第7話 暴かれた二律背反
リリィ・アンダーソン その2
私は通学路を歩いている。
朝の光が眩しい。
いつもより少し早いから、逆光が目にしみる。
今日はなんだか、いつもより少し早く目が覚めてしまったので、他にする事も無いから早めに登校している。
もしかしたら、バイトが上手くいかなかったからそれでかも。
昨日もバイトは最悪だった。
注文を取り違えたり、ベタにお皿を割ってしまったり、悪っぽい男の客に言い寄られたり。
それから色目を使ってくるロリコン店長。えこひいきされても迷惑なだけだし、しかもそれを妬んでいるのか、先輩からの風当たりも悪い。ロリコンの癖にイケメンで、女の子に人気だから尚性質が悪い。
唯一同期で入った同い年の女の子は、私の事を心配してくれるけど......。何か変。
最近わかってきたんだけど、あれは私の事を子供か何かだと思っているな。体が小さいからなんだろうけど、一応私も高校生ですよ?
それに日本語もまだ完全に喋れるわけじゃないから、時々片言みたいになったり、子供みたいな言い廻しをしたりする事がある。
なのでもしかしたら、私の事を頭の弱い子って思ってるのかも。
そういえば、この間入ってきた後輩も私の事子供扱いしたりして「リリィちゃん」とか呼ぶんだ。
何だか舐められてるなぁとか思う。
でも、自分的にそういうキャラって嫌いじゃ無いし、お陰で得する事もある。
売れ残りのケーキを貰ったり、買ったはいいが小さすぎて着れ無い服を貰ったり出来るし。
って、それは違うか。
それは貧乏キャラの方だ。
それにしても貧乏って本当に辛い。
今でこそ少しは余裕も出てきたが、私がバイトを始める前までは本当にきつかった。
ママは基本的にお金の管理が苦手で、料理もあんまり出来ない。
小学生の内は、朝にごはんとメザシ一匹と沢庵数切れとかみたいなのはザラだったし、給料日前にはパンの耳に醤油を漬けてってのもわりとあった。
日本食が苦手とかそんな次元じゃ無いぞ!
ていうか、量と質さえ良かったら日本食最高っ! って感じだ。
なので、パンの耳に醤油は未だにトラウマだ。ケーキとかは好きだけど、パン全般が嫌いになってしまったのも仕方ないと思う。
中学生になってから私が家計管理やら食事係りやらをするようになって、いくらかマシになったが、如何せんお金無いので贅沢出来ない。お弁当はご飯と玉子焼きだけ、みたい日も結構あった。
でも、そんな日は一緒にご飯を食べていた翔太のおかずを強奪したけどね。
あんなに良い物ばっかり食べて......。
だから太るんだぞ!
食事事情はそんなとこ、もっと酷いのは衣類だ。
何とか下着だけは定期的に買えているけど、服は全然だ。
大体いつも家では中学の時のジャージだし。
体型が小学生の頃から殆ど変わらないから不便は無いけれど、私だって女の子なんだから少しくらいはオシャレしたい。今持っている自分で買った服は全て向こうから持ってきたもので、それも全て子供用だ。
マジで勘弁して......。
越して来て以来、私が自分で買った物は制服くらいで、後は全部貰い物。
送り主の為に、趣味の合わない服も時には着なくてはならないから結構大変。
中でも特に酷いのが翔太から貰うプレゼントだ。私が翔太に「服が無い」と言ったら、誕生日とハロウィーンとクリスマス。年に3回服をプレゼントしてくれる様になったんだけど、そのデザインはどれもピンク色のダッサい奴。
何でピンクなのかというと、多分私の持って来た服にピンク色の物が多かったからだろう。小学生の時は毎日着ていたし。
でもあれは私の趣味では無く、ママの趣味なんだけど......。でもそんなの、オシャレに疎い翔太にはわからないだろうけどね。
翔太のピンクダサい服は、翔太の家にお呼ばれする時か、翔太が家に来る時くらいしか着ない。それ以外は大体タンスの中に仕舞われている。
…………大事に。
でも、この服を着ていくと、翔太は決まって「可愛いよ」だとか「似合ってるよ」とか言ってくれる。
キモオタダサ男の癖にコイてるんじゃねぇ! とか思うけど、反面、物凄く嬉しい自分もいたりして......。
そんな風に言ってくれるから、ダサいと知りつつ着ていく自分が居たりして......。
ま、まあ、翔太とだったら、仮にそれがペアルックだったとしても。
あの物凄く恥ずかしくてありえないペアルックであったとしても、許せるわけで......。
ペ......ペアルック......翔太と......。
「いいっ!」
はっ!
