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第9話 朝日に轟く悲壮な獣の咆哮

相川翔太 その4




「はぁ~。」


 どうしてあんな事言ってしまったんだろう。


「はぁ~。」


 何もあんな風に言わなくても良かったのに。


「はぁ~。」


 さっきからため息が止まらないけど、それって仕方ないよ。



 よりこちゃんを部屋から追い出した後、下の階では大騒ぎだった。

 母さんがよりこちゃんの様子に慌てて、何があったか聞いたそうだが、返事をせずにそのまま家から出て行ったらしい。

 しかも、カバンを持たず、靴も忘れていったそうだ。


 靴を忘れてって......。どれだけショックだったんだろう。僕には計り知れない。


 それにしても、そんなに僕が怒ったのがショックだったのかな?

 確かに僕って、普段は全然大人しい。暗いっていうんだろうけど。

 そんな僕があんなに大声を張り上げて怒ったのがそんなにショックだったって事?

 それとも勢い余って尻餅付かせちゃった事かもしれない。やっぱり相当痛かったんだ。


 それに母さん、よりこちゃん「笑ってた」よって言っていた。


 最初、だから何だよって思ったけど、

 思い出したんだ。


 そうだ。よりこちゃんって「笑う」んだって。


 いつからだったか、もう忘れてしまったけど、よりこちゃんは昔から辛い時や悲しい時、どうしていいか分からない時に「笑う」変な癖があったんだ。

  泣いてもいい様な時でも「笑って」しまうから、なまじ西洋人形みたいに無茶苦茶整った顔立ちだったのも手伝って、より不気味さが増して、気味悪がられて誰も寄って来なかったんだ。

 あの悪い癖は確か小学校半ばで無くなったと思ってたけど、まだ直って無かったんだ......。


 馬鹿にされていたと思っていたけど、違ったんだ。あれは多分、僕の怒った姿が怖かったから、それで「笑って」しまったんだ。


「はぁ~。」


 僕はもう一度ため息をついた。

 幼馴染の癖を忘れてしまった僕。初恋の人だっていうのに、そんなよりこちゃんの癖を忘れてしまうなんて、最低だ。

 最低だし、とんだ大馬鹿だ。デブだしオタクだしキモいしフサイクだし、後ダサいって良く言われるし。それに自分が一番嫌いな暴力を振るって女の子を怖がらせてしまった。

 本当、僕ってどうしようもない駄目な男だ。


 いっそ消えて無くなればいいのにと思ってしまう。その方が世の為人の為だろう。

 そんな風に思ってしまう程、僕は落ち込んでいた。


 母さんはカンカンに怒って、僕が悪いって話も聞かずに責められた。事情は流石に話せなかったから聞かれなくて良かったし、話を聞かれても母さんの事だから、僕が悪いって言うに決まってる。それに大体僕が一番そう思ってるんだもの。


 それに、よりこちゃんが忘れていったカバンと靴。これを彼女に渡さなければいけない。

 

 怒った母さんは、朝ごはんを食べさせてくれず「早く学校に行って渡してきなさい」って言った。

 僕がせめて弁当くらいは欲しいって言ったけど「よりこちゃんが許してくれたらね」って言い返された。

 母さん......。

 例え、よりこちゃんが許してくれても、弁当は家から持っていかないと食べられないよ......。


 まあ、それだけ母さんが怒っていたって事だろうけどね。



「はぁ~。」



 爽やかな風が通り、穏やかな光が差すいつもより早い通学路で、僕は今日一番深いため息を吐いた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 学校に着いた僕は、取り合えず自分の荷物を教室に置きに行く。

