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第47話 待ってて、今から行くから

倉橋よりこ その14


 今は校門へ向かう所で、ミカちゃんも一緒に帰っている。

 やっぱり先生の信頼が厚い翔ちゃんの取り成しが大きかったのだろう。

 あの後暫くして私達は解放された。

 だけどミニマム以外の翔ちゃん君人形は持ち込み禁止になり、それからお人形とのお喋りも禁止となった。

 前者は良いとしても後者は納得出来そうになかったけれども、翔ちゃんが「とにかく駄目だからね、ね? いい子だから」と言ってくれたので、私は我慢することにした。だって私は良い子なのだ。

 それにお喋りせずとも、ソウル入りの翔ちゃん君人形であるミニマム翔ちゃん君人形と何時も一緒に居られるのである。ここら辺りが落とし所では無いかと思う。

 そして何より、これからは翔ちゃん分を摂りたい放題なのだ。プラスとマイナスで言えばなんて、ありがちな比較なんて馬鹿馬鹿しくなっちゃうくらい、翔ちゃん分の摂取が可能である事を考えれば、今回止むを得ず翔ちゃん君人形を持って来たのは結果的に良かったのだ。


 さて、それでは早速翔ちゃんにペロペロの事、打ち明けるとしますか。

 ミカちゃんが一緒にいるけれど、善は急げだし、へい拙速せっそくたっとぶとも言うしね。気にせずに言ってしまおう。


 しかし私は、いざ口を開こうとすると、とある可能性が脳裏を横切った。

 基本的で、根本的な可能性。


 その可能性とは、もしそんな特殊なタイプの超が付くド変態だと翔ちゃんが知ってしまったら、翔ちゃんは何も言わないだろうけれど、でもそこまでの変態を好きだなんて証拠はどこにも無いし。

 勿論、翔ちゃんが私の事を嫌いにならないって信じられるけれど、だとしても今までの様に女の子としての魅力を感じられるかと云えば断言は出来ないし、今まで翔ちゃんが持っていた私に対して持っていたイメージが壊れて、あんまりそういう事したくなくなっちゃう可能性もあるんじゃなかろうか……。

 それだと翔ちゃんとの幸せ家族計画に支障をきたす事になってしまう。


 以上に気付いた私は、簡単には、軽々しくは翔ちゃんに告白出来ないという事を悟った。

 従って、やはり翔ちゃんには今のところ打ち明ける訳にはいかず、私の「翔ちゃん分恒久補給計画」は始まるよりも前に頓挫してしまったのだった。


「なあ相川、本当にりこちゃんは大丈夫なん?」


 こんな事を考えて落ち込んでいたら、一緒に歩いていたミカちゃんが、朝からずっとそうしてきたように、いぶかしんだ表情で翔ちゃんに聞いた。


「え? ああ、うん。いつもこんなだよ? よりちゃんは良くこうなるんだ。学校じゃお澄ましさんだからわからなかっただろうけど」

「あんたの言い方キモいな、外見通り」

「う、うん……ごめん。でもよりちゃんにいつも良くしてくれてありがとう」

「何? 急に。しかもその言い方やっぱキモいわあんた。急に彼氏面してんのもキモい、いやキショい」

「きしょ……うん、そうだね、ごめんね」


 ミカちゃんは取り付く島も無く翔ちゃんを罵倒する。

 翔ちゃんは翔ちゃんで、いつもの彼らしく、反論もせずに謝った。


 自分以外の人に向けられる悪意には頑張って立ち向かって行く彼ではあるが、こと自分に対してはこんな風になってしまうのが翔ちゃんの良い所でもあり、心無い人につけこまれる弱点になりもする。でも弱点といっても、翔ちゃんがそれで善しとしているのだから私が何を言うべきで無いのだけれども。


