか、
マリア先生もあの手紙がラブレターとは、欠片も思ってない感じだったしな。
まぁ、いい。いくら何でもあの手紙を読めば、
若干天然なマリア先生でも俺の気持ちに気付いてくれるだろう。
手紙には明日の放課後に返事を聞きに行きますと書いておいた。
まぁ、そんなわけで。
俺、ヴィルヘルム・ラミンは昨日の夜から、ずっと緊張しっぱなしだ。
遅れてきた新入生?
知るんかんなもん。ピーちゃん(実は雑食)の餌にしてやるわ。
しかし、そんな俺の緊張は―――吹き飛ばされる。
「………………」
「これから三年間、よろしくお願いしますねヴィルヘルム先生?」
「よろしくお願い致します」
………あ”?
「なんだテメェ、昨日の事で自首しに来たのか? それなら校長んとこ行ってこいや」
何でここに昨日の不法侵入者二人組がいんだよ。
「いやですねぇ~、
僕はただこれから三年間お世話になる、担任の先生にご挨拶しているだけですよ?」
「寝言は寝てから言えやゴミ屑野郎」
「相変わらず、聖職者とは思えない口の悪さですねヴィルヘルム先生は」
「テメェに先生呼ばわりされる記憶はねぇぞ?
そして、テメェこそ相変わらず口の減らねぇクソガキだな?」
このクソガキ今日は逃がさねぇぞ?
そう思いすぐさま捕まえようとするが、
「お待ち下さい」
メイドの言葉に動きを止められる。
「ヴィルヘルム先生。まずはこちらをご覧下さい」
そう言ってメイドが出してきたのはウチの学校の生徒手帳。
「はぁ、良く出来た偽物だなぁ。どこにこんなん売ってんだ?」
わざわざ顔写真まで貼ってやがる。
「正真正銘本物ですよ?」
いやぁ、それは厳しい嘘だぜメイドちゃんよぉ?
こんな変態に皮被せたみたいな野郎がこの学校に入学できるわけがねぇ。
これでも歴史と伝統と文化とアレやソレや色々ある学校なんだ。
最低限の素行調査くらいはしてるんだよ。まぁ…
「よしんば、メイドの方はいいとして―――クソガキィ、テメェはダメだ」
「参考までに何故かお教えしてもらってもよろしいですか?」
「俺が、テメェを―――気に入らねぇからだ」
「僕はむしろ貴方が本当に教師なのか疑い始めましたよ?」
ハッ!
何やらほざいてやがるが知ったこっちゃねぇ。
丁度校長もいるこったし、さっさと受け渡して俺はオサラバすっか。
「おぉい、校長ぉ。ちっと来てくれー」
「人を呼ぶ時は名前を呼ぶようにと、何時も言っていますよねヴィルヘルム先生?」
この学校の校長は一人しかいねぇんだからいいじゃねぇか。
「へいへい、以後気ィ付けますよ」
「それも何度聞いたセリフでしょう…。
まぁ、いいです。それで、何か用ですか?」
「ああ、こいつらの事なんだがよぉ…」
「見ての通りの問題児なので、よろしく頼みましたよ ヴィルヘルム先生?」
………………あ”?
それだけ言うと校長は去っていた。
あとに残されたのは口のふさがらない俺と―――新入生二人だった。
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―――ヴァレリア騎士養成学校―――
―――廊下―――
「いやぁ、初めての学生生活、楽しみですねキュリア?」
「ケイ様が何時まで耐えられるか本当に楽しみです」
「貴方はどうしても僕をイジメられっ子にしたいのですねぇ」
………………………。
………………。
………。
―――どうしてこうなった!?!?
ホワイ!?何故だ!?何故俺はこいつらと一緒に教室へ向かっている?
