第44話 ピーピング・みすちぃ
倉橋みすず その1
私の朝はお姉ちゃんよりかは遅い。
目覚ましがジリリとなって眠たい目を擦り、けたたましく煩い目覚ましを黙らせる。
ベッドには昨日のチョコチップクッキーがざらりと残っている。掃除をしたつもりだったのだがまだ残ってたみたいだ。……チビ外人め!
私はイライラとしながら徐に起き上がると、ふらつきながらパソコンの前に座り、モニターの電源スイッチを押す。押したのはモニターの電源だけでパソコン本体の電源は入ったまま、というか作業中である為電源を落としたりスリープさせたりする訳にはいかない。
パソコンからの信号を受けてモニターに写るのは斜め上の丁度良い角度から撮影された翔太さんの寝顔だ。
「おはよう、翔太さん」
そう言ってから私はモニター画面にキスをした。
彼の寝顔は、私のおはようをとても爽やかなものにしてくれる。
昨日までの悩みや悲しみや苦しさも、この瞬間に全て泡の様に弾けて消えていく。
いつもの私の日課である。
『うん……おはよ……』
すると突然の翔太さんの返事に心臓が跳ねた。
画面から聞こえた翔太さんの声は、確かに私にそう言ったのだ。
そんな、まさか聞こえているの。
いや、ありえない落ち着け私……これは偶々だ。
その証拠に翔太さんは口をむにゃむにゃさせるだけでそれきり黙ってしまったでは無いか。
そう、これは動画である。
しかも録画したものでは無く、リアルタイムの物。つまり盗撮映像である。
……勿論録画した物も見る事はあるが、基本的には翔太さんとの時間を共有したい為、彼が夜一人で行う営みを保存する以外は殆どこれである。
しかし今日も電波は良好だな。
部屋のベランダに置いてあるアンテナを殊更微調整する必要は無いだろう。以前持っていた小さなやつとは大違いだ。
高いお金を出して買った甲斐があるというものだ。今まで溜め込んだお年玉はこの「翔太さん観察システム」に殆ど消えてしまったが、全く惜しく無い。それどころか、私の何に使うでも無く貯めていたお年玉は、きっとこの時の為に貯金していたのだとすら思える。本能的に未来予知をした過去の私グッジョブ!
そうだ、そういえばこの間、今使っているグロウ球(蛍光灯の点灯管)に仕込むタイプ隠しカメラに、新たに高解像度の上位モデルが発売されたらしい、チェックだチェック!
それにつけてもこのグロウ球タイプは電源供給を蛍光灯から行ってくれるので、頻繁に取替えをしなくて良い優れものであると同時に、翔太さんの寝顔を上から撮れる正に私の為にあるグロウ球だ。
うちのお母さんと翔太さんのお母さんのゴミ出しの際に行われる井戸端会議はとても長いが、しかしその隙を狙って相川家に入る為には、やはり学校を休まなくてはいけなくなるから、出来るだけ交換頻度は少ないに越した事が無いのだ。
それと私の持つ個人用サーバーには彼の動画のみで大容量ハードディスクドライブ一つ分位入っているがまだまだサーバーの容量も十分だし、画質が落ちない程度にエンコードして圧縮しているので、高解像度化で増えるだろう容量を考慮しても後三年はいけるだろう。足りなければハードディスクを増やせばいいだけだし。
私はあれやこれやと考えながら翔太さんの寝顔を眺めていると、今度はイビキがガーガーと聞こえてきた。
しかしそんな猛々しいイビキとは対照的に、寝顔はまるで天使の様だ。
いつもと全く変わらないその寝顔を見ていると、昨日の事がまるで無かったのではないかとさえ思えてくる。
きっと彼の包容力や心の大きさの現われであろう。
私があれだけ酷い事をしたというのに、翔太さんは私の事を許してくれたばかりか、久しぶりに、本当に久しぶりにお膝の上に座らせてくれたのだ――。
『うーん、うん。むにゃむにゃ』
スピーカーから愛おしい声が聞こえてきた。
うんうん、等と言いながらしきりに頷いている。きっと夢で誰かとお話でもしているのだろう。
その相手が自分であったなら……。
そんな幸せ他には無い。
夢でまで私と逢いたいと思ってくれていたらどんなに嬉しいか。
私の初恋の人、相川翔太さん。
お姉ちゃんの好きな人でもある。
だから私は、極小さな頃にその恋を諦めた。
いくら私が可愛いからってお姉ちゃんには敵わないし、それに翔太さんはお姉ちゃんが好きで、私なんかちっとも見てくれなかった。
私は無駄な努力をしない人なのだ。
それよりももっと素敵な恋があるって思うようにした。
とは言うものの、同い年の餓鬼では相手にならなかったからずっと独り身だったけれど、ついこの間見事理想の年上の人と付き合う事となったのだ。
そう、なったのだが……。
訂正しよう。付き合っていると言ったけれど、それは過去の話だ。
家に来た翔太さんを見た瞬間、私は恋に落ちた。今まで翔太さんに対して抱えていた恋心は終わり、全く新しい恋が始まったのだった。そしてその時感じた衝撃は、もう一度彼に惚れ直したとかそんなちんけなものでは無かった。所謂一目惚れと言っても良いだろう。
一つの恋が終わるのを感じ、新しい二度目の恋を感じた。そしてその恋が、両方とも翔太さんとの間だけの物であったと気が付いたのだ。
私の小さな恋のメロディーは儚く切ない旋律であったが、それはヒロインが私で主人公が翔太さんの恋という名の舞台。大団円が約束された王道恋愛物語の舞台の、ほんの始まりに流れる序曲に過ぎなかった。
