第49話 別に悲しくなんてないわ
リリィ・アンダーソン その18
ガヤガヤという擬音があるがそれがピッタリだと思う、生徒達の話し声が騒がしい昼休みの教室。
私は目の前のお弁当と云うにはでか過ぎる重箱だけ見つめ、よりこの作った豪華な料理に舌鼓を打っていた。
普段から豪華なお弁当なのだけど、今日は一段と金が掛かっていそうだった。セガ牛のビフテキや唐揚げに、何とご飯には鰻が載っている。弁当作りには妥協しないよりこの事だ、私には味の違い等わからないが、きっとこれって国産の奴なのだろう。
もし買えば一体いくらになるというのだろうか。そんなお弁当であったのだけども、だが、前言に矛盾しているとは思うけど、今日のお昼は何とも味気無い。
何故なら、理由なら簡単だ。私の隣に翔太が居ないからだ。
今日は環境保全部の打ち合わせでいない。
前から決まっていた事だから文句は無いし、よりこも気を利かせてお弁当を今日だけ特別にしてくれたし、それに部員でも無い翔太が、何故幽霊部員ばっかりの部活に折角のお昼休みを返上して参加しなければならないのか甚だ疑問に思うものの、最近こそ無かったけど、前からちょこちょことこう云う事ってあったからそれ自体は許せるのだ。
しかし、目の前にいるイケメン風女子が問題だ。
彼女、同学年の恐らくトップカーストに君臨しているであろう、よりこの一番仲良しの咲島美佳が、何故翔太の席の隣に座り一緒にご飯を食べているのか。
そしてあまつさえ何故私の事を凝視しているのか。
それがわからない。
「うおー! やべぇっ、顔ちっちぇー! うわーメッチャ可愛いぃー!」
そしてこれである。
じっと見つめられて時折こんな感じの台詞を吐く。目を落として見ると、彼女のお母さんの手製であろう折角のお弁当も殆ど手が付けられていない。
それにしてもめっちゃ可愛いって褒められてるのかしら。言葉通りに受け取ればいいの? それに顔ちっちゃいってあれ、テレビとかでモデルに言う褒め言葉的なニュアンスなのかしら。でも私の場合はチビだから顔もちっさいんだと思いますけどね。
それにしたって、この教室は番組のセットでも無いんだから、そういうのって直接言うのは駄目なんじゃないの?
それとも顔が小さいってのは、頭が小さい、つまり脳みそがちっちゃいって事になるのかしら。
だとしたら初対面なのに何なのこいつ?
「ミカちゃん。リリィちゃん嫌がってるよー」
「いや、でもっ」
「キャラもおかしいし、ミカちゃんってリリィちゃんを見た事無いの? そんな訳無いよね、知ってる筈だよね」
知ってる筈って、何?
「いや、あるけどさ……こんな間近で見た事無いし、写真とは全然違う……」
あれ?
最後なんってたの?
咲島さんは最後の方、消え入る様に小さな声だった為、私には聞こえなかったが、隣に居るよりこには聞こえたみたいだった。
「もしかしてミカちゃん……」
「いや! 違うから! あいつらとは一緒にしないで。私はそんなミーハーじゃないからっ!」
「あいつらって、ミカちゃんやっぱり……」
二人が何を言っているのか。私には皆目わからないのである。
親友同士の会話って奴かしら。良いわよね、よりこさんは気の許せる友達が居て。私のそんな関係の人なんて翔太一人よ。
咲島さんは、珍しくどん引きしているよりこの追問をかわし、私に言った。
「ねえ、リリィってさ。何で相川みたいなのと付き合ってんの? あいつみたいなののどこが良いの?」
いきなりの無神経なド直球の質問。クイックピッチでボークすれすれのいきなりだ。しかも百マイルは出てるから、へっぽこバッターの私は空振り三振なのである。
そして更に、許してもいないのに呼び捨て。スリーアウトチェンジどころか、もう私の心はコールドゲームよ。
なんなのこいつ。ってか噂通りの奴だわ。
こうやってずかずか人のパーソナルスペースに入って来て、強制的に心を開かせるやり口。
だからそういうの嫌いな人は彼女を嫌うけど、こんな風に屈託無く言われたら、きっと半分以上は心開いちゃうだろう。わかんないけど多分。
だけど私は前者。
そもそも翔太だって、私の名前を呼ぶのに、そりゃあ根気と時間を掛けたもんだわ。
今にして思えば、アンダーソンさんアンダーソンさんって言い辛く無かったのかしら。
まあいいわ。どうせ将来相川姓になる訳だしどうでもいいか。
とまあ、こんなちょっとした思い出だけど、私にとっては掛替えの無い物。それをこんなポッと出の奴に、いきなり名前なんか呼ばれたく無いわ。せめて、よりこみたくちゃん付けしなさいよ。
「あ、あのさ……なんで二人はここでご飯食べてんの?」
だが私は、んな事言えないのである。言えてもせいぜいこのくらい。
名監督の翔太が居てくれれば「チーム私」は戦えただろうが、今の監督は代理であるへぼへぼな私だ。
翔太早く帰ってきて!