言うまでもない、こいつらが遅れてやってきた新入生だからだ。
は? え? いやいや、待て。落ち着け俺。
落ち着いて三行くらいで何故こうなったか考えるんだ。
①俺のクラスに今日新入生がやって来る。
②割りとどうでもよくて、俺はそれどころじゃなかった。
③ただの変態がやって来た。
よぉし、良く考えてもわからねぇ。
クッソ、しかも頭文字にスゲェ作為的なものを感じる。
「おや、どうやらここが私達の教室のようですよケイ様?」
「おぉ、ここが今日からの僕の学び舎なわけですね?」
いつの間にかもう教室に着いちまった。
くそぉ、どうすっかなぁ…。
………。
………………。
………………………。
よし。
「……お前ら、後で呼ぶから廊下で適当に待ってろ」
「分かりました。適当に待ってます」
「わざと忘れたりしないで下さいね?」
ッ!!
このメイド、読心術でも使えんのかよ!?
考えを読まれた事など、おくびも表情に出さず俺は教室に入る。
「よぉし、オメェら席に座r…」
「おぉ、いますいます。学生さんがわんさかといますよキュリア?」
「ざっと見て五十人程度でしょうか、意外と多いのですね」
こいつらには俺の言語が通じねぇのか?
「なに平然と入ってきてんだテメェら?」
「他人から与えられるチャンスに何の意味がありましょう?
チャンスと言うのは掴み取るものなのですよヴィルヘルム先生」
「出番が欲しければ、しゃしゃり出れば良いのです」
どうしよう、俺ぁ今初めて教師を辞めたいって思ったぜ?
「キュリア、今回は趣向を変えてお互いに他者紹介するのはどうでしょうか?」
「構いませんよ、ケイ様がそれを望まれるのでしたら」
そうこうしている内にも二人だけで話を進めていく。
「では、まずは僕からです。こちらにいるメイドはキュリア・トーデス。
見ての通りの無表情ですが、ドス黒い事しか考えてない人の皮をかぶった悪魔です」
「続いてこちらにいる執事服の変態は私の主のケイ様です。
見ての通り変態ですが、裏も表もなく全部変態ですので皆様どうぞお気を付け下さい」
あぁ、放課後が楽しみだなぁ…。
俺はもう半ば現実逃避に走っていた。
だが、そんな事すらあのクソガキは許さなかった。
「おや、先程から虚空を眺めて何をしてらっしゃるのですかヴィルヘルム先生?」
「今日が終われば俺にも幸せが待ってんだなぁ、と」
「うん?……あぁ、なるほど。そういう事ですか…」
常にヘラヘラ笑ってる顔を、含みのある気味のわりぃ笑顔に切り替えて。
あのクソガキはただ一節―――唱えた。
「『嗚呼、貴女はまるで空に浮かぶ太陽のようでもあり月のようでも…』」
「ッしゃああああああああああああああああああ!!!!!
授業始めっぞごらぁあああ!!クソガキとメイドはとっとと席につけぇえええ!!」
なんでだぁああああああああああああああ!?
なんで、あいつが手紙の中のキザセリフ知ってんだぁああああああああ!?!?
―――どうしてこうなったぁあああああああああああ?!!!?
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まさか、ヴィルヘルム先生がマリア先生に御執心だとは思いませんでしたね。
いかに僕でもあの手紙を見なければ気付かなかったでしょう。
しかし、僕は何の因果があの手紙を手に入れてしまった。
そして、中身を見てしまった。暗記するほど読み返してしまった。
だからもう、これは仕方がない事なのだ―――イヒ♪
―――たっぷり楽しませてもらいましょう!!
「授業はいいのですが、僕らの席はどこでしょうか?」
「後ろの方だ! 誰も座ってねぇとこがあんだろぉが!」
「分かりました」
教室には三人一組で座る長机が教卓に向かって二つあり、
それが下の様にズラリと十列ほど並んでいる。
出入
┃学┃学┃学 ┃ ┃ ┃
┃生┃ ┃ ┃ ┃ ┃
教 中略
卓 ………
┃学┃㋹┃学 ┃学┃ ┃
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
↑
↑コレ長机ね
しかし、先生の言う様に後ろの二列ほどは誰も座っていない。
長机は床に固定されている為、生徒数に合わせて出し入れできないのだ。
また、机二列ごとに一段段差があり、後ろの席でも見えやすい様になっている。
後ろの席になった僕にはありがたい事だ。
が、しかし、僕はその恩恵を敢えて受け取らない。
前から二列目、レムの座る長机で僕は立ち止まる。
「…? どうかしたのかケイ?
