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第50話 フクスイ盆に帰らず

リリィ・アンダーソン その19

 鼻歌を歌いながら私がロッカー室から出ると、すれ違いで入ろうとしたお局様にペコリと挨拶をした。するとお局様はぎこちないながらも、笑顔で挨拶してくれた。以前は無視されたり嫌な顔されたりしたのに、これって最近になってからしてくれる様になったのだ。

 理由はわからないけど、考えてもどうしようもない。そして私はそのままいつも通り店長室へと向かう。

 別に聴かれても構わないから、鼻歌そのままに店長室に入ると、店長が嬉しそうに出迎えてくれた。

「やあ、リリィちゃん。今日もご機嫌だね」

「はい、パパ」


 最近、私は店長をパパと呼んでいる。気持ち悪いが、そう呼ぶたびに嫌悪感で背筋に嫌な寒気が走るが、もういいやって思ってる。私が高校を卒業するまでは結婚しないって言ってたけど、ママと相思相愛らしいから、結局結婚するんだろうから、遅いか早いかの違いでしか無いのだから。いざ結婚した時の、慣れる為の予行演習だと思っている。


「ところでリリィちゃん。あの話は、雪絵さんにはしてくれたかな?」


 あの話とやらがわからず、私は首を傾げると、店長はハァと溜息を吐いた。


「リリィちゃんが雪絵さんに私と結婚しても良いよって、話してくれるんじゃ無かったの」

「ああ、それ」

「言ってくれた?」

「いえ、全然言ってません」


 だって忘れてたんだもの。


 私がそう言うと、店長にまたハァと溜息を吐かれた。

 私は何だか馬鹿にされたみたいに思ってムッとすると、店長は慌てて取り繕うみたいに言った。


「や、や、別に責めてる訳じゃ無いんだ……最近雪絵さんが冷たくてね。あの話をリリィちゃんにするのは早かったのかなと思って。それに……彼の事もあるし。どうすればいいのか……」


 店長の言う彼とは、無論翔太である。

 店長が、ちょっとだけ翔太を推してくれたのだ。

 しかし頑固なママの事である。恋仲である店長の言葉とは云え、聞く耳を持たなかったらしい。


「翔太の話、やっぱりマズかったんですか? でもそれって店長とママとの問題には関係無いんじゃ」

「そんな事は無い、リリィちゃんに纏わる色んな事は、私達二人にとって一番重要な事だよ」


 憂鬱な顔をしていた店長はそう言うと、しかし一転して優しい笑顔になった。


「リリィちゃんは愛されてるな」

「うん、そうです。かね……」


 急にこっ恥ずかしい台詞を言われたので、ちょっと動揺してしまった。


「だけど、このままではいけないな。確かに彼は二股してる。それは良くない事だし、倫理的にも、リリィちゃんの事を思っても良くないだろう。しかし、リリィちゃんだって一生懸命考えた上での決断だったんだろう。相川君と付き合うって」

「うん、まあ、はい……」

「だったらそれは尊重されなければならない。リリィちゃんももう大人なんだから」

「でも私まだ高二なんですけど」


 はっと気付いた。折角良い事言ってくれてるのに、何茶々入れてんだ私は。

 でも店長は怒らず、そのままの優しい笑顔で続けた。


「確かにまだ高二だ。でも、リリィちゃんが真剣に考えて出したのがその答えなんだろう? 一見流されているようにも見えるかも知れないが、私はリリィちゃんをこの一年ずっと見てきた。」


 見られてました。気持ち悪い目で。絶対ロリコン屑カス野朗だと思ってました。

 まさかその目の正体がママ絡みだとは全くわかんなかったです。


「だからこそわかる。君は自分を持っている子だ。好きな人と一緒に居たい。その為に二股を甘んじて受け入れる。そんな風にしっかり……かどうかは置いて、でも自分で考える事が出来るのは立派な大人だよ。凄い子だよ、少なくとも私はそう思う。流石は雪絵さんの娘だって」