「酷いよミカちゃん! 何で翔ちゃんにそんな酷い事言うの!?」

「あっ、えっと、ごめん……」


 しかし私にはどうにも我慢出来無かった。

 私の大声に、ミカちゃんは流石に言い過ぎたとでも思ってくれたのか、直ぐに翔ちゃんに謝った。

 そうなのだ。普段のミカちゃんはとっても素直で優しい子。こんな風に誰かに対して酷い事言ったりする子では無い、私の自慢の親友なのだ。


「別に良いよ。自覚はあるし……」

「そんな事無いよ! 翔ちゃんがキモいだなんてあり得ないっ!」

「え? ああ、うん。そうだよね、ごめんねよりちゃん、駄目な彼氏で。君みたいな素敵な女の子の彼氏なのに、自覚があるとか言っちゃって」

「そういう意味じゃ無いよ」


 そうだった。

 翔ちゃんは私達家族以外からは不細工な男の子って見られてるんだった。そしてどうやら翔ちゃん本人もそう思い込んでいるらしい。

 はっきり言って余りにも不当な扱いだ。

 そしてその事に気付いているのは、姉弟の中では私だけなのであった。

 妹や弟はまだ未熟だからなのか、そういう周りの評価を感じるだけの視野の広さが備わっていないのだろう、この話をすると揃って人差し指をこめかみにもってきてクルクルさせるあのムカつくジェスチャーと気の毒な人を見る同情の眼差しを向けてくる。妹は更にその後、人を射殺さんとするほどの殺意の篭った視線をぶつけてくるから困ったものだ。

 因みにお父さんは私と同じで知っていて、私と同じ様に、だけど自分は関係ないってスタンス。お父さんは我が道を行く人なのだ。

 それからお母さんは、どうやら翔ちゃんの事が他の塵芥ちりあくたと同様の視界ビジョンで見えているらしいのだが、それでも翔ちゃんが大好きなのだから、だからお母さんって大好き。例えちょっと可哀想な眼の持ち主でも内面をしっかり見る事が出来る自慢のお母さんだ。

 それはリリィちゃんにも云える事で、だからこそ手強いのだが。


 とにかく、この場には私しかいないし、こんな歪な評価を受ける翔ちゃんを妻として、どうにかフォローするのが妻として私の役割だと思う。妻として。


「内助の功……」

「は?」

「あっ……」


 私の傍から聞くと突拍子も無いだろう呟きは、ミカちゃんに聞きとがめられてしまった。


「うん? 戦国時代?」


 だけど翔ちゃんがそう反応する事により、ミカちゃんの視線は翔ちゃんに向かった。


 これはきっと翔ちゃんの助け舟だ。


「うん、そうだよお館様」


 私もそれに乗っかる様にして言った。


 内助の功で戦国時代。

 さっすが翔ちゃん。冴えてる!


「そっかぁー、いいよね、戦国時代。リリィもね、戦国時代の忍者が大好きなんだ」

「うん、知ってるよ。今度コスプレ衣装作ってあげるんだ~」

「へぇ~、凄いや。ありがとうよりちゃん。やっぱりよりちゃんは最高だよ」

「えへへ~」

「となってくると、作ってあげる衣装はリリィが大好きなミミズクの砦かな? それともあずさみたいなくのいちみたいな? いや、リリィはくのいち嫌いみたいだから……むしろ甲賀忍法帳とかのファンタジーだとか、飛び影とかヒーロー系? それか35人の忍者って線もあるな」


 流石は翔ちゃん。

 私の、自分でも突拍子も無いと思った呟きに、そこまで博識ある返答をするなんて、私には真似出来そうにないや。


「うへぇ、戦国オタクかよ」


 またしても、またしてもミカちゃん!


「また! 酷いよミカっ……」


 翔ちゃんは、私の口に手を当てて黙らせた。


「よりちゃんそんなの別にいいから」


 私は怒りを翔ちゃんにぶつける訳にもいかず、少しもやもやしてしまったが、翔ちゃんの手の平が目の前にあるのに気付き、怒りはどこへやら、それよりもと、我慢できず思わずペロリと手の平を舐めてしまった。

 舐めてから直ぐはっと自分の仕出かした事に気付き、翔ちゃんの反応を伺ったが、翔ちゃんは気付いていないのだろう。それどころか「あっ、ごめんね」と理由のわからない謝罪と共に手を離した。


 ああ、願わくば、もう少しだけ翔ちゃんのを味わいたかった。

……少ししょっぱかった。きっと翔ちゃんの手汗だ。これはこれでありだ。


 お顔ペロペロよりかは数段劣るものの、凝縮された翔ちゃん分を思わぬ形で補給出来た事により、ミカちゃんに対する怒りは、翔ちゃんも望まないだろう事も相まって、さっぱり霧散してしまった。


「それよりも咲島さん? だったよね。よりちゃんは実はこんな子なんだ。知ってた?」

「は? お前さっきから本当に何様? 彼氏面本当に気持ち悪い。だから知ってるよ、りこぴんさんがこんな子だって知ってたよ」


 うーん、何と言うか、ミカちゃん。翔ちゃんの事嫌いって言うより、私を取られて怒ってるのかな?