と、切に願ってみるものの、翔太が戻ってくるのは昼休み終了の十分前だと言う事は、今までの経験から知っていた。だからこの地獄の様な孤独感からは、少なくとも後三十分は我慢しなくてはならないのだ。
なのでこんな日には、クラスの女子グループに誘ってくれて、一緒にご飯を食べさせてくれる事が多い。
それはこの学年のこのクラスになってからである。
彼女達は、私が翔太の前に居る時とは違い、口数が少なくなってしまうのも気にしないし、適度に話を振ってくれて、そして絶対にやな事しない。
実は今日も誘ってくれて、しかも今日はクラスの人気者JK君(あだ名)と、その彼女グループが一緒にご飯を食べるとか云う一大イベントがあるのにっ!
色々カップルの事とか聞いて参考にしたかったのにっ!
私が行く筈だった集まりでは、今ワイワイガヤガヤとJK君(あだ名)をからかって、いつも「常識的に考えて」とか言って飄々としてる彼の珍しい照れ顔が見える。
JK君(あだ名)の彼女も恥ずかしがってて、でも時折心配そうに私をちらちら見てる。
ごめんね行けなくて、折角誘ってくれたのに。
くそう。楽しそうだよ。翔太が居ないんだったら私も混ざりたかったよ。
それに引き換え、こちらは親友同士二人と、ぼっちの私という二対一。
楽しい訳が無いのだ。
「それはね。翔ちゃんと少しでも居たいからだよ。それでね。美佳ちゃんはね」
「ちょっとりこさん。それは止めて! ていうかリリィ、質問に答えてよ」
よりこは私の苦し紛れの質問返しに律儀に答えた。
咲島さんは少し慌てた感じになったが、それでも追求の手を緩めようとはしなかった。
ああもう、うっとおしい!
わかったわよ。言えば良いんでしょ、言えば。
「やっぱ、優しいとこかな」
「はあ? 優しいってさ、褒めるとこ無い奴に言う台詞じゃん? それ以外は無い?」
嘘!? そうなの? 知らなかったわ……
「えっと……後は……包容力があるっていうか」
「それも同じじゃん。それ以外は?」
考え込んだが、それ以外は思い付かなかった。
こんなに長い事一緒に居て、私は翔太の良い所を、人に説明出来ない不甲斐無い女だったのだ。
「無い、って事か」
「うっ……」
私は何だか負けたみたいに思って、恋敵に頼るのは悔しいけど、よりこに視線をやった。だがよりこは、四時限目で体育をしていた、汗に濡れた翔太の体操着の入った袋の口に、自らの顔を入れスーハースーハーしていた。
まるでバイト先のお局さんが祐一のハンケチやら脱いだ制服にするみたいな変態行為だが、私は全く驚かなかったし、疑問にも思わなかった。
それは彼女が、そして彼女の朝興じている変態行為に比べれば、まだマシに思えたからだ。
その行為とは、ご存知お顔ペロペロである。
私に見つかった時は驚いていたし、恥じてもいた筈で、一週間かそこらは止めていた。
だが、何かしらのタガが外れてしまったのか、最近になってまた始めた。臆面も無く。
しかもそれを見ていた彼女の妹、みすずも一緒になってやり始めたのであった。
最初は私も止めようと苦心したが、止まらず。遂には、別に減るもんでも無いしどうでもいいや、って思うようになった。
だから私は気にしないけど、流石に咲島さんはビビるっしょって思って、彼女の反応を見てみると、しかし呆れ顔ではあったが、そこまで深刻な表情では、呆れ顔ではあったけれど、心配するみたいな感じで言った。
「よりこぴんさん、流石にそれは引くわー、いや、その体操服部活の時に着てるのは知ってるけどさ……っというか、相川帰ってきたら拙くね? 流石にそんなとこ見られちゃやばくね?」
「えっ? 翔ちゃん!? ど、どこ」
よりこはばっと顔を上げて、キョロキョロと辺りを見渡した。が、居ない。