「店長……」


 イケメンとは云え、唯のちっさいおっさんだとばかり思っていた店長が、まさかこんなに私の事を理解してくれたなんて。

 ママに店長との結婚について話すの忘れてた自分が恥かしい。


「おや? また呼び方が店長に戻ってしまっているね」

「あっ、すみません」

「気にしないで、父親としてまだまだ私じゃ力不足は自覚しているよ」

「いえ、そういう訳じゃ」


 あるかも。

 でも、パパが生きていた時、私はまだ十歳。当時、あんなに私に優しくしてくれる素敵な男性、将来を共にしたいと心から願える人、翔太と出会えるとは夢にも思わなかった。

 もしパパが今私の置かれている状況を見て同じ事を言ってくれるのか。

 わからない、反対されるのかも。

 だけど今はこの人だけが私を応援してくれるんだ。

 血の繋がったママでさえ反対してるのに、反対されるのは当たり前だけど、でもそんな無茶な私を信じてくれてるんだ。


「わかりました。私、頑張ります」


 グッと胸の前で拳を握ると、店長はウンと励ます様に頷いてくれた。





 私は店長という味方を得ることが出来た。店長に別れを告げると、私は意気揚々とホールに出た。

 さあ今日も仕事だ。

 店内はざわざわと少し騒がしい、活気があるって言葉がぴったり来る。

 ところがどうしたと云うのだ、不思議な事に私が店内に姿を見せた瞬間、ピタリと静まり返ってしまった。

 とはいえそれは数える程も無い幾らか数瞬で、また元の様なお喋りや食器の音が聞こえる様になった。

 このところ毎日これだ。

 気のせいなのだろう。だって集団では時折意図しない静寂が生まれる時がある。

 クラスの皆がワイワイガヤガヤ好き勝手お喋りしてる時にふと訪れるあれである。学校あるあるの一つに数えられるだろう。

 だから私が自意識過剰なだけで、私がお客さんの前に姿を現したからでは無くて、偶々タイミングが重なっただけなのだろう。

 それにしても最近おかしいと思える事が増えた。お局様もそうだが、店内の雰囲気が明るくなった気がする。

 それは良い事柄だったり、別に悪いって物でも無いから問題無いんだけど。

 まあいいや、どちらにせそんなの小さな問題だ。

 私は少し戸惑いつつ、それよりもと店内をキョロキョロと見渡した。

 見渡したと云ってもいつもの場所にいる筈なのだから一箇所を見れば済むだけなので、事実探してはいないし、首や視線を右往左往させていないから、言葉としては間違っているだろうが、でも私の心情としては見渡した、寧ろ探しあぐねた落し物をやっと見つけた時みたく胸が躍る。

 そうだ、そこには翔太が私に小さく手を振って笑っていた。

 翔太が座っている。

 そこは彼の指定席だ。

 このところ毎日私の仕事が終わるまで居てくれる。店長がずっと居ても良いって許可してくれたのだ。だからこそのパパ呼びでもあった訳だ。こんなに素敵なプレゼントしてくれたんだから、少しはサービスしなくっちゃね。