 やはりいつもより早いから、クラスメートも全員は来ておらず、どちらかというと疎らだ。

 自分の席を見やると、その隣にお馴染みの「妖精」がちょこんと可愛らしく座っているのを見つける。


「妖精」

「天使」


 それ以外にも色々言われてるけど、つまり誰の事かというと。


「あっ、翔太じゃんっ! どしたの? 早いね。」


 向日葵が咲いた様に、こんなどうしようもない僕に明るく笑いかけてくれる無邪気な「天使」

 リリィ・アンダーソン、僕の親友だ。


 彼女は自分の事「それなりに」可愛いと思ってるけど、そんなの大間違いだ。

「それなり」どころか、それこそ可愛いだなんてもんじゃない。

「妖精」「天使」

 これらのあだ名は、別に身内贔屓で僕が付けたわけではない。気が付けばいつの間にか付いていた名前で、僕の居た中学校やこの学校の「妖精」もしくは「天使」っていえば「リリィ」の事、って言うくらい皆知ってるあだ名だ。


 透けて輝くように白い肌、色の混じらない美しいブロンド、低い身長の割りにスラリと長い手足、小さな頭に、幼さを色濃く残しながらも顔は美しく整い過ぎている。

 正しく「妖精」といっていい。言い過ぎなんかじゃない。

 それだけ、リリィは可愛いんだ。


 よりこちゃんが、セクシーでクールビューティーな学校の「アイドル」だとしたら、リリィは、ロリータフェイスとエンジェルスマイルがトレードマークの学校の「マスコット」だ。


 でも、本人はまるきり分かっていないけど、性格が結構排他的だから付き合う人を選ぶ。しかも、「それなり」だと思ってる自分の容姿を、軽い気持ちで鼻にかけているから、女の子にはとことん受けが悪いみたいだ。

 僕だって、北澤先輩みたいなあんなとっても格好良い人に、容姿を鼻に掛けた様な物言いをされたら絶対気分が悪いから、彼女達の気持ちはとても良くわかる。間違ってもお近づきになりたくない。だけど、それでも可愛いとか、そういうとこ気にしない子は、少なくてもいるみたいで、全くの一人ぼっちって事は無い。少ないながらもクラスメートと会話するし。知り合い以上、友達未満って子が最近増えてきた様に思う。

 友達が基本的にリリィしかいない僕とは大違い。


 そして、でもというか、やっぱりというか、男子には物凄く人気が高いみたいだ。だから結構告白されたりしてるみたい。

 毎週日曜日に二人で遊んでいるんだけど、その時に、今週は何人に告白された、確か先週は何人に告白されたって一々教えてくれる。

 僕の気持ちも知らないで......。

 言って無いから知らないのは当たり前だけど、キツ過ぎるよ......。


 キツいで思い出したけど、リリィってば口が悪い。

 僕に対して「キモい」とか「デブオタ」だとか「ダサい」とかいう。慣れっこだけど。

 彼女の口が悪いのは昔からだから、それを知ってる僕は全然気にならないけど、天使の様な彼女の笑顔から聞こえてくる罵詈雑言に、顔を引きつらせて去って行く人が後を絶たない。


 それから、僕の書いた小説を音読させたがる。

 自分の書いた小説を音読って......。どんな拷問だよ。

「ワタシニホンゴマダヨクワカラナイカラ」って言われたけど嘘吐けよ!

 絶対分かってるよ。普段は普通に喋ってるよ、ねぇ?そんな適当な嘘吐いてまで、苦しむ僕の姿を見て楽しみたいのか?

 まあ、大体そういう時は日本語の勉強をすると言って、小説が見やすい様に僕に背を預けて密着してくるから、僕としても役得......なんだけど......。

 何というか、好きな子が腕の中にいるってだけで......。それに居心地が悪いのか、頻繁に身をよじったりするからもう......。

 なんとか気付かれていないみたいだから良かったけど。


 後、この間は、ついつい僕が眠ってしまっていた間に、好奇心からか悪戯心からなのかわからないけど、僕の部屋からエロ本を見つけ出し、不潔に思って怒ったんだろうか、窓から全部投げ捨てたらしくて、下で洗濯物を取り込んでいた母さんに見つかった。

 僕はその後リリィが帰っても眠ったままで、起きて1階のリビングに降りていったら、テーブルの上にそれが積み上げられていた。


 ほんと、あの後大変だったんだからねっ!