 止めてっ! 私の為に争わないで、私は翔ちゃんの物なんだから、争うだけ無駄だよっ! なんちゃって。


「リコピンさんってあだ名なのか……そうだよね、カラオケに行ったのも咲島さんなんだよね」

「カラオケ……うん、まあ……」


 あれ?


 どうしてだか、翔ちゃんに向かっていたミカちゃんの勢いは、まるでバドミントンのシャトルの様に急に失速し、打ち返す者も無く、コートにポトリと落ちるみたくシュンとなってしまった。


 あ、そっか。

 劣等感コンプレックスが凄いんだった。

 ごめんなさいミカちゃん。

 それにしても翔ちゃんも翔ちゃんでちょっと意地悪だと思う。

 意趣返しのつもりなのだか、態々言わなくても良い事を、何でこんなタイミングで言っちゃったのだろう。


「やっぱりか。 ……皆まで言わないけど、それは僕が悪いんだ。僕があの時余計な事を言わなければ、きっと咲島さんはそんな思いをしなくて済んだと思う……」

「相川、お前が? でも一体どういう……」

「それは言えない。だけど、だからもう咲島さんにはあんな辛い思いはさせないよ。その責任は僕にあるんだからね」

「相川お前」

「今までよりちゃんの友達で居てくれてありがとう。それと、これからもよりちゃんをよろしく!」


 翔ちゃんは背筋をぴんと伸ばして、それからミカちゃんに向かって頭を下げた。


 お馬鹿な私にはその翔ちゃんの言葉の意味がまるでわからなかった。

 でも、翔ちゃんが頼りない私の事を気遣ってくれているのだけはわかる。


「翔ちゃん……」


 とても暖かい気持ちが胸に溢れ、自然と綻ぶ顔が自分でもわかった。


「いきなりこんな事言われても、何だこいつって思うだろうね。でもあんまり会う機会も無くって、でもお礼が言いたいって思ってて、こんな僕に言われても嫌だろう事もわかってる。でも言っておきたかったんだ。よりちゃんのあれを受けて尚友達だって言ってくれるなんて、本当に良い人なんだと思う。それに、咲島さんが言ってる事だってわかるよ。よりちゃん」


 翔ちゃんがこっちを向いた。


「は、はいっ」


 急に話を振られて、私は慌てて返事をした。


「咲島さんの言ってる事が正しいってわかってるんでしょ? だから一々咲島さんの言う事に目くじら立てちゃ駄目だよ。咲島さんはよりちゃんを思って言ってくれてるんだ。 ……辛い思いさせてごめんって思うけど、でもそれだけは絶対なんだからね」


 ミカちゃんの言ってる、二股は駄目絶対。は、正しいと思う。

 それはそうだろう。

 誰だってそう思うに決まってる。そんなの常識だ。

 だからと言って私はその常識に従って行動する訳にはいかない。何度も自問自答を繰り返し得た答えだ。

 だって非の打ち所の無いとっても良い子で、事翔ちゃんに対しては一筋縄ではいかない強大な敵であり全く隙の無いリリィちゃんと、最近参戦してきたちょっと考え足らずではあるものの翔ちゃんの好みを完璧に備えた妹と、あの激烈な告白から全く動きを見せない不気味な弟、馬鹿であるのだがそれ故その可能性は未知数で、例え男であってもどうにかされてしまうのではと不安が拭えない。

 そんな猛者どもが翔ちゃんを虎視眈々と狙っているのだ。

 私がそんな温く、且つ無責任な常識に囚われて、この二股を解消でもしてしまえば、それこそ取り返しの付かない結果になるのは火を見るよりも明らかなのだ。そもそも私がどんな形であれ翔ちゃんの恋人という悦楽から抜け出す気が無いというのもあるのだけれども。