 私の先ほど抱いた違和感はきっと、鬱屈した労働の檻であるこのファミレスに、解放者である翔太が居るって特別があるからだろう。

 でもショーシャンクみたいに逃げるとかじゃなく、彼が居るだけでそこは牢獄から我が家に変わってしまう。

 ノスタルジックとは違う、ほんわりした居心地。将太こそが私の心の故郷だ。


「翔太!」


 思わず駆け寄りたくなる衝動を抑えて、だけど少しだけ歓喜の声が思わず溢れて、私はハッと周囲を確認した。

 しかし周りが私の声を気にしたって感じは無く、ホッと胸を撫で下ろした。


「おいおい、姐さん。翔太さんが居るからってはしゃぎ過ぎだろ」


 しかし、こいつには聞かれたみたいだ。

 祐一はからかうみたく軽い声で言った後、しっかり「おはようございます」って私に挨拶した。

 以前ならなら「チョリーッス」ってな感じでテキトーな挨拶しかしなかったのに、何故だかここの所私にちゃんと礼儀正しくする様になった。


 まあね。姐さんって呼ばれるくらいだもんね。年上への礼儀をこいつも漸くわかってきたみたいね。


「あんた、今日も随分早いじゃない。一体どうしたってのよ」


 遅刻魔のこいつには考えられないくらい最近早い。


「あぁ、だって当たり前じゃん。翔太さんが来てんだぞ。何言ってんだ?」

「はあ? 訳わかんないけど」

「訳わかんねぇって、そりゃねぇよ」


 祐一はワザとらしくがっくりと肩を落として、何故だか運動部的なノリの、仲の良い先輩にからかわれた後輩みたいな反応をした。


 幼馴染のお兄さんが店に来てたとして、一体何が早くバイトに来るのと繋がるのか。

 それとも何かしら、知らずこいつとの共有する話題でもあったのかしら。

 でも私には全くわからない。

 これってわからなかったら恥じかく奴だ。こう云う時ってスルーが大事。話題を変えましょ。

 でなければ年上の威厳を失いかねない。


「しかしあれよね。最近お客さん多いわよね」

「何だよそれ……ああ、そうだな。最近多いな」


 急な話題転換に祐一は少しだけいぶかしんだけど、私の話に付いて来た。


 良かった。話題を変えるのを成功したぞ!

 とはいえ、本当にお客さんが多い。

 何故かしらね。


「もしかして……翔太が来るようになったからかな」

「ああ、それしかない」


 自分で言っておいて何だけど、んな訳無いのである。

 だけど私にとっては何故かその通りであると感じられたし、そもそも翔太が来るまではこんな時間帯にこんなも人が一杯居なかったってのも本当だ。だけどやっぱりんな訳無い。

 しかし祐一は糞真面目な顔をして納得した感じ。


 ああ、これはあれだ。

 祐一は私がボケたって思ったんだ。それに対して祐一がボケ返したみたいな感じだ。

 とすると、もしかして、私がこれを発展させて大きな笑いに変えなきゃいけないのか!?

 くそぉ、こいつみたいな友達やらが多そうなリア充にしてみれば、どうって事無い会話のやり取りだけど、私にとってはとっても難しいの。

 でも、ここで挫けては年上としての……

 やるしかない。


「って、なわけあるかー!」


 私は渾身の力を籠めて、祐一のケツを蹴り上げた。


 これでどうだ!?


「え? 何々!? 何で?」


 しかし私の思惑とは違い、祐一はいつもの超然とした彼らしからぬ大きく驚いた様子で目を丸くして私を見た。

 そしてお店のお客さんもいきなりの大声に驚いて私を見た。

 私は穴があったら入りたいとはこの事かと、羞恥心で顔が真っ赤になるのを感じた。


 あ、ああぁ!! やっちゃったよぅ……

 あれは思いっきり俺をツッコんでくれって意味じゃ無かったのかよぅ……


「ああ、それ突っ込みって奴? 姐さんやべぇ、意味わかんねぇ、何かウケル」


 祐一が声を押し殺してクスクス笑った。

 私は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。だけど、祐一は一頻ひとしきり笑うとあっけらかんとして話題を変えた。


「でさぁ、俺。良い事思いついたんだけど」


 話題が変わった事は助かったって思った。周りのお客さんからの注目も無くなったみたいで、彼らは何事も無かったかのように雑談に戻っている。もしかしたら煩いって店長を呼ばれてしまう可能性もあったけど、別にそんな事は無かった。