 生暖かい目で見守る父さんと、鬼の様に怒った母さんとの板ばさみで泣きそうだった。


 まあ、それでも、別の場所に隠してあったロリコン漫画は発見されずに済んだみたいだけど......。

 もし、あれを見つけられていたら、僕の人生終わってた。色んな意味で終わってた。

 あれは見つからない内に、違うどこか、絶対にバレない場所に隠しておこう。


 それはさておき


 リリィは告白されても全員振ってしまうみたいだ。今まで一度としてOKしたなんて聞いた事が無い。

 性格が合わないだとか、顔が気に入らないだとか、いう。

 確かにリリィくらい可愛い女の子に釣り合う人って中々いないと思う。この学校じゃ北澤先輩くらいのものだろう。


 北澤先輩とリリィかぁ......。


 僕は、ロックミュージシャンや男性アイドルみたいに格好良くて背の高くてすらりと、でもがっしりした先輩と、天使みたいな可愛いリリィとが仲良く手を繋いで歩く姿を想像してみた。

 体の大きさが違って、ある意味兄妹みたいだけど、でも髪や顔が全然違うからそうじゃ無い感じで、釣り合わない様なお似合いの様な美男美女のカップル......。

 アニメや漫画の世界みたいだ。それってちょっと憧れちゃうな。

 やっぱりリリィも先輩みたいな格好良い人がいいんだろうか......? ってそりゃそうか。イケメンが嫌いな女の子なんていないよね。


 それか、もしかしたら、もうすでに誰かと付き合っているのかも、高校に入ってから入ったバイト先、店長がイケメンなのにロリコンでウザいとか言ってたけど、もしかしたら、あれって一種の惚気なのかな? なんて想像したりする。


 リリィって、いつでも天邪鬼だから本心なんて分からない。


 というか、自分の好きな子が、もしかしたら他の男と付き合ってるとか嫌な想像だな、憂鬱な気持ちになっちゃうよ。


「ねぇ、翔太どうしたの? ずっと見つめて......。何? 考え事?」


 はっとする。

 僕はリリィをずっと見つめたままだった。

 しまったな。「キモい」って思われたかも。


「何よ~。何考えてたの~、教えなよ~。」


 そう言われても......。まさか「リリィって誰かと付き合ってるの?」とか、そんな聞いたら後悔しそうな事、僕の口からは言えないし。


「なに~。私に言えないっての......? なによ~私に言えない事って一体なんなの......って、まさか翔太っ!」


 最後の方は大声になったリリィが、何かに気が付いて驚いた様な顔をした。

 ハッとしたような顔っていえばいいのかな。


 すると、それを合図にした様に教室がしんと静まり返った。


 偶にこういう偶然ってあるよね。誰も意図していないのに何故だかクラスメートが一斉に黙る事。そして、皆一斉に笑い出すんだ。これって学校あるあるだよね。


 それから更に不思議な事に、クラスメート全員が僕らをみているような気がする。

 自意識過剰かな?


 あれ? 皆、黙ったままだな。


 そして何故か、リリィは少し俯き加減になり、さっきとは打って変わって恥ずかしそうで、でも何だか物凄く嬉しそうだ。

 顔のにやにやが隠しきれていない。何だか悪巧みしている時の顔に似ているかも。

 そして、意を決した様に顔を上げ、少し泣いているような、でも零れんばかりの笑顔で言った。


「そう......なのね......やっと、なのね。私、実は......翔太から言われるの待ってたの......ずっと、待ってたんだ......私、嬉しいっ! 凄く嬉しい! 私も......実は......実は、そうなの、そうなんだよっ!」