「わかるよ。だけど相川催眠術説はどう考えても違うよ! ね? そうだよね、翔ちゃん」

「相川催眠じゅちゅしぇちゅ? あっ」


 翔ちゃん噛んじゃった。顔が少し赤いよ。

 可愛い、食べちゃいたい。

 そんな仕草されると私……。

 お母さんありがとう。特に多い日用は役に立っています。


「えっと、催眠術? 僕が、って事?」

「うん、私とリリィちゃんに掛けてるんだって、違うよね」

「え? うん、当たり前だよ。何それ、そんなの聞いた事無いよ」


 私だって今日知ったくらいだ。

 当然翔ちゃんが知っているはず無いのだ。

 それにしても良かった。

 疑った訳じゃ無いのだけれど、翔ちゃんに限って不可能は無い。

 さっきの翔ちゃん君人形の例もあるし、直接本人から否定して貰うまでは、絶対は無いと思っている。


「嘘吐け、じゃなかったらお前みたいなのがりこぴんさんと付き合える訳無いだろ! それにあのリリィまで……それをお前みたいなデブオタが、しかも二股だなんて、どう考えてもおかしいだろうが! 大体何? りこぴんさんと幼馴染? 今まで聞いた事無いんだけど? 同中おなちゅうの子にお前とりこちゃんとの事聞いても知らんて言われたぞ」


 同中って同じ中学校の事だね。

 さっすがミカちゃん、言い方がいちいち格好良い。ヒトカラって言い方も教えてくれたしね。


「それはね、中学生の時はね、そのね、つまりね、私が翔ちゃんの事好き過ぎて、そのね、変な子って思われるのが嫌だったからなの、だからね、遠くから見てるしかなかったの。後ね、翔ちゃんが居なくてもよりこは頑張ってますって言うアピールかな? でも、それでも本当は逢いたかったから毎朝翔ちゃんの部屋に行ってたりしてたんだよ」


 言い淀む翔ちゃんの為、そして誤解を解く為。

 私は恥ずかしさを我慢して言った。


「は? 意味わからん。それにそんなの初耳なんだけど?」

「うん、だって……恥ずかしいじゃん。だってこんなの自分でもどうかなって思うから」

「え……そうなの? そうなのかな。じゃあ起こしに行ってたんだ」

「えっ? それは……違うけど」

「違う? じゃあ何しに行ってたの」

「お弁当届けに行ってたのと、その……色々だよ」


 その色々は、流石にミカちゃんであっても言う訳にはいかない。


「お弁当? 作ってたの? 中学校の時から? えっ? この間持って来てたでかい重箱が初めてじゃ無いの? は? 毎朝? この間だけじゃ無かったの?」

「ああ、あれはリリィちゃん用だよ、一杯食べるんだあの子」

「え? 何それ? 浮気相手にもお弁当作ってんの? それっておかしくね?」

「うーん、まあそうなんだけど……でもリリィちゃん可愛いし」

「可愛いってそんな理由で」


 正直敵に塩を送る真似だと知っては居るが、リリィちゃん可愛いし、それにリリィちゃんが食べている間は翔ちゃんがフリーになってベタベタして翔ちゃん分の小補給も出来る。

 いえ、きっとリリィちゃんはお弁当の対価として敢えて見逃してくれているんだろうと思う。

 お弁当の対価が翔ちゃんとの少しの時間。

 常識に照らし合わせれば等価交換とは見られないだろう。

 だが私は妥当か、寧ろそれ以上に思う。

 悔しくて理不尽に感じるけど、それでも今までの二人だけの空間に割って入るのだから、お弁当如きでリリィちゃんが一時とはいえ身を引いてくれるというのは、実際には法外な譲歩であると思うのだ。

 そういう訳で自然お弁当作りにも力が入り、それによってリリィちゃんが無言でご飯を食べて私と翔ちゃんとの時間が多く取れるという不のスパイラルならぬ正のスパイラル(良循環)だ。