 でも何故かこの「良い事」とやらに、先ほどの羞恥心の代わりとばかりの強烈なデジャブと、同時に不安を感じてしまった。

 不思議だ。どうしてだろうか。


「あ、あの、あんた。その……良い事って何?」


 自分でもそう感じる理由がわからず、私はおっかなびっくりそれの正体を掴もうと聞いてみた。


「いやー、実はさ。中々別れられなくて困ってる女が居るんだけど。そいつがさぁ、俺の好きな人に会わせろって煩くてさ」

「へぇー、自業自得。つーか会わせたら良いじゃない」


 なんだその事か。

 そういやよりこと付き合う為に、付き合ってた女性ひとと別れたんだったか。

 折角別れたのに、残念。あんたの姉さんはあんたの事眼中に無いからね。不貞の輩のあんたにはざまぁカンカンかっぱのなんとかだわ。

 しかし、こいつら兄妹それってベタね。ベタイズベターとは言うけれど、何もそんなところだけ似なくても良いじゃないの。


「よりこを一目でも見たら、きっとその人諦めるわ。いつも五時くらいに部活終わって店にくるから、その時にでも頼んで……ううん、そうね。頼み込んで、恋人の振りして貰ったら良いじゃない。だったら大接近とか出来るかも。ふーむ、我ながら良いアイデアね」


 絶対よりこは善しとしないだろう前提からして駄目な発案を、だけどあたかも成功するみたく言った。


 しかし、自分では言わず、態々私に言わせるなんて祐一ってばコスい奴ね。女子か。


 私は極当たり前に、同意の返事をかるーくするだろうと思っていた。

 でも祐一は、困惑というか、何か可哀想な物を見る目で私を見て言った。


「え、やだよ。何で姉貴と恋人の振りとかしなきゃなんねーんだ? キモい事言うなよ」


 顔を歪め素に戻った低い声で、祐一が心底気味悪がっているのがわかった。


「はあ? 何でよ? あんた、よりこが好きなんじゃないの? だったらこれはチャンスよ」

「は? 何言ってんの姐さん。俺が好きな人は……」


 祐一は顔を赤く染め、ヒソヒソ声で言った。


「翔太さんしかいねぇだろ、言わせんなよ恥ずかしい」

「あ、ああ……そう……」


 私は聞いた瞬間、驚くよりも何よりも後悔した。

 こんな事なら、翔太に会いたいが為に仕事開始前にホールに出てくるんじゃ無かった、さっきから忙しそうに働いているお局様の側近にでも仕事の事でも聞きに行けば良かった。

 そうすれば、こんな気持ち悪い思いをしなくてすんだのに……

 だがフクスイはやはりお盆には帰らない(フクスイ盆に帰らず、とは。親不孝者のフクスイが毎年お盆休みにも帰らず、親の死に目に会え無かった事から、あの時盆にでも帰っていればと後悔し、時は巻き戻せないと嘆いた外国の故事から生まれた言葉)


「は? 何? もしかして勘違いしてたの? 俺が好きなのは姉ちゃんって? 止めろよ気持ち悪い」

「え、えぇ……」

「じゃあ何? 俺の事応援してくれてたのって、その勘違いせい?」

「あ、はい……」

「だったら、もしかしてもう応援してくれない、とか?」


 祐一は不安げに俯いた。


 他所から見て、事情を知らなければ、もしかしたら私が悪いことしたみたく思われるかも。

 でもそれどころじゃない。そうだ前にこいつが話してたの思い出した。


「待って。ちょっと待って。一旦落ち着こう? ね?」


 言いつつ。一番混乱しているのは私だという自覚はある。


「あれ、待って。私の記憶違い? え? 待って、待ってよ。だっておかしいじゃない。だってあんた前にさ、好きな人は俺に似てるって、小さい頃は姉弟きょうだいだと思ってたって言ってたでしょ。あんたと翔太、全然似てないじゃない。というか、それ以前に……」