結局何が言いたいかといえば、生の翔太さんを見た瞬間、その年上の人は私にとっては何でも無い存在であり、彼以外は私にとって案山子か何かで、翔太さんだけが私の本当の恋人であると理解した……させられてしまったのだ、強引に、彼の魅力によって……。
モニターからは相も変わらずに美しい寝顔が見える。眠っている時はこんなにあどけないというのに……お姉ちゃんのみならず、チビ外人にまで手を出すような節操無し。だけどこんな整った顔立ちの人にあんなに優しくされたら誰でも恋に堕ちて言いなりになってしまう。それを自分で理解した上での翔太さんの部屋で行われたあの告白だろう。一体誰が断れるというのか……。
はっきり言って卑怯だと思う。女の子の弱みに付け込んだ誑かし。
その甘い、甘すぎるマスクに蕩ける様な声。
一年ほど前から始めた盗撮という形で見て聞いてはいたが、やはりデジタルのそれと生のそれでは雲泥の差であった。
今にして思えば何となく始めたつもりのこの盗撮も、きっと私が自分でも気付かぬ内に密かに育まれた恋心が、その大きさ故に圧迫され、逃げ道を求めて乙女心の器から漏れ出したが故の行為なのだろう。
それにしても悔やまれるのが昨日の翔太さんを手に入れる策略が失敗した事だ。大きな痛手だ。
しかもその時に翔太さんが言った「ごめん」って台詞が、まるで私の事を拒絶しているかに聞こえてしまいショックだった。
けれども良く考えたら彼は勘違いしているだけみたいだったし、気を取り直して家に戻ると翔太さんが、その万人を魅了する魅惑の笑顔で持って出迎えてくれた。
もうね。
嬉しいとかそんな次元じゃない。
濡れた。正直言うと濡れた。それもビショビショに。
……あっ、勘違いしないで欲しいのだが、そういう意味の濡れた、では無い。
唯の嬉ションだ。
私があんな酷い事しておいて、何でそれらを無かった事にする様なあんな素敵過ぎる笑顔が出来るのだろう。きっと翔太さんは古い時代の聖人とかの生まれ変わりか、それかもしかしたら新しく生まれた聖人なのだろう。 ……そうだ。そうに決まってる。
でもいくら素敵過ぎると言っても、笑顔で見つめられるだけで思わず漏らしてしまうこんな自分が恥ずかしいかった。
思えば翔太さんに対しての嬉ションであれば私達三人兄妹は昔から幾度と無く繰り返している。
最近では翔太さんと付き合えたと聞いたお母さんが、お姉ちゃんの為に特に多い日用を大量に買っていたのを知っているのでそれは今も変わらずだろう。私も翔太さんに逢う前に一つ貰ったし、糞祐一は知らないが、もししているなら死ねば良いと思う。
だけど、翔太さんの膝に我が物顔で座っているチビ外人を見つけるとそんな羞恥心などどうでも良くなった。
そもそもこいつは何なんだって思った。
そいつの存在は以前から知っていた。
休みの日になると必ず現れるそいつは、やけに馴れ馴れしく翔太さんに接していた。
そんないつの間にか翔太さんの横にいる身の程知らずのチビ女だった。
頭は悪そうだし、性格もきつくて、いつも翔太さんの事を不細工だとかデブだとか意味不明な妄言で翔太さんを傷つけた。翔太さんも翔太さんで苦笑いするだけでそれを咎めることもせずに、チビ外人の頭を撫でるだけだった。
私は最初、その行動の意味がわからなかった。
お姉ちゃんと言う者がありながら、そんな性悪な女に何で優しくするんだろうと思っていた。
しかし、私はある時気付いたのだ。
この女をつまり「ヤリ捨てる」つもりなのでは無いかという事に。
思い返せば翔太さんが夜の営みで使う漫画雑誌には、登場人物が豊満な女性の時もあれば、そういう事をするには明らかに準備の調っていない年頃の少女達と致す漫画の場合もある。
そんなどんな女性でも愛せる博愛主義者の翔太さんが、その甘いマスクを利用して食い散らかすつもりなのではないか。
その事に気付いた時、流石の私も翔太さんに対して、生まれて初めて嫌悪感を覚えた。
あんな虫も殺さぬ顔をしてなんて酷いんだろう、いくら翔太さんでもして良い事と悪い事がある。そんな人だとは思わなかった。
だからこそ軽蔑して、しかし玄関で魅せ付けられた翔太さんのアルカイックスマイルに動転し、それも合わさり天ぱって混乱したままつい性獣だとか酷い事を言ってしまった訳なのだが、どうやらそれは私の思い違いのようだった。
何故ならば翔太さんは私の誘いには乗らなかったからだ。
あんなに大きくさせといて、私の魅力に参りながらもお姉ちゃんとチビ外人を優先させたのだ。
お姉ちゃんは良い。だけどあいつは一体何なんだ。
あんなに優しくしていたのは、やり捨てる為の演技では無かったのか。あれが本心だというのだろうか。
ムカムカする。
翔太さんの気持ちがチビ女にも注がれていると思うだけで気がおかしくなりそうだ。
そんな風に、いつもの様にリリィ・アンダーソンとかいう糞チビど低脳に怒りを感じていると、ガチャと扉の開く音が聞こえた。
『翔ちゃーん、おはよー!』
元気良く部屋に入って来たのは、やはりと言って良い、お姉ちゃんであった。
『よりちゃん来たよー!』
かなり大きな声。いつも通りだ。しかし翔太さんはそんな事では目覚めない。
『翔ちゃーん、朝だよー、おはよー!』
尚もお姉ちゃんは翔太さんに呼びかける。しかし、やはり翔太さんは起きない。
これもいつも通りであった。