 お陰で長年夢であった「翔ちゃんあーん」が実現したのは記憶に新しい。60ヵ年計画の達成がまた一項目。



「それに」


 私は翔ちゃんを仰ぎ見た。

 翔ちゃんは困った様な顔をして、ミカちゃんの突っ込みを聞いている。


 そうだ。

 それに、第一、そんな私を翔ちゃんがもっと好きになってくれるのだ。

 リリィちゃんというライバル――敢えて好敵手ライバルとは書かない――にも、同じ様にお弁当を、翔ちゃんに作る物に比べて数段劣るとはいえ、それでも今までの物からすれば遥かに美味しいお弁当を作って来る慈愛溢れる良妻ポジション。

 そして、自分の好きな女にも、確執を越えて優しくする事により翔ちゃんから感じる私への溢れんばかりの愛情。そんな訳でもうリリィちゃんにお弁当を作らないという選択肢は無いのだ。


「それに何?」

「ううん、何でも無いよ。とにかく、そういう訳で、翔ちゃん催眠術説は違うから」

「相川じゅちゅせちゅだよ、よりちゃん、あ、う……」


 やだぁ、また噛んじゃったね翔ちゃん。とっても可愛いよ。


「そうか……それなら、その噂はいい、信じてやる」


 やっと納得してくれたミカちゃん。


「だけどりこちゃん、こいつが二股掛けてるってのは間違い無いし、女装コスプレの変態だし、最近じゃホモだって噂まである」

「ホモ? 女装はともかくホモ? 僕の事だよね?」

「当ったり前だろ、馬鹿じゃねえの。お前の事だよ。てか女装は認めるんだ」

「だって女装はリリィが……」

「あん? リリィがどうしたって?」

「……いや、良いけど……でも僕はホモじゃ無いよ、それだけは訂正させて貰うよ」

「嘘吐け、お前、あの祐一にお兄ちゃんって呼ばせてるんだろうが」

「なんでいきなり祐一君? どうして咲島さんが祐一君の事知ってるの……って当たり前か、よりちゃんの親友だもんね」

「は? どういう意味?」

「え? だって祐一君はよりちゃんの弟だよ、勿論知ってるんだよね?」

「え? 何それ。私そんな事……」


 言いかけてミカちゃんは私を驚愕の表情で見つめた。


 そっか、こういう事も全然言って無いや。


「あの……ごめんねミカちゃん。今まで黙ってた訳じゃ無くて、その、あいつの事は別に話す程でも無いと思ったから、だからその……えっとね、弟が祐一で、妹も居るよ、名前はみすずっていうの、後お母さんとお父さんが居て、ペットは居なくて、あっ、前から犬は欲しいって思ってるんだけど駄目だって言われてて、それからえーと……家には翔ちゃん君人形が……」

「あ、そっか、ごめん、普通弟の事なんて話さないよね」

「本当、ごめんね」

「ううん、こっちこそごめん。驚かせたみたいにしちゃって」

「あれ? だったら咲島さんはどうして祐一君の事知ってるの?」

「は? お前知らないの? 祐一って、倉橋祐一……そっか苗字そのまんまだ、えーと、超有名人じゃん?」

「そうなんだ、知らなかった。どんな風に有名なの?」

「どんなって、私も詳しく知らないけど、イケメンだって話。この辺りの中学校高校では知らない奴いないんじゃないの。そのぐらい有名だし、噂を聞きつけた芸能プロダクションからのスカウトだって結構あるって話も聞くし」

「えっ! そうなんだ。凄いや。だけどそうか、祐一君格好良いもんね」

本当マジに知らなかったのかよ……普通に有名だろうが」


 何それ、私もそんな話聞いた事無いんですが。

 スカウト? じゃあお母さんやお父さんも知ってたのかな? それにみすずちゃんは? ……興味なさそうだし、知っててもどうでもいいって思ってるのかも。祐一の事嫌ってるしね。


「大体なんでお前が、その祐一からお兄ちゃんって呼ばれてんだよ」


 さっきから思ってたけど、言葉が荒いよミカちゃん。

 翔ちゃんは全く気にして無い様子だけど、少し酷いよ。


「それはだって、祐一君もよりちゃんと一緒で幼馴染だから、としか言えないけど」

「それはおかしいだろ、だって普通は幼馴染とは言え、男に、しかもお前みたいなのにお兄ちゃんって呼ぶか?」

「それはそう、だけど……祐一君は弟みたいな感じだし、昔からそうだから」

「はいダウト! それがホモだって言われてんだよ。実は前からそんな噂はあったらしいけど、この間ファミレスだっけ、そこで何かあやしい事でもあったらしいじゃない、私の友達も見てたって言ってたぞおい」


 ああ、あの時か。

 祐一め、余計な噂を立てられちゃって、どうしてくれるのよ!