「まあ、な。似てる似てないじゃ、確かに似てないかもな……そうだな、俺の願望がそう思わせただけで、あんなにすげぇ人と似てるなんて、おこがましいよな」

「ええぇ……」

「でも、翔ちゃんさんってさ、昔から、俺に優しくしてくれて、そんで一緒にどこに行くにも兄姉三人ででくっ付いてって……だから、本当の兄ちゃんだって……」


 頬を染め、思い出の欠片を散りばめて、それらを一つに集める様に語る祐一気持ち悪い。

 今までイケメンだって思ってたけど、今でもイケメンだけども、でも、翔太への思いを語るその顔は言葉では形容出来ないくらい気持ち悪いって思う。

 この気持ち悪さは、最初翔太を見た時を上回る。というか、そんなの目じゃない。

 こいつがダントツでやばい。


「だからさ、さっきの姐さんの作戦。良いと思う。なあ、協力してくれねぇ? なあ、頼むよ」


 祐一は拝むみたく手を顔の前で合わせて頼んできた。

 だけど私は嫌悪感から思わず後ずさった。


「よしんば! よしんば、よ? よしんば翔太がOKしたとしてよ。でもそれって……」


 無理やり捻り出すみたく出した声は、少なからず震えていた。

 そしてこの後に続く、ホモなんじゃないの、という言葉は、どうしても口に出せなくて、出したくなくて、店の喧騒に吸い込まれるみたく消えていった。

 もうこの場から逃げ出してしまいたい。

 そう強く感じても、この変態野郎をどうにかして翔太から遠ざけねばという使命感が、私をどうにかその場に踏みとどまらせるのだった。


「あの、さ。翔太がよしんばOKを出したとして、で、でもそれは、やっぱり相手が納得しないんじゃないかしら?」

「はあ?」


 何を言っているんだとでも言いたげな反応。

 知っていた。そうだ、こいつはよりこの弟なんだ。そんでみすずちゃんの兄貴でもあったんだ。

 ああ、私は唐突に、しかし、当たり前に、今までのこいつの態度から、それにこいつの家族からすれば知っていて然るべき事に、漸く気付けたのだった。


「いや、さ。……あんたは翔太の事、その……なんていうの? 超格好良いって思ってんだろうけどさ……ぶっちゃけ……あいつってば不細工な訳……だからね。あんたの付き合ってる彼女、多分意味わかんないって思うんじゃ無いかしら……そもそもそう云う問題じゃ無いんだけど」

「えっ? どういう意味?」

「どういう意味も何も、そのまんまだけど」

「そ、そう? わかった……」


 祐一は、意味が分からないけど取り敢えず頷いとけみたいな感じだった。


 何これ、私が変な事言ったみたいな雰囲気になっちゃったじゃないのよ。


「だから翔太には相談しても意味無いわよ。きっとそうよ。だから止めましょう、ね?」

「そう、かなぁ?」

「そうよ……だ、だから、私に任せなさい」


 任せられたくは無いけど。

 しかし翔太の為、自分の弟分がとんでも無い不貞の両方いけるホモ野郎だとわかれば、しかもその相手が自分であるとわかれば、いくら大らかな彼だって戸惑ったり悲しくなったりする筈。

 そんな翔太見たく無いよ。


「ええ! 姐さんが? 無理でしょ。だって恋愛とかちょー疎そうだし」

「こいつっ……いいえ、無理じゃ無いわよ。なんたって私には恋人が居るし。だって、私の恋人はあの翔太なんだから」

「っ!? そうか、そうだよな……」

「どう?わかった?」

「ああ……」


 祐一は目から鱗が落ちたみたいな感じになった。流石翔太ね。


 我ながら言ってて馬鹿馬鹿しいけど、これではっきり確信出来たのは倉橋姉弟全員翔太の名前を出せば謎の納得をするって事。といっても、これが今後どう役に立つのかわからないけど。