私は今、何を言って!?
あっ、よだれよだれ。
ごほんっ。
ああ、何の話だっけ?
子供の話だっけ?
そういえば、中学生の時に新聞配達のアルバイト募集があったので、面接に行ってみたらすげなく断られた事がある。
どうやら体の大きさを見て小学生だと間違われてしまったようだ。
やっぱり子供に見えるってのは不利だ。お陰で仕事にありつけなかった。
本当、子供は嫌だぁ~。子供は嫌だよ~。
ああ~でも、体が小さいから翔太の足の間に座って本を読んで貰ったりも出来る。
すっぽりはまってご機嫌だし、大きなお腹は調度良いクッションだ。
本で思い出したんだけど、ついこの間も足の間に座って、いつもの様に翔太が書いた、私っぽいヒロインが出てくるファンタジー小説を無理矢理音読させていたら、ついうとうとしてしまい、気が付いたら二人して寝ていた。
途中で目覚めた私はこれ幸いと、翔太の部屋を家捜ししていたら、大量のエロ本が出てきてびびった。
小さい女の子が出てくる漫画雑誌と胸の大きな女の子が出てくる雑誌が50%&50%(フィフティーフィフティー)の割合で出てきたから。
それってどうなの? と思いママに聞けば『まあ、普通? なんじゃないかな?』と、何とも微妙そうな顔で苦笑いしながら言われたけど......。
うーん、私、何か変な事言ったかな?
因みに、胸の大きな女の子が出てくる雑誌は、全部窓の外に投げ捨てておいた。
丁度下の庭先で洗濯物を取り込んでいた翔太のママが「あら、これ何かしら?」って言ってたけど、仕方ないか......。
まあ、それは別にいいとして、問題はその後、翔太の机の、上から3番目の引き出しに入っていた手書きの小説だ。
現代物で、ヒロインが黒髪のストレートヘアで背の高い、胸の大きな女の子。しかもエッチなシーンが挿絵付きであるエロいやつだ。
何が問題なのかだって?
勿論、エロいのはいい。
翔太も男の子なんだし、それはいい。
それはいいんだけど、何が問題かというと、「黒髪で、背が高くて、胸の大きい、女の子」がという事。
金髪でチビで胸の小さな私とまるで正反対だ。
えっ? そんなの好みとしては普通だって?
確かにそうだろう。普通はそうだろう。
でも、待って。
彼って、所謂ロリコンのはずなんだ。
もしくは小さい女の子好き。
その証拠に、私が翔太に小説を音読させている時、大体いつもお尻の辺りに異物感がある。
……もちろん皆まで言わないが......。
息もはぁはぁと荒いし。
だからその異物に、さり気無く身を捩って、定期的に刺激を与えつつ「ああ、翔太って、きっとそうなんだぁ......。」ってずっと思ってた。
その考えに胡坐をかいて、安心していたと言ってもいい。
でも今は、その胸の大きな女の子が出てくるエロ本の事もあるし......。
なので、その小説を発見した時、私はぶっちゃけ焦った。
そりゃそうだ。
だって、彼の小説には基本的にモチーフとなる人物が存在する。
主人公の玖遠寺神人は翔太の理想の姿だし、デブでオタクが異世界にトリップして神様に力を与えられてイケメンになるとか、彼らしい妄想過ぎて言われなくてもわかっちゃう。
ヒロインのエリィ・エマーソンも日本語で私の名前を少しもじっただけで、しかも金髪ツインテールで背が低くて胸が小さいとか......(悪かったな)明らかに私だし。
となってくると、やっぱり必然的にこのエロい小説のヒロイン。久羅菱宵仔も実在する事になる。
でもおかしい。
自慢じゃ無いが、私と翔太はもう6年来の付き合いだ。
彼の事を知り尽くしていると言っても過言では無い。
それでも、そんな私ですら、彼の知り合いや友達に、そんな女の子がいるなんて聞いた事が無い。
不思議だ。
全く以って不思議だ。
………… 一体、何者なんだ久羅菱宵仔......!?