 しかも、悲しいことにそれがまるっきりの嘘じゃ無いって言うのもまた怖い所だ。

 翔ちゃんが違うのは勿論だけど、祐一は翔ちゃん限定でそうだからね、あのホモ野郎。

 そう、ホモだと言ってもあいつみたいなのは不純なホモだ。

 だって、翔ちゃん限定だなんて、いくら同性だからといってもそんなの惚れちゃうに決まってるのだ。だからこそそこは我慢して何でも無いって風にしないといけないのだ。絶対そうだ。

 だからそんなあいつはホモの風上にも置けない、本当の同性愛者に謝らないと駄目な男だ。


 でも、それにしたってミカちゃんってば、本当に酷いよ。


「それは誤解だよ咲島さん」

「そうだよミカちゃん。さっきから私の一番大切な人を、こんな優しくて思いやりがあって素敵で格好良くて、私を想ってくれてる人を、催眠術師だとか女装趣味だとかホモだとか、言いたい放題言っちゃってくれるよね」

「よりちゃん、だからそれは」

「もう我慢出来ないよ、翔ちゃんごめん。私言うよ。だっておかしいじゃん! いくら周りから変に見られてても、それを心配してくれるのは良いよ。だけどそれと翔ちゃんを悪く言うのは違うでしょ? 何なのさっきから、だってミカちゃんに迷惑掛けた訳じゃ無いじゃん、なのにどうしてなの!?」


 初めてだった、こんな強くミカちゃんに対して言ったのは。

 いくら翔ちゃんが大丈夫だよって言っても、それで翔ちゃんが傷付かないって事にはならなくて、そんな翔ちゃんを見てるのも辛くって、私は言った、言ってやったんだ。


 ミカちゃんは、こんな私を初めて見た為か、少し怯んで下を向き、何かを考えるように黙ってしまった。


「あの」


 翔ちゃんが声を掛けたが、それを聞いているのかいないのか、無視して、黙ったままだ。

 だが、いくらかしてから気を取り直し、顔を上げ強い口調で私に言った。


「迷惑だよっ! 私すっごい迷惑! だって、だったら北澤先輩はどうすのよ」

「な、何を! 迷惑って何よ! それにっ……きたざわ? せんぱい?」


 ミカちゃんは、私がその名前を口に出してから、しまったとでもいうかの様にはっと口をつぐんだ。


 そうか……そうだったのかミカちゃん。

 つまりそいつが真の黒幕だったって訳だ。なんて野郎だ、こんな純粋な子を使って翔ちゃんをいじめるなんて……!


 畜生! なんて奴だ!

……一体誰なんだ「きたざわせんぱい」って。


 私はその「きたざわ」が誰なのか、もしかしたら知っているかもと翔ちゃんに聞こうと思い、彼を仰ぎみたが、知ってはいる様子だったけど何だかちょっと辛そうな表情で、とても「誰?」って聞けそうな雰囲気では無い。ここで聞いてしまっては、また空気の読めない子だって失望されちゃう。

 従って、私は自分の脳味噌をフル稼働して、その「きたざわせんぱい」が誰なのか推理するしかなくなった。


 きたざわせんぱい? 何者? せんぱいって事は先輩なの? 誰の?

 きたざわきたざわ……わからない、漢字だと北沢って書くのかな? ざわ、ざわ、ざわ……。

……あっ、そうか。わかった。

 この間ファミレスで翔ちゃんが言ってた、最近トレンドのアイドル声優さんの名前が「なんとかざわ」だったはずだ。

 翔ちゃんが言ってたのはその人のあだ名の「ざわさん」って呼び名が殆どで、一度だけ言った本名が「何ざわ」だったか思いだせなかったのだけれど、きっとそうだ「北沢」だったのだろう。