私が盗撮を始めてから、このお姉ちゃんの呼び掛けで起きた日は無かった。
『翔ちゃん、今日もぐっすりさんだね~』
翔太さんが起きない事を確認すると今度はお姉ちゃんの声が小さくなった。
『……じゃあ、今日も始めるよ~、ごめんね~』
お姉ちゃんはそう言うと、翔太さんのシコッティ(湿ったティッシュ)の入ったゴミ箱(お姉ちゃん曰く樽)を漁り始めた。
『ああ、今日も凄い! 翔ちゃん、ありがとう!』
感謝を奉げながら、ほくほく顔でティッシュを漁るお姉ちゃんの手には、恐らく一番湿っているであろう丸まったティッシュが握られていた。
そしてお姉ちゃんは何の戸惑いも無く口にそのティッシュを口に入れた。
もちゃ、もちゃ。
麗らかな早朝に、朝日が差し込むしんと静まり返った翔太さんの部屋に響く咀嚼音、それから遠くスズメの鳴く声、その二つだけがスピーカーから聞こえた。
私はその光景を見てふと、以前見たテレビのグルメ番組を思い出していた。
その番組では、良くあるグルメリポーターが、各地の名店に出向き料理を食べ批評するという内容の物。
しかし批評と言っても皆持ってきたかの様な褒め言葉を並べたり「いまうー」だとか「海のからくり箱だ~」だとか芸人の一発ギャグの様な、わかるようなわからないような感想ばかりで、イマイチピンと来なかった。だからと言っても私も深く考えず、そんな物なのかと特に違和感も覚えずにいたのだった……。
だけど、私は知ってしまった、違うのだ。あれは唯のポーズ、演技だったのだ。
お姉ちゃんのこの姿を見ればわかってしまう。
人とは、本当に美味しい料理を食べている時、その感想は美味い、でも綺麗に飾った言葉でも無い、ましてや「いまうー」や「からくり箱」でも無い。
それは「無言」である。
お姉ちゃんはまるで教会で祈りを奉げる敬虔な信者の如く、胸の前で手を組み、一心不乱に、だが静かに翔太さんのシコッティの咀嚼に全神経を注いでいる様に見える。
本当に美味しいものの前では、人はかくも美しいのか。その姿は一枚の宗教画の様であると思えた。
私はそんなお姉ちゃんの様子をボーっと見とれていたが、お姉ちゃんが名残惜しそうにゴクンとシコッティを飲み込んだ所で我に返った。
ああ、いけない。
思わず引き込まれてしまっていた。
『栄養……満……点……』
お姉ちゃんが一人うんうん頷きながら何か呟いた。
良く聞こえなかったがどうせ大した事は言っていないだろう。
ひとしきり頷いて何かに納得した後、お姉ちゃんはまた直ぐに次の行動に移った。
『さあ、じゃあ今日は久々にペロペロするよー!』
今度もまた大きな声でそう宣言したお姉ちゃん。
こんな大きな声もまた、翔太さんが目覚めないかどうかを試しているのだろう。
というのも、一昨日等は油断して翔太さんが起きてしまったから、尚の事念入りにしているのだろう。
とは言っても、翔太さんが目覚めてしまった理由は、お姉ちゃんの下手糞過ぎる歌が原因で間違い無いというのに、とんだ見当外れである。翔太さんを歌以外で起こそうと思うならば、いつぞやお姉ちゃんがキスした時の様に根気良く体を揺すり続けてやるしか無い。
だが、それにしてもあの歌は相変わらず酷かった。私なんかは思わず消音にしてしまったのだが、翔太さんはあの歌とすら言えない、敢えて例えれば本格的な呪いの呪文、ホラーゲームの冒頭で流れればその作品は間違い無く名作と言われるであろうクウォリティの呪詛に近い何かを聞かされたのだ。もし起きなければ翔太さんはそのまま永遠の眠りについていたかも知れないのだから、翔太さんで無くとも誰でも、例えば交通事故で三年間寝てしまうゆるふわ系ヒロインでさえ飛び起きてしまう可能性が無きにしも有らずだ。
それがわかっていないからこその行為なのだろう、そんなお姉ちゃんの行動がとても間抜けに見えた。
お姉ちゃんはそうやって翔太さんの様子を凝視していたが、ややあって起きないと確信したのだろう。
ゆっくりと翔太さんの顔に覆いかぶさるように、残念な事にカメラから翔太さんを遮る形となった。
すると程なくぺちゃ、ぺちゃと卑猥な水音が聞こえた。
カメラの角度の都合で、お姉ちゃんの影になって見えないが、今日もいつも通り翔太さんの顔を舐め回しているのだ。
『……はぁ、はぁ、ごめんなさい、翔ちゃん、こんな彼女でごめんなさい。ああ、そう、こんな彼女で……こんな……彼女で、へへぇ』
ふとその変態行為を止めてそう言ったお姉ちゃん。
謝りつつも「こんな彼女で」を強調しにやけてしまう辺り、やはり翔太さんの彼女になったのが余程嬉しいのだろう。まあ、気持ちはわかるが……。
しかし謝るくらいなら顔を舐めるだなんて変態行為止めればいいのに、業の深い女だ。
とはいうものの、もし私がお姉ちゃんの立場であれば、仮に無抵抗の翔太さんの寝顔が目の前にあれば、悪いと知りつつ同じ事をしてしまったのかも知れない。
つまりそれは女の業という奴で、お姉ちゃんだけを責める訳にはいかない。仕方無いのだ。
『実は……翔ちゃんには言っていない秘密があるの』
お姉ちゃんは眠っている翔太さんに懺悔の様にして続けて言った。
『本当に、こんな彼女で……こんな可愛い奥さんなのに……私の本当の姿を知れば翔ちゃんは許してくれないかも知れないけど……』
彼女から可愛い奥さんにグレードアップしてる。
それはさておき……お姉ちゃんの秘密ってなんだろう?