私の顔に何か付いていたりするのか?」
レムは不思議そうに聞いてくる。
「いや、ただこの席は良いなぁ、思ってね?」
「貴方の席は後ろの空席でしょう!」
「レム様の隣は渡さないわよ!!」
僕の一言にレムの両隣に座る女子生徒が敏感に反応してくる。
「いやいや、別に僕は手も出さないし足も出さないよ。
ところで君達は、イクロアさんとソメラさんで間違いないかな?」
僕は爽やかな笑顔で問いかける。
「何ニヤついてんのよ!」
僕の爽やかスマイルは彼女らには通じないらしい。
じゃ、いいや。いっそヘラヘラ笑っておこう。
「それより、アンタなんで私達の名前知ってんのよ!!」
「クラスメイトの名前を覚えようと必死だったのさ♪
ところで、君達は確かお互いにルームメイトだったよね?」
ヘラヘラ笑って僕は問う。
「な、何でそんな事まで知って…!」
「いやぁ、隠し物はもっと手の込んだ所に隠した方が良いと僕は思いますよ?
床に穴を空ける工夫は良いですが、アレでは床に違和感を感じた誰かにバレますねぇ」
そう、例えば僕とかに。
大怪盗たる僕が、床の違いに気付かない訳がないではないですか。
「な、何でアンタがレム様グッz…」
「馬鹿! 何言ってんのソメラ!」
おやおや~?
人に見られては困るものでもあったんでしょうかね?
例えば自作したレムの人形とか♪
「いやいや、こんな所でする話でもありませんでしたね。これは失礼。
…いやぁ、しかし。この席は本当に良い席ですねぇ、お二人もそう思いませんか?」
ヘラヘラ、ヘラヘラ。
「ケイ様は将来、絶対嬲り殺しにされると私は思いますよ?」
「何を言っているのか僕にはさっぱりですよ?
しかしまぁ、イクロアさんもソメラさんも優しい人ですね。
こんな僕にこんな前の席を譲ってくれるだなんて♪」
本当になんて心優しい方々なのだろう。
「ちなみにどの程度は やれるのですか?」
「全学年の女子の八割くらいですかね?」
他人には絶対知られたくない秘密。
一つや二つは誰でも抱えているものですからね♪
「……いつもみたいに全員ではないのですか?」
「あからさまに触れない方がいいのもありましたからねぇ…」
なんか手の平に乗るくらいの赤ちゃんの頭蓋骨とか、
用途不明の黄色い血液的な何かなど、いくら僕でも怖くて手が出せませんよ。
「先程からケイ達は何の話をしているのだ?」
「ここのクラスは良い人ばかりだなぁ、と話していたのですよ」
「そうか…うん、そうだな。皆手作りのお菓子をくれたり、
こんな私を褒めてくれたり、ウチのクラスの皆はとても優しい人ばかりだよ」
レムはホント愛されてるんですねー。
「俺ぁ、後ろの席に行け、つったんだがなぁ?」
「何か問題があるのですか? あの二人も合意の上ですよ?」
「いや、ありゃどう見ても脅s…」
「『嗚呼、貴女は花に囲まれた華のようd…」
「っしゃああああああああああああ!!!!
今日は軽く世界の常識をおさらいだぁあああああああああ!!!!」
全く、ヴィルヘルム先生も少し学習してくれると嬉しいですね。
かくして、僕の初めての授業は始まった。
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はい、というわけでゲス回でした。
次回は授業という名の設定話になると思います。
あんまり面白くないと思うけど、どうか生温かい目で見守ってやって下さい。