 なるほどだったら翔ちゃんの表情も合点がいく。

 だって翔ちゃん曰く「確かに良い声なんだけど、流石に何度も聴いてるよ飽きて嫌になっちゃうよ、あれは昔のめぐみと同じ現象だよ」って、めぐみは誰だかわからないけど、ざわさんは、北沢さんの事で、翔ちゃんの言ってた最近出過ぎでうんざりなアイドル声優で「やっぱり芸能でも漫画家でもそうだけど、出過ぎると飽きられちゃうよ、小出しが一番だよ、才能はあるんだから」って苦言を呈してたもんね。


 だけど、ちょっと変だ。


「どうして……ミカちゃんの口から北沢先輩? の名前が出るのかな?」


 あんなにオタクきっしょいって言ってたのに、どうして突然何の関係も無い声優のアイドル? のざわさんの名前が出てきたの? しかも「先輩」呼ばわりなんて、どんだけざわさんの事が好きなのミカちゃん。

 その声優アイドルが黒幕だっていうの!?


「ミカちゃん、えっ、どうしたの?」


 私の率直な疑問に対する返答は無く、不思議に思った私はミカちゃんを見た。

 するとミカちゃんは何故だか顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 怒っているという風では無く、急な出来事に動揺して立ちすくんでいるといった感じ。


 あれ、私変な事またいっちゃったかな?


「ミ、ミカちゃん。どうしたの本当、私何かまた変な……」

「ば、馬鹿じゃね? 私が北澤先輩の事言うのがそんなにおかしいんか? 別に普通だろうが、ちょ、ちょっとボケてるんじゃね?」 


 何だろう。

 いつものキレキレな突っ込みとは程遠い、質の悪い幼稚な唯の悪態。それにどもっちゃうなんて、いつも弁舌爽やかなミカちゃんらしからぬ事だ。


「ああそういう……なるほど、流石はよりちゃんの親友、何てわかりや……素直なんだね」

「うっさいわっ! 死ねっ相川っ!」

「あはは、ごめんごめん」


 あれー? どうしてこんな感じになっちゃったのかな?

 さっきまで一触即発だった私達の雰囲気が、ちょっとラブコメチックなほんわかさで以ってふわーふわっふわってなってるんだけど?

 ラブコメチック……?

 ま、まさか!? ミカちゃん?

 もしかして翔ちゃんの事が!?

……流石にそれは無いか。

 という事は、話の流れ的に言えば。


「まさかミカちゃん、ざわさん、北沢先輩の事が好き、なの?」


 勿論、一ファンという意味では無く、ライクで無くラブの方の意味だ。

 一ファンだとすれば、こんなミカちゃんの態度はおかしいので、必然的に、個人的に愛しちゃってるという意味になる。


「うぇ? べ、べっつに、そんな事は……ないじぇ」


 顔を更に真っ赤にして、キョロキョロとこちらに目を合わせない挙動不審なミカちゃんが言った。


 ないじぇってミカちゃん。うろたえ過ぎだよ。

 ああ、これ完全に好きだよ。愛しちゃってるよ、ざわさんの事。

 でも嘘でしょ?