思いつく限りでの秘密と云えば……何と言うかあり過ぎてどれだかさっぱりわからないんだけど。
もしかしてお姉ちゃんが「蛇イチゴ」とか「マジック愛島」とかの携帯小説サイトでアップロードしている糞小説の事だろうか? それともその小説のクウォリティが酷すぎる故にネットで晒されて大炎上してる事かな? それか「よりちゃんさん」というハンドルネームで他人の小説の感想や掲示板で暴れまわってるって事?
暴れまわる、とは言うものの、トンチンカンな事書いて嫌がらせ扱い受けているだけであって、お姉ちゃんに悪気は無いんだろう。元々アレなお姉ちゃんが、真摯に率直に感想を書いたらそうなってしまうのは自明の理だ、説明するまでも無いだろう。
『でも、告白します……私の本当の姿は…………いやっ駄目! 言えない!』
お姉ちゃんは、顔を両手で覆ってイヤイヤとした。
私は思わずモニターに向かって「おい!」って突っ込みを入れてしまった。
何だよ、ちゃっちゃと言っちゃえよ。
どちらにせよ翔太さん寝てるんだし、言っても言わなくてもどっちでもいいよ。そもそも大体なんで今このタイミングでカミングアウトしようとしてるんだよ、実の姉ながら意味わかんないよ。毎度毎度の事とは言え。
『だけど……やっぱり言います!』
あ、そうですか。
『実は……私、愛の舌愛撫愛好家なんですっ!』
……はい。ちょっと期待した私が馬鹿で御座いました。所詮はお姉ちゃんです。凄くどうでも良いです。はい。
ラブ・ペロリスト……も、どうでもいいや。
『ごめんね翔ちゃん、今まで黙ってて……嫌いになった?』
すると翔太さんがタイミング良く「うーん」と言った。
『そ、そんなっ! 嘘、だよね? 翔ちゃん、嘘なんだよね!? 嘘だと言ってよぉ……』
泣き崩れるお姉ちゃん、するとまた、翔太さんが「うん、うん……」と言った。
それを聞きお姉ちゃんはバッと顔を上げた。
『え? どっちなの!?』
わかっているだろうが、どちらとも翔太さんの寝言とも言えない意味を持たないうわ言である。
いや、お姉ちゃん。翔太さんが寝てるの知ってるんだよね? なのに何言ってるんだろうこの人。
翔太さんはそれきりグーグーとイビキをかき、返事に相当する寝言を言わなくなってしまった。
お姉ちゃんは、何度か「翔ちゃん翔ちゃん」と呼びかけたが返事は無かった。
『……ま、いっか』
お姉ちゃんは先ほどまでの悲しみが嘘の様にあっけらかんと言い放った。
そうですか、いいんですか。
『さて、と……舌愛撫に戻るとしますか』
それからまたぴちゃぴちゃと翔太さんの顔を舐る音が部屋に響く。
『ああ、おいひい、おいひいほぉ』
お姉ちゃんはそんな事言いながら舐るのだが、時折チラリチラリと翔太さんの逞しい、布団越しにもわかるほど逞しくなってしまった頂を盗み見ている。これもいつもの事だが……。
だが、今日の私はなんだか昨日の翔太さんの逞しさと感触を思い出してしまい、その時触れた指を思わず舐めしゃぶってしまった。
「はっ」
自分のとっている行動に気付いた私は、咄嗟に口から指を離した。
しかし未だ続くお姉ちゃんの痴態と翔太さんの逞しさに感化されてその指がゆっくりと、確実に私の足の付け根に……。
『おはよう! ……って、ええ!!!』
だが、スピーカーから響いた、ドアを開ける音と驚愕したといわんばかりの殊更大きな声に私ははっと我に返った。
危ない危ない。
昨日も翔太さんを見ながらしたというのに、全く……だがそれもこれも翔太さんが悪いのだ。あんな物、見せられたら誰だってそうなってしまうというものだろう。
それはともかく。
――え? というか誰? 誰が部屋に入ってきたの。
カメラにはドアの方が映らないのだ。
『あ、あんたぁ……あ、あんたぁ~』
その狼狽した声に、お姉ちゃんは顔を青ざめてドアの方を恐る恐る向いた。
『ほ、ほへぇ……リリィちゃん……違うのぉこれはそのぉ、違うのぉ……』
突然の訪問に戸惑いまくるお姉ちゃん。
声の主はそう、リリィことチビ外人であった。
てかキター! チビ外人来たよ!