「でも姐さん、だったらお兄ちゃんに相談しないとなると、どうやってお兄ちゃんにアピールすんだよ。やっぱお兄ちゃんに……」

「駄目よ。駄目よそんな誰でも思いつきそうなアイデア……というかそれってみすずちゃんの奴でしょ。あれって失敗したじゃない。失敗ってだけならまだマシだけど、あの野郎が……」

「そ、そうか……!」


 言わずとも理解出来た様で。あの時みすずちゃんの淫行エンコー彼氏の所業を思い出したのだろう、祐一はぐっと拳を握り締めた。甲に浮き出た太い血管は、怒りの度合いを如実に表している。


 あの時怯える事しか出来なかった私と違い、祐一は翔太の事守ってくれたもんね。あの件だけは感謝してるわ。それが許せない程不純な動機だったとしても。


「わかったようね。だから尚更駄目なのよ」

「でもさ、今回は野郎じゃ無くて女だし」

「それも同じよ。もし翔太が後ろから刺されるってなったらどうするつもり?」

「そんな大げさな」


 何が面白いのか、祐一は少し笑った。


「そんな事させねぇよ。もしそんな奴が居たら俺が……」


 なるほど、雄々しい事は良い事なんだろう。だけど。


「どうする気? 力尽くで止める? 確かにあんたと四六時中一緒に居るってんならそれも出来るかも知れないけど、学校も違うしそんなの無理でしょ。ていうかあんたみたいな種馬野郎のせいで翔太に怪我とかさせたら私が絶対許さない」

「種馬って……」

「種馬よ、あんたなんて」


 イタリアの種馬はあんなに一途なのに、こいつときたら。


「それにね、もしそういう危ない事にならなくってもね。この間みたいな感じで『俺達付き合ってます』ってやるつもりなんだろうけど、そうなったら相手がどう思う?」

「それは……わかんねぇけど、傷付くんじゃ無いかな」

「……傷付くって発想があんたにあったのは驚きだわ」

「てかさっきから酷くね? 種馬とかさ。女が云う台詞じゃねーだろ」

「酷いのはあんたのお頭の出来よ。何よ『良い事思い付いた』って、馬鹿じゃ無いの? 妹のアイデアじゃん」


 祐一の口真似を交えてみた。


「いいえ、アイデアですら無いわ。兄妹揃って、そんな昭和に使い古された古典的な古臭い化石みたいな展開、あんた達は平成のドラマとか観てもうちょっとそういうの勉強しなさいよ」

「でもさ、お兄ちゃんに近づく為には良い方法だろ?」

「んな訳無いでしょ。というか、その女の人の事考えない訳? そんで傷付いたその人が翔太になんて言うと思う? デブだのホモだの不細工だの言うに決まってるでしょ? 翔太は私の恋人よ。大事な人が、全然関係無い奴から言われない罵倒で傷付くとこなんて見たく無いに決まってるじゃない。それにそんな噂が広まったりしたらどうしてくれる訳?」