私は気が付けば、学校の校門の近くまでやってきていた。
腕時計を見てみるが、やはりかなり早い時間だ。
翔太はやっぱりギリギリに登校してくるのだろう。
昨日もその事を注意したが、翔太は丸で分かってない。
校門に近づくと、まだまだ生徒は疎らだ。
私はふと、来ないとわかっていても、私が来た道とは逆の、彼が来るはずの道を見つめてしまう。
やっぱり来ないな。
私が諦めて歩きだそうとした時、その道から長い髪を靡かせて、
一人の女の子が歩いてきた。
私は、つい「はっ」として立ち止まり、その女の子を見つめてしまった。
物凄い美少女だ。女の私でも思ってしまう。
私は彼女を知っている。
というより、この学校の生徒で彼女を知らない人間は一人として居ないだろう。
「倉橋よりこ」
彼女の名前だ。綺麗でつやつやの長い髪。スラリとした長い手足。小さな顔にこれでもかという位整った目鼻。くびれた腰に大きな胸。
全てが私と正反対。学校の男子生徒の憧れだ。
噂ではサッカー部のキャプテンの北澤先輩と付き合っているとか、美男美女のお似合いのカップルで、こちらも皆の憧れだ。
でも、それは皆知っている事、彼女はここの学校の生徒、毎日登校してくるのは当たり前、いくら彼女が美少女だからって、私もそんな事で不躾に見つめたりしない。
では「どうして」彼女を見つめたのか、
見つめてしまったのか。
『それは彼女が「靴」を履いていないからだ。』
そのまま歩いて来たのだろうか、「靴下がボロボロ」だ。
「カバン」だって持ってない。
そしてその整った顔についている目の周りは「真っ赤」でまるで大泣きした後の様。
でも一番「不可解」なのは、そんな、そんな異様な姿なのに、彼女は
「笑っている」
そう、とても楽しそうに「笑っている」のだ。
彼女が私の前を通り過ぎ、校門をくぐって少しの所で立ち止まった。
何かを見つけたのだろうか、一点を見つめているようで動かない。
一体どうしたのだろう?
恋人にでもこっぴどく振られたのだろうか......?
でも、それにしては笑っているし......。
と、そこまで思い、私ははっと我に帰った。
確かに気にはなるが、結局彼女の様な有名人と私のような普通人では住む世界が違うんだ。
気にしても仕様の無い事……。
そう思い私は再び歩き出した。
そして彼女を追い越した時、ふと気になって彼女の顔を覗き見た。
するとそこには、先ほどまでとうって変わった「能面」の様な無表情な顔が見えた。
そしてやはり一点を見つめている。
それを見てしまった私は、何だか急に空寒くなり歩みを速める。
これは本当に関わらない方がいいな。
私の直感がそう教えてくれた。
それにしても「倉橋よりこ」か......。
倉橋よりこ と久羅菱宵仔............。
「まさかね。」
私は一人ごちた
ああ......次はよりこだ......。
過去話長くてサーセンwww
そろそろ物語の時間経過が加速していく予定です。
そして、お気に入り登録していただいている方々、誠にありがとうございます。
大変励みになっております。
こんな拙文ですが、少しでも皆様方のお暇つぶしの一助になれば幸いです。