ついにお姉ちゃんは毎朝行っている行為の一つ、お顔ペロペロを見られてしまったのだ。
どうなる? これからどうなる!?
私はこれから起こるであろう修羅場を想像し、期待感で胸が一杯になった。
『何が? 何が違うの? あんた、今何してたの』
『えと……そ、それはその……』
『え? いや、待って? あれ? 私まだ寝ぼけてんのかな……』
『ふへぇ……』
『そうよね、おかしいわよね。だってよりこが翔太の顔舐め回してただなんて……夢かしら?』」
お? 現実逃避か?
『そ、そうだよ。夢じゃん、夢に決まってるよ』
『そ、そうなの……か?』
『そうだよ』
これ幸いと便乗するお姉ちゃん。
『そ、そうかぁ夢かぁ~、やだなー私ったら……や、やだなー』
『仕方ないよー』
『そう、そうよね。仕方無いわよね』
『うんうん』
あははは、と、笑い合う二人。
おや、これは昨日の様に誤魔化しきれるか?
しかし、そう私が思ったのも束の間、次第に笑い声は引きつった物へと変わり、そして止んだ。
二人の間に沈黙が落ちる。
『んで? 何やってたの?』
そして放たれた冷静な声色の一言で、拙い誤魔化しが無意味であった事をお姉ちゃんは悟ったのであった。
『う、うん……そ、そのぉ……お、お顔ペロペロ』
『そ、それって昨日言ってた……まさか本当に翔太の顔舐めてるとは思わなかったわ。いいえ……その可能性を全く考えていなかった訳じゃあ無いけど、それにしたって……いくらよりことは言え、まさか……』
最後の辺りはもはや独り言に近い呟きであった。
『だから違うの……』
お姉ちゃんの懇願にも似た、今にも泣き出しそうな声を出しての否定。
『何が? 完全に舐めてたじゃん! てか翔太の顔、あんたの涎でベトベトじゃん!』
『違うのぉ……』
いいや何も違わない。
お姉ちゃんの変態行為の一つ、お顔ペロペロが遂に白日の下に曝されてしまったのだ。
シコッティを食べるという行為も本当は昨日ばれ掛けていたのだけれど、それはお姉ちゃんの機転により辛うじてばれずに済んだのだったが、今回はどうにも言い逃れが出来まい。
『お願いリリィちゃん、この事を翔ちゃんには……』
『黙ってろってか』
『はい、お願いします……』
『うーん……』
『お願いです。後生です。武士の情けで……』
いや、無理だろう。
何故ならチビ外人がお姉ちゃんを蹴落とすには絶好の機会だ。いくらこの軽い頭のド金髪であろうとそのぐらいはわかるだろう。
そして、翔太さんの彼女がチビ外人だけになれば後は赤子の手を捻るが如し! 他愛も無く翔太さんを手に入れる事が出来る。それだけの魅力が方法が私にはある。そう! 持たざる者には不可能な方法でだ。昨日は家族が居た為、しかも時間的な余裕が無かった為、浅はかで無理矢理な手を使わざるを得なかったが、今度は違う。実は自分の気持ちに気付くのが遅すぎたかも? やばいんじゃね? と思っていたが、まだまだいける!
カメラからは見えないが、きっとチビ外人は呆れ顔でお姉ちゃんを見ているに違いない。
「はあ」という溜息が聞こえた。チビ外人は返事をせずに何やら考え込んでいる様だ。
しかしまあ、お姉ちゃんも油断大敵だな。いつかこうなる事はわかっていただろうに……。
思えば幼い恋を諦めてから幾星霜、お姉ちゃんはそんな私の気持ちなど知らずに翔太さんと言う甘い果実を貪って来た。私から搾取してきたと言い換えても良いだろう。天罰が下ったのだ、
「ざまあみろ!」
突然聞こえた暴言。
誰だ、んな事言う奴。
最低だ。
お姉ちゃんに対してなんて酷い事言うんだろう。
でもあれ?
これって私が言ったの?