「そうじゃなくて、あいつにこんな姿見られたらやばくね?」
「あ、そ、そっか……でも、うーん……うん! そだね」
「え、何? 私に忠告、ちょっとでも悩むとこあった?」
「んー、いや、別にー」
「何? 気になるんだけど」
「んーとねー、というか、翔ちゃんってこういうの気にしないんじゃ無いかなーって、カミングアウトしても大丈夫かもーって」
「マジかよ……相川、変た……じゃなくて、凄いな」
「うん、優しい上に包容力あるからね~普通の雄ゴミだったら嫌がられるだろうけど、翔ちゃんなら大丈夫だよ」
まさかのよりこ不意の一撃に、咲島さんはしてやられたって顔で、大げさにリアクションをとった。
「あちゃー、一本取られましたな」
「うん、一本とりましたよ。ところで何その言い方、古過ぎって思うよ」
「うん、そうそう! 昨日テレビで落語やっててさ~、古典落語って奴だったと思う。てか私わかったんだけど落語ってさ~、音楽に例えるとクラシックみたいなもんじゃね?」
「え~!? そうかなぁ?」
「んだって! だってさ~……」
そこから二人の世界になった。
しかし咲島さんって、思ってたより良い奴なのかも知れないって思った。見た目に反して、許容的っていうか、翔太には及ばないけど包容力があるっていうか。
なるほど、帰宅部の癖に何故か女子にモテてたのはこういう事だったのかもってなった。
それから彼女達はお喋りを続けながらお弁当を食べていた。私は黙々と食べ終えて。しかし二人の会話に参加するでもなく、だけど興味があったから聞き耳を立てて、唯無言でひたすら座っていた。
「でさぁ、祐一ってりこさんの弟じゃん?」
「うん、そうだよ」
「って事はさ、結構金持ちなんじゃん? なのになんでバイトしてんの?」
何こいつ。失礼じゃね?
そういう家の事情とか、例えどんなでも普通結構気にするもんだしだから、友達相手とは云えズケズケと言い過ぎでしょ。
金持ちはバイトしてんのがそんなに変な訳? 偏見持ってる訳?
と思いつつ、私も実は疑問に思ってたのよね。
「ウチはそんなお金持ちじゃ無いよ。普通だよ」
「またまたぁ~、あんなでかい豪邸に住んでるんだし、それにお父さんってシャチョーサンなんでしょ?」
本当に失礼な奴だ。如何な親友といえど怒っても良いだろう。
だが、よりこにそれを気にした風には一毛たりとも見受けられなかった。
それは、そもそもよりこに普通の感性を求めるのが間違っているのか、或いはそういうのを承知で、尚且つ快く思っているのか。
私にはどっちかわかんないけど、もしかしたら二つともかもって思った。
「ウチってローンだよ。三十五年ローンだって言ってた。翔ちゃんが生まれた時に建てたんだって」
三十五年ローンって、何それ長い。
でもそれって普通なのかな。
それに翔太が生まれた時っていうと、まだ後十八年も残ってんのか。
よりこパパ頑張ってね。
「それに社長って言っても、中小企業だし。お金持ちじゃ無いから」
嘘吐け。
じゃなかったら、セガ牛のビフテキとか無理だから。これだから富裕層は……
いえ、言い過ぎました。いつもご馳走ありがとうございます。
確か私のお弁当って、翔太特別予算から出てるって言ってたわよね。そんで、私の分の弁当作るってなったら増額されたとかなんとか。
何にせよ、翔太とよりこさんに感謝です。
「ふーん、そうなんだ。でもさ、って言ってもバイトするほどじゃ無いっしょ?」
「うん、まあね、普通だよ、無駄使いしなかったら普通だよ。でもね、祐一は一杯使っちゃうんだ」
「まあ、服とか買うよな。言われてみれば普通だった。悪ぃっスよりこさん。私もバイトとかしよっかなぁ……」
「ミカちゃんはサッカー部でしょ?」
「はい。すみませんでした」
ん?