「そんな?」

「そんなよ」


 翔太がホモ扱いされるって事。


 私はそう言いつつ、以前翔太からよりこを遠ざけようとして、学校の生徒が沢山居る中で翔太に女装癖があると嘘を吐いた事を思い出していた。


 だが、あれは私の純粋で無垢な愛があるからこそ。絶対に許されるべきであって。こいつのは不純で穢れた情欲しか感じられないからアウトなのだ。


「とにかく……でも、翔太に直接相談しなかったのは褒めてあげる。だから、私が何とかしてあげるわ」

「いや、姐さんじゃどうしようも無いでしょ。ていうか、これが駄目だったら別に……」

「駄目よ。そんな事言って、どうせ隠れて翔太に相談する魂胆でしょ。駄目よ」


 祐一は努めて悟られまいとしたのだろう、彫刻の完全で持って無表情であったが、目が少しだけ泳いだのがわかった。図星である。

 目は口ほどに物を言うとはこのことであった。


「やっぱりね。ほんと、翔太の事となるとあんた達姉弟って駄目駄目よね」


 完璧なスペックを誇る倉橋姉弟の弁慶の泣き所ね……寧ろ泣き所じゃ無かったら良かったのに。何故神は完全な人間を作らないのか。私にとってはその欠点が最大の障害なのに。


「ともかく、私が何とかしてその人と別れさせてあげるから」

「いや、別に」

「私に任せなさい」

「いやほんと大丈夫」

「……拒否権は無いわ。あんたが翔太を狙うのは勝手だけど、それはきっと簡単な事では無いでしょうね。例えばそうね、私が翔太に今日の事を面白おかしく伝えたりしたら、一体どうなってしまうのかしらね」

「ぐっ……」

「どうやら立場がわかったようね」


 私の言葉を理解した祐一は、悔しそうに俯き拳を握った。


 そうだ、私が翔太にある事ある事言って、失望させる事なんて簡単なのだ。ああ言ったとはいえ、話下手ハナシベタな私だから面白おかしくなんてとても無理だけど、唯事実を伝えれば祐一にがっかりしちゃうだろう。

 祐一の失恋するかしないかの鍵は私が握っている。恋愛成就の鍵は元から存在しないのは勿論だけど。


 そうこうしていると「リリィちゃーん」という側近の声が聞こえた。

 店の掛け時計を見ると、私と祐一の仕事開始時間をいくらか過ぎていた。

 話に夢中で気が付かなかったけど、お店の外にもお客さんで行列が出来る程になっていた。


「という訳で、今度の休み。この私が態々時間割いてあげるから、その彼女と駅前のあそこの喫茶店で三人でお話出来る様になさい。勿論あんたの奢りで、ねっ」


 落ち込む祐一の背中をパンと叩く。


「さっ、仕事しましょ」

「あ、ああ……」


 気の無い返事。ざまあみろ。


 今日もこれから忙しくなりそうだ。


 ああ、だけど私は辛く無い。だって翔太が私を見守ってくれてるんだもの。

 だから翔太、今度は私が守ってあげるんだから。





お久しぶりです。皆さん(活動報告や感想でありがてぇレスポンスがあったので、読んでやってもいいゾって方がいらっしゃるのを確信して皆さんと呼べる幸せ)

これからボチボチ再開していきます。よろしくお願いしゃーす。


しかしロッキーは良い映画ですね。この間クリード以外のシリーズを全部観て一気にファンになりました。やはり方々で言われている通り、私も一作目が一番好きです。

ところで、吹き替えか字幕かって議論がありますが、ロッキーに関しては字幕をお勧めします。

というのも、羽佐間道夫さんやささきいさおさんは言うまでも無く素晴らしい声優さんであり役者さんですが、いかんせん声が渋過ぎます。スタローンの朴訥としていて気の弱そうな声と、銀英伝のシェーンコップやエルヴィスプレスリーの役者さんではどんなに努力されても合わない、ミスキャストだと思います。ご両人とも凄い演技なんですけどね。ちな5とロッキーザファイナルに関してはご両人のどちらでも適役だと思いますが。


それから、前回の後書きで、動画投稿者のもこうさんに対して貶してるって意見があったので、もし同じご感想をお持ちの方がいらっしゃったならそれは違うよって言いたいです。

と言う訳で、もこうさんを讃える大喜利を4つご覧下さい。

もこうさんの動画とかけまして、白い犬と解きます。その心は尾も白い(面白い)でしょう。

もこうさんとかけまして、アメリカ大統領と解きます。その心はどちらも任期(人気)があるでしょう。

もこうさんのゲームの腕前とかけまして、サメ映画と言えばと解く、その心はジョーズ(上手)です。

もこうさんの動画を見ている時とかけまして、地獄のミサワ先生が書くキャラクターと解きます。その心はどちらも目が離せません。


お後がよろしいようで。

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