 だって、ざわさんは女の人だよ。

 それに、ミカちゃんにこんな酷い事させる性格が最低の女だし、一体全体どうしちゃったのミカちゃん。


「ざわさん? 北澤先輩の事だよね?」

「え? うん。北沢さんの事だよ」


 翔ちゃんまで先輩呼ばわりとは、ざわさん恐れ入りますよ。

 ところで、ざわさんが黒幕だって理解したのは良いのだけれど、一体翔ちゃんとどんな関わりがあるのか皆目わからない。


「咲島さん北澤先輩の事が好きなんだよね」

「は、はあ? お前馬鹿じゃねえの?」


 既にもう、ミカちゃんの言葉は、唯々照れ隠しにしか聞こえないのだった。


「そっか、それじゃあ丁度良いや、うん、そうしよう。じゃあさ、咲島さん。これからちょっと時間空いてる?」

「は? 何?」

「うん、これから北澤先輩に会いに行こうと思って……よりちゃんの事で」

「うぇ? マ、マジで? な、何で私が一緒に行かなきゃ行けないのよ」

「私の事で?」


 ざわさんに会いに行くのがどうして私の事なのか。

 そもそも翔太ちゃん。いくら翔太ちゃんと言えど、アイドル声優にはいそうですかと、ポンと会いにいけるものだろうか。


「うん、そうだよ。ちゃんとけじめを付けないと駄目だよ。僕の恋人が、僕のせいでいい加減な子だなんて思われたら僕だって嫌だしね。良いよね? 付いて来るよね?」

「う、うん……それは勿論だけど」


 翔ちゃんは真剣な顔をして、有無を言わせぬ口調でそう言った。


 私が翔ちゃん付いて行くのは当たり前だ、そこが例え地獄であろうと付いて行く。

 だけどざわさんに会いに行くのに、どうしてそんな思いつめた表情をしているのか。


「さ、じゃあ行こうか」

「ちょ、ちょっと待てよ! 私はまだ行くって言って無いだろうが」

「咲島さん……」


 翔ちゃんは少し、疲れたというか、呆れたというか、そんな表情をしたけど、気を取り直して諭すように言う。


「咲島さんもよりちゃんの事、知ってるんでしょ? だったら今どういう状態かも」

「それは知ってるけど」

「だったらよりちゃんがまた変な事言わないよう助けて欲しいんだ。これってきっと僕だけじゃ出来ないから」

「……それは」

「ねえ、駄目かな? よりちゃんを助けると思ってさ」

「……うん」


 ミカちゃんは頷いて、考えるように視線を下にした。

 だけどミカちゃんはミカちゃんだった。

 そうしたのも束の間、また直ぐに顔を上げると、元気良く承諾した。


「わかった。りこぴんさんの為だもんね。協力してやるわ」

「ありがとう」


 翔ちゃんはそして私をチラリと見て微笑んだ。

 その表情を見て、私は漸く翔ちゃんが何をしたかったのか理解したのだった。


 そっか、意外と引っ込み思案なミカちゃんをざわさんに会わせる為に、私がそのざわさんと何かあるみたいな、それっぽい事を臭わせておいて、負けず嫌いなミカちゃんが知ったかぶりするだろう事を見越し、そして更にその正義感の強さを利用して、巧みにミカちゃんを誘導したんだ。

 やっぱり翔ちゃんってば凄い、こんな巧みな話術を、会ったばかりのミカちゃんの為に使うなんて、何て素晴らしいひとなの。

 翔ちゃんがここまでお膳立てしてくれたんだ。

 ざわさんが女の人だとか、そんなの些細な問題だ。

 良いじゃ無いか同性愛。ミカちゃんがそうであって何が問題だというの?

 私達が親友であるという事実だけで、それだけがあれば他には何も要らないし例えどんな事があったとしても友情は絶対だし「ズッ友」なんだ。


「翔ちゃん、わかった。私も行くよ」

「えっ、うん、そうしてくれると嬉しいな。いや寧ろそうじゃないと困るというか……」


 だよね。

 そりゃあミカちゃんとざわさんがラブラブの空間に翔ちゃんだけじゃ辛すぎるもんね。しかも翔ちゃんに仇なす悪人に会いに行く訳だし。

 わかってる。翔ちゃんをそんな場所に一人ぼっちになんかさせやしない。

 私も行くよ。

 禁断の愛だろうが、有名人と普通の女子高生との身分差恋愛だってなんのそのだ。

 私と、そして何より心強い翔ちゃんがいるのだ。絶対成就させてあげるよっ!


 待っててざわさん、今から私達が、真実の愛を伝えに、そして汚れきった性根を改心させに行っちゃうんだから――





 次回もよりこさん。


 しかしまあ、ざわさん最近出すぎでマジで食傷気味です。

 才能あるんですから控えた方が良いと愚考する次第です。めぐみと同じ現象ですよ。飽きます。

 等と言っても、そんなのは全くの素人意見でして、人気商売ですから仕方無いんですよね。


 後、前から思ってたんですが、本サイトの投稿のページ。本文の枠が狭すぎね?

 最後の点検するとき、すんげぇ使い勝手悪いんですけど、とはいうもののプログラムの事とかわかんないんで何ともかんとも、しかしまあ、これはミクシィのコメントやフェイスブックとかにも言えますが、兎も角狭い。まるで私の部屋の様です。4畳半の書斎兼寝室。いや、書斎(笑)兼寝室(笑)ですかね。

 狭いよ。


 今回もどうでもいい話でしたね。異論もあるでしょうし。

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