心の底から湧き出た言葉。しかし始めは自分がそんな事を言ったと自覚出来ないでいた為、気付いた時には驚愕した。
モニターに映ったオロオロするお姉ちゃんに向けて放たれた罵声。
それをまるで自分の口から吐いて出た言葉では無いかの様な、どこか他人事の様に感じながら、だが私は今まで抑えていた衝動が解き放たれていく快感に、えもいえぬ開放感に打ち震えた。
そして私は理解した。
自分の中に巣食っていたお姉ちゃんに対する遠慮が解け消えていく事に、同時にその遠慮によってわかっていなかった、私の心の奥底でマグマの様にくつくつと煮えたぎっていた嫉妬心をはっきりと感じる事が出来たのだ。
そうだったのか、私はお姉ちゃんに対して嫉妬していたのだ。
もし私以外の誰かが私の心を覗く事が出来たなら「何を今更」と言っただろう。
それほどに、嫉妬心を身近に感じていたのに、それ故の行動にも出たというのに、だけど私はわからなかった。
これが嫉妬なんだ。
このどす黒い感情が嫉妬だ。
きっと、お姉ちゃんを始め、家族に対して辛く当たっていたのもそうだろう。
こんな簡単な事がわからなかったから、反抗期というやつなのだろうかと漠然と思っていた。
しかし嫉妬というのは仄暗い負の感情であるが、それは相手がお姉ちゃんという妹の私から見てもアレなのを踏まえても素敵な女性であるのと、その感情を抱くにあたり原因として翔太さんという存在がいるというだけでもう、それは嫉妬でありながら一般的なそれとは違うプラスの何かに変わってしまうのだ。
同時に家族に対して感じていた、私の上に圧し掛かる様に存在していた理由のわからない苛立ちや疎外感や敵対心や不信感が、清らかな雨に洗い流されるというか、積雪でグチョグチョで不快だった地面が暖かな春の日差しで溶けて清潔に乾いていくように消えていく。
ああ、昨日といい今日といい。何て素晴らしいのだろう。
こんな短期間で私は家族に対するわだかまりを捨てる事が出来た。
次からはお姉ちゃんや、それだけじゃなくて、お父さんやお母さん、それにあの糞祐一にだって優しく出来るかも知れない。
ふう……やれやれ。
まさかこんな些細な事でこんなに良い気分になれるなんて、やっぱり翔太さんは凄い。
昨日会っただけでここまで私を変えてくれた。
もし付き合ったりなんかしたりしたら……一体私はどうなっちゃうんだろう。
想像も出来ない。だからこそ私は翔太さんに飛び込んで行きたい。全く新しい自分に出会う為にも……。
――さて、そういやお姉ちゃん達はどうなっただろうか。
私が考え事をしている間にも時間は流れていく。
もうあの修羅場も終わっているかも知れないと半ば思いながら私はモニターを見た。
『だからぁ、それだとカンチョーになるでしょ!』
『ええ~!』
『ほらっ、これ、これよ。良く見なさい。これが基本の印よ……全く、こんな最初に躓いてちゃ先が思いやられるわ。まだ九字護身法あるし、忍法使おうと思ったらもっと早く結べなきゃ意味無いのよ。わかる? あんた今のままじゃ立派な忍者になれないんだってばよ』
『ええ~!』
え?
忍者?
何で忍者?
私の予想に反して、お姉ちゃんとリリィは仲良さそうに翔太さんのベッドに腰掛けて、忍者の手で結ぶ印というものについて語っていた。
あれ?何の話して……そうそう、お顔ペロペロがバレて翔太さんに言い付けるって話じゃ無かったっけ?
それがどうしてこんな事に……。
もしかしてもう終わっちゃったのか?
だとしたら結局どうなったのだ。
『だ~か~ら~違うっつってんでしょ!』
『でも……ホットリくんはこうしてたよ』
『あ、それは違う。それはあんたの勘違い。ホットリくんはもやっぱりこうな訳。 ……まあ、デフォルメされてるから良く見えないっちゃ見えないんだけどね。素人が陥り易い罠よね』
『そうなんだ』
『ホットリくんのさ、コスプレとか着ぐるみとか着てる人がいるでしょ? んで、その人があんたみたいにカンチョーしちゃってる訳。わかる? 翔太に言わせれば原作に対する冒涜よ』
『そ、そうなんだ……』
翔太さんの名前が出ると俄然やる気を出したお姉ちゃん。
一生懸命チビ外人の教える印を覚えようとしている。
『それでね、さっきの話なんだけどね……』
ぎこちなく指を動かしながらお姉ちゃんは聞いた。
『ああ、翔太の顔舐めてた事?』
あの話まだ終わってなかったんだ。
良かった。聞き逃してしまうかと思った。
『あれはもういいわ。黙ってる』
ええ! 何でだよ!?
千載一遇のチャンスじゃん!
『ありがとう! それってリリィちゃんがさっき言ってた武士の情け……は駄目だけど、忍者の情けならオッケーって事だよね』
何だ忍者の情けって、聞いたことないわ。
ていうか逆に忍者だったら裏切りそうじゃね?
『まあね。私忍者だし』
はあ? 忍者? お前が?
『てのは、冗談だけど。別にいいんじゃね? や、私的にはあんたの正気疑うけどね』
『う……』
お姉ちゃんはチビ外人のくっそつまんねー冗談はさておいて「正気を疑う」という言葉にちょっとだけ落ち込んだ様子だ。
『ま、その様子だとちょっとは自分がアレだって事自覚してるだろうから……』
『うん……その……リリィちゃん、前から気になってたけどそのアレって一体……』
『まあ、その話は置いといて』
チビ外人はお姉ちゃんの追及を華麗にかわした。
こればっかりはチビ外人ナイスファインプレーと言わざるを得ない。
お姉ちゃんはアレ。
ではアレとは何かと言われれば、アレである。としか言い様が無いのである。
とは言うものの、同時に少々いかれているとも思わないでも無いが。
『実際、翔太にその……お顔ペロペロだっけ? がバレたとしても、翔太があんたにどうこう言ったり、ましてや嫌いになるとかは全然無いと思う訳よ』
『そう、か、そうだよね』
『そう、そゆこと。で、とーぜん私だって翔太に言えば、って思わなかった訳でも無かったんだけどね。言ったら言ったで翔太ってほらあれじゃん』
『アレ?』
『あ、そっちじゃなくて、ほら告げ口とか嫌いな人じゃん』
『あ……そうだよね』
『そう、だからね。そういうダサン的なのも考えて、今回は黙っていてあげる』
『ありがとう、リリィちゃん』
『ま、正直貸しにしときたいけど、昨日色々貰っちゃったのもあるしね。特にあの大人っぽい服とか』
『大人……? あ、うん……そうだった、かな?』
『そ、んでママに言ったらしっかりお礼言っときなさいって言われた。 ……えっと、本当はこっちからちゃんとお礼に行かないと駄目だろうって言われたんだけど、私がいいって言っちゃって……』
『あ、本当にいいよ。本当気にしないで。あのお洋服もきっと喜んでるよ』
『あんがと、よりこ……』
柔らかな笑みを浮かべてお礼を言い合うお姉ちゃんとチビ外人。
微笑ましい光景だ。
『けど、リリィちゃんが忍者好きだとは知らなかったよ。何ていうか……意外』
『そう? でも私みたいな見た目だと寿司とか天ぷらとか忍者とか無条件で好きそうとか言われるんだけど』
『ああ、そういう感じかぁ……言われてみればそうだけど、それでも何と言うかイメージ違うかなぁ』
『イメージ? どんな?』
『うーん、何ていうか、ファンタジーっぽい感じの……』
『あ、わかった。それってあれだわ。エリー・エマーソンだわ』
エリーエマーソン? 何それ。
『あ、そっか、そうだよ。あっ、そっか。そうだよね、当然知ってるよね』
『まあね。いつも読ませてるし』
『読ませてる?』
『うん、翔太の膝に座って子供が絵本読んで貰うみたいにして貰ってる』
『へ、へぇ……』
お姉ちゃんは頬を引きつらせながら相槌を打った。
はい。惚気入りましたー。
ていうかエリーエマーソンて翔太さんが書いた小説のヒロインの名前か。
そう言えばそんな事もしてたな。
『んでね、傑作なのが翔太ってば私のお尻に……』
『ああ、そうだ!』
尚も続けようとした惚気を強引に打ち切った。
『今度忍者の衣装作ってあげるよ』
『え!? いいの? けど、あんたにはお弁当も作って貰ってるし、流石の私でも……』
厚かましいというのは自覚があるんだ。
しかし、翔太さんを盗られた事に比べれば大した事では無いが。
というか、台所にある翔太さん専用の業務用冷蔵庫に貼ってある「翔ちゃん」というネームプレートの横に「リリィちゃん」って貼ってあったので何事かと思ったが、そういう理由だったか……。
『いいよー気にしないで、だって私がしたいんだもん。その代わり私もくのいちやるからね』
『くのいちかぁ~、でも私くのいちってイマイチだわ。だってくのいちって実在しないじゃん。いい? 本当のくのいちってのは武田信玄に仕えた……江戸時代に出た忍術書に書かれたのが……んで初めてフィクションで登場したのは昔の小説で……』
うわー、忍者薀蓄始まったよ。
だりぃ、オタクだりぃ。
お姉ちゃんは若干引き気味でチビ外人のつまんない薀蓄を聞いていた。
あ、目が死んでる。
まあつまんないもんねー。
私だったら直接つまんねーから止めろって言っちゃうよ絶対に。
しかし、ある一言でそれは一変する事になる。
『ってのを翔太が言ってた』
その一言でお姉ちゃんの目は輝きを取り戻した。
『へぇ、そうなんだ、凄いね! 私知らなかったよ! 流石は翔ちゃんだね』
『まあね』
ふふんと鼻を鳴らして得意げな様子。
でもチビ外人、それって翔太さんの受け売りじゃん。
お前が得意になってどうすんだよ。
それにしても流石は翔太さん。そんな事まで知ってるだなんて物知り過ぎる。全く、私達みたいな凡人には計り知れない人だ。
『だけどさ、何から何までごめんね』
『本当、気にしないでー。何度も言うけど私が好きでやってる事だから』
『でもさ、だからっつっても翔太はあげないけどね』
『うん、わかってる。これは全くの別問題だもんね』
お姉ちゃんとチビ外人は、どちらからとも無く握手を交わした。
相手を好敵手と認めたのだろうか、まるで少年漫画の一コマだ。
私の知っている、ドロドロした女同士の友情ではない、透明な泉にでも例えられるような清涼で清潔な、美しくも熱い友情が芽生えた様に見えた。
一人の男を巡っての二人の関係であったが、それは全く陰湿な物を内包せず、親友の様な、正に、ある種の理想と言っても良い間柄に見えた。
……なんだこれ?