そっか、そういや咲島さんもサッカー部に入ったんだっけ。
詳しくは知らないけど、よりこもサッカー部に行く様になって、私のバイト中の時間の、翔太と会えないアドバンテージが少なくなって良かったわ。いえ、少なくなったというよりも寧ろ大幅に増えたんだけど。
ていうか、じゃなかったら二人の一緒にいる長い時間が、そろそろ高校生にあるまじき交友へと繋がってしまう所だった筈。
翔太の事は信頼してるけど、このメリハリ付き過ぎた体は、存在自体が失笑物の男の理性等という、あるのか無いのかわからない蜃気楼で出来た名ばかりの牙城を、あっという間にかき消してしまう事だろう。
やはりおっぱいは敵である。私にはそれがはっきりわかるのである。
「でもねミカちゃん、そうじゃ無くて……その……祐一ってモテるじゃない?」
「おや、ブラコンですかな?」
「やだっ! 違う、って、あんなクズ野朗、弟じゃ無かったら知らないよ!」
「クズ?」
「うん、ゴミともいえるよ」
そこまで聞いて、私は祐一の、実の姉にまでゴミ呼ばわりされる理由を思い出した。いや、実の姉だからこそとも云える。
「あいつってば女の子をとっかえひっかえしちゃって、何股もしてたらしいんだよ」
「えっ? マジで? あ、ていうか、そういう話聞いた事ある。本当だったんだ」
「うん本当だったんだよ。でさ、その子達とそういう事するのにさ。いっつも家ばっかりじゃ難しいじゃん? だからさ、そういうとこ入ったらお金、すっごく掛かるでしょ?」
「おぅ……」
「それで一回そういうのがお父さんにバレちゃって、だって中一の頃から……ううん、もしかしたら小学生の頃からかも、兎に角それで色々あって小遣いゼロにされちゃったの。だからあいつ、そのお金を稼ぐ為にバイトしてるんだよ」
「うわっ、マジ? サイテーじゃん」
「本当、屑だよね。しかもね、好きな人が出来たら、皆まとめてメールで一斉送信でゴミ箱行き」
「うっわ、マジかよ? 屑過ぎて笑えねぇ」
うん。笑えないわ。
それと思い出したんだけど、しかもその祐一の好きな人が、血が繋がっていない姉なんてね。やっぱヒューストンだわ。
でも両想いじゃ無くて、これって祐一ってば自業自得だけど、よりこにメッチャ嫌われてるから相思相愛である筈のヒューストンとは言い難いかもね。私も最初は期待してたんだけど、やっぱ無理っぽいからって忘れてたんだった。
それにしても、血が繋がっていない割には顔が似てる。それに何となく雰囲気もね。こんな事ってあるのね。事実は小説よりも奇なりってとこかしら。
二人の会話はその後も続いたが、仲良し二人の会話で私が興味を引かれたのは、やはりそこまでであった。後はしょーもない内輪の会話だけ。
もういっそ翔太を探しに行っしまっても良かったのか、だがタイミングを逃してしまい、ここで席を立つと角が立ちそうで怖かったから諦めた。
何の価値も無い、唯座っているだけの無駄時間が過ぎようとしていたが、ふと二人の会話が消えた。不思議に思った私は、咲島さんの様子が何故だか段々おかしくなり始めた事に気が付いた。
黒板の上にある時計を、時折ちらちら見てみたり、教室の入り口を、首を動かさず目だけで幾度も盗み見る様にしたりとそわそわしている。先ほどの不遜で、しかし不快感を覚えない程溌剌とした彼女からはかけ離れた行動であった。
まるで翔太が嘘を吐いた時みたいだった。
そして時間が経つに連れ、その行動は顕著に見られ、度々よりこに苦笑されながら落ち着かせられた。そう、あの年中テンパりアレ娘のよりこにである。
あのよりこが寛容を含んだ苦笑する様な事態とは一体なんなのか。
異様な光景に私は退屈を忘れ、彼女をそうさせる原因を考えた。が全くわからない。然もありなん、ともかく私は物事を推理する力がワトソン君よろしく弱いのだ。