 そうなんだ。


 いや、何が「そう」なのかは分からないけど。


 でも、そんな僕とは違ってクラスの皆は何が「そう」かわかったみたいで、静まり返っていた教室はにわかに騒がしくなった。


「そうとかないわー」とか「ええ~リリィってそうだったんだぁ......。」とか「そう......なのかっ!?嘘だろ!?」とか「アンダーソンさんってそうなんだ、趣味わる~い。」とか「いや、普段の態度見てればそうだってわかるだろ、常識的に考えて。」とか色々聞こえるけど、寝不足の僕の頭では意味がわからないよ。


 だから、その「そう」ってなんだよ「そう」って。



…………って



「あっ! そうだったんだっ!」


「やっぱりっ!? そうなのねっ!?」


「うんっ! そうだった!」


 僕がそう言うと、リリィは心底嬉しそうな顔をした。そんなに、そんなに喜んでくれるなんて、僕は意外に思ってしまう。


 そうだ、そうだ、そうだったんだ。


 その事に気付いてしまった僕は、駆ける様に、勢いを付けて彼女に近いた。


 二人の距離が一気に縮まる。


 その僕の仕草に少し驚く彼女。


 そんな彼女の様子に、少し罪悪感を覚える。


 でも、もうゆっくりとなんか出来ない。


 僕が近づくと、リリィはそっとその小さな手を胸の前で祈る様に組み、少し見上げるように顔を上げ、可憐で薄く瑞々しい唇をつぐみ、ゆっくりと瞳を閉じる。


 僕はそっと、そんな彼女の肩を掴んだ。


 もう、本当に、居ても立ってもいられない。


 そして、少し震えるリリィ。


 でも瞳は閉じたまま、動かないでいる。


 ごめんね、ごめんねリリィ。


 その僕達の様子に驚いたのか、再びしんとなる教室。


 もうこんなに時間が経ってしまっていたんだね。


 今まで気が付かなかったよ。


 本当、彼女には、悪い事をしてしまったな。


 謝らないといけないや。

 

 そうだった、そうだったんだ。


 忘れてた。


 そして、僕は、震える瞳の彼女に告げた。














「ごめんっ! リリィっ! カバンの教科書、机に仕舞っといてっ!」



「へ?」


 閉じていた口を開け、少し間の抜けた表情になっているリリィ。その姿は安心しているようにも見える。

 ごめん、ごめんよ。

 怖がらせてしまったね。


 僕って最低だ。

 こんな大きな体の男が、勢い良く近づいたら、小さな彼女が怖がるのはわかっているのに。

 しかも雑用まで頼んで......。


 でも、でも、まだまだ時間があるとはいえ、悠長にはしていられない。

 カバンと靴をよりこちゃんに届けないといけないし、それに今朝の事も謝らなくちゃいけないんだ。

 もたもたしてたら、朝のHRが始まっちゃうかもしれないし、急がないといけないんだ。


 まだ少し、放心しているようなリリィに自分のカバンを半ば無理矢理押し付けて、よりこちゃんの靴とカバンを持つ。


「ごめん、リリィ。悪いけど宜しくね。」


「あ? う、うん。」


 未だぼーっとしているリリィを尻目に、僕は急いで教室を出た。二つ隣にある、よりこちゃんがいる4組の教室に向かう為に。



 教室を出た僕の背中に、クラスメートの「ないわー」「それはないわー」って声が聞こえた。


 そんな声を腹立たしく思い、つい言った。


「何が『ない』っていうんだっ! 僕には『時間がない』んだっ!!!」


 普段の僕らしからぬ大きな声、焦っているから仕方が無い。でも、言った所で僕はふと気付く。


 あれ?

 今僕、上手いこと言ったな。




 その僕の余りの切り返しの上手さに驚いたのか、そこで僕を責める様な声は、凍りついた様にピタリと止んだ。






……そして、僕が4組の教室に辿り着いた時


 僕の居た2組の教室から


 女性の嘆きの様な


 とても悲しい


 獣の叫び声が聞こえた......。




 リリィェ......。


 次も相川翔太です。


 ていうか、こんなシーンどっかでみたなw

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