「あーあ、糞っ食らえだわ!」
しかし当然私にとっては碌な物では無く。
録画を続けたままにしつつもマウスを乱暴に操作して映像を消した。
畜生、最悪だ。馬鹿馬鹿しくって見てられなかった。
何だあれ、とんだ茶番、とんだ三文芝居だ。
翔太さんを巡って争った末に、スポ根宜しく友情が芽生えましたってか?
ふざけんじゃねえこの野郎! 反吐が出るわ!
そんな半端してるから翔太さんに二股かけられたんじゃねえか。
私は勢い良く椅子から立ち上がると、気晴らしをすべく、いつもの癖でベッドに向かった。
あー! イライラする。
しかし昨日、お姉ちゃんに取り上げられた為、気晴らし用の翔ちゃん君人形は無い。
「何だってんだ。チビ外人め! 良いから翔太さんにチクれよな、んで嫌われろ! お姉ちゃんもその変態性を余す事無く翔太さんにバレされろ! んで失望されろ! あんたが毎日翔ちゃん君人形使ってナニしてんのか翔太さんにぶちまけてやろうか、あ? あんたの持ってる奴にだけ股間に変なでっぱり付いてる理由教えてやろうか、あぁ? 毎日ベッドの上であの気持ち悪いお人形と何してるんですかねぇ? 大体翔ちゃん君人形? ふざけんな! 翔太さんがあんなキモイ訳ねえだろうがよ。翔太さんってのは、もっとこう、甘く端正な顔立ちに凛々しくて、それでいて可憐で優雅で中性的、正に天使だろうが! ほんと、目がいかれてんだよなお姉ちゃんて」
私は代わりに思いつく限りの罵詈雑言をモニター画面に喚き散らした。
その甲斐あってか少しだけ溜飲が下がった様に思える。
しかしやはりまだ気が済まなかったが、時計を見ればもうこんな時間だ。
イライラする。
そして何より腹が立つのが、あんな情け無い奴らが翔太さんの彼女であり、現状どうする事も出来ないと言う事実であった。
そして、そんな私の怒りに拍車をかけるように、勉強机の上に投げ出されたままの携帯電話のメール着信音が響いた。
糞っ! こんな時に何だってんだ。
私はムシャクシャしたままの気持ちで携帯電話を引っつかみ、メールをチェックをする。
別に後回しでも良かったが、寧ろ過剰分泌されたアドレナリンの捌け口を、誰にも向ける事の出来ない怒りの矛先をメールの送り主に向けたかったからだ。
誰だぁ?
愛? さとみ? カナ?
すぐ思いつくのはクラスメートの友達……というか、利害関係の一致している友人兼下僕みたいな子達だ。可愛くてスタイルの良い、クラスどころか学校のアイドル的存在である私の友達というステータスに釣られて一緒にいるだけの薄っぺらい間柄、それに下僕とは言っても命令したりとかは無い。きっと周りからはそんな風に見られてるだろうなぁって感じなだけだが、そんな間柄だからこそ、例え関係が壊れたとしても何の問題も痛みも無い。
覚悟しろよ、 ええ、どれどれ……つまらない用件ならどうしてくれようか。
健悟
○○/〇〇 7:15
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なあレーンブロックすんなよ、あと電話出てよ!!! メール返信くれよ。。。ていうかいきなりなに? もしかしてこの前一緒遊んだ時俺なんかみすちぃ怒らせた? もしそうなら許して。。。 というかまず話そうよ。じゃないと納得出来ないよ。。。
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あっ、そういやこんな奴居たな。
私の元彼……いや、元々彼氏じゃないな、うん。私は誰とも付き合った事無いんだから、うん。そういう事にしよう。
そして付き合うとすれば翔太さんだけ……翔太さんだけの私でありたいのだ。
因みにレーンとは今流行のテキストチャットの事だ。
メールで別れるって送った後、レーンでやたらと付きまとってきたから速攻ブロックしたんだった、素で忘れてた。
メールも電話も無視してたからそろそろもう諦めたかと思ったが、こんな早朝にご苦労様なこった。恐らく昨日は眠れなかったに違いない。
……ま、どうでもいいか。どちらにせよつまらない用件だった訳だが、こいつに当たってややこしくなるのも面倒だし、放って置こう……。
――いや、待てよ。そうだ、良い事思いついた――
ちょっと調べたんですが
公表しなけりゃ覗きだって盗聴だって自由らしいですね。
まあ、ハイテク進み心の豊かさ遅れるわが国のいかんともし難いところではありますが……まあどうでもいいかな? いやいや、良くないですね、ああ良くない。
でも、卑猥な目的の為の盗撮や不法侵入は文句無しで違法ですから、良い子や良いおっさんおばさんは真似しないで下さい。
後、文中「速攻」と使っておりますが、正しくは誤用です。正しい漢字は即行かな? 良くわかりませんので、私は「すぐさま」とかに言い換えちゃいますけどね。
しかし、最新の日本語では誤用で無いみたいで大丈夫みたいです。んでSSとかで良くみます。ちな本来は戦争やスポーツ用語ですね~。
堅めの文章のSSの中に、この「速攻」があると気が抜けてカクンってなっちゃいますw
追記、読み返してみたら即行って使ってましたね。
速攻にすりゃあよかったよ……。