しかし、私に優秀な名探偵の推理は必要無かった。私が無駄な足掻きを止めようと思ったのも束の間、その恐ろしく難解に思われた謎が、あっさりと、爽やかな笑顔と共に教室にやってきたのだから。
「北澤先輩!」
上がり症の私でも流石に有り得ないくらい、寧ろフィクションですらも、もしそんな台詞があれば、みてる人が陳腐に感じて冷めてしまうであろうから、きっと作者が自主規制してしまうぐらいの噛み噛みで、咲島さんが呼んだその彼。よりこと肩を並べるほどの学校の超有名人、北澤先輩がこの教室にやって来たのだった。
「やあ咲島さん。それに……倉橋さんも」
「ひゃいっ」
「どうもです~」
おかしい。
何がおかしいって、北澤先輩のよりこに対する態度が、前に教室にやって来た時と違い情熱を感じられ無いとかじゃなく、そしてよりこが「どうもです~」って、いつもの翔太以外の男に対する潔癖症とも云える態度とは違って、フレンドリーで軽い感じで挨拶とか出来るんだって事でもなく、それらの変化が気にならなくなる程、唯ひたすら咲島さんの様子がおかしい。
彼女の顔を見れば、視線を合わさず俯いて顔真っ赤。
私は、ああなるほど、ってなった。
「しぇんぴゃい」
咲島さんは、自分の持ってきていた鞄をごそごそやって、何らかの書類を十数枚だか取り出し、北澤先輩に手渡した。
その時も彼の顔を見ようとはせず、北澤先輩も苦笑気味であった。
だが書類に目を通すと、真剣な表情になり、そして驚いた表情に変わった。
「凄いじゃ無いかこれ! これ本当に君が作ったのか!?」
大げさに見えた北澤先輩の賛辞。
私は北澤先輩にそこまで言わせたその書類が気になり、席を立ち、北澤先輩の脇からその書類を盗み見ようと試みた。
だが、私の身長では届かなかった。しかし、北澤先輩は私の行動に気が付くと、書類を手渡ししてくれた。
さりげない優しさ。流石イケメンである。私じゃなきゃきっとフォーリン・ラブだわ。顔や雰囲気は祐一に部があると云えど、年上で、そしてサッカー部の部長というカリスマも持ち合わせている。他校のファンも多いと聞く。こう考えると甲乙付けがたい、しかし片やド屑のヤリチン、片やそういう噂の全く聞こえてこないストイックで将来有望なサッカー部部長、そう考えると北澤先輩が圧勝か。でも祐一、あいつ頭良いからなぁ……。私じゃ逆立ちしても、豚えもんがどんなに頑張ってくれても無理な進学校に行ってるし。
というしょうもなく、そしてゴシップというかミーハー根性丸出しの、全く何の意味の無い事の優劣を考えるのを止め、手渡してくれた書類を見た。
そこには、多分部員の名前であろう、それから学年、身長や体重、得意なサッカーのプレイとか、苦手な事、今後の課題、そしてその対策が、全員分だろうかきっちりと活字でまとめられていた。
サッカーを知らない私でも、ここまで細かく、それでいて私の様な素人にも一目でわかるくらい、分り易く丁寧に纏められていたのだった。
「凄いじゃん咲島さん。これってあんたが作ったの?」
驚きでモジモジする気持ちがどっか行ってしまって、私は純粋な賞賛を送った。
「ありがとう咲島さん。アンダーソンさんの言うとおり、凄いよこれ。もしかして前にサッカーやってた?」
「えっ? えっとえっとえっと、そ、そんな事無いでしゅ!」
「そうなんだ? じゃあウチの部に入ってから? 凄いね!」
「え、えへへ……えへへへへぇ~」
北澤先輩に褒められて、咲島さんの表情は溶けちゃうくらいに緩んだ。
あのつんと綺麗だった、孤高の一輪の薔薇を思わせた彼女が、今や滅茶苦茶可愛いウサギさんだった。
さっすが北澤先輩! よっ、イケメン先輩!
やっぱ恋の力って偉大だわ。
「そうなんですザワさんパイセン」
「ザワさん? パイセン?」
北澤先輩は、呼ばれ慣れていないであろう呼び名に疑問符を浮かべた。
「ミカちゃん一生懸命サッカーの事勉強してて、ご主人様も凄いって褒めたくらいです」
「う、うん……そうなんだ。凄いね」
出たよご主人様。
北澤先輩は、太陽燦々と教室を照らす健全な学びやにそぐわぬそのフレーズに、引いてしまった様だ。
「りこちゃん、それ止めてって相川言ってたっしょ?」
いつの間にか元の様子に戻っていた咲島さんが言った。
「えっ? あっ! いっけねぇ~(テヘペロ」
こつ~んといつもの奴をやったよりこ。
残念な事に、また口で言ったのか、言った筈だが決定的な瞬間を見逃してしまった。
それにしても、やっぱこいつのテヘペロむかつくわ。
翔太も止めてって言ってるのに、何故かこれだけはちょこちょこ口走る。
いっけねと言いつつ悪びれないから、きっと確信犯ね。誤用じゃ無い方の正しい意味の確信犯。
えっ? 何でそんな難しい言葉の意味を知ってるかって? 勿論翔太の嬉々として話す薀蓄が元だ。
「でもどうして教室? いや、別に俺が来るのは良いんだけど、学年が違う俺が来るとさ、色々マズイんじゃないかな?」
それもそうだと、私は部外者にも関わらず、思わずに口を挟んだ。
「言われてみれば確かに、ていうか常識的に考えて先輩呼び出すとか、普通に失礼じゃね?」
「おいアンダーソン、JK(あだ名)の口癖うつってんぞ」
これまたいつの間にかクラスの皆はこちらを見ていたようで――学校のカリスマ、北澤先輩が来たのだから当然―― クラスの誰かがそう言って、皆がワッと笑った。
私は笑われたって思うより、漫才で云うボケに対するツッコミを受けたって思った。
いつもクラスの数人しかそういう風に皆を笑わせるって事って出来ないし、私や翔太なんてちっとも面白く無くて、彼らにいっつも笑わせて貰ってばっかりだったから、クラスの全員に笑いに貢献出来たのが嬉しくて、思わず笑顔になった。
「アンダーソンは俺が育てた」
JK君(あだ名)が、ノッてくれてそう言う。
「いやJKじゃなくて、育てたのは相川だろ?」
「いや俺が育てた。そうだアンダーソン、お前はもう免許皆伝。証として俺の名前、JKをやろう」
「うっ、あっ、それ、は……ちょっと……」
いらないです。
「てかリリィちゃん、そんなきもいあだ名いらないでしょ?」
「え? 何で!? お前俺の彼女じゃん? 何で率先して裏切る訳?」
JK君の彼女も一緒にノッて、だけど、何故だか急に悲しい表情になって言った。
「って言う割には、何にもして来ないじゃん? デートだって全然……私、本当に付き合ってるか心配になって……」
「あ……そ、それは……いや、でも……うん、ごめん、な……」
「おいおい、マジかよ? それは酷いだろ常識的に考えて」
クラスの誰かが驚きを隠せないで呟いた。JK君のお株を奪って。
本来であれば、彼女が、というよりも、誰がどんな返しをしてきても、JK君が必ず上手い事言って、クラスが爆笑に成る筈の流れを、それをぶった切るいきなりの告白にクラスの皆は驚きを隠せない。
私だって同じだ。
でもそれ程に、彼女は思いつめていたのだろう。
それが皆にはわかるから、彼女を誰も責めない、それどころか一人がこう言った。
「もうここはキスするしか無いくね?」
「だわ。それしかない」
驚きの提案に、しかし即答するのはまた別のクラスメイト。
そしてそれは多分、皆の総意だったのだろう。
私だってそうだ。
この状況を、JK君らしく収集つかせるにはこれしか無いと思う、これってナイスアイディアだと思う。
「いや、ちょっと待って? おかしくない? 発想が飛躍……し過ぎてない?」
だがJK君は、あろう事か後ろ向きな態度を取った。
「ちょっとあんたふざけんじゃ無いわよ! それでも男な訳? 金玉付いてんの? この根性無し! 男ならキスの一つや二つ、何よ! 待ってる訳、あんたの大事な彼女が待ってる訳、だったら男見せなさい!」
私はカチンと来て、普段であれば絶対に言えないくらい強い口調で言った。
きっとこんな風に言えたのは、もし翔太がこんな情けない態度とったらと想像すると腹が立ったのだ。
当前だが翔太はこんな根性無しじゃない。そんな未来はありえなかった。
だけど、あの時の、私と翔太が教室で、皆のコールの中キスをした時の、私と同じ姿勢でキスを待つ彼女を見ると、沸々と怒りが湧き上がってくるのだ。
「いや、ちょっと? 貴方ノリ良すぎで無いですか?」
そう言われても彼女は微動だにせずキスを待っている。
しかし、JK君のそのどうにかしてキスを回避しようとしている小賢しい態度に、私はまた腹が立った。
「ノリとか馬鹿言ってんじゃねぇ! つべこべ言わずにさっさとキスしなさい」
「そうだぞ、アンダーソンの言うとおり。早くキスしろ。オラ、キースゥ! キースゥ!!」
男子の一人がそう言って、次第に強くなっていくキスコール。
JK君は、はぁ、と息を吐き諦めて、彼女に近づき、チュッとキスをした。
だが、鳴り止まないキスコール。
JK君は混乱した様子で言った。
「お、おい! 何でだよ!? キスしただろうが!」
「あ? 相川とアンダーソンはディープだったんだが?」
「いや、ちょ待って? あれは違うじゃん?」
「違うって何?」
「いや、それは……」
男子が言って。私が追い討ちを掛ける。
JK君は、グッと目を瞑って、観念して覚悟を決めたのか、漸く彼女にキスをした。無論ディープである。
不慣れな二人のディープキスは、だけど彼女はとっても嬉しそうに、涙を流した。
すると、クラスの皆は、ワッと囃し立てて、男子の誰かが歌いだした。
「パパパパーン♪ パパパパーン♪ パパパパッパパパパッパパパパッパパパパッ♪ パンパーパーンパパッパッパッパッパーンパパー♪」
お馴染みの結婚式の曲であった。
最初は一人だけが歌い始めたのだが、先ほどのキスコールと同じく、次第に一人また一人と歌い出し、最後にはクラス全員での合唱になっていた。当然私も参加している。
恥ずかしがっていたJK君も、開き直ったみたいで、皆の見守る中、彼女をお姫様抱っこして、教室の外へ向かった。
流石JK君である。どんな逆境にあっても、その切り替えの速さでクラスを盛り下げない。
二人が歩く姿はまるで私達が歌う曲そのもの、つまり結婚式の神聖である。
そこでふと、今まで黙っていたよりこを見やると、ハンケチで目尻を押さえていた。
この感動的なシーンに涙腺をやられてしまったらしい。私も貰い泣きしてしまいそうだ。
しかし、北澤先輩と咲島さんの二人だけは、ポカーンとした表情でいた。
私は二人の感性を疑った。例えるならば、全米が泣いた映画のラストシーンで、会場の全員が涙しているのに、一人だけ爆笑してるかの様な、痛々しいとも思える異質さだった。
しかし、よおく考えてみれば、二人は別のクラス、北澤先輩に至っては学年が違うのだ。百歩譲ってこのクラスのノリについていけなかったんだと理解した。とはいえ、それでも二人の反応には違和感を拭えなかったが。
「あれ? 何してるの?」
丁度良い所で翔太が帰って来た。時計を見ると、もうそんな時間だった。
気付けば、いつの間にかよりこは教室のドアに立っていて、廊下をお姫様抱っこしながら歩くカップル二人を不思議そうな表情で見送る翔太を出迎えていた。彼女の出迎えのタイミングでは、翔太が帰ってくるのが教室の中からは死角になって見えていなかった筈だ。だからどうやって翔太の到着を察知したのかわからないが、いつものよりこだ。気にしてはいけない。
「アレを知る時、アレもまたあなたをアレするだろう」
有名な格言である。
入れ替わりで翔太が戻ってくると、クラスの皆は散開し、またいつも通りのバラバラな賑わいを取り戻した。
クラスの主役が出て行ったのだから仕方の無い事ではあるが、勿論彼らだって悪気は無いんだろうけども、ちょっと寂しいかも。
でも、私にとっては、翔太がこのクラスの、いいえ、私の人生の主人公である。
「翔太!」
私もよりこ遅ればせながら、全速力で走り翔太に飛びついた。そして同時に両手両足でガシッと大きな体にしがみ付いた。
翔太は苦笑し、そして私が何をして欲しいのか、先ほどのJK君達の様子から察してくれたのか、私をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこをしてくれた。
私は私の人生のメインヒロインだ。
これを見たよりこは私もとせがんだが、翔太が珍しくそれを断った。
どうしてかと、翔太の顔を仰ぎ見ると、視線がよりこのスカートにある事がわかった。
なるほど、よりこのスカートは短い。学校のイケてる女子にありがちな短さであった。だから、お姫様抱っこをすると私の長いスカートであれば何の問題も無いのだが、よりこでは、女子が見せてはいけない布地がちらりしたりしてしまう可能性がある。よしんば布地が見えずとも、扇情的な太ももは、その肉艶の最も足るをクラスの男子に喧伝して止まないだろう。この前やった時は、よりこの家で、家族しかいなかったら何の問題も無かったが、ここは学校、飢えた童貞の巣窟である。彼氏としては、容認出来かねるだろう。
「ざまぁ!」
イケてる女子筆頭のよりこであるが故の、スカートという名の足枷。
これをしてやったりの優越感を表す言葉、ざまぁと言わずして何と言うのか。私は溢れ出る感情を抑えるつもりは毛頭無かった。
「酷いよリリィちゃん! 何でそんな事言うの!?」
「フフフ……何でか、ですって? そんなのは、あんたのおっぱいに聞いて御覧なさい」
「お、おっぱ、私の胸にって事? どうして」
「いや、胸にじゃなくておっぱいによ。 ……まあいいわ。今日はこのくらいにしてあげる」
私にこんな風に言わせたのは、よりこのおっぱいやイケてるグループに対する、私の様な引っ込み思案が潜在的に持っている憎しみである。普段からでかい顔してでかい声でお喋り、その話題は、時には私達の様なクラスで影の薄い人間を論う事もある。だから私や翔太なんてそうならない事を願って怯えて暮らしているというのに、彼らはいい気なもんである。だから機会あらば復讐とまではいかなくとも、意趣返ししたいと思うのは人情。
というか私の場合、胸も引っ込み思案だもんね。憎んで当然よね。あら? 我ながら言いえて妙ね。別に悲しくなんて無いわ。
だが、今日のところはこれくらいで良いだろう。おっぱいを憎んで人を憎まず。そもそもよりこは私の嫌いな所謂イケてる人達では無く唯のアレなのだから、それにこれは勝手な八つ当たりでもあるし。
「あ、うん。ありが、とう?」
「よりちゃん。ここでお礼は違うと思うよ」
「あっそっかぁ~(テヘペロ」
「あはは、よりちゃんは天然さんなんだから」
「えへへ~、良く言われるよぉ~」
何を言うか。お前の様な天然がいるか。
あんたはアレでしょう。間違えてはいけない。
それにしても、またしても、またしても! テヘペロの決定的瞬間を見逃してしまった。
それが少しだけ悔しくて、でも、もうどうでもいいやと思って、そういえば北澤先輩と咲島さんはどうしているのかと、翔太の腕の中から見てみると、二人は何と、普通にお喋りをしていたのだ。
いいえ、普通と言うには少し違うかも。
北澤先輩は普通にお喋りしているのだが、やっぱり咲島さんの様子がおかしい。
おどおどして、でもそれに気付いているのかいないのか、ともかく、少し興奮した様子で咲島さんの書いてきた、あのやたら詳細な部員のプロフィールについて感想を言わずにはいられない。そんな感じだった。
そんな二人は、傍から見てると凄く微笑ましくて、よりこがこの光景を作る為に咲島さんをお昼に呼んだのだとしたら、それは正解だと思う。
私も嫌だったけど、こんな光景を見れたのなら、まあいいやってなった。
そんな二人は、五時限目の予鈴がなるまで、教室でお喋りしていたのだった。
よりこがこの日、家で思いついた大喜利。
「私が翔ちゃんの体操着についやっちゃう事と掛けまして、初めての一人暮らしに必要な物と説きます。その心は、嗅ぐ(家具)でしょう」
「翔ちゃんの体操着と掛けまして、蚊取り線香の会社存続の危機と説きます、その心は嗅(蚊)がないといけません」
お久しぶりでございます。
凡そ一年と二ヶ月ぶりでしょうか。
皆様にお伝えしたい事が一つだけございます。
それは中国産の鰻は食べるなという事。
何故なら、私、この間中国産の鰻を購入し、そしてその骨で口の中をズタズタにしてしまったからです。
バカが、一口で異常に気付いたのに、勿体無いからと無理して食べたのがいけませんでした。全治2週間。
無論全部が全部とは申しませんが、中国産は止めといた方が良いですよ。
安物買いの銭失いとはアテクシの事でございます。
後、ぷよぷよ実況で有名なもこうって人の動画始めの大喜利は、いっつも全く持って下手です。替わりにぷよぷよは上手いんですけどね。
ぷよぷよがくっそ下手な私には、氏が神に見えます。
知らねぇよって方はごめんなさいですよ。




