第六話・真実を悟る者 Ⅰ
城下街に小さな店を構えているチェスティア商店の歴史は古く、シュヴスが王国領になる前までさかのぼる。
十五代国王の時、都市国家として栄えていたシュヴスの商業を担っていた。
元首一族の血筋が途絶え、内部紛争が起こった頃に王国の介入を以て鎮め、それをきっかけに王国領となった。
独立意識の強いシュヴスの住民達をいさめ、貴族領ではなく王直轄領とするように交渉したのは当時のチェスティア家当主だった。
それだけ、信頼されていた。
代々チェスティア家の当主は無欲な人格者として知られ、人望も厚かった。
事業の拡大や権力を求めることはなく、慈善事業として孤児院や職業訓練施設を経営していた。チェスティア家が経営する施設で育った者達は、ほとんどがチェスティア家に何らかの形で貢献していた。
隣のサイハラで、事業を起こす者もいるので、事業拡大を意図的ではなく行っている結果になっていた。
契約農場は古くからの友人であるザウ家(ライアンの家)だけだが、自営農場を持っているため、他の商家が台頭してきても焦る必要がなかった。さらに言えば、チェスティア家の先代フィート=チェスティアは当時のギルド長と友人だった。
だからこそ、のんびりとした家族経営を続けられていた。
しかし、老齢であるためにギルド長の位から降り、モーリス商団の代表マウリシオ=モーリスがギルド長になったことでチェスティア商店は危機的状況に立たされた。
信頼と人望厚いチェスティアを最初は商団に入れようとしたマウリシオは、再三にわたる要請をはねのけられ続けたことで敵対に入った。
悪いことに、友好的だった先代ギルド長が、ギルド内部の人間であって商人ではなかったため、モーリス商団を止められる者がいなかった。しかも、ギルドからも引退し、その数年後、病死してしまったのが拍車をかけた。
結果、ザウ家は潰されてしまった。だが、援助のためにライアンを下働きとして雇ったりするなど、チェスティア家には余裕があった。
そして、チェスティア商店はその規模を縮小しながらも、まだ、しっかりとシュヴスに店を構えて存続していた。
※※※
チェスティア商店は、ここ数年で顧客の九割九分をモーリス商団に奪われ、新規の客を得ることも出来ず、閑散としていた。
受付にいた女性は、元は孤児でチェスティア家に世話になって成人し、以降は恩返しのために商店で働いていた。ここ数年、暇を持て余していた女性は、玄関口に立つ存在に半ば呆然とする。
「店主はいるだろうか?」
春用の薄手のコートを着込み、フードをかぶった存在の問いかけに、数瞬の間をおいて女性は大慌てで奥へと引っ込んだ。
店主を呼びに行ったであろう女性に苦笑をこぼして、フードを後ろへ払う。
こじんまりとした店の内部は質素で清潔な印象を受け、高価な絹織物を扱っているようには見えない。
(だが、落ち着く、穏やかな雰囲気だ…)
ほっと息をついた時、受付の女性とともに一人の少女が姿を現した。
少女を見て、驚いたように一瞬目を丸くして、笑みを作る。
「初めまして、チェスティア家当主殿。こちらに縁ある財務の官吏殿から紹介を受けてきた」
言葉に、受付の女性は誰のことか思い至ったのか、怪訝そうだった表情が明るくなる。
だが、少女は表情を強張らせたままで自分と同年代の存在を見つめる。
「話がしたい。貴方達の知る、シュヴスの商業について」
「分かりました。奥へどうぞ」
言葉の中に含まれるものをどれだけ理解したのか、少女は即座に応じた。
笑みを深め、見つめた先で少女が恭しく一礼した。
「私は、チェスティア商店店主プリシラ=チェスティアと申します。ご来訪、光栄に存じます。殿下」
声を低く、外には聞こえないようにと配慮され紡がれた言葉に、受付の女性は息をのんで硬直した。
対するエリーサは、瞳を細める。
「堅苦しいのは嫌いなんだ。気楽にしていただいて結構だ、プリシラ殿」
ゆっくりと顔を上げたプリシラは、射るような視線を向ける。
それを受け止めたエリーサは、何かを探るような視線を向ける。
イウリアとライアンの会合から二日後、エリーサは補佐であるドナルドの了解を得てチェスティア商店を訪れた。名目は、街を見てみたいということで。
つけられた護衛は早々にまき、一人で店の門をくぐった。
店主は一年前に他界したフィート=チェスティアの一人娘、プリシラ=チェスティア。
一週間前、エリーサが領境の街で見た、染料の卸業者に高額を吹っかけられていた少女だ。
エリーサとしては、一方的に見憶えている感覚だった。
だが、プリシラの方も、自分を見ていた旅人を覚えていた。
その旅人が、何かを知るためにやってきた。そして、とあるつてから伝わっていた情報を元に組み立てた推測を持って、プリシラはエリーサへの対応を選択した。
王族に対する物に。
わずかな情報と言葉で、エリーサを王女と見抜いたプリシラを見て、期待する。
卑屈にならず、おもねらず、力強い視線を向けられることが、嬉しかった。
この時、エリーサとプリシラは十五歳。誕生日を迎えれば十六歳。
成人したばかりの年若い二人は、互いに知るべきことと知っていることを語る為、正面から向